(虫歯や歯周病にならないで、頭も良くなる方法を教えます)
秘伝「かむ健康術」その6

   著者 市来英雄



@ フッ素を多量に摂取できる
青背の魚と海藻類を見直そう


107歳で死亡されたきんさんは、小児期の頃の食べ物は魚が主体で、ほかに何でもよく食べられたといいます。

特に好きなのは魚の刺し身で、ほかに魚料理とうどんもお餅も好きだったともいいます。

「三度の食事を、決まった時間にしっかり食べる」これらが故きんさんのモットーでした。

さて、人間も含めて動物は、魚から進化したといわれています。

その動物の先祖である魚は海で生まれ育ち、泳ぎながら小魚を丸ごと食べていました。

私たち人類がこの地上に姿を見せたのは、200万年くらい昔のことといわれています。

そのときの海の環境が人間には今もそっくりそのまま残されているという興味深い事実があります。

たとえば、私たちの全身をめぐり流れている血液にしても、赤ちゃんが育てられている母胎中の羊水も、

海水と同じような比率でナトリウムやカリウム、カルシウムや塩素、フッ素が含まれているのです。

つまり、人間の血液成分=海水=リンゲル液=羊水という式が成り立ちます。

参考までに、前述した地殻の構成と同じように海水の中の元素を多い順に並べてみると、1位が酸素(O)、2位が水素(H)、3位が塩素(Cl)。さらに4位がナトリウム(Na)、6位がイオウ(S)、7位がカルシウム(Ca)、10位が炭素(C)、

14位がフッ素(Fとなっています。その後16位がチッ素(N)、19位がリン(P)、

20位がヨウ素(I)、23位が鉄(F)と続いています。ちなみに、ごく最近新しく食糧成分表に追加された亜鉛(Zn)は22番目、マグネシウム(Mg5番目、銅(Cu)は29番目となっています。

