(虫歯や歯周病にならないで、頭も良くなる方法を教えます)
秘伝「かむ健康術」 その2

著者 市来英雄



@ 食物をおいしく、なんでも
かめるようにするために


口は健康の入り口、すなわち「門」です。

自分の歯を一生涯健康に保ち、自分の歯で何でもバリバリ食べることは一番の願いです。

貝原溢軒も『養生訓』の中で、「よく噛んで食べること」を説いています。

さて、よく噛んで食べることは、以下に箇条書きしたような大きな利点が得られます。

よく噛むことで、@口の中はもとより全身の健康を回復させます。

よく噛めるようになったために、普通でも出にくくなっているお年寄りの唾液や胃液の分泌をうながし増加させてくれます。

そのために唾液や胃液に含まれる酵素が、さらに食物の消化しやすい状態への変性を高め、

体内への養分や栄養素の吸収を進ませてくれます。

よく噛むことで、A脳の機能は活性化されてきます。

ということは、よく噛むことで脳に血液がよく送り込まれること(ポンピング作用)により栄養は脳のすみずみまで行き届き、

脳の代謝も活発になるからです。

このことによって、B味を感じる脳細胞も刺激され活発になり、口に入ったものがおいしく食べられるようになります。食べ物の味はさらにおいしくなます。

また、Cこれ以上食べすぎないようにと満腹中枢も目覚めてくれます。

 またさらに良いことは,よく噛むことで、Dこれがボケの予防にもつながっていくということです。

もう一つだいじなことは、よく噛むことで、E口の周囲の組織や筋肉に調和が取れてきます。

きれいに回復した口元は、つまり、そろった白い歯が口元から見えることは、生き生きとそして若々しく見させるための秘訣なのです。
また、F発音も回復させ声も若返ります。

(写真は、月刊 シルバー・エイジの表紙より1997.9月号)

         よく噛むことで、G本来ある自然な口元を回復することは、その人の人格や個性をも回復することになります

また、H精神衛生面にも大いに役立ちます。

しかし、年を経ると、多くの人は歯を失うことが起きてきます。

不幸にも歯を失っても、人間は、入れ歯を作って入れることができます。

自分の歯が早くなくなった人は、義歯でも元の歯近くまでに作ることができます。

歯を失った人が、入れ歯を入れて噛むことを回復することは、「よく噛んで食べること」になるために意義があり、

また、前にも述べたように、@〜Hのように大きな利点が得られることになります。

そのためには、歯科医院に行ける人は定期的な検診を受け、自分の歯の悩みについてなんでも遠慮なく相談をしましょう。

万一、体が不自由で行けない人は、近所の歯医者さんか歯科医師会に往診の相談をしてください。

現在、往診をしてくださる歯医者さんが増えてきています。

そのときにも、いまとても困っていることを、まず先生に相談することです。

往診してくれた歯医者さんは、1回目は大体、いま困っている所をすぐに応急の処置をしてくれます。

2回目からはさらに念を入れた治療に入ります。

しかし、往診の場合には治療方法に制限があります。しかし、先生はきっと何かよい方法で口の中の悩みを解決してくださるでしょう。

そしてその間に、先生や歯科衛生士は、患者さんやお世話している身内の方へ、口の中の衛生がしっかりと保たれるように、

もうこれ以上に悪くしをいように歯ブラシの使い方や入れ歯の手入れ方などの、「予防の方法」を教えてくれます。

これを毎日かならず実行しましょう。

さて、これから歯を使って、あるいは入れ歯を使って、ごちそうがおいしく食べられるようにするには

どうしたらよいかを述べてみましょう。

まず、歯医者さんから食べ物がよく噛んで食べられるように歯の治療をしてもらったら、

次に回復したその口で、さらによく噛めるように少しずつ訓練することです。

というのは、治療直後の最初は、噛みづらい人があるからです。

もうそのときから何でもバリバリと噛めることはほとんど望めません。


A 抵抗力の劣った高齢者は
特に口の中の清掃は入念に

最初から少しきつい話になりますが、口の中の衛生状態が悪いと、老齢や抵抗力の衰えている人の口の中に

住みついている細菌が肺に入り込み感染を起こし肺炎になって死亡したり、

血の流れに入り込み病気を引き起こしたりすることがあります。

一方、寝たきりのお年寄りが死亡してしまう肺炎には、口の中に住みついている細菌が原因となっているのが多い

ということが、最近の研究で分かりました。このことが、現在の医療界で大きな社会問題になっています。

口腔内にはかねてから、約200種類以上の細菌が何千億個も住みついています。

しかし、これだけ細菌が住みついていても普段病気は起こりません。

というのは、口の中では、細菌が単独で暴れだして病気を起こさせないようにと、
細菌のお互いどうしがにらみ合って均衡を保っています。
しかし,細菌が、なんらかのきっかけで暴れ出すことがあります。

