15q22-q23に欠損のある自閉症例

Smith M, et al. Analysis of a 1-megabase deletion in 15q22-q23 in an autistic patient: identification of candidate genes for autism and of homologous DNA segments in 15q22-q23 and 15q11-q13. Am J Med Genet 96: 765-770, 2000.

訳者コメント:

症例報告ですが,詳細な記載なのでご紹介します.後半にインターネット上で見つけたこの論文に関する記事の概略を付けます.症例報告にしてはspeculativeすぎる考察が含まれています.FISHは,fluorescence in situ hybridizationの略で,蛍光色素でラベルしたプローブと遺伝子配列が相補的である部位にプローブが結合している状態を肉眼的に確認することのできる研究手法です.この報告で最も重要なポイントは,通常の染色体検査で異常を指摘できないようなレベルの欠損を検出している点です.この遺伝子異常が自閉症の何%に存在するのかは今後の課題となります.

(概訳)

自閉症,発達障害,軽度の形態異常のある1例において,15q22-15q23部位の1メガベース欠損を同定した.欠損部位にある遺伝子および欠損ブレークポイントで中断あるいは再配列を受ける遺伝子は,自閉症の候補遺伝子となる.FISH解析により,PML遺伝子の部分あるいは全体が一本の第15染色体で欠如しており,マーカーD15S124の遺伝子座を含んでいるBACクローンは,1本の第15染色体に結合し,PTPN9とSLP-1[hUNC24]遺伝子を含むBACクローンは1本の第15染色体で15q22-q23部位への結合親和性が著明に減少していた(遺伝子配列一致率の低下).これらのBACクローンはSNRPNとHERC2に近接した15q22-q23部位へもハイブリダイズすることが示され,この部位では正常と欠損染色体の両方で同様の親和性がみられた.自閉症においては,これまでに15q11-q13部位の欠損や重複の報告がみられる.我々の患者は15q22-q23欠損の初めての報告例となる.PTPN9とSlp-1を含むBACクローンが15q11-q13と15q22-q23部位に結合するのは,PTPN9またはSLP-1遺伝子配列がそこに存在しているか,遺伝子配列が類似した他の遺伝子や非コード部位がそこに存在しているからであろう.PTPN9遺伝子は,非受容体蛋白であるチロシンリン酸化酵素をコードしている.Slp-1[hUNC24]遺伝子は主に脳にその蛋白が発現する.

(イントロ)自閉症は相互性の社会的関係の障害,コミュニケーションの障害,制限されワンパターンの興味と活動性,これらの発達障害の3歳までの表面化で特徴づけられる.自閉症は遺伝的には非単一性の状態であると考えられている.連鎖研究や染色体異常検査は15q11-15q13にある遺伝子座が自閉症において役割を持つことを示す証拠を提出し,Schroerらは,GABA受容体A遺伝子とUBE3A遺伝子が候補遺伝子であると提案している.我々は,自閉症,発達遅滞,軽度の形態異常を呈し,Angelman症候群類似の臨床症候を有する一ケースにおいて,第15染色体上の遺伝子座をFISH解析により検討した.高解像度核型解析では正常型であった.Angelman症候群の責任遺伝子部位は,SNRPNとGABRB3プローブを使ってFISH法で解析した.この際,第15染色体のコントロールプローブとしてPML遺伝子を使った.SNRPNとGABRB3遺伝子は15q11-q13部位に同定され,正常のシグナルが得られた.PML遺伝子プローブは第15染色体の片方にだけハイブリダイズされた.この所見は15q22-q23領域に欠損があることを示唆している.この欠損の程度を調べるために,また片親から2本受け継ぐ(uniparental disomy)可能性の除外をするために,さらにインプリンティング欠損が存在するかを決定するためのSNRPNのメチル化状態の検討をするために,追加検討が行われた.この論文は自閉症者で15q22-q23部位の欠損のあるケースの最初の報告である.我々のケースでは,自閉症症候はこの遺伝子部位のひとつあるいは複数の特異的遺伝子の1コピーがないことに由来するか,ブレークポイント部位で特異的な遺伝子が中断や再配列を受けたことに由来すると考えられる.従って,15q22-q23における欠損部位に位置する遺伝子やブレークポイント位置にある遺伝子は自閉症の候補遺伝子ということになる.我々は,この患者における欠損部位の遠位部ブレークポイントにオーバーラップして位置する一連のBACクローンを同定し,これらのBACクローンは二つの異なる遺伝子であるPTPN9とSLP-1(Caenorhabditis elegansのUNC24遺伝子の人ホモログ)の遺伝子配列を含んでいる.これらのクローンは15q22-q23部位と15q11-q13部位の両方に結合する.この発見は,一致するDNA配列が2ヶ所に存在し,15q22-q23部位にあるものは我々の自閉症ケースで欠損しており,15q11-q13部位にあるものは他の論文で自閉症者において重複欠損や逆位として報告されているわけである.