地球に存在する元素は、ほとんどが生物体の中に発見できています。

このように、微量元素は、人間が生きて活動するのに決して欠かせないものです。

古来より、それらは食物を通してバランス良く人間の体に入ってきました。

また、多ければ不要なものとして排泄される機構が人間の体には自然に備わっています。

食物の中で、それらを効率よく補給してくれるのが魚類です。

魚類には、歯にたいせつなミネラルのフッ素もカルシウムも多量に含まれています。

また、私たちには海に生まれ育った先祖の時代の味覚が残っているはずです。

この味覚を今に生かすこと、魚を丸ごと食べることが、私たちにはふさわしいことでもあります。

魚は、歩く動物の肉にくらべていろんな点でも優れています。

魚も肉も酸性の食品です。魚を丸ごと食べると、何種類かのミネラルを同時に、そして豊富に摂取できます。

そのミネラルは酸性を打ち消す力を持っています。

血液は弱アルカリ性ですが、酸性に傾くとアチドーシスという酸血症になります。

それは体の調子を狂わせ、病気に対する抵抗力も弱まるし、病気の回復力も乏しくなります。

またかぜもひきやすくなります。酸性やアルカリ性の度合は、食べるものに含まれているミネラルの種類と量によって決まるということは先ほども述べました。

そのうえ魚のタンパク質は、人間の体や歯の骨組を作るのに欠かせないコラーゲンを合成するのに

必要なアミノ酸を含んでいるので、とても都合が良い食べ物ということがいえます。

故きんさんの話にもどりますが、故きんさんの食事で、昼のおかずで最も多いのは、甘辛味の煮魚でした。

夜のおかずには赤身のマグロの刺し身で、大きく切った刺し身の四つ切れを毎日のように食べておられました。

出来立てのほっかほっかのおかゆの上にマグロの刺し身を乗せてご飯といっしょに口の中に運び、

何度も何度も歯のないドテでゆっくり噛んで、「うみゃあ、うみゃあ」と言いながら食べられておられたそうです。

さて、牛肉自由化の波が押し寄せ、それを消費者に拡大するための宣伝と若者の嗜好変化から、

食生活は欧米化してきています。食卓には穀類、野菜そして魚類、海藻類の減少が目立ってきています。

牛肉や豚肉に含まれるのは脂肪(固形)です。脂肪という字は「旨くて肥える(おいしくて太る)」という意味です。

この脂肪は、体の中でコレステロールに変化する率が多く、過剰に摂取しすぎると、

血を濁すうえに、体を酸性体質に変えて、いろんな病気の原因を作るとされています。特に、

動脈硬化症を起こす原因にもなっています。

ただし、脂肪をとりすぎて、血液中にコレステロールが増加しすぎると問題になりますが、

コレステロールは人間にとって、ある程度は必要な成分です。

第一に、コレステロールは、人間の体を構成している細胞膜の成分として必要なものです。

第二に、体の中でコレステロールが原材料となりビタミンDを作ってくれます。

ビタミンDがないと、カルシウムを骨に貯蔵できなくなって、質の悪い歯や、あごの骨(歯槽骨)を作ったり、

現在盛んに問題視されている骨粗鬆症の原因ともなったりします。

さらに、体にとって非常にだいじなある種のホルモンや胆汁酸などもコレステロールが原材料となって作られます。

ですから、肉はほどほどに、いろんな種類の食品といっしょに摂取すべきでものなのです。

魚のアブラは「脂」と書かずに、「油」と書きます。

魚は、魚油で白く固まったりはしません。それは中に含まれている不飽和脂肪酸が多いためです。

この不飽和脂肪酸は、実はむし歯から歯を守ってくれる働きもしています。

魚が、体や歯のためによいとすすめられるのも、良質の不飽和脂肪酸が非常に多いし、

口腔の健康のためには、むし歯を抑えたり、むし歯におかされない丈夫な歯を作ったりする栄養素も豊富に含まれているためです。

というのは、この不飽和脂肪酸は歯の表面に保護膜を作り、

またそれに含まれているいろいろなミネラルは、歯を溶かさせないようにと守ってくれています。

唾液のだいじさの項で後述しますが、歯がまんいちむし歯にかかっても,

ごく初期の段階では,これらのミネラル(特にフッ素)でむし歯の場所は元通りにもどされます。

この現象を、「再石灰化現象」言っています。

特に、魚に自然な状態で豊富に含まれているフッ素は、歯がむし歯菌の出す酸におかされないよう、

歯が作られる過程で豊富に食べることによって、体内から歯を丈夫にしてくれるばかりでなく、

体外からはむし歯菌の増殖を抑えるという働き(極微作用=たとえば、銀製の食器が細菌を寄せ付けないという作用)があります。

また、再石灰化作用もあります(後述します)。

魚の中でフッ素が最も多いのは、骨ごと食べられる煮干し(54ppm)で、次にエビ(49ppm)、めざし(40ppm)の順です。

魚肉では、王様はイワシ(19ppm)で、次にアジ(13ppm)、マグロ(10ppm)の順となっています。

青魚、つまりイワシ、カツオ、鹿児島で有名なキビナゴなどには、血管をきれいするという重要な働きがあります。

また、血栓を防ぎ、動脈硬化や心筋梗塞を予防するEPA(エイコサペンタエン酸)が多く含まれています。

グリーンランドに住んでいるイヌイットに血栓症は少ないのですが、デンマークへ移住したイヌイットには血栓症がふえています。

それは、魚を食べる習慣がなくなったからです。

冬場には脳血栓や心筋梗塞がふえるといわれるほど、血栓症と季節との関連性は大きいのです。

病気がおこるのは、血管が寒さによって収縮するからです。

ところが、茨城県・北茨城市の大津港では、夏にくらべて冬のほうが血栓症の発病率が減少しています。

大津港の冬場はマイワシの収穫期で、油ののったマイワシの収穫高が著しくふえる時期です。

しかし、マイワシの収穫高が減少する3月には、大津町では血栓症がふえる傾向にあります。

さらにサカナを食べることでよいのは、魚油には脳の機能を活性化して学習能力を高め、制ガン作用があり、

目の網膜反射機能を向上させるDHA(ドコサヘキサエン酸)が多く含まれていることです。

ただし、魚の脂肪は非常に不安定で酸化しやすいのです。

酸化すると過酸化脂質としてかえって有害にもなりやすいといいます。

なるべく新鮮なものを調理して、すぐ食べることが望ましいわけです。

魚を丸ごと食べて、魚の骨などに含まれているカルシウムとフッ素などのミネラルを摂取することも非常に大事なことです。また、魚類に含まれている、ビタミンA,D,Eは老化や動脈硬化の予防・防止、ボケやがんの予防効果もあると言われています。