これは、体力が劣って病気への抵抗力のなくなったとき、一つの菌の種類だけが大量に繁殖した場合、

さらに口腔内がとても不潔になったときなどに起こります。

さて、爪楊枝(つまようじ)を使ったときに,爪楊枝の先に白いかたまりが取れてきます。

しげしげ眺めて、これを、「まだ食べカスが残っていた。ああ、おいしそう」とまた食べてしまう人がいます。

そして,しまいには、その爪楊枝をチュウチュウ吸って満足そうな顔をしている人もいます。

彼はきっと、木枯らし紋次郎になりきっているのでしょう。しかし、これは大きな誤りです。

実は、これは、食後に口の中に残っていた食べかすを食いつくし、大いに繁殖した細菌のかたまり、「歯垢」そのものです。

歯垢には、耳かきの小皿の量で,約50億個(1g中に1011~12乗の菌数)のさまざまな種類(約300種類)の細菌がウヨウヨいます。

もちろん肺炎を起こす原因菌も,ジフテリア菌も、スピロヘータもいろんな病原菌も住んでいます。

これを鼻でかいでみると鼻が曲るぐらいのくさい臭いがします。

まさに、ドブ川の腐った複雑な臭です。これを昔から、方言で、「歯くそ」と言っていますが、ずばりそのものです。

歯垢の量が多ければ普段でも、人と話すときにこの臭いは口の外に出てきて他人が嫌う口臭が漂いだすのです。

これが、「口臭」です。

幼いときに、歯を爪でこすって、歯垢をうでの上に塗りつけて乾かし、
嗅いでみた、「にわとりのウンコ」という遊びをしたことを思い出せませんか。

にわとりの糞のくさいにおいがしたと言ってみんなで笑いました。

口の中には細菌がこのように多いということをまず認識しておくことがだいじです。

わが国で、肺炎での死亡者は、ガン、脳卒中などの脳血管障害や心臓病などによる日本人全死亡者数に次いで、

8%と第4位にランク付されています。これには65歳以上の高齢者からが92%と、がぜん多数をしめています。

恐ろしいことに、以前には肺炎の原因菌に効果があったされた抗生物質にはほとんど耐性ができて最近は効かなくなってきています。

この耐性菌による肺炎での死者が増えています。このことは、医療の現場ではとてもやっかいで深刻な問題です。

高齢者でも健康な人では、異物や口腔内細菌が万一あやまって肺の方に入り込んできても、

気管の内壁の粘液やとても多数にある「繊毛」に捕らえられ、気道粘液繊毛輸送機能の働きで、

細菌はのどの入り口や鼻の方へと排除されたり、せきやタンといっしょに押し出されたりしてしまいます。

また、人間が病気にならないために備わっているリンパ球やいろいろの免疫の機構が働き、

細菌は滅菌されたり排除されたりして感染をまぬがれます。

また、健康な人ではごく少量であってもむせこんで、体はあわてて、気管から排除しようとします。

しかし、年をとるにしたがって唾液の分泌量は減ります。

とくに,細菌の洗い流しをする唾液、抗菌作用を持つ唾液の分泌も少なくなりますし、免疫機構も減少してしまいますから、

種種雑多の細菌は口腔内では大いに繁殖しやすくなっています。

さらに、唾液分泌の低下は、食物を胃の方へ送りこむ本来の嚥下機構をうまく働かすことはできません。

老齢や、抵抗力の劣えた人、寝たきりの人などが口の中を著しく不衛生にした場合は、

睡眠中でも、口の中の細菌は気道を通過して肺に誤って入ってきて、この細菌が肺で暴れだす場合も大いにあります。
これを専門用語で「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」と言っています。

また,肺の入り口にある気管の反射神経が衰えたり,気管の内側に無数にある繊毛の機能が衰えたり、

唾液を飲みこむ力がなくなってきたりして口の中のものを胃に送らずに誤って気管に入れ込む(誤嚥する)ことになったりします。

これらの人は、咳き込むことによって気管に入ってきた異物を吐き出す機能も衰えていますから、

異物は容易に肺の方へ素通りしていきます。

不幸にも、誤嚥と同時に異物に着いて入ってきた細菌が肺で繁殖しだしたら、

肺炎(誤嚥性の肺炎、あるいは嚥下性肺炎)となって、命にかかわるだいじにいたることもあります。

むせないからといって、誤嚥していないとは言い切れませんので、付き添っている人がいつも気をつけていなければなりません。

いま、歯科の手や指導が入っていない病院や施設では,脳や身体が不自由で、

さらに自らの力では口の中の手入れや清掃ができない患者さん、

または、口腔の機能の障害も併せ持っている患者さんに誤嚥性の肺炎が多数起こっていることが,

長崎市の脳外科の医師が中心になった摂食機能の調査でも明らかになりました。

また、歯周病の人や,むし歯が進み、神経までおかされている人は、直接その部分から細菌が血管の中にもぐりこみ、

歯から離れた他の臓器で感染を起こしたりすることもあります(これを歯性病巣感染と言っている)。

とくに,歯周病に住みついている細菌は、ひんぱんに血液の中に入り込んでいるといわれています。

でも、歯周がおかされていても、全身的にいわゆる健康な人(本来なら歯周に病気があるので健康とは言えない)は、

血液中の免疫的防御機構で、進入してくる細菌をすぐに駆逐しています。

でも、高齢者や、抵抗力が衰え,防御機構が低下した人では、反対に血液中に入った細菌の増殖を助けてしまいます。

特に、口腔内細菌というものは臓器内での付着力が勝っていて、心臓の弁膜にも付着してしまうこともあります。

ですから心臓が弱っている人は、たまに「細菌性心臓弁膜症」が起きて死んでしまう場合があります。

東京歯科大学の微生物学講座の,奥田克爾(おくだかつじ)教授は、
「最近、歯周病菌が心臓疾患を引き起こすという論文が次々に出るようになった。

歯周病があると,ない人に比べて心臓冠状動脈1.5倍となり、それによる死亡が1.9倍、さらに心筋梗塞の発作が2.8倍高いという。

別の論文では、歯周病がない場合には心臓疾患の起こる割合が8%であるのに対し、20%の歯槽骨の吸収がある場合17%

さらに歯槽骨の吸収が60%と進行して、歯周病原菌の感染する場所が拡大すると36%高くなるという。

このように歯周病原菌は命を奪う殺し屋となっていることが証明されだした。

歯周病原菌の抗原が腎臓に沈着したりすれば、免疫病理学的反応の結果,腎炎が起きてしまう。

また、歯周病原菌の抗原が、関節腔に沈着すると、さまざまな免疫病理学的反応が起き,関節炎が起きてしまう」

とも話し、歯周病の恐ろしさを警告しています。ですから、高齢者になるほど、そして抵抗力の低下した人ほど、
さらに寝たきりになった人ほど、入念な口の中の清掃は必
要なことです。

さて、医療技術や介護法の発達で、病院では入院している患者さんに経管栄養補給、つまり、胃の中に直接管を通してのチューブ補給方法で栄養を送り込む方法が容易に行われるようになりました。

しかし、それらの患者さんのほとんどが、口の中はなぜか、清掃も何もされずに放置されたままの状態がほとんどです。

口というものは、使用されなくなれば唾液も容易に出なくなったり、自分での清掃作用(自浄作用)も失われたりしますから、細菌のかっこうの倉庫となっていろんな細菌が限りなく繁殖を続けていきます。

いわば、細菌の培養器といっても言い過ぎではありません。そのために、誤飲性の肺炎や関連性の病気が続々と起こっても当たり前のことです。

さて、ある病院の食道外科で、患者さんの食道を置換するという、とても難しい手術が行われました。

手術は大成功でしたが、しかし、患者さんは微熱が続いたために退院の許可は出ませんでした。

それは半年間くり返してしまいした。その病院の先生が、あるきっかけで「口腔ケア」の必要性を学びました。さっそくこの病院でも、「口腔ケア」というものを実施してみることになりました。

