医療に於いては,医師が正しい診断に至るまでに,いくつかのステップが存在します.
医師は正しい診断を下すために,さまざまな検査を行います.その検査の結果に応じて,
さらに必要な検査を組み立ててゆきます.つまり,最初から正しい診断や適切な治療が分かっているわけではないのです.
カルテが開示されれば,医師と共に患者さんも検査結果を知り,医師の考えをカルテ内容から察することになります.場合によっては,珍しい病気や診断が困難な病気もあるでしょう.
そのような時,医師が当初想定していたものと違う場合があるかもしれません.
このような状況を捉えて,診断ミスであると短絡的に断じられるようでは,医師はカルテの開示に躊躇せざるを得なくなってしまいます.
医師も人間であり,常に正しいというわけではありません.
また,医療,医学は科学の一分野ではありますが,物理学や化学に比べれば,未だ比較にならないほど混沌とした領域であることを知っていただくことが,カルテを開示するための前提条件のひとつではないかと考えます.
また,治療上の理由でカルテの内容を直ぐには開示出来ない場合があること も理解
して欲しいのです.
例えば,癌であることが疑わしい患者さんを診察した医師が,カルテには「癌の可能性」と記載しても,実際は検査を追加し,ある程度の確証が得られてから患者さんには告知しようと考えている場合はよくあります.このような時,不確実な情報を説明不十分な状態で,患者さんが閲覧した場合に,患者さんと医師の病状に対する認識に大きなギャップが生じる可能性があります.開示されるカルテを記載する医師は,努めて問題になるような記載を避けると想像されますが,患者さんの受け取り方を100%正確に予測することは不可能です.開示には適切な時期があるということも知っていて欲しいのです.
カルテの開示は両刃の剣でもあります.
患者さんに多くの情報を提供することはサービスの向上であると共に,医療従事者が訴訟に巻き込まれる可能性を高めるかもしれません.
アメリカでは年収数億円になる外科医(病院経営者ではない)が珍しくないそうですが,医療訴訟の為の保険料も数千万円から億の単位になり,保険料が高すぎて,医師を廃業する人もいるようです.
日本では,収入が億の単位になる勤務医はほとんどいないでしょう.カルテの開示が医療訴訟の頻度を高めるような事になれば,その危険率を見越して医療費を計上しなくてはならなくなりますから,国民全体の医療費を押し上げる要因になります.
将来カルテ開示が一般的となり,自分の医療情報を管理することにより,セカンドオピニオンを求めることが容易な時代が来ると思います.
その時は患者さんも自分の病状の把握や治療にある程度の責任を持っていただく状況が必要になるかも知れません.
情報を得るという権利は,それをどのように利用するかということに対して,全てではありませんがある程度の責任が発生するものだと思います.
カルテ開示は,医療従事者と患者さんがよりよい関係を築き,患者さんの納得できる医療の実現に寄与することを目標に取り組みたいものです.
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