魚以外でカルシウムなどのミネラルが多い海産物は海藻類であり、その中で最も高いのはワカメ、ヒジキです。

海藻類に含まれる活性アミノ酸カルシウムは骨密度の低下を防ぐといわれています。

しかもワカメは、歯を丈夫にしてくれるフッ素が14ppmもあります。

 昔、日本人が外国人よりもカルシウムの摂取量は少なかったのに、骨粗鬆症が少なかったのは

海藻類を多く食べてきたからだともいわれています。

しかし、現代は食べ物が欧米化してきているために、欧米と同じように日本人の骨粗鬆症が増加しています。

また海藻には、アルギン酸という食物繊維が含まれています。

体内に入る前にワカメの塩分とアルギン酸はすぐに結合して、アルギン酸ナトリウムとなってしまい、

塩分過多で起こる高血圧症の危険性を低くします。

(ただし、塩漬けのワカメは、食べる前に十分に塩抜きすること。そうしないとかえって血圧が上がる)。

いずれにしても、古来日本人の食卓に欠かすことのなかった魚や海藻類をもっと積極的に食べるように、

自分の食事を根本から見直してみましょう。



A 魚に含まれているDHAの効果
日本の子どもの知能指数は高い


最近脚光を浴びているDHA(ドコサヘキサンエン酸)は、魚の脂肪に豊富に含まれており、特にカツオやマグロに多いのです。

これは脳の機能を活性化する物質として注目されています。

相模中央化学研所の矢沢一良主任研究員と研究チームが、

高学歴が多いといわれる鹿児島県奄美大島の大和村今里という小さな村を調査しました。

今里地区では明治34年にカツオ漁が始まりました。

それ以来、地域の人々もタンパク源としてずっとカツオを食べていましたが、

貧しかったこともあって頭や目玉もしっかり食べていたといいます。

わずか200戸足らずの地区でしたが、そこにはIQ(知能指数)の高い医者、学者などが多く輩出しています。

研究チームがこの地区を研究対象地区としたのは、

小さな村に医者や学者が多いのはDHAと関係があるのではなかろうかとの理由からでした。

DHAは、魚の身や目の脂肪肉に多く含まれている高度不飽和脂肪酸の一種です。

DHAは、大人の脳細胞の脂肪性外皮に10%程含まれているといいます。

4年前、イギリスのクロフォード博士は、「日本の子どもの知能指数が高いのは、

魚を食べる食習慣があるから」と発表ました。

脳には、約150億個の神経細胞が集まっています。

一つ一つの神経細胞は星のような形をしていて、そのうちの1本の角は長く伸びて軸索突起という名前が付いています。

残りの角は短くて、先が木の枝のように細かく別れているので樹状突起という名前がつけられています。

この二つの神経細胞の突起どおしは、隣の神経細胞とお互いにつながっていて情報を伝えています。

いわばそれは電気のコンセントとソケットのような役目をしていまる。

神経繊維はコードですが、そのコードを外部から絶縁して伝導速度を速める役目を果たしている

髄索ミエリンという脂肪性の外被があります。

その脂肪性の外被には約10%のDHAが含まれ、神経繊維に独特な灰白色の色と蝋のような外観を見せています。

このようにDHAは脳への伝導速度を速め、脳の働きを活発にする作用をもっています。

特に、記憶をつかさどる「海馬」の部分には25%の高い割合でDHAは含まれているといいます。

この場所は、学習して脳にインプットされてきたものを保存する、いわばコンピュータ記憶素子というような重要な部分でもあります。

そのほかDHAは、人間の眼球網膜や母乳にも集中して含まれています。

早くからDHAを研究している矢沢主任研究員は、「魚の油にはDHAは多量に含まれている。

シソ油やナタネ油、大豆油には、αリノレン酸(DHAと同じ系列の脂肪酸)が含まれており、

人間はこれを体内でDHAに変え、脳などの器官に送っている。しかし変換の割合は低い。

最近の研究では、DHAは脳の働きを活発にするほか、コレステロール値を低くしたり、

痴呆症やガン(大腸ガン、乳ガン)を予防したりする効果があると報告されている。

現在は95%以上の高純度のDHAを低コストで生成する技術も完成した。

その生成されたDHAを、農林水産省食品総合研究所の鈴木平光氏らが行った実験で、ネズミを使った迷路の実験に使ったところ、

物を探す能力や判断力、臭覚を強化するDHAの学習効果が確認された」と語っています。

しかし、現代の魚離れした若者たちがDHAの存在を認識したとしても、食卓にどれほどサカナ料理を並べるかは疑問です。

最近マスコミが、魚、特にマグロの目の回りにDHAが多く含まれているととり上げてから、

特に受験生のいる家庭にマグロの目が売れだしたといいます。

望ましいDHAの摂取量は、1日 5001000ミリグラムが適量であり、

摂取量の目安は、DHAが多く含まれる魚を50100グラム食べればよいといいます。




B 合言葉は「太陽を食べよう」
自然の野菜を自然に食べること


魚や牛が、「動く命」なら、野菜や海藻は、「動かない命」といえます。

野菜や海藻は、降っても照っても、波の動きがあっても、自分の居場所を変えられないので

自然に備わった粘り強い仕組みと弾力に富んだ働きが身上です。

野菜や海藻の命はみな、水分の多いかたちに保たれています。

この水分が、生きる力・耐える力・伸び縮みする力の源です。

波・風にもまれ、日光を浴びた野菜や海藻は、より大きな命を持ち、人間の体に素晴らしい活性を与えてくれるし、

人間という機械の潤滑油としてかけがえのない働きをしてくれます。

それに野菜は、季節ごとに、人間の体に自然のリズムも伝えてくれます。

この自然界の情報が、体の自然に対する順応性を高め、生命活動を盛んにしてくれるのです。

(しゅん)のありがたさです。

根・茎・葉・花には別々の命があります。これらの命が一丸となったとき、本物の命になって底力をあらわします。

動物性食品による酸性化を中和するためにも、野菜・海藻・緑茶といった植物性のものがどうしても必要です。野菜類は理想的なミネラルやビタミンの供給源であり、体が酸性になるのを防ぎ、機能を高めてくれます。

野菜に含まれるカルシウムの量を知る目安として、緑が濃いほどカルシウムが多く含まれていると考えればよいのです。

緑黄色野菜の王様は、やはりにんじんです。

にんじんは英語でキャロット(carrot)といいますが、これはカロチンの言葉から発祥しています

カロチンは、脂肪と結合して体の中でビタミンAと同じ働きをします。

にんじんを食べるときは、油やマヨネーズなどと一緒に食べるとより有効です。

野菜には緑黄色野菜と淡色野菜があります。

緑黄色野菜は、原則として、生の状態で食べられる部分の100グラムあたりのカロチンが600マイクログラム以上あるものをいいます。

しかし、ピーマンは270マイクログラム、トマトは390マイクログラムしかありませんが、

この二つは例外で、なぜか緑黄色野菜の中に入っています。

カロチンは病気に対する抵抗力(免疫反応)を高めたり、細胞のがん化を抑制したりする働きがあります。

にんじんにはカロチン(7300マイクログラム)だけではなく、ビタミンCや食物繊維、多くのミネラルが含まれています。

成人病を防ぐ栄養素を多く持っているばかりではなく、心臓疾患などの循環器系疾患や、肺ガン、胃ガン、

前立腺ガンなどの多くのガンの予防、さらには老化防止などに有効性です。

現代の人々は野菜が不足しがちなので、緑黄色野菜・淡色野菜のどちらも大いにとるよう心がけるべきです。

緑の濃い野菜のイメージとしてすぐにピーマンを思い浮かべる人もいることでしょう。

しかし、現在、ピーマンの栽培方法が変化したためカロチンが大幅に減少し、
緑黄色野菜のとしての地位が危うくなっているといいます。

緑黄食野菜は,1日に100g(例えば、ほうれん草や小松菜なら1213束。アスパラガスなら5本)、

淡黄色野菜は、200g(例えば、きゅうりなら1本、玉ねぎなら14個、なすなら1本がおよその目安)の300gが最低限必要です。

さて、毎日食べる食事に野菜類を取らずに、人工食品でとることは、ミネラル不足で死ぬことになったり,

精神面にも大きな影響が及んだりします。

このことは、赤軍派が人質をとって立てこもった浅間山荘の事実も物語ってくれました。

医者で長寿村を開業されておられる古守豊輔(こもりとよすけ)先生は、

講演の中で“ミネラル不足で精神面に及ぼされる影響”の一つとして赤軍派のことを語られました。

「…・・犯人の連中は、なにしろ,缶詰中心の生活でカルシウム分も何もないものを食べていたんです。

野菜、山菜もなく、穀類もろくに食べていませんでした。

だから、カッカッとして,同士討ちをするとか、取っ組み合いをするというところまできいいたんじゃないですか」と。

さらに、古守先生は、

「ある従軍した兵士から聞たんですが、彼は、インド洋にある島に、日本軍として駐留していました。

その島には、イギリス軍から戦利品として押収した缶詰がたくさんありました。

ところが、その島には、野菜や,山菜もまったくありませんでした。

そこで毎日が缶詰中心の生活が始まったのでした。

そうするうちに、毎日のように、各隊の兵士の中から栄養失調で、1日に確実に2人、3人と死者が出たそうです。

その後,たまたま,別の島へ移りました。そこでは、サツマイモを作りました。

兵士たちは、サツマイモができるのも待ちかねて、芋の葉っぱをゆでて食べたそうです。

するとみんなはたちまち元気が回復して,精神面も落ち着きをとり戻したそうです」と。

話は変わりますが、ライオンなどの猛獣が草食動物を倒してからねらうのは、まず獲物の胃や腸だといいます。

その中にはまだ消化中の草や木の葉が豊富にあるからです。

それは肉食獣のミネラルとビタミン、繊維素の重要な補給源になっています。

アメリカ国民は、現在、肉の摂取過多状態にあります。

そのために穀類や野菜を主にし、肉を減らそうと日本の食事を目標にしていますが、

日本はむしろ反対に欧米化しつつあることは先に述べました。

しかし、アメリカ人は肉ばかりではなく、肉を食べる前に必ず多量のサラダで野菜類をとっています。

以前、私は、アメリカのユタ州のソルトレークシテイにある歯科医院を訪ねたことがありますが、

そのとき、それを十分に体験しました。

日本から飛行機を乗り継ぎ、目的地のソルトレークシテイに到着したのは、ちょうど正午でした。

出迎えにきていた歯科医師は、私をすぐ、空港にあるレストランに連れていってくれました。

歓迎に、まずごちそうをしてくれるというのです。

しかし、私は何回も機内食を貪欲に食べていたので、もう満腹で何も入りそうもありませんでした。

せっかくの好意を断るのは悪いということで、メニューを見てサンドイッチならばと注文してもらいました。

なんと、最初に出てきたのは、洗面器の約半分くらいのボールに山と盛られた色とりどりの生野菜のサラダでした。

次に運ばれてきたサンドイッチは、なんと部厚いサンドイッチステーキ状の肉に、パンのスライス1枚がはさまれたもの。

日本のサンドイッチとは正反対のものでした。

私は、ほとんどを食べ残し、出迎えの先生と店のマネージャーに丁重におわびしてレストランを出ました。

以上は、私が体験したほんの一例ですが、

アメリカでは肉を食べる前に、おどろくほど多量に野菜類を食べていることが理解できるでしょう。

さて、むし歯に侵されにくい丈夫で硬い歯を作るフッ素は、野菜に豊富に含まれています。

特に、お茶の葉には驚くほどの量のフッ素(380ppm)が含まれており、植物から摂取できるものとしては最高です。

しかし、飲みもののお茶になると、フッ素の滲出量は著しく減少します(0.7ppm)