ある日、歯科医師と、歯科衛生士が呼ばれて、先生方と病院のスタッフにその実際が手ほどきされました。

ついでに、微熱をくり返していた入院の患者さんにも口腔ケアと摂食指導がなされたところ、

以後の微熱は起こらなくなって一週間で退院できたそうです。

以下の観察例、実際例が、同じようなことがらを物語ってくれています。

東北大学医学部の老人医学科、佐々木英忠教授は、静岡県長泉町の開業歯科医師らの、

「口腔・咽頭の機能低下と誤嚥性肺炎」と題した共同研究で

「歯みがきなどで口の中をきれいにするだけで、老人の肺炎は減少できる」と研究結果を公表しました。

それは、静岡県の特別養護老人ホームで、昼食後に寮母や保健婦がていねいに歯をそうじして、

歯科衛生士も週に2~3回巡回して歯垢除去を実施したり,また,歯の根の周りを特にきれいにしたりして口腔ケアをしました。

しかし、B群としている25人にはこれまでのとおりとして手だてをしませんでした。

さて、 観察を始めてから3ヶ月がたちました。

A群に属していた老人ではB群よりも発熱の日数は10日以上減少していました。

特に、病気をしやすかった老人が発熱することが目立って減少したのでした。

高齢者の原因不明の発熱というものは、気管支炎や肺炎の疑いが多いということからこの研究は、

「口の中には非常に多種類の無数の細菌が住みついている、これが高齢者の肺炎と関連性が多くあるのではないか。

もしも,口腔内を清潔に保ったら肺炎は頻繁に起きないのではなかろうか」ということで始められたのでした。

これらの研究をした、佐々木教授らは、厚生省厚生科学研究費補助金長寿科学総合研究での平成6年度の報告書の中での論文でも、

また、仙台市内の各病院や施設での口腔清掃調査でも、「意外に低い率しか老年者の口腔内清掃は行われていないのが現状である。

しかし、人手がかかることでもあり,現行の制度では病院にのみ責を負わせることはできず,

今後改善されるべき社会的な問題である」と結論付けていました。

さて、歯が残っているお年よりは、歯を支えている骨や(歯槽骨)やその周りにある歯ぐきは、ほとんどの方が減っています。

そのために歯の根(歯根)が長く、外へ飛び出たように見えてきています。

また、高齢者のその露出した歯根部では、細菌は中年・若年者よりも無数に繁殖しやすい条件が重なり、

そして歯垢となってべっとりと付着してまつわりつくように存在しています。

高齢者では、この部分の歯垢を除く清掃は技術的にも身体的にも難しいようです。

また、歯の根の部分は、もともと軟らかい歯の質(表面のうすいセメント質や、内側の象牙質)ですから

すぐにむし歯が発生してざらざらになったり、穴があいたりしてしまいます。

ですから、歯科衛生士は歯垢を除くと同時に根の表面をツルツルにみがきます。

みがくときにフッ素が入った歯磨き剤や、直接フッ素を塗布して、同時に歯の質をフッ素で歯を硬くしたり、

フッ素をすり込んだりして、フッ素が細菌の繁殖を抑えてくれるようにします。

ですから、高齢になるほど、口の中の清掃も念入りにしなければなりません。

大まかに言って、誤嚥性の肺炎を予防する方法は、

@  食後、あるいは寝る前の、口の中の清掃を徹底する(介助が必要な病人には介護者が実施する)

A 食事の後に、すぐに臥床せずに、食後2時間ぐらいは座位か、それに近い状態でいること

体が不自由になられた方の介護には,介護者のいろいろとたいへんな努力と根気がいるのは分かっています。

私は歯科医師の立場から、とくに体の不自由なかたがたの口腔衛生には気を配り、

口腔内清掃の時には周囲の方も手伝ってあげて手を差し伸べて欲しいと常々願っています。

このような苦労をされておられる方たちに、暖かい手差し延べられるのは、

歯科医師や歯科衛生士、歯科助手という専門的の知識とその行為です。

そして、暖かい援助や介助を差し延べることができるのは、家族や、施設に勤務されておられる専門の方々です。

                      脳卒中患者における誤嚥性肺炎等の状況

 

肺炎を頻発した者

肺炎の経験なし

不明

救急病院

27%

60%

13%

一般病院

54%

40%

6%

老人病院

21%

79%

0%

リハビリ病院

37%

61%

2%

全体

38%

57%

5%

                                      







                                    
長崎市内での病院内摂食機能障害調査より、栗原正紀、平成88



B 口臭は「老臭」の大原因
口の清掃は「老臭」をなくす

私は、お二人の高齢者から時々ファンレターをいただきました。
もう他界されましたが、20
年来のお付き合いが続いていました。

二人は体が不自由になられ高齢者の施設に入り、人々の手を借りて生活をされていました。

私は、お二人が入園されているどちらもの施設にも始めてお見舞いに行きました。

当日は、“友だちの歯医者の先生”が訪ねてくるということで、それはそれは、どちらも園も、園をあげての大歓迎でした。

さて、施設の入り口をくぐりました。

(このようなことを、本当に言ってしまっては、はなはだ失礼だとは思うのですが)中に入ったとたん、

ムッとする臭気が鼻を突きました。

私はすぐに、この臭気は、入園者の、皆さんの口の中からただよってくる「口臭」であるということに気がつきました。

私はなにしろこのことに関しては専門家ですから、自分の診療室でも患者さんの口臭の種類ぐらいは知り尽くしています。

しかし、入園している人々や施設の世話人にとっては、もう鼻は習慣臭に馴れて鈍感になっていますから、

この異様な臭気には感じなくなっています。

口臭の最大の原因は、口の中に溜まった「歯垢」です。

もう一度述べるなら、「歯垢」には、耳かきの小皿の量で約50億個(1g中に1011~12乗の菌数)の

さまざまな種類の細菌がウヨウヨいます。

もちろん肺炎を起こす原因菌も,ジフテリア菌も、スピロヘータもいろんな病原菌も住んでいます。

これを爪か、爪楊枝(つまようじ)でとって鼻でかいでみると鼻が曲るぐらいの悪臭がします。
まさに、ドブ川の腐った複雑な臭です。

これを昔から、方言で、「歯くそ」と言っていますが、ずばり、ウンコそのものです。

歯垢の量が多ければ普段でも、人と話すときにこの臭いは口の外に出てきて、他人が嫌う「口臭」として漂いだすのです。

さて、入園の人々に会って話をする時に、私は気をつけて歯を見てみました。

話すたびにチラリと見える歯には、ほとんどの入園者が歯垢でべっとりです。

話すたびに口臭は出てきました。

口の中の管理があまりにもひどかったので、帰るときに園の管理の人や世話人にこのことをはっきりと話しました。

そして、「入園者の、口の清掃の方法をいっしょに考えてみませんか」と言って帰りました。

もちろん、大まかな口腔清掃の方法は伝えました。

それから一年後、またその施設を訪ねたときに奇跡すでには起こっていたのです。

入り口から入ってもムッとする悪臭も全くありません。

そのかわり、所々に活けてある季節の花々から良い香りがただよってくるではありませんか。

驚いて、すぐに管理の一人をつかまえて聞いてみました。

すると管理人の話では、私が帰ってしばらくしてから園では初めて、近所の歯科医師と歯科衛生士を呼んだそうです。そして、職員全員が口腔清掃法を習って、入園者の歯の治療も、入れ歯の修理や新調もしてもらったそうです。