臨床像
母親は37歳,妊娠歴3回,妊娠中の異常なく催奇形性薬物への暴露もなし.胎児異常の可能性があり帝王切開で満期出産.出生時体重は6ポンド13オンス.6ヶ月から12ヶ月までは,筋トーヌス低下と全般的発達遅滞が明瞭で,10ヶ月で座位可能,20ヶ月ではいはい,26から29ヶ月で歩行.18ヶ月から少なくとも8つの自発単語を話し,アイコンタクトは良く,指差しやバイバイは可能であったが,29ヶ月までにこのようなスキルは全て失われた.自閉症が疑われ4.2歳の時に評価が行われ
DSM-IV,ADI-revised,ADOS-G),自閉症と診断された.病歴では,摂食障害,過剰よだれ,睡眠障害,多動,失調性歩行,けいれんなどはなかった.斜視があり,眼帯による治療を受けていた.脳幹聴覚誘発電位,CTスキャン,クレアチンフォスフォカイネ−スレベル,通常の解像度の核型検査,脆弱X症候群遺伝子異常検査,睡眠不足時脳波,アシルカルニチン遊離/総比,血清中アミノ酸,乳酸,ピルビン酸,尿中有機酸,などは全て異常なし.7歳時の理学的検査および形態異常評価では,身長は10パーセンタイル以下であり,体重は5パーセンタイル以下にあった.頭周囲長は50パーセンタイルであった.髪はブロンド,明るいブルーのレース状の虹彩で,皮膚,毛,目の色は親の色よりより明るい色であった.顔は長く狭く,後頭部はフラットであるが水平方向の溝はない.上瞼から目頭にひろがるひだは小さく,鼻根部と鼻梁はわずかに凹形で,上口唇は薄く,口のはばは正常.上顎ではすきっ歯で,前口蓋が狭く,外側口蓋骨辺縁が広い.顎が比較的とがっていて,軽度の漏斗胸あり,大腿部とふくらはぎの筋肉量が少なく,爪がフラットで,指に力がなく,胸と肩の皮膚がいくぶん透き通っている.筋肉のトーヌスが低下しており,深部腱反射は亢進ぎみ.未熟な歩き方で,しばしば手は曲げて上に挙げて歩く.手の羽ばたき様運動が時々あり,過剰に噛んだりもぐもぐしたりする行動や歯ぎしりの間歇的エピソードがある.舌提出なく,笑いすぎることもない.理由なく笑い出したりすることもない.感染症によく罹患する.完全な発達評価および神経精神学的評価の結果とMRI検査の所見は他で発表する予定である.

方法と結果
培養したリンパ芽球葉細胞株は,メタフェイズおよびインターフェイズ解析のためのスライドに使われた.FISHは標準的方法で行った.FISH用のプロ−べは,一部市販されているものを使った(OncorからGABRB3/PMLとSNRPN/PML,VysisからSNRPNとPML/RARA).15q22-q23部位における遺伝子座のBACクローンは我々が分離した.D15S124とD15S160に一致するBACクローンは,それぞれの遺伝子座に相当するオリゴヌクレオチドプライマーを使って,BACライブラリーをスクリーニングして分離した.TLE3,PTPN9,PML,SLP1(hUNC24),CHRNA5,ETFAなどに一致する遺伝子配列を含むBACクローンは,NCBIのゲノムサーベイ遺伝子配列データベースの配列と一致するものをゲノムDNAクローンの中から選び出した.そのように同定されたBACクローンはリサーチジェネティック社に依頼して作った.それぞれのBACクローンは培養され,DNAを分離し,それぞれのBACクローンが相当する遺伝子配列を有するかどうかをPCRにて確認した.純化されたBAC DNAはVysis社のスペクトルグリーンかスペクトルオレンジでラベルした.ラベルしたBAC DNAは繰り返し配列をブロックするために人Cot1DNAでハイブリダイズした.その後,準備されたスライド上のメタフェイズとインターフェイズの核にハイブリダイズさせた.標準的プロトコールでの洗浄後,スライドを適切な周波数で直接蛍光顕微鏡で観察した.