もちろん新芽をつんだ新茶よりも番茶の方がフッ素は多いのです。

葉を粉にして食べる抹茶、最近販売されるようになった「食べるお茶」には、
葉に含まれていたフッ素はまるごと含まれることになります。

しかも、むだなくビタミンや他のミネラルも摂取できます。

その次にフッ素の量が目立って多いのが、じゃがいも(2.8ppm) さつまいも(1.5ppm)のいも類です。

続いて,大根(1.9ppm) にんじん(0.5ppm)となっています。

野菜類が人間にもたらしてくれるもう一つの恩恵は、野菜に含まれている繊維です。

日本人はもともと穀類人類であったということは先に述べました。

そのために日本人の腸は長くできています。肉類を主に食べている外国人は腸が短いのです。

この腸の蠕動運動には野菜の繊維が必要で、さらに繊維は大腸を刺激し、有害成分を排出する働きをしています。

また、野菜類を食べると、歯の表面の汚れがある程度除去されます。

これは“自浄作用”というもので、噛むことによって食物繊維が口の中で動き回り、

歯の表面の汚れをまんべんなく落としてくれるのです。

そのためにむし歯や歯周病がある程度予防できます。

「食後に、りんごなどのかたい果物を食べなさい」、

「食後は、たくあんなどの漬け物を食べて、お茶を飲みなさい」といわれるのも、同じ理屈です。



野菜の多様な薬効

(「医食同源のくらし」高石清和氏。あなたとサンスターNo.150,1998.1号より)

野菜類

薬 味

薬性

薬 効

ほうれん草

健胃、消化,整腸、止潟、止血

ネギ

甘,辛

健胃、整腸、利尿、鎮痛、鎮静、解熱

大 根

甘、辛、苦

健胃、鎮痛、解熱、咳止

ゴボウ

辛、苦

消炎、利尿、排膿、収斂、駆風

コンニャク

利尿、消炎、止潟

ニンジン

甘,辛

健胃、鎮静、強心、強壮

サトイモ

甘、辛

鎮痛、消炎、便通

大豆

健胃、利尿、止潟、滋養強壮




C 不飽和脂肪酸は強い歯づくりのもと
子どもは木の実や種子類を多く

「ゴンベが種まきゃカラスがほじくる」というように、鳥や動物は、種子や木の実の良さを十分に知っています。

小動物が果物を食べるときには、まず種のほうから先に食べます。

種子や木の実は“生きる力の原形”と言われ、一粒の種子や木の実は、

言わば“一木一草”にあたります。

それは完全にバランスのとれた栄養成分を持った“生命力の分身”とも言えますし、

乾燥していてもそれは生き物です。

種子類や木の実には、血液中のコレステロール値を低下させる、また、歯も守ってくれる働きのある不飽和脂肪酸の中のα― リノレン酸や、ビタミンEFも豊富にふくまれています。

 また、アメリカの生化学者の説によると、ガンは一種の栄養素の欠乏症であり、

特にビタミンB17で、アミダリンと呼ばれるものの欠乏であり、これを特に多く含むものは果実の種子であるといいます。

しかも種子は、特に老化を防ぎ若さを保つ食品としても、また、歯にとっても貴重な食べ物でもあります。

エジプトの王家の墓群で、墓ドロボウにまだ荒らされていなかったツタンカーメン王の墓がそっくり発見されたとき、

いろいろな宝物や調度品も発掘されました。

エジプトでは、ミイラとなった王は、はるかな将来に再び生き返るという伝説が信じられ、墓の中の一部屋には必ず調度品とともに、生き返ったときの食糧として多くの種類の種子類や木の実が埋葬されていました(写真でみると、動物をかたどったベッドの下に、そら豆状の多数のケースがあり、その中に保存されています)。

ツタンカーメン王も、それらとともに葬られていたのでした。

実物は、現在、エジプトの国立博物館で見ることが可能ですが、その種子類の一つ、エンドウの種子は世界中のいろいろなところで生き返り、きれいな花と種子を人々に提供してくれています。そのように、種子は自然の中に返されると何千年たってもたちまち成育を始めるのです。ということは、種子は“生きる力の源”、あるいは“生き物”であるということをあらわしています。