それからは、みんなが努力して入園者の口腔清掃管理を的確に軌道に乗せ、いまもがんばっているということでした。

施設を訪れてくる家族の方々も、これらの変化にはびっくりしているそうです

不思議なことには、お孫さんが、おじいさんやおばあさんのひざの上やベッドに座り込んで、おたがいがたくさんの話をするようになったということです。

さて、巷では、高齢者から出てくる臭いを、「老臭」と、非常に悪い言葉を使って言っていますが、

実は、これは老臭ではなくて、口から出てくる「口臭」が原因だったのです。

「老臭」というこの言葉は大きな間違いですから、ぜひ改め追放しなければなりません。

また、今後、どの施設でもぜひ口臭を除く管理のことにも留意し入園者の口腔清掃が十分になされるよう配慮されなければなりません。

家庭でも高齢者のお世話をしている人も、高齢者の肺炎予防だけではなくて、快適な介護の一つとして、

ていねいで上手な口腔清掃ができるように訓練を受けなければなりません。

肢体不自由児や養護施設でも、口腔清掃と管理によって、

施設独特の異様な臭いは消失して快適な施設になったということの例は数多くあります。

高齢者の口から漏れ出る臭いは、はみがきしたり、むし歯や歯周病を治したり、

義歯の清掃をしたり、義歯の調整や新調で口臭はほとんどが消えてしまうのです。

最近は、ベロ、つまり舌も口臭の原因だからとして、舌清掃用具も人気商品です。

舌の清掃も追加することによって、面白いように口臭は無くなります。

言うまでもなく、この舌の清掃するこの行為は、「ベロこき」として昔から、実施されていたのでした。



C お年寄りの歯や義歯の手入れは?
汚れをどちらの方からも除くこと

もうこれ以上の歯を失うことのをいように、残っている貴重な歯の手入れの方法、また、入れ歯を入れている人には、

その入れ歯(義歯)を含めての手入れの方法をこれから述べてみます。

以前に訪ねた歯科医院で先生や歯科衛生士が教えてくれた歯や義歯の手入れを思い出して実行したり、

これからお話しすることを確実に守ったりしていただければそれでよいのです。

自信がなければ、さっそく歯科医院を訪ねて、先生や予防の専門家である歯科衛生士から手入れの方法を習うべきです。

そのときには、全体の歯も定期的な検診のつもりで診てもらいましょう。

そこで、歯科医院に行く前には、最小限守ってもらいたいことがあります。

それは、口の中にたまっている汚れや食べカスを自分の力で、まず、じょうずにとり去ることです。

それから歯医者さんのところに行くことにしましょう。

というのは、汚れや食べかすで口一杯に占領されていますと、歯科医師は悪いところも,小さなむし歯も

すぐに見つけ出すこともできません。また、十分な診断も治療もできないからです。

もちろん、歯科医院では歯や入れ歯の手入れの方法は専門的に習いますが、治療後もまたそのような口の中が続けば、

すぐにまた悪い状態にもどってしまいます。

歯科医院に行くと思い立った瞬間から心機一転して欲しいのです。

歯科医院では、最初に痛い歯、困った,悩んだ場所の応急治療が終わったら、

先生や歯科衛生士は、次に、歯に付着している歯垢(歯のよごれ、歯くそ)を歯ブラシで、

歯の一本一本を上手にそうじする方法を教えてくれるはずです。
それは、患者さんがいつも、ツルツル、ピカピカの歯の状態に保てるようにしてもらいたいからです。

口の中はこのような状態になってはじめて、むし歯はある程度防げます(歯みがきは歯周病に最も効果のある方法で、

むし歯を最大に予防するには他の方法も同時に併用されなければならない。このことは後述する)。

歯周病の人は、歯ぐきのそうじやブラッシングすることによって、元の健康なときの血や膿が出ない、

引きしまったピンク色の歯ぐきにもどれるからです。

ここで、もっとくわしく歯みがき(ブラッシング)の方法を述べてみましょう。

歯垢は,ほとんどが白か透明で見た目にほとんど分かりません。

そこで,歯科衛生士は、「歯垢染め出し剤」という赤い錠剤を噛ませて歯垢を染めだし、鏡で歯垢を見せてくれると思います。

その染まっている歯垢を徹底的にとり去ることができるように、

歯のそうじの道具(歯ブラシ、歯間ブラシ、フロス)を使って、そうじの仕方を教えてくれます。

最初には、歯にベットリと着いている歯垢を歯ブラシの毛先で落とします。もちろん歯と歯との間の汚れも除くこともだいじです。

次に、歯ぐきの境目をねらって歯ぐきから歯垢を除けるように歯ブラシをこきざみに動かします。

さて、汚れがじょうずに歯ブラシで落ちているか十分にそうじできたかどうかはコップの水の汚れ方で判定します。これはだれにでも、いつでも簡単にできる判定法です。試してみてください。

コップの水の中に、歯みがきしたあとの歯ブラシを入れ、ゆすって歯ブラシを洗います。コップの水が白く濁って汚れていたら、まだ口の中のそうじは未完成で不充分です。

水を新しく変えた次のコップの水が汚れなくなったときが、口の中がきれいになってはじめてブラッシングが上手にできたときです。

このようになるまで、ていねいに何度もくり返します。

入れ歯の種類は、取り外しができるものと、固定式のものがあります。

ここでは、特に取り外しのできる入れ歯についてお話しましょう。

歯がまだ数本は残っていて部分的に歯を失った人には、

固定のための針金つきの局部義歯(部分入れ歯)という取り外しの入れ歯を作ります。

全部の歯が無くなっていたら、総義歯(総入れ歯)を入れます。

どちらも,歯医者さんや歯科技工士の手によって作られた精巧な義歯ですから、

その入れ歯が口の中で百パーセント発揮できるには、

これからお話する、残った歯や入れ歯の扱い方や手入れが是非とも必要になってきます。

*残った歯の手入れの良い方法は?(1)

すべて歯を失った、総入れ歯の人、また、部分的な入れ歯、つまり局部義歯を入れている人の、

「好ましい入れ歯の手入れの方法」についてこれから述べてみます。

まず、「無事に残った歯の好ましい手入れの仕方」について話してみましょう。

特に、局部義歯を入れている人には、もうこれ以上の歯を失うことのをいように、残っている貴重な歯の手入れも必要です。

つまり、部分入れ歯、つまり局部義歯は、手入れを怠ると、たちまち残った健康な歯までもだめにしてしまうので

特に気をつけなければなりません。

局部義歯では、特に、入れ歯が動かをいように針金を引っかけている歯には食べかすも残りやすいし、

歯垢もいちばん発生してとても汚れやすい場所です。

毎食後、必ず入れ歯を外してから、ここも重点的にそうじすることです。

その歯の周りも、裏側も忘れずにていねいに歯ブラシの毛先で汚れを落とします。

歯が全部なくなったときに人れる、「総入れ歯」を入れている人にですが、

義歯がくっついている粘膜面の汚れているドテの部分を、毛のやわらかいブラシでよくそうじすることがだいじです。

あまりかたくない歯ブラシで血液の循環を良くするよう、つまり、ドテの粘膜をマッサージするように、ていねいにそうじします。

これは、硬い安定の良いドテを、いつまでも長く健康に保つために是非とも必要だからです。

*入れ歯の手入れの良い方法は?(2)