FISH解析の結果
患者の染色体のFISH解析は,15q11-q13におけるSNRPN,GABRB3,HERC2プローブについては正常であった.2本の第15染色体の片方にのみPMLプローブはハイブリダイズした.このことは15q22部位における欠損の存在を示す.遺伝子座に特異的なBACクローンを用いた検討は,欠損部位の範囲を決定するために行われた.欠損部位近位ブレークポイントは,247.46センチレイに位置するTLE3の遠位部にある.D15S124 BACクローンは第15染色体の片方にのみハイブリダイズされ,このことはこのクローンが持つ遺伝子配列は欠損染色体上に存在しないことを示す.PTPNN BACクローンは欠損型の第15染色体の15q22-q23部位にはわずかにのみ結合することが示された.また,15q22-q23部位のPTPN9,D15S160,SLP-1などのBACクローンも欠損染色体上で著明に結合性が減弱していた.これらの結果は欠損部位の遠位側ブレークポイントが,258.61センチレイ付近のPTPN9,D15S160,SLP1などのBACクローンが結合する染色体部位内にあることを示している.ゆえに欠損は約10センチレイ程度であり,遺伝子地図距離では1センチモルガン,物理的地図距離では1メガベースに相当する.Snurportin BACクローンは欠損部位の遠位側に位置する.この患者においても,コントロール検体においても,PTPN9,D15S160,SLP-1クローンは,15q22-q23と15q11-q13の両方の部位にハイブリダイズされることが明らかとなった.これらのプローブから得られる15q11-q13部位のシグナルはSNRPNとHERC2クローンから得られるシグナルに隣接しており,部分的には重複している.遺伝子配列の検討では,PTPNNとPTPN9クローンは部分的には重複した遺伝子配列を持つことが明らかとなった.PTPN9 BACクローンは,15q11-q13部位と15q22-q23部位の両方に結合し,PTPNN BACクローンは15q22-q23部位にのみハイブリダイズされる.PCRによる検討で,D15S160とSLP-1クローンが重複する証拠が得られた(D15S160遺伝子座のプライマーで両者が増幅可能).FISH解析は母親と父親においても行われ,PML,SNRPN,GABRB3プローブで正常パターンであった.

多型マイクロサテライト反復マーカー解析
患者本人,母親および父親の3者の末梢血白血球またはリンパ芽球様細胞株からDNAを抽出した.それぞれのマイクロサテライト反復多型は,蛍光色素を付けたプライマーを使いPCRを行い,PCR産物を電気泳動して解析した.GABRA5とD15S125での検討では,患児は片親からのみ第15染色体を2本受け継いだのではなかった.欠損部位のある第15染色体が母親由来なのか,父親由来なのかは不明.

SNRPNインプリンティング状態の解析
この解析は,Kubotaらが開発したメチル化特異的PCR法により行われた.患児と両親のDNAはbisulphiteで処理され,SNRPN-MとSNRPN-PプライマーでPCRされた.このPCRでは174bpの母親由来のPCR産物と100bpの父親由来のPCR産物がそれぞれの検体から得られた.

考察
我々は精査の結果,自閉症,発達遅滞,軽度形態異常を呈する患者において15q22-q23領域における1メガベースの欠損の存在が確認された.この欠損部位にある遺伝子やブレークポイントで中断されたり再配列を受ける遺伝子が自閉症の候補遺伝子ということになる.D15S124遺伝子座を含むBACクローンプローブは,この患児においては2本の第15染色体のうち片方にのみハイブリダイズされ,このBACクローンに含まれている遺伝子が欠損していることが示唆された.DNAシークエンシングにより,このBACイメージクローン1621746におけるESTクローンを同定した[gb AI003855].このESTクローンが持つ遺伝子はまだ同定されていない.PML遺伝子の部分欠損あるいは全欠損が,本例の第15染色体の片方に起こっていることが判明した.PMLは偏在して表出される核の燐酸化蛋白で核内の特異小体に局在して存在する.PMLは成長のコントロールに関与しており,PMLの過剰表出は成長抑制の原因となる.前骨髄球性白血病の患者においては,PML遺伝子はretinoic acid受容体アルファ(RARA)と融合体を形成する.本例では,PMLとRARAの融合遺伝子産物は検出されなかった.Goyらは,PML遺伝子における1メガベースの挿入欠損の存在をRFLPで検出して記載した.本例では,両親ともにPMLの欠損が存在しないため,多型としての欠損とは言えない.PTPN9とSLP1を含んでいるBACクローンは,一本の第15染色体の15q22-q23部位における親和性が著明に減少していた.従って,欠損部位の遠位側ブレークポイントは,これらのBACクローンに含まれるようである.その場合,PTPN9またはSPL-1における欠損や中断や再配列が,本例における自閉症の原因に関与しているかという疑問が生じる.本例においてもコントロールにおいても,PTPN9とSLP-1を含むBACクローンは15q22-q23と15q11-q13部位の両方に親和性があることが明らかになり,極めて興味深いことである.自閉症を伴っている本例では15q22-q23部位に欠損が存在している.文献では,多くの自閉症例で15q11-q13部位の欠損,重複,逆位を伴っていることが報告されている.15q11-q13部位においては,PTPN9とSLP-1BACは,SNRPNとHERC2に隣接しているかあるいは部分的には重複している.HERC2遺伝子およびその重複コピーは,Prader-Willi-Angelman遺伝子部位に隣接する伝播部位である.この遺伝子に含まれるドメインは,グアニンヌクレオチド変換部位とE3ユビキチンライゲースをコードしている.これらのBACクローンのさらなる解析により,15q11-q13領域に親和性があるのがPTPN9またはSLP-1遺伝子配列がそこに存在するからなのかを明らかにするであろう.これらのBACクローンが15q22-23と15q11-q13の両者に親和性があることが,類似性のある他の遺伝子や遺伝情報をコードしていない類似部位が存在していることによる可能性もある.PTPN9遺伝子は非受容体蛋白血ロシン燐酸化酵素をコードしている.蛋白質のチロシン残基の燐酸化は,神経の成長と分化に重要な役割をはたしている.この過程は,蛋白チロシンカイネ−スの反対方向の活性により完全に制御されており,蛋白チロシンカイネ−スは活動型の燐酸残基を付加し,蛋白チロシン燐酸化酵素は燐酸残基を除去する.SLP-1遺伝子は2つに分かれた蛋白をコードしており,ストマチン様のN-末端ドメインと非特異的脂質輸送蛋白であるC-末端の両者である.人の複合SLP-1蛋白はC. elegansのUNC24蛋白に類似している.SLP-1は主に脳で表出し,前頭葉,大脳皮質,尾状核,扁桃,側頭葉,被殻,黒質,海馬などで最高レベルに発現する.C. elegansにおいて,UNC24遺伝子は行動遺伝子として知られており,正常の移動運動に必須な遺伝子であり揮発性麻酔薬に対する反応性に影響する遺伝子と相互作用を有している.この蛋白は明らかに脂質二重膜の機能に関与する蛋白である.本例で明らかになったように,欠損部位に位置する遺伝子あるいは,ブレークポイントに位置する遺伝子が,自閉症を呈する他のケースで変化していたり欠落していなかどうかをさらに検討する必要がある.