その種子からとれる植物油は、血管や組織の中にたまる老廃物を運び出す力が強く、脳の働きを活発にし、

体にスタミナをつけてくれます。

種子はまるごと食べることがたいせつで、そのほとんどはよく噛まなければなりません。

そのため必然的にあごの運動が多くなり、脳への血の循環もよくなります。

噛むことをくり返すほどに、味は“うま味”を増してきます。

しかし、良質の不飽和脂肪酸といえども、取りすぎるのは全身にはよくありません。

適量を知り、いろいろな食品をまんべんなく食べるということがたいせつなのです。

というのは、これまでに、リノール酸はコレステロールを下げると注目されて,大いに紹介,推奨されてきていましたが、

取り過ぎるとコレステロールの善玉,悪玉もいっしょに下げてしまうことも分かってきました。

ですから、あれが良い,これが悪いと聞いて、どちらも極端でありすぎたらかえって良薬が毒にもなる場合があります。

これが栄養の何よりの基本で、その基本となるのはバランスです。以上のことは,すべての必須栄養素にも言えます。



D 頭も良くなる・歯も強くなる
歯科医もすすめる「かむ」効果


人間の行為はすべて、大脳でコントロールされています。

脳細胞の数は、生まれたときから約150億個と決まっています。

他の臓器や組織の細胞は新陳代謝によって再生されますが、脳細胞は再生されません。

その脳細胞も、20歳代から1日平均10万個くらいずつが萎縮・消失しているといいます。

老化によるボケは、ある部分では20才代から起こっているといっても過言ではありません。

脳細胞が、急激に萎縮・消失するといわれる50才を境にして、老化は避けられない宿命であり、物忘れやボケは多くなっていきます。

そこで、老化やボケを少しでもくい止めるために、手っ取り早くだれにでも実行できる、
「よく噛むこと」をおすすめしたいと思います。

複雑でいつも忙しい脳は、驚くほどの割合でエネルギーを消費します。

したがって脳細胞は他の細胞よりもずっとたくさんの酸素やぶどう糖のような燃料を必要とします。124時間働き続けているので、

脳細胞だけでも、人が消費する全酸素の20%以上を消費するといわれています。

ものを噛むためには、顔や頭の周囲にある25以上の筋肉を使います。

よく噛むことによって、頭への血の巡りをよくして脳の機能や働きが活性化されてきます。

つまり、よく噛んで食べると脳内温度が上昇し、脳血流の循環は活性化(ポンピング運動という)され、

脳に十分な酸素と栄養が送られ、脳神経細胞も刺激されて脳細胞の代謝が活発になるわけです。

最近の研究では、よく噛むことによって出てくる唾液の中には、記憶力や知性を高めるホルモンが入っていることが分かっています。

ということは、よく噛んで食べることは、精神的にも好ましい影響を与えるということです。

貝原益軒も、『養生訓』の中で、「よく良く噛んで食べること」を説いています。

噛む筋肉が活動しているときは眠くならないということも、皆よく知っています。

噛むことによって大脳の働きである記憶力、認識力、思考力、判断力、集中力、注意力などが高まるからです。

車の運転で、眠らないようにするにはガムを噛めと言われていることもこれに通じます。

神奈川県の堀田裕二歯科医師は、老人ホームとボケ(痴呆症)の専門病院で、入院している老人の口腔検診をした結果、

「痴呆専門の病院では圧倒的に噛める歯のある老人が少なく、老人ホームでは噛める歯を持っている老人が多かった」と報告しています。

噛める歯が少ないから痴呆になったのか、痴呆だから歯科医院に行けずに、またはブラッシングなどを完全にできずに歯の状態が悪くなって噛めないのか分かりませんが、いずれにしろ、痴呆の予防には「噛む」ということがいかに大事であるかということを示す報告の一つです。

以下、噛むことの効用を列記してみましょう。噛むことが体全体にとっていかに大事かが理解できると思います。


◇噛むことは、脳を使うこと、つまり脳を働かせる。

噛むことは、食物を小さく砕き、つぶし、消化を助ける。

噛むことは、味覚を刺激する。

噛むことは、嚥下しやすくするようにと、食塊を適度に形作る。

噛むことは、唾液や胃液の分泌を良くし、消化吸収を助ける。

噛むことは、食品中の危険物を発見してくれる。

◇噛むことは、子供の発育を促す。

噛むことは、子供の脳の発達を促す。記憶促進(噛む力の弱い子供より、強い子供のほうが、

知能が高いという相関関係も出されている)。

噛むことは、精神統一や注意を集中させてくれる。

噛むことは、脳卒中予防。

噛むことは、精神を安定にする。ストレス解消にもなる。

◇噛むことは、目の毛様体の筋肉を鍛え、視力低下を防止する。

噛むことは、肥満を防止する。またはスリムになれる

(フレッチャーさんの話の項参照)