今度は、「外した入れ歯の好ましい手入れの仕方」です。

入れ歯は、必ず外して口から出してていねいに掃除をしてください。

「部分入れ歯」は、山や谷があったり、極端にへこんだりしたり、また針金が付いていたりしているので、

入れ歯のそうじは非常に難しいのです。

入れ歯の手入れの仕方は、義歯ハブラシを使う方法と、入れ歯洗浄剤を使う方法があります。

まず、ハブラシを使って掃除をする方法です。義歯ハブラシがなかったら小さ目の歯ブラシで洗います。

このときには、ヌルヌルした細菌の塊(ヌメリ)を、何もつけないか、たまには食器用の洗剤で清掃します。

歯磨き粉をつけてゴシゴシ磨くのではありません。

そのようにしたら、歯磨き粉には研磨剤が含まれていますから、入れ歯をだめにしたり、

目に見えない細かい傷がついて雑菌や汚れが付着して口臭や不快感がでたり、

また食事の味を落としたりしますので、弱い力でていねいに清掃するだけです。

入れ歯洗浄剤では、ハブラシが届かないところの隅々まで汚れをよく落としてくれます。

また、入れ歯の中や細かい傷には細菌やカビの一種がいり込んでしまっていることもあります。

これらが十分に掃除ができる除菌効果の高い、入れ歯洗浄剤という錠剤が市販されています。

入れ歯の清掃にはもってこいの入れ歯洗浄剤です。歯ブラシと入れ歯洗浄剤と併用したらもっと効果的に清掃ができます。

薬局でもスーパーでも買えます。これも使うこともお勧めします。

次に、外した「総入れ歯」を清掃します。

総入れ歯についているヌルヌルの“ヌメリ”は、ばい菌、カンジダ菌を中心にした真菌類と着色性の汚れでできている歯垢です。

これは、口内炎(義歯性口内炎)や、カンジダ症を起こさせたり、口臭の原因になったり,

入れ歯を安定させ吸着を図るドテが壊れて低くなったり、ブヨブヨにしたりして、すぐに外れやすくなり、

食べ物が良く食べられなくなります。

この総義歯の清掃法も局部義歯と同じですが、義歯が乗るドテにあたる、へっこみ部分の汚れた内側を、

義歯ハブラシでしたら歯磨き粉はつけずに、ブラシの毛先で、入れ歯の内面を軽くトントンとたたくように使います。

硬いブラシで、しかも歯磨き粉をつけてゴシゴシと磨けば、やがて入れ歯は磨り減って壊れてしまいます。

入れ歯洗浄剤だったら、ヌメリも汚れも効果的に落としてくれます。

調査によると、入れ歯洗浄剤の使用率は44%あるそうですが、半数以上は、いまだに歯磨き粉を用いて清掃しているそうです。

もし自信がなければ、定期検診をかねて、是非歯科医院を訪ねて、

先生や予防の専門家である歯科衛生士に入れ歯の手入れの方法、

つまり、義歯ハブラシ、入れ歯洗浄剤などの使い方などを習ってください。

今度は、「部分床義歯」という入れ歯を入れている人にですが、

針金(入れ歯が動かをいように歯に引っかけてある針金)のかけてある歯がいちばん汚れやすい場所です。

ここも忘れずにそうじすることがだいじです。その歯の周りも、裏側もていねいに汚れを落とします。

それがすんだら入れ歯の、針金の部分の汚れもしっかり落とすようにします。

入れ歯の針金の部分や入れ歯をそうじする専用のハブラシも歯科医院で売っています。

必要だったら聞いてみてください。義歯用ハブラシでは、義歯からよく汚れを落とすことができます。

さて、皆さんも気づかなかったと思いますが、

じょうずに何回も手や指を動かして歯をみがくことは、頭もさえ、若々しくなっていくことも兼ねています。

つまり、指や手を使うことは、幼児の教育でよく言われる、いわゆる「天才教育」のひとつの方法だからです。

歯、歯ぐき、そして義歯の順序でそうじをていねいにしたら、自分では気づかなかった口臭は消えて、

部屋の中までさわやかになります。

うれしいことに、孫たちもだれでもそばに寄ってきて話しを聞くようになることでしょう。

さて、義歯を洗うたびに、あまりにもたくさんの食べかすがたまっていたり、

噛むときにガタつくようなったりしている義歯は、ドテがやせて合わなくなった入れ歯ですから、

新しく作り替えるか、先生が判断して、まだ使用が可能と言われたら、

入れ歯の裏に新しいプラスチックを足す、「裏打ち」の治療をしてもらって下さい。


D 歯は健康状態を映す鏡
ガンの早期発見は歯から


「歯は歯だけ」という考え方は禁物です。

イギリス・マンチェスター大学のハロルド・ジョンズ教授は、
「ガンの早期発見は歯から。つまり口の中の変化から」と言明しています。

病気の最初の兆候は以外と口の中に現れることが多いのです。

そのため歯科医師は歯の治療をするだけでなく口の中の異常をいちはやく発見することが多くあります。そして、

専門科の医師に連絡して全身病への進行を未然に防いだという実例がこれまでに数多く上げられています。

丈夫な歯で噛めば噛むほど唾液の分泌が増え、食べ物の味もよくなります。

また、筋肉を使うことによって頭脳は明晰になり、視力も衰えません。その証明も科学的になされています。

歯に連なる神経は大脳の重要な位置を占めていますので、

口や歯だけを単一のものとして体から切り放して考えることは妥当ではありません。

昔から「口は健康の入り口」と言われているように、口は健康を生み出す源です。

それは命全体、健康な体そのものを育て、そして守っているのです。

消化器官の第一関門に立っているのは口であり、歯はその衛兵であるといえるのです。

夢判断で有名な精神分析医フロイトによると、歯が抜ける夢は「去勢の恐怖」だと言っています。

「歯イコール精力」だとすれば、歯がだめになるということは、そのまま人間の根源的な精力減退につながるということにもなります。それは頭の回転が鈍り、ボケも速めることにもつながります。

口の中のむし歯や歯槽膿漏(この言葉は俗名で、正しくは歯周症と言う。歯周病の中の歯を支えている周りの骨の病気である)

