補足2.医療データ開示についての考え方

医療データ開示についての考え方

 カルテの開示に関しては,様々な考え方があり,開示の時期,範囲をどの様にするかは,個々の立場により千差万別の感がある(例えば,診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会(第6回)を参照ください.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/03/s0311-3.html).それらを認めた上で,ひとつの案を提示したい.

 従来の紙カルテの診療録等開示では,患者さんが「見せて欲しい」と意思表示したときに”見せる”訳であるが,電子カルテで開示を行うと,患者さんは自由に好きな時に”見る”ことになる.つまり,患者さんは希望すれば,医師に頼まなくても閲覧できるのである.

 私たちはカルテ記載内容や画像データなどの医療データはまず二つに大別されると考えている.ひとつは採血結果やCT, MRI等の画像で,医師の思考が介在しない,あるいはその程度が小さい一次データである.もう一つは,一次データを基にして導き出された鑑別診断や病状に関する判断,治療方針などの二次データである.

 電子カルテでは,これらの一次,二次データが共に電子カルテの内容に含まれると思われる.私たちは,医療データは基本的に患者さんの個人情報であると考えており,「一次データは基本的に患者さんに開示されるべきである」と考えている.しかし,鑑別診断や治療方針などの二次データには,医師の思考内容が色濃く反映されており,ある意味では医師の著作物のような性格を帯びている.医療データは基本的に患者さんの個人情報であると考えるが,それを編集したのは医師であり,治療上の必要性も考慮すると,全ての二次データを直ちに患者さんに電子カルテ上で開示するように強いる事は問題が生じる可能性が大きいと思われる.また,患者さんの診療のため,第3者から提供された情報(例えば,発病後の患者の発言や異常行動など)も,医師と情報提供者の思考が介在しているとの立場から二次データと考えるべきであろう.よって,電子カルテでは,医師が書いたカルテ内容の中,二次データに相当するものを患者さんに開示するか否かは,作者である医師が決定できても良いであろうと考えている.その中で,患者さんに対する説明を含めて,医師が伝えたい部分,開示したい部分を能動的に開示できるように設計されていれば,カルテ開示に対して医師もある程度,納得出来るのではないだろうか.勿論,能動的に非開示(データは患者さんのものであるが,治療上の都合など,医師の裁量により非開示)としていた部分も,患者さんから全面的カルテ開示請求がなされた場合には,全て開示されるべきものと考える.

情報共有とプライバシー

 ところで,ある医師がカルテに記載した二次データには,例えばその医師の著作権(のようなもの)が存在するかもしれないが,同時にこの二次データには患者さん個人のプライバシーも含まれる.よって記載した医師本人が,再び自分だけで記録を読むことを想定している場合は,ネットワーク上では患者さんに対し,能動的に非開示としても良いが,記載した医師が他の医師にその内容を紹介する場合には,(プライバシーの提供を含むため)患者さんへ開示する必要があると考える.理由は次の事を考えて頂ければ判ると思う.電子カルテが従来の紙カルテに比べて,優れている所は,複数の利用者により共有できる事である.現行のようにカルテや写真が,物質として存在している場合,そのカルテや写真が,時間や空間の隔たりを越えて伝わる事は無いわけで,含まれる情報の拡散に取り立てて制限を加えなくても,閉鎖環境でうまく機能してきた.しかし,既に述べてきたように,電子カルテで大規模にデータ共有をするためには,アクセス権の管理(データ転送のセキュリティではない)により,情報の拡散をコントロールしなければ,情報の漏洩は防ぎようがなくなる.医師が患者さんに非開示の二次データを,(結果的に存在することさえ患者さんは知らない状態で)他の医師へ紹介する事を許すと,今述べた電子メディアの特徴のため,患者さんが知らないところで際限なく個人情報が広がっていく可能性が発生してしまうのである.これは,従来の紙カルテを使っていた場合は,情報と媒体物質が一致していたため,厳密に考えなくても実用レベルで問題がなかったのであが,共有型電子カルテでは,無視できない問題となるのである.

 私たちが調べた結果,共有型電子カルテにおけるアクセス権の重要性を謳った研究報告は多いが,どのようにして各医師にそのアクセス権を与奪するかを実用的レベルで解決した報告は見あたらない.電子カルテの時代を迎えるに当たって,データが複数の利用者により共有できるというメリットを享受しながら,セキュリティの確保とプライバシーの保護を望むなら,「医療データは基本的に患者さんに所属する個人情報である」との認識に立ち,患者さんに基本的データ管理権を与えた方がうまくいく,というより,共有型電子カルテで患者さんに隠した患者情報を医師や病院が持つということは,患者さんやその家族が認知し得ない情報が電子ネットワークの世界で動き回ることになるのである.

 現在でも,医師が患者さんに接し,医療情報という個人情報を獲得する基本は患者さんと差し向かいで診察することに始まる.診察により医師と患者の関係が生まれ,患者さんにとっては,“個人情報を提供しても良い(自分の身体を調べさせて良い)”,という気持ちが生じるわけで,解釈に専門知識が必要ではあるが,医療データは,個人情報であると認識すべきものと考える.しかし,私たちは出来るだけ現行の医療システムに沿った展開を望んでおり,先に述べたように,二次データに関しては,データは患者さんのものであるが,治療上の必要により,患者さんに非開示とするオプション(能動的非開示)の必要性を認め,そのような機能を用意することが,実用レベルで使い物になる医用データ共有型電子カルテになると考えている.



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