噛むことは、瞬発力を養う。

噛むことは、口腔内の清掃作用を促す。

◇噛むことは、味覚の発達を促す。

◇噛むことは、正常な咬合と歯並びをつくる。

◇噛むことは、正常な発音と美しい言葉を生み出す。

◇噛むことは、ガンの予防につながる。

噛むことは、老化防止につながる。

噛むことは、アレルギー予防につながる。

噛むことは、ストレスを発散させる。

噛むことは,本能的な満足感が満たされる。

むし歯の多い子供は知能の発達が遅れるということは、ずっと以前からアメリカの心理学者たちが証明しています。

むし歯が多くて良く噛めないと、脳に十分な酸素と栄養が行き届かないばかりか、カツカツ、カチカチ、

バリバリ噛む時の振動が脳細胞に刺激を与えないので、記憶素子をよみがえらせることができないということでした。

昭和50年ころ、日本でも、大阪市立大学の中 修三教授らが、子供たちの「噛むことと成績との相関性」の研究で、

同じ事実を検証し発表しました。

結果は、良く噛む生徒は成績も優秀だったということでした。

朝日大学歯学部の学長で元口腔生理学の教授、船越正也先生は、「噛むことと脳の働きは深く結びついている」と、

その実験と結果を公表しています。

それは、かたい固形食と、これを砕いて食べやすくした粉食とで飼育した2グループの子ネズミを使った実験で、

学習能力と知能の差を調べたものでした。

同じ両親から生まれたネズミのうち、かたい固形食を与えられたグループは、粉食のグループに比べて20%も学習能力が高く、

また知能を調べる「迷路テスト」でも、固形食のグループが俄然成績がよいという結果が出ました。

船越教授は、「硬い餌を食べているときのほうが、脳表面の温度上昇が大きく、脳細胞の代謝が盛んになる。

あるいは循環する血液がふえているとも考えられる。

脳に刺激を与えることで学習能力を高める脳のホルモン分泌を盛んにしている可能性もある。

結果を直接人間にあてはめるのは危険だが、発育期にやらかいものだけを食べていると、

かたいものをよく噛んで食べている子供より脳の発達が遅れるといえるかもしれない」とコメントしています。

もう一つの実験では、3匹の子猿を、1匹は上下の歯のすべてを抜歯、もう1匹は左側の上下を半分抜歯、

残りの1匹は普通にして育てました。

全部抜歯した猿は木に登れず、半分抜歯した猿は途中まで、歯に手を付けなかった猿だけが普通に登れました。

脳を解剖してみると、全部抜歯した猿の脳は全く未発達で、半分抜歯した方ほうの猿は半分が未発達であったといいます。

これは、東京・日本橋で開業している松平邦夫先生の話です。

また、こんな研究もあります。自治医科大学の香川靖雄教授は、医学部学生の学業成績や国家試験の合否に、

朝食を取らない学生の合格率がかなり悪かったという研究結果を発表しています。

入学時には、学生の成績は非常に似かよっています。

彼らの以後の成績を調査した結果、入学時の成績と、その後の学業成績には相関関係がないということが分かりました。

出身地と成績の関係、身長や体重あるいは栄養の摂取量と成績との関係など、いずれもはっきりとした相関性はなく、

ただ朝食をとるか否かが学業成績に大きく影響したといいます。

人間の脳は、体温が下がるとその活動も低下します。

私たちが寝ている間の体温は,起きているときよりも約1度下がるといわれています。

このような低体温状態では,脳は十分に働きません。

朝起きたときには、まず朝食をとることです。朝食をとること、つまり、噛むことは、体温を上昇させ、

脳の温度を上げて、メラトニンという、夜、脳の働きを低下させて睡眠に追いやる物質を消滅させて、

かわりに覚醒させ脳を活性化させるセロトニンに置き換えます。

そのために脳の日周リズムを調節することになります。

日周リズムが狂うと、朝ばかりではなく、一日じゅう頭がボンヤリした状態になり、反応時間も遅く、

体力までも低下するといわれています。食事を規則正しくとることで、狂った日周リズムを修正できます。

香川教授はまた、「入学時に同じ程度の学力の学生であっても、食習慣の差によってその後に差がつく。

つまり、脳は常に活動しエネルギーを消費しているから、それを補給しなければならない。

朝食をぬいたり、噛まなかったりすれば、脳の働きが悪くなるのは当然である」と指摘されています。

最近,朝食ぬきと、食事を1人でとる(孤食児童)、あるいは家族とは別にとっている子供に

犯罪に走る傾向にあるという調査結果も出されました。

それは、筑波大学の左藤親次郎教授と茨城県の県警少年課が共同で行った研究でした。

補導した270名の中・高校生と、それと大体同じ一般の学生の、食生活の実態を調査しましたが、

補導された子供たちのほとんどは,朝食ぬいていた者が多数であったし、

またゲームやパソコンなどしながら家族とは別に食べている割合が多かったということでした。

また、早食いしたりしてよく噛まないと、気が短くなりβ波が出やすく、

噛むと瞑想しているときのような穏やかな気分になるα波が出やすいと言う研究もあります。

食文化史研究家の永山久雄氏の著書『戦国武将の食生活』によると、織田信長は塩辛いもの、

お茶漬のような湯漬けが好きで、流し込むような食べ方をしていました。

彼はご存じのように、気が荒く怒りっぽかったのです。彼の政権は長続きしませんでした。

豊臣秀吉もおかゆが好きで、あまり噛まなかったといいます。それでβ波が出やすかったのでしょうか。

信長の性格と似かよったところがあります。

徳川家康は、麦飯をじっくりと噛む食生活をしていました。

それがα波を出し、「鳴くまで待とうホトトギス」の、

まさに家康の性格そのままとなったのでしょうか。

よく噛むことで,脳内ホルモンのCCK-8が分泌され、ドーパミンの精神高揚作用を抑える、

つまり,興奮状態を抑える働きをしますから,精神状態は安定します。

ですからα波が出てくるのです。

また、噛むことにはストレスの発散の作用があることも分かってきました。

人は、肉体的、精神的ストレスがたまったときに、歯ぎしりやなどによってストレスを発散しているという研究結果も出ました。

この現象は、人間だけが持っていて他の動物には見られない機能です。

広島県の教職員組合が小学5年生から中学3年生の,約12千人の生徒を調べたら、

朝食をとらない生徒は約20%もいたといいます。

また、質問の中で、「よくキレルことがある」と答えた生徒のうち、毎日きちんと朝食をとっているでは15.5%に対して、

26.1%が朝食をとらないと答えていたといいます。

現在増加しているアトピーなどのアレルギーも噛むこととも関連しているという研究者もいます。それは,

よく咀嚼しないで未消化の状態で腸から吸収されると,

食べ物が、異物と認識されてアレルギーの抗原になりやすくなるということです。

また、朝食を抜くことで、脳ばかりではなく全身にも悪い影響が出てきます。

それは、心臓や,筋肉のエネルギー源である血液中のブドウ糖の低下が続き、

目覚めた状態であっても体は活発に動ける状態ではありません。

結局、昼食をとるまでは、ボーッと過ごすことになりやすいのです。仕事も勉強もやる気も起きてきません。

一日二食実行して肥満を防ぐという考えは錯覚で、かえって肥満体を作る結果になってしまいます。

というのは、空腹は増して、昼食や夕食にエネルギーを確保しようという行動に出て、
多量にとるということになってしまうからです。

このように一度の食事でたくさんとってしまうと、血糖値はぐんぐん上昇してしまいます。

それは、余分な糖として体の中に蓄えられ、かえって肥満につながってしまいます。