が原因で、からだの思いがけないところに病気が起こることがあります。

これを医療専門用語で、「歯性病巣感染」と言われています。

「むし歯が全身のいろいろな臓器や器官の病気の原因になっているかもしれない」ということは,

遠くヒポクラテス(460~375年。“医学の父”と呼ばれている人)の時代から気づかれていました。

彼自身、リウマチの患者の歯を抜いたところ、リウマチが治ったという記録を残しています。

このように、口の中の病気はからだ全体との関係があることや,全身に及ぼす影響についても古くから知られていました。

また,「歯の病気は万病の元」とも言われていました。

しかし、その科学的な裏づけと因果関係の証明が非常に困難なために,つい見過ごされることも多いのです。

最近の傾向として、原因不明の治りにくい病気が,歯科の病気と関連付けて考えられ、注目されるようになってきています。

参考までに、歯科疾患と関連する全身疾患をあげてみましょう。

心内膜炎,心筋炎、リウマチ性疾患(筋肉,関節、心臓、神経などのリウマチ、慢性多発性関節炎)、

腎臓炎、腎盂炎、白血球減少症,貧血、角膜炎,虫垂炎、気管支喘息などです。

また、歯のかみ合わせが悪いことから、からだ全体や各部のバランスがくずれ,

特定の筋肉の疲労からいろいろな症状が起こるとして、最近とくに注目されてきています。

例えば、首・肩のこり、手足のしびれ、偏頭痛、更年期障害,高血圧症、脊椎側弯症,白内障などです。

また,現代人がかかりやすいと言われているメニエル症候群など、数え上げればきりがないほどいろいろな関連症が指摘されています。

アメリカのハロルド・ワースという歯科医師は、次のような詩で「口」を表現しています。

口は人間にとって、すばらしいものだ。それは人間の情緒においても、日々の生活にとっても、また人間の美しさにとっても・・・・

口、それは、いままさに私が生きていることを表わしている。

もし、動物が歯を失ったら、それはその動物の死を意味する。
歯を失ったと
きから彼らは生き続けることができなくなる。その生は終わりを告げ、やがて彼らは死んでいく。

口は会話を楽しみ、愛を語り、しあわせ、よろこび、怒り、悲しみを表す。

口は愛情の入り口であり、食べ物をとり、生き、そうして人類を繁栄させていく。

だからこそ、口はどんな犠牲を払っても、十分な注意と管理を受けるだけの価値を持っている。




E 教頭先生、捨て身の保健教育
六つの重要な歯の役割

歯には

@食べ物をかみ砕く、噛み切る、すりつぶす

A咀嚼する

B発声や発音を助ける

C顔の形を整える

という重要な役割があります。

@は、読んで字のごとく、食べ物をかみ砕く、噛み切る、すりつぶすという役割です。

Aの咀嚼するという役割は、胃に無理な負担がかからないようにするために、

どのような食べ物をもやわらかくし、唾液とよく混ぜるという働きです。

もしも歯がなければ、あるいは、むし歯や歯周病でよく噛めなければ、やわらかいものばかり食べることになり、

かたいものはほとんど食べられません。

その結果、とれる食べ物の範囲が狭まり、好きなものやおいしいものまでも食べられなくなってしまいます。

Bは、発声や発音を助けるという直接食べ物とは関係ない歯の役割です。

むし歯で前歯が悪かったり、歯が抜けていたり、歯並びが悪かったら、

英語のthvfのような歯を使った複雑な発音(歯音など)がむずかしくなり、

はっきりと相手に伝達できなくなってしまいます。

前歯のほとんどが抜けていたり、あるいは歯並びが極端に悪くなっていたりすると、

日本語でも「サシスセソ・タチツテト」がはっきり発音できないので、言葉が聞きとりにくいのです。

故きんさんとぎんさんの場合、ぎんさんには前歯が5本あるだけで、全く歯のなかった

きんさんよりも言葉が聞きとりにくかったということを思い出していただけると思います。

さて、私は毎年64日(むし歯予防デー)になると、必ず小学校によばれて歯の講話をすることになっています。

数年前、校医をしているある小学校でこんなことがありました。

講堂にはぎっしりと全校生徒が控えています。

まず校長先生があいさつされ、次に教頭先生が壇上に立ち上がられました。生徒はみな緊張していました。

教頭先生はいきなり、口からポロリと自分の総入れ歯を取り出されたのです。

一瞬の出来事に、生徒は目を丸くしていっせいに「ワッ!」と声を上げました。

教頭先生は入れ歯を高々と掲げ、生徒に見せながら話を始められました。

総入れ歯が取り出されてすぼまった口。

梅干のようなしわしわの唇の内側からフニャフニャ声が飛び出しました。

「ファッ ファッ,・・・・みなファン(皆さん)は、私のようにならないでくだファイ。

歯がないとごちフォウ(そう)もうまく噛めないし、おいしくないでシュ。

皆ファンと同じ年のときは、自分はハふラシ(歯ブラシ)に熱心でなかったし、甘いものもどっファりと食べ放題でフィた。

それでこのようになってしまったのでフ。・・・・・・ファッ ファッ・・・」

教頭先生は自分の身を教材にして、生徒に最も効果のある、それこそ本物の保健教育をやってのけられたのでした。

Cの顔かたちを整えるというのは最近注目されるようになった役割です。

現在は、歯並びの悪い子供たちや成人女性の多くが、歯並びを良くするために矯正歯科に通うようになってきています。

また、歯を白くする、「ホワイトニング」という歯科治療の方法も開発されて、

歯の色が少し黄色っぽい歯までも真っ白にすることができるようになりました。

これは、「審美歯科(しんびしか)」と言って、現在、患者さんからの要求も増えてきています。
             

日本ではごく最近、このホワイトニングは導入されて、専門の歯科医院でできるようになりました
実は,アメリカでは,今から約20数年前、つまり1978年には一般に応用されていたのでした。
ですからこの治療法の歴史は長いのです。
この、審美歯科の進んだアメリカではスーパーモデルといわれる女性たちはもちろん,多くのタレント,一般の人たちも,白くした美しい輝くばかりの歯で魅力を振りまいています。

ずっと以前からアメリカでは、歯を見せて微笑む、「スマイル運動」も盛んでしたから、

この治療法の研究も発達しています。(左写真 ホワイトニングの術前)  
ところが、日本のように歯の悪い,特に、前のほうからに金や金属がキラリと発光する治療が
まだなされている状態では、まだまだ普及は遅れをとることになるでしょう。

前歯から「キラリ」、褐色のむし歯が「ニッ」では、百年の恋もとたんに冷めてしまうことでしょう。

さだまさしの「ませませ」の歌の中にある、「前から4番目の歯がキラリ」では、もう外国では通用しません。

それよりも危険な場合が起こらぬとも限りません。

これはブラジルの話しですが、口の中でキラリと発光するものが見えれば、

現地人に、「悪魔が来た」として追いかけられることがあるそうです。
この話は真実のようです。

      (ホワイトニングの術後)

