トップページへ

情が移る、とは

No.103(2002.12.17)


絶対にもう農村地帯には住まない。

約8年間暮らした農村を離れる際に固く心に誓ったのがこのことでしたし、今でもその気持ちは変わっていません。

ところが離村後6年間、それとは別の感情もずっと湧き続けています。

それはかつて共に過ごした村の人達を思い遣る時に感じるある種の寂しさ、とでも言いましょうか。

おそらく私が地縁血縁なしでよそ者としてその農村に移り住んだに過ぎないのに、私は彼らに情が移ってしまったのだと思います。

その理由は、頻繁に行なわれていた行事や会合の席上においてや、隣近所の濃厚な人間関係のために、彼らと顔をつき合わせて共に過ごす時間が長かったからだと考えています。

苦楽を共にするというほど踏み込んだ関係ではなくても、長い間同じ共同体の一員として過ごしていると情が移ってしまう、ということが村を離れた後で実感できました。

都会での人間関係は質が異なるためか、東京を離れて農村に移住した時にはこんな感情は湧きませんでした。

東京に住んでいた頃の友人知人は、主に同窓生や勤務先の同僚、また共通の趣味をもつ人達のなかでの気の合う人間で構成されていました。

逆に言えば気の合わない人達との付き合いは意図的に必要最小限にすることも可能でした。

また住んでいる場所に根ざした隣近所との人間関係は希薄でした。

総じて言えることは、都会では相手に応じて互いに適度な距離をはかりながらの人間関係を築くのが普通だということです。

一方農村における人付き合いは、これまでこのコーナーで繰り返し述べてきたように、好むと好まざるとにかかわらず従わなければならない半強制的なものです。

べったりか逆にまったく疎遠かという限りなく二者択一に近い人間関係になります。

私の場合は地域にとけ込もうと努めたので前者を選んだことになります。

よって至近距離での付き合いになりましたので、当初は理由なき説教や無作法な詮索に嫌な思いをすることも度々ありました。

そんな風な付き合いを続けているうちに、嫌っていた人物達に対する私の気持ちも、依然として気は合わないものの気を許すくらいに不思議と変化していきました。

そのようなこちらの心の変化はそんな相手にも伝わるようで、それ以後は悪意を込めた話し方はされなくなりました。

元々波長の合った人達とは益々親密な関係になったことは言うまでもありません。

今現在は最低限の人間関係で済ますことができる生活を送っているので、束縛が少ない反面孤独感は強いです。

8年間飲み会に明け暮れていたためか、晩酌をしている時に彼らに思いを馳せることが多いです。

協調と馴れ合い、自由と好き勝手の違いはどこにあるのだろうか、と自問する日々を送っています。


前に戻る 目次へ戻る 次を読む