また、間食でごまかしたりするために、栄養の偏りもおきてしまいます。

これまでに噛むことの利点を話してきましたが゛、かたい食べ物を与えることが噛むことであると誤解したり、

噛むことが頭を良くすることにつながるからと信じ込んだりして、

母親は、「うちの子供に、きょうからさっそくかたい食べ物を噛まそう。

きっと頭の回転がよくなるはずだわ」と即座に実行するのは、少々注意を要します。

噛むということは幼児期からの習慣であり刺激であるので、やわらかいものを食べ続けていた子供に、

急にかたいものをしきりに食べさせることは危険です。

なぜならば、食欲不振になる危険性があるし、あごの関節が痛む顎関節症にならないとも限らないからです。

噛む訓練は、まず、あせらず、やわらかいものとかたいものをバランス良く食べさせることから始めるべきです。

幼児であれば、誕生後1歳半〜3歳ころまでの、脳がもっとも発達する段階に、食べることの楽しさを教えながら、

噛むことを促す食事を与え、さまざまな食物のあること、かたさのあることを体験させることです。

これらをくり返すことによって、初めて脳やあごなど発達し、心身の発育にも好ましい結果をもたらすのです。

少々脇道にそれますが、人間の脳の視床下部というところには、

「これ以上食べなくても良い」と指令を出す「満腹中枢」があります。

九州大学医学部生理学教室の大村裕教授がこの満腹中枢というのをみつけました。

大村教授によると、満腹感を形成する神経系の伝達物質は、神経性ヒスタミンであるといいます。

これがある量に達すると満腹感が起こります。

満腹中枢を刺激するのは、噛んで食べることであるといいます。

また、ごはんなどに含まれるデンプンがブドウ糖に変わり、血液中にとり込まれて、血液中の糖分がふえ、

血糖値が脳の満腹中枢を刺激するという説もあります。

血糖値の高い状態が10分〜20分くらい続くと、満腹感を感じるようになるといいます。

よく噛まずに早食いしたり、水やジュースや牛乳で食べ物を流し飲みする食べ方をしたりすると、

満腹中枢が働く前に食べすぎ状態になってしまいます。

お相撲さんのように早く太ろうと思ったら、食べ物を口から流し込むように食べることであり、

よく噛まないで満腹中枢を目覚めさせないようにしなければなりません。

反対に、太らないためには食事に時間をかけ、よく噛んで食物をとることが必要です。




E 頭の良かったスパイ
歯の中に秘密文書を隠す

これまでに、とてもかたい話しを続けてきました。

さぞ、読者の皆さんは頭も疲れたことと思います。ここで、きっと頭脳を休め、そして疲れをいやしてくれると思う、

「歯にまつわるおもしろいスパイ事件」をお話ししましょう。

これは本当にあった話です。

しかし、これは、決してだれも真似はできることではありませんし、または、決して真似してはいけません。

歯は、以外にもこういうことにも使えるんだなということも、前の項の「歯の働き」につけ加えてください。

昭和101935)年頃のことでした。

ロシア(以前はソビエト連邦共和国と言った)のスパイの中では最高の曲者とされた“ゲ・ぺ・ウ”の鋭い眼は、

数名の中国人歯科医師に注がれていました。

それ以来、不思議にも、ロシアと中国の国境では5年間の間に、多くのスパイ行動が発覚しないで密かにとり行われていました。

それは、ソ連極東軍政治謀報班が、中国警察と憲兵隊の警戒網を突破させるために、

ゲ・ペ・ウからの特別な訓練を受けた中国の複数の歯科医師にあるからくりをさせていたからでした。

それは、ゲ・ペ・ウが指定したスパイのむし歯の穴の中に、秘密の極秘文書を詰め込ませ無事に国境を越えさせ、

また現地の歯科医師によってスパイの歯から極秘文書を取り出させることでした。

これらの逆の行為も大いになされました。

歯に秘密文書を入れられたスパイたちは、怪しまれることなく中国に入ると、すぐに指定されていた中国人歯科医を訪ねました。

歯科医は、ふたとして細工したむし歯の詰め物を取り除くと、極秘文書を歯の中から取りだし、スパイたちに手渡しました。

このようにして極秘文書は中国側のスパイに、中国側のスパイからソ連軍に手渡されていたのでした。

昭和11年の秋ことでした。

ロシアと中国国境線近くの、汽車の中の出来事から、初めて、この歯を利用したスパイ行為が中国警察の目を引くことになりました。

ロシアの国境線を超えて中国に入ってきた一人の中国人の紳士が,常に落ち着かない態度で乗車していました。

乗り合わせている警察官は、紳士が警官を避けるような挙動不審の行為をみてとったので、不信に思い彼の身柄を確保しました。

そして、すぐに警官は中国憲兵隊に彼を引き渡しました。

さっそく、警察と憲兵隊の共同取調べが始まりました。

すると、彼の身体には、隠し持った、当時の金での数千円の大金が見つかりました。

紳士は、実は中国の“昂々渓”というところで開業している歯科医師だったのです。

厳しい取調べで、紳士が所持していたお金は、ソ連国境部隊の政治部員からもらったことを自白しました。

そして歯科医師は、これまでに、むし歯の穴を細工して秘密文書をうまく埋め込み、

ソ連軍に届けることを手伝っていたことも自白しました。

また彼は,中国のある地域の中国軍の実情を調べ、年2回ソ連に潜入しては、

その情報をソ連極東軍の政治謀報部に知らせていたのでした。

しかし、彼の逮捕以後も歯の中に秘密文書を仕組んだスパイ行動は、他の歯科医師に引き継がれて続き、

昭和16年までなされていたといいます。

この事件は、実存したスパイ事件ですが、現在のように精密で、限りなくミクロ化できる非常に発達した技術を

駆使するとしたら,いとも簡単なことです。

また、現代歯科医療の発達から言えば、歯科医師がむし歯の穴の中に秘密文書を仕込んでしまうことは

さらに巧妙で簡単にできることです。

例えば、先端技術の印刷や電子顕微鏡を駆使した極微小なマイクロフイルムを使用したり、
極小コンピュータのチップなどを埋め込んだりすることもできます。

あるいは、現在は文章でなくて、マイクロの交信機器や精巧な無線装置を組み込んだりして

むし歯の中に入れ込むことまでも可能です。

また、むし歯だけではなくて、精巧に作った義歯の人工歯に隠したりすることもできます。

無線機が組みこまれた歯を使って、振動型の通信機でパルス信号を受け取り、その歯からあごへ、

あごから頭脳へと振動パルス信号が伝わるようにして送られてきたパルスを解読できるようにしても可能です。

また、口から送信するときには、歯を小刻みにカチカチカチと噛み合わせるときのパルス
(モールス信号)で相手に届けることは可能です。

また、直接相手の声(声での受信)を聞きたければ、歯に仕込んだ超小型の無線機を使えばよいし、人間本来神経機構を利用して、内耳の聴覚神経にまで音声刺激を伝達できるようにすることでも可能なことです

(このことは、昭和52年に、私が作った長編SF小説「海底に咲く花」で、

海底都市に密かにもぐりこんでスパイ活動を続ける技師のウイルボーと、仲間のスパイたちとの交信に使ってあります)。




F 食べる楽しさをなくした子どもたち
よくかむ食事が良い歯を作る


「子供たちが噛まないのは、食欲がなくて食べたくないからだ」との厳しい指摘が小児科の医師から出されていました。

小児科医で実践女子大学の二木武教授は、

「噛まない子、噛めない子を論ずる際に忘れてはならないのは、飽食社会で食べる意欲のない子が増加していることである」と

常々警告していました。

それはなぜでしょうか?

子どもたちはいま、食べることの楽しみを失ったのでしょうか?