私の診療所に治療に訪ねた青年がこのことを話してくれました。

彼は、もうじきブラジルに渡航しなければならないということでしたが、

ブラジルに居住していて、彼を招いた叔父さんから、治療している前歯の金歯を必ずはずして来るように

きつく言いつけらていると言いました。

また、歯は、人間の顔の約半分を占めるあごの骨の上に並んでいて、上下が正しくかみ合っていなければなりません。

きちんと並んだ歯は@Aを助けるばかりではなく、顔かたちを正しく整えてもいるのです。

歯がないと、前述の教頭先生の口元みたいになってしまいます。

「歯は口元をつくり、口元は顔をつくり、顔は表情をつくり、表情は人生を変える」

この言葉は、ある学校の養護教諭(姓名は不明)が作ったものす。

新聞の随筆欄に掲載してあったものでここに紹介してみました。

まさに、Cの役割の大切さを言い当てた名言でした。

これまでに歯の四つの重要な役割を述べましたが、そのほかにも、スポーツや力仕事などをするとき、

知らず知らずのうちに奥歯を噛みしめていることがあります。

奥歯がないと全身の力を発揮できません。

「一流のスポーツ選手になるには歯が頑丈でなければ資格がない」といわれるゆえんです。

普通でも、噛むときに奥歯には自分の体重分の力がかかりますが、プロのスポーツ選手ともなれば、

その2倍から3倍の力がかかるからです。ですから、歯は力の元ともいえます。

ホームランをかっ飛ばすことで有名だった,王選手が,ホームランを打つときに、

奥の歯の1本にかかる力は、100kgあったと言う話は有名です。

ですから、いつものホームランで歯がゆるむので、自分の歯を丈夫に保つために頻繁に歯医者さんを訪ねて、

3カ月ごとの定期的な歯医者通いは欠かせなかったといいます。

ですから、いまは、歯を酷使したためか歯がゆるんで悪いということです。

野球オンチの私ですら、松坂君の名は、甲子園の活躍のときから知っています。

18歳のまだ少年の顔がのぞく初々しさで、4万人の観衆の中、

堂々と155キロ投げるのだから凄い!としか言いようがありません。

プロとしてマウンドに立つ前、彼は歯のチェックを受け、治療を済ませたそうです。

阪神の野村監督は、「選手にとって歯は資本だから、歯の治療も野球選手の経費だ…・」という考えでいます。

また、サッカーで有名なジーコ選手は、自分が小柄で体力がなかったから、歯には気をつけていたという話も聞きました。

スポーツ歯科学という分野があるほど、スポーツ選手にとって歯は大事です。

むし歯はもちろんのこと、正しい噛み合わせがなければ力が出ません。

155キロのボールを投げるとき、松坂君の歯には相当の力が加わっているはずです。

松坂君、病気やけがをしないように、またとくにむし歯にならないように予防の管理はしっかり、

王選手のように定期検診を欠かさないよう、心身ともに大きな選手になって世界で通じるプレーヤーに育ってほしいと願っています。

さて、私たちが、食事をするときに奥歯の一本にかかる力は

自分の体重と(第1大臼歯には、50Kgの体重の人は50キロの力が)言われています。

1日に二千回も噛んで一生涯にわたって使えるのですから、

歯はもともといかに丈夫にできているかということがお分かりになると思います。

歯の5番目の役割は、「底力を発揮させること」といってよいでしょう。

また、6番目に、脳の働きを活発化させるという役割もあります。

このことについてあとでくわしく述べますが、

歯でものを噛むことによって脳細胞が刺激され、思考力が高まると言われています。

つまり,成績が上がるということです。


F 欧米とこんなに違う日本の子供の歯
なぜ、日本の子供の歯が危ないのか?

さて話は突然、急に高齢者から胎児に変わります。

高齢になったときにも歯がそろって丈夫でなんでも噛めるということは、生まれる以前からもう始まっています。

これらのこともとても重要なことですからこの項を設けました。

前項で、8020運動、つまり80歳で20本の歯を残す運動」のことについて述べました。

一口に、80歳で20本の歯を残すといっても、80歳になってから残そうと努力しても間に合うものではありません。

また、この運動を中高年になってから唱えても遅すぎ、それは零歳児からの8020運動が必要であるということも前項で強調しました。

さて、すでに、歯を多量に失っている人にはとても気の毒に思いますが、皆さんが生きてきたように、

これから長い一生涯を体験していこうとする孫さんや、皆さんをとり巻く幼児、小児の歯のことを良く理解して、皆さんの手で、「彼らの8020運動」が成功するように協力して欲しいと願っています。

丈夫な歯づくりはお母さんのおなかの母胎から始まっています。

まだ母親は妊娠に気づいていないかもしれませんが、妊娠すると7週間目から胎児の口の中では、

もう歯づくりが始まっています。

母親はやがて生まれてくる赤ちゃんの歯のためにも、胎児の成長のためにも、バランスのよい食事を心が掛けねばなりません。栄養的にバランスのとれた食べ物が、赤ちゃんの丈夫な歯をつくるのです。

198911月(平成元年1110日)、世界保健機関(WHO)は、世界の児童のむし歯率を比較した結果を発表しました。

先進国の12歳児童で最もむし歯の少ない国はデンマークで、一人当たりのむし歯の数は平均1.7本。
反対に、むし歯の多い国、ワーストと呼ばれる国には日本も入っていて、平均
4.9本でした。

世界各国の歯の健康を5段階で評価した成績表によると、日本は「2」のレベルであるといいます。

幸いに、日本は世界のワースト1ではないようですが、後ろから数えるとベルギー、ユーゴスラビア、アルバニア、ハンガリー、旧・西ドイツ、日本の順で、日本はワースト6番目です。 
でも、国々によって、なぜこのような差があるのでしょう?

平成531日の『学校保健』というパンフレットには、「児童のう蝕り患者率、未処置歯数など徐々に効果を上げてきているが、1981年(昭和56年)のWHOの目標には達していない。
8020
運動の基盤ともなる学校歯科保健の前進のため、関係機関並びに関係者の絶大なご協力を望みたい」と記載されています。

1981年、つまり18年ほど前に、WHOは「今世紀中に12歳児童の、

一人当たりのむし歯の本数(治療した歯も含めて)を大人の歯(永久歯)で3本以下にしよう」と目標をたてて世界各国に勧告をしました。しかし、少しは減少しているとはいえ、諸外国にくらべればまだ目立つほどの変化とはなっていません。

WHOの図を見ると、すでに目標を達成し、さらに減少をし続けている国はノルウエー、フィンランドのほか、オーストラリア、米国、英国、スイスなど10数カ国に達しています。

では、図を見ながら日本と他国をくらべてみましょう。

国々で、なぜこのように違うのでしょうか?

これらの諸外国の子供が、日本の子供よりずっとよく歯みがきをするというわけではありません。
 むしろ日本のほうがよく歯みがきをしています。それは歯科疾患実態調査成績を見るとよくわかります。

日本人は歯をよくみがくようになっていますし、学校保健教育でも歯みがき指導に多大な努力が払われてきました

昭和50年調査時では、歯みがき回数は、1日1回がピークでした。

62年には12回、平成5年の調査では13回が大勢を占めています。

ちなみに、厚生省が平成6年6月3日に発表した保健福祉動向調査を見てみよう。

全国15歳以上の33,507人の調査では、歯みがき1日2回が45.0%,3回以上が16.3%で、

2回以上と答えた女性は60.5%、男性は51.1%だったといいます。

そして、歯みがきに要する時間が3分以内という人が91.3%でありました。


日本では、第2次世界大戦を中心に砂糖の供給量が極端に減少し、砂糖を手に入れることは困難でした。

その結果、一時的にむし歯は減少しました。

しかし経済復興に伴って、昭和30年代以降にむし歯はまた増加し始めました。

その後も依然として増え続け、現在でもむし歯の発生を抑えるのは緩慢、世界の七不思議です。

そこで、日本では、「むし歯は、砂糖が原因だ。砂糖の消費量を減らせば、むし歯は確実に減少する」と昔から言われてきて、「甘み制限運動」までしてきました。

はたして、この取り組みは大きな効果があがったのでしょうか。

ここで、砂糖の消費量の国際的なデータを見てみましょう。

日本の消費量は、むし歯の罹患率(りかんりつ)の低い欧米先進諸国のわずか1/2ほどの量です。

ただ、3歳児に限って、むし歯罹患率は、欧米先進諸国とはくらべものにならないくらい高いのです。

日本は、歯みがきは熱心にやっているし、砂糖の消費量は先進諸国よりも低いのに、

なぜむし歯予防の効果が上がっていないのでしょうか?