 


(インターネット上の関連記事: http://www.communications.uci.edu/00releases/166ap00.html

自閉症例における染色体欠損が可能性のある遺伝素因を指摘:欠損領域は自閉症行動のリスクを決定する遺伝子を含んでいるようである.

(2000年12月30日) 7歳の自閉症児の1本の染色体において,DNAの一部が欠損していることが発見された.著者らによると,欠損部位は自閉症関連遺伝子を決定するヒントとなる遺伝子を含んでいる可能性があるとのことである.

この研究結果は12月4日に専門誌に発表され,この染色体部位では自閉症例における欠損報告の1例目であり,自閉症の遺伝的背景の理解のための補助となるであろう.

M. Anne SpenceとMoyra Smith教授は,研究グループを率いて研究を行い,症例の第15染色体に欠損部位を発見した.欠損しているDNAは自閉症の発生率に影響する遺伝子を含んでいる可能性があるのである.

「我々は,たくさんの遺伝子が欠損部位のある染色体のブレークポイントで影響を受けていることを発見した」とSpenceは語る.「このような詳細な情報が,欠損遺伝子が自閉症の候補遺伝子に一致するのか,自閉症にいたる遺伝子の相互作用にどうかかわるのかなどの疑問に解答をだすための補助となる.我々はこのような情報で遺伝的背景を明らかにできれば,治療につながる可能性が開けると考える」と付け加えた.

研究者たちの仕事はNIHなどが研究費を出している国家的自閉症の原因研究の一部である.自閉症は原因不明であり,アメリカでは500人に一人の頻度で小児期早期に表面化する.自閉症者は,思考過程,感情,社会的能力に問題を生じ,社会から隔離された状況が容易に生じる.

Spenceのグループは自閉症と診断された子供たちの遺伝子のスクリーニング検査を行った.46個の全ての染色体の注意深い検討を続けていた結果,ある症例で15q22-q23部位の欠損が見つかったのである.

「遺伝は,自閉症で重要な因子であることはこれまでも言われていたが,自閉症によりなり易くする特異的な遺伝子を同定することは困難であった」とSpenceは語る.また,「自閉症は複数の遺伝子の相互作用によりもたらされることが最も考えられ,それぞれの遺伝子の影響は小さいことが考えられる.我々は,本例の家族および他の協力者の皆さんが我々の研究継続を許してくださったことに感謝します.この研究により複雑な遺伝子のパズルを解け,自閉症の原因や治療に関して視野がひらけることを希望する」と述べた.

研究グループは,他の自閉症例を検討しつつあり,また脳スキャン技術を使い,発達上のおよび生理学的変化が自閉症脳に起こっていないかを検討している.以前,この研究者たちは診断法や早期介入法についてもまとめ,アメリカ神経学会で認可されている.

 


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