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非日常互助は毎回清算

No.118(2003.07.30)


農業後継者がいないために過疎化が進む農村集落内での共同作業時における歪みについてはNo.69農村で暮らす(13)で触れました。

それに関連する出来事を思い出しましたので今回載せます。

私が農村で暮らしていたある年のこと、激しい台風に直撃され大きな被害を受けたことがありました。

専業農家で施設園芸をしている青壮年会の仲間のハウスも被害を受け大破しました。

当初彼自身は何人か人夫さんを頼んで壊されたハウスの後片付けをする腹積もりだったようです。

ところが彼より先輩格の青壮年会員は、こんな時のためにこそ青壮年会があるのだ、と会員総出で後片付けをする段取りを決めてしまいました。

20人弱の構成員の中には勤め人がいたり、また兼業農家もあるので必然的に曜日は日曜日になりました。

当時の青壮年会にとって共同作業はお手の物なので夕方前には全ての作業を終えることができました。

ここで一旦解散して各人は家に帰り一風呂浴びてさっぱりします。

もちろんその晩は当事者の家に全員集まり宴会というお約束です。

要するに人夫さんに払わなくて済んだ経費の一部を青壮年会員に還元するという暗黙の了解があるわけです。

既に地区に溶け込んでいたいた私も当然のように夜遅くまで飲み食いしました。

私は持ちつ持たれつはそこまででお終いだと考えていました。

ですから年末にハウスが壊された当家から焼酎3升のお歳暮が届いた時は驚きました。

例年そういうやり取りがないわけですから慌てて電話して何かの間違いではないかと確かめました。

それに対する返答は、これもハウス後片付けを手伝ってもらったお礼とのこと。

私はもうその頃の人夫さんの日当の相場や最低賃金は忘れてしまっています。

でも一晩の飲ませ食わせと焼酎3升の金額が最低賃金より微妙に下回っていることは確かです。

その時都会育ちの私は、こんなに接待で時間を使ったり気を使ったりするくらいなら人夫さんに頼んだ方が楽だったろうに、と当家が気の毒に思えてきました。

ところで、微妙に下回る、とはこういうことです。

経費を節約した分を全部懐に入れると地区民から陰口を言われます。

かといって実際の人件費以上に還元する前例を作ると次回の当事者が迷惑します。

よって多過ぎても少な過ぎても駄目という微妙なさじ加減が必要となってくるわけです。

私の予想ではお歳暮の時期までに当家が地区民の様子をうかがって還元率の微調整をしたのでしょう。

全戸が専業農家でなく、かつ将来の過疎化の予想がつかない状況の農村では、高齢化のため日常とも言える葬式とは異なるこのような突発的非日常共同作業は貸し借りを残さずにその都度清算しよう、ということなのだと私は解釈しました。

この項を書いている時点でもう一つ思い当たったことがあります。

先輩格の青壮年会員には、よそから来る人夫さんに地区民のお金を払うくらいならそのお金は地区内で使った方が良い、という考えもあったのではないかということです。

言わば極小単位での内需拡大(?)でしょうか。

だとしたらまさに閉鎖社会です。


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