それは、この数値が日本全体の平均値であって国および地域社会のむし歯予防の取り組み方にも大きな違いがあるからではないかといえます。
具体的に言えば、それはむし歯予防のための、フッ素化合物利用の仕方の違であると断言できます。

「罹患率は、国がフッ素をじょうずに使っているかどうかによる」と、WHOや世界の歯科保健の専門機関は指摘しています。

欧米先進諸国では、そのフッ素のじょうずな応用の結果、最近の2030年間に小児のむし歯をみごとに激減させたのでした。


1985年に、WHOと国際歯科連盟の共同作業班は,世界各国のむし歯の現況と,それに関しての要因の調査を行いました。その結果、わが国以外の9つの先進国ではむし歯は著しく減少していることを明らかにしました。

そして日本を調査した結果を寄せました。それによると、次のような報告書が届きました。

「日本の砂糖消費量は,先進国の中では最も少ない。歯科医師数は人口2千人に対して歯科医師1名と充足した状態であり、優れた歯科医療サービスが提供されている。さらに,保健所では妊婦 

(わが国の24カ月児の多発しているむし歯) 

母子,幼児を対象とした歯科保健指導やむし歯予防サービスが行われている。
しかし、他の先進諸国と比較したとき,日本の歯科医療には最も重要なものが欠けている。それはフッ素の利用である。……」と。

さて、ここで視点を変えて、全国の、小児のむし歯の現状を見てみることにしましょう。

平成13年度の、厚生省の児童家庭母子衛生課がまとめた資料をもとに、

平成13年度1歳6か月児と3歳児むし歯罹患者率(都道府県別)を計算してみました。

<1歳6か月児>

むし歯の多い順では沖縄県がいちばん悪く、2番目に島根県、3番目に鹿児島県、4番目には秋田県、5番目は長崎県と続きます。

最もむし歯が少ない県は兵庫県で、次は兵庫県です。

<3歳児>

むし歯の罹患者率を都道府県別順位で見ると、悪い順番の最上位は沖縄県、2番目は佐賀県、3番目は宮崎県、4番目は長崎県、5番目は秋田県でした。

最もむし歯の少ない県は東京都で、次は神奈川県、3位は愛知県でした。

平成911月に文部省大臣官房調査統計企画課は、「平成9年度学校保健統計調査速報、調査結果の概要・統計表」を発表しました。この調査は、昭和23年より幼稚園から高等学校の児童、生徒の発育状況や健康状態を把握するために毎年実施されています。

まず、6歳以上のむし歯の罹患率は80%以上、つまり、幼稚園児は71.2%、小学校は84.7%、中学校83.7%、高等学校89.4%となっています。

12歳児の、平成9年の一人当たり平均むし歯は、平成5年には4.09本もあったものが減少して3.34本となっています。

しかし、他の疾患と比較して、むし歯の罹患率は依然として高く、児童、生徒の主な疾患です。

図でも理解できたと思いますが、わが国は、世界の先進国よりも比較にならないくらいまだまだ高い状態を保っています。

(左の写真は、中学2年生の多発したむし歯です)

WHOの「紀元2千年までに12歳児童の一人当たりのむし歯の本数(治療した歯も含めて)を大人の歯(永久歯)で3本以下にしよう」の目標は、日本よりも悪かった国々もはるかに早期に達成して、すごいスピードで減少し続けています。

日本が、EBM (Evidence-Based-Medicin.つまり、科学的根拠に基づいた医療のことで、

これは専門家の経験や勘に基づいた医療ではなく、世界中の適切な方法で行われた最新の科学論文・研究結果に基づいて評価され、

科学的に信頼できる保健・医療が提供されるべきであるというものです) 

に基づいた予防の方法(つまり、フッ素の科学的な応用)をとらなくては、

21世紀にもどのようにもがいても日本はとうてい及びもつかないのです。

このEBMの評価の世界的に権威のある論文から、むし歯予防法の評価と言うものを見てみましょう。

後から詳しく説明する水道水フッ素化(水道水フッ素濃度調整法)

水道水フッ素化は歯冠、歯根のむし歯予防に最も効果があり、全ての人が平等に受けられ、

効率的であるという科学的な証拠が十分にある。

歯ブラシはフロスによる毎日の歯垢除去(歯みがき)は、

むし歯を予防するという科学的な証拠に乏しい。

しかし、フッ素の入った歯磨剤を用いた歯みがきは不可欠でありむし歯予防効果はある。

甘味制限は(むし歯を引き起こすような食物の摂取を控える)は、

初期にはそのような証拠があるが、最近のデータでは、むし歯になることとの大きな相関関係はない。


ところで、日本の「むし歯予防デー」は、昭和3年64日から開始されました。

64日は語呂合わせで、○○の日と冠のつく日のひとつです。

毎年この日の前後になると、あちこちのテレビや新聞などのマスメディアが一せいに歯の話を話題として取り上げ、報道します。

そのテレビに、アドバイザーとして出演しているのは歯科大学の教授や歯科医師です。

しかも彼らは知名人でやや高齢の先生方が多のです。

彼らはむし歯や歯周病の話をしたあとで、最後に、「皆さん、よくハミガキをしてむし歯や歯周病をつくらないように。

歯を悪くして入れ歯を入れることのないようにしましよう」と、しきりに熱弁を振るいながら

歯の模型まで使って歯や歯ぐきの手入れの仕方を話しています。

「ハテな? かん高いカチ、カチ、カチカチはなんの音だろう?」

視聴者も、もう気づいていると思いますが、その音はアドバイザーである歯科大学の教授や歯科医師の、

入れ歯の歯どおしがぶつかって出てくる音でした。

彼らの口の中には、おそらく大きな入れ歯(総入れ歯かもしれない)が入っているはずです。

私は歯科の専門家であるのですぐにわかりました。

彼らがしゃべるたびに、上下の人工の歯はお互いにぶつかり合い、カチ、カチとかん高い音を発していたのでした。

ああなんともはや情けない! 日本では歯科予防の専門家までが口の中の状態がこんなに悪いのか!

もしも、外国の人がこのテレビ放送を見ていたら、びっくり仰天したことでしょう。

歯を守り、予防をしているはずの、そして人々にそれを指導している歯科医師の口の中にさえ入れ歯が入っているのです。

これは非常に恥ずかしいことといわなければなりません。

秘伝の目次へもどる

秘伝「かむ健康術」 その3につづく

トップへもどる