二木教授はまた、次のように言っています。

「丈夫に育ってもらいたいという願望から、親あるいは周囲の大人の意識的、無意識的強制が子どもの食欲を奪っていきます。

『元気でいい子になるためにたくさん食べてね』という過保護な環境や育児傾向が子どもの食欲発達を阻害しているのです」と。

一昔前、子どもは学校から帰ると、ランドセルを玄関にほおり投げるようにして外に飛び出していき、

暗くなるまで友だちと遊んだものです。

途中、家に駆け込んだと思うと、水(今のような冷蔵庫の中の冷たい麦茶やジュース、スポーツ・ドリンクなどではない)を

ガブガブと飲んで、また遊び直すために外に戻っていきました。

したたか外で遊んで、もう腹ペコの状態で帰宅し、母親の作ってくれる夕食が待ち遠しくて、

料理している母親の横から手を出し、おかずをつまみぐいして叱られました。

そして、出された夕食は一つも残さず皿までもなめるようにしてとり、「ああおいしかった」と

満足な気持ちでしばらくくつろぎ、そして宿題に取り組みました。

しかし、現代の子どもたちには、もうそのような経験,余裕はなくなってしまいました。

今の子どもたちはいろいろなことを強いられています。

学校から帰ったら遊ぶどころか、すぐに勉強に取りかからなくてはなりません。

あるいは、すぐに塾やお稽古事に行かなければならないというように、大忙しのたいへんな世の中になってしまっています。

私たち大人も、このような子どもたちに、栄養のあるものを与えたいと思う親心で、

「あれたべろ」、「これ食べなさい」と栄養価の高い食べものを強要する傾向があります。

空腹も食欲も感じない子どもたちに、親の都合で食事を強いているようなきらいがあります。

二木教授は、「親は『バランスのとれた食事をきちんと与えたい』と考え、それを実践します。

このことに問題があるのです」と指摘しています。

さらに、「人間はそんなにきちんと食べなければいけないのだろうか。いつもバランス良く食べさせようという食事指導が、

子どもたちの食欲を一方で奪ってきているのではなかろうか。

子どもにとって、食事は楽しいものではなくなって、一種の強制労働になってしまっている」と手厳しく指摘して、

さらに、「多くの人が栄養素の一定量(所要量)をバランス良くとらせないと発育が遅れるのではないか

という観念に縛られているからだ」とも言っています。

冷蔵庫を開ければ、果汁100%入りジュース(実は砂糖も添加物もたっぷりと入っている。

果汁100%とは、その添加物とは関係なく、しぼった果汁だけが水増しではなくて100%ということである)、

あるいはカルシウム・ビタミン○○○ミリグラム入りジュース、カロリー十分で、

しかも繊維素入りのジュース、果ては大人のために作られた栄養ドリンク剤までも、

子どもがいついかなるときでも手を出せるように用意されています。

そして子供がいつでも食べてよいように、食器棚には加工食品や、レトルト、インスタント食品の買い置きが待っています。

学校から帰ると、子どもたちはそれを勝手に食べて、宿題や勉強を始めます。

あるいは、塾やお稽古事に遅れないようにサッと出来合いの食事をかき込み、急いで出かけていきます。

あるいは、すぐに自分の部屋に閉じこもり、自分専用のテレビやホームパソコンでゲームやテレビ放映に熱中して、

親が、夕食の用意ができたと、いくら呼んでも食堂に出てこないので、

わざわざ子どもがいる部屋まで食事を運んでいるという例もたくさんあります。

19987月の、文部省の「子供の体験調査」によると、小学2年生の33%は自分の部屋を持ち、

中学2年生では64%、自分だけのテレビ持っているのは小学2年生8%、中学2年生で25%に達しているといいます。

子どもは机やテレビの前に座っているばかりなので、エネルギーの消費量はさほど多くなく、

精神的な疲労ばかりで食欲もわいてきません。ところが親は、食事の時間が来ると、栄養栄養で子どもに無理強いします。

子どもはますます食べる意欲を失い、ただ流し込むだけの「餌化」した食事となってしまいます。

強制された食事は、不安や恐れを呼び、唾液の分泌を制御し、

その結果、唾液に含まれている、消化酵素もホルモンも、口腔の細菌、

そして外来性の病原微生物の増殖を抑える物質も少なくなります。

おいしいものを楽しく食べると、唾液がドッと出てきて消化を助け、心までもなごませます。

この心理状態が、全身や口の中の免疫機能を強化し、病気に対しての抵抗力を高めてくれます。

これまで学校で、私たちは、栄養にばかり心を奪われて、

「食事は楽しい」、「一番の楽しみは食事だ」という食事指導や保健指導、教育をすすめてきませんでした。

また家庭では、父親や母親が働きに出ているために、
食事のときにはいつも家にいずに子どもは学校での出来事も話せないでいたのです。

また、だんらんを失った食卓に子どもはいつもポツンと一人だけという状況を、

私たちはこれまでに何の疑問をも感じてきませんでした。

また、黙々と食べるだけで何の楽しさのない、食欲もわかない食事風景が続けられてきました。

学校で,子どもたちに食事の絵を描かせると、以上のような境遇に置かれている子どもたちは、

食台の上にはほとんど単品の食品やさびしい、悲しい顔つきなど、そのままを表した食事状況がでてくるといいます。


二木教授は論文の最後に、「栄養所要量だけにこだわる食事ではなくて、子どもが楽しい雰囲気でとることができる、いわば『楽しさ所要量』ということも含めた保健・食事指導をして欲しい」と結んでおられます。

1997年厚生白書の国民栄養調査によると、「子どもだけで朝食をとっている,つまり孤食児童」は、1982年には22.7%でしたが、1988年には27%1993年には31.4%となって、確実に孤食児童は増加しているといいます。

しかし、これは家庭だけの問題ではありません、学校給食でも、わずか20分から25分の給食時間内に、本当に楽しい昼の食事ができるのでしょうか。子どもにとって給食時間は、はたして楽しみな時間となっているでしょうか。

おまけにその給食の時間内に、「食事がすんだら歯を隅々まで時間をかけてみがこう」です。

学校の教師から聞いたのですが、ある学校での給食時間には、今も、「三角(さんかく)食べ」を奨励して、

生徒が実行していないと怒鳴ったりガミガミしかったりしているそうです。

私は年齢の開きから、その、「三角食べ」という用語を知りませんでした。

話をしてくれた教師に、三角食べという食べ方はどういう食べ方かと聞いてみました。

「三角食べ」というのは、牛乳、おかず、ご飯を順番よく、一口ずつ交互に食べる食べ方ということでした。

給食時間が少ないということで子どもたちが実行している「三角食べ」を、学校ではどのようして実行しているかと聞くと、

「順序よく口の中にいっしょに入れて複雑な顔をしながらモグモグ混ぜ合わせ、そして、急いでゴクンと飲み込んでしまうのです。

言わば、口の中で作る現代の混ぜご飯です」と教師は教えてくれました。

さて、牛乳、おかず、ご飯全部が口の中で混ざり合ってしまったらどんな味になってしまうのでしょうか。

また噛む間もなく、唾液の混ざり合うまもなく飲み込んでしまったら今後どのようなことが起きてしまうのでしょうか。

皆さんも、もう、おわかりのとおり、全部が混ざり合ったらおいしさよりも気持ちが悪いというのは当たり前のことです。

いろんな働きをしてくれるという貴重な唾液もほとんど出ないで、そして食物に混ざり合う間もなく、

水洗便所式に口に入れた食物を胃の中にそのまま押し流してしまったら何が起こるのか、

それは今後、この本を読み進むとはっきりと分かります。三角食べの方法は恐ろしいことです。

また、先生がガミガミしかられながらの給食は、はたして、子どもたちに食欲がわいてきているのでしょうか。

これではまさに「餌」と変わりません。

家庭で、「餌」をかっ込み、学校でも、また「餌」をかっ込むことが許されてよいものでしょうか。

いまこそ、餌化した食べ物の与え方ではなく本当の食事、すなわち、

“だんらん、語らい、ゆっくり、ゆったり、よく噛む食事”が子どもにも、大人たちにも必要ではないでしょうか。


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