Prefrontal領域と心の理論

2002年11月,伊地知信二・奈緒美

心の理論(Theory of mind)が十分に獲得されていないことが自閉症で強調されています(Baron-Cohen S.)が,最近の関連する論文のご紹介が滞っておりましたので,まとめて概要だけ以下に訳します.心の理論を司る脳部位がprefrontal(前前頭)領域であることを示唆する報告は他にもいくつかあるようですが,以下の論文も同じような内容です.立場把握とだまし理解という課題については文献3にその内容が解説してあります.

文献1:心の理論には前頭葉が必要

限局性の前頭葉病変および前頭葉以外の病変を持つ患者を対象とし,視覚的立場把握および“だまし”理解に関してテストを行った.前頭葉病変は,他人の中に精神状態を想定する能力を障害しており,前頭葉内のパフォーマンスの解離を伴っている.前頭葉の広汎な病変は,右前頭葉の方がより重要な役割を持つことを示唆し,視覚的な立場把握の障害に関連している.正中前頭領域は,特に右の腹側は,“だまし”の理解を障害する.前者(視覚的立場把握)は,外側および上正中前頭葉領域の認知プロセスを必要とかもしれない.また,後者(“だまし”の理解)は,扁桃体や他の辺縁系領域と腹側正中前頭領域の情緒的連結を必要とするのかもしれない.

文献2:文献1に付けられたエディトリアル・コメント

10年前,人の前前頭皮質の部分領域の機能についてはほとんど何も知られていなかった.この10年間で,このトピックに関して入手できる情報の量に大きな変化があった.主な情報源は機能的画像研究であった.誌上に溢れている研究結果は,いろいろなタイプの課題を検討しており,それらの課題で誘発される脳活動は前前頭領域において複雑なパターンの有意差を示している.以前は前頭葉機能に強く関連していないだろうと考えられていた,エピソード記憶(自伝的記憶)のようなプロセスも,現在では5つの前方領域(6つとの見解もある)に関連していると考えられている.これらの領域は課題における難解なバリエーションに依存して関連している部位が多様である.このことは多数の異なるタイプの部分的プロセスが前頭葉に局在していることを示唆する.

しかし,このように溢れんばかりの情報があっても,関連する個々のプロセスの性質については何も知られていない.その結果を説明することは,少なくとも2倍困難である.第一に,関連する部分的プロセスは抽象的すぎて,知覚インプットまたは運動アウトプットに単純に位置付けることができない.2番目に,効果的に前前頭皮質を活性化する課題はしばしばこのような部分的プロセスをたくさん含んでおり,正常に行っても,いかなる単一のステージにおいても,成功達成の単純な徴候を観察することができないであろう.

これらの困難が存在するとして,もし標準的課題の機能的画像が他の方法で補充されえるのであれば,進歩はかなり速いであろう.しかし,その場合でもより抽象的である可能性がある部分的機能に直接関連する明らかにより複雑な課題を使わなければならない.2番目はより古い病変部位からのアプローチを蘇らすことである.その理由は,一つの病変の背景プロセスへの効果は,健常対象者をスキャンして得られた脳活動のパターンよりも解釈がよりわかりやすい可能性があるからである.しかし,画像研究に有用性を持って関連づけるためには,解剖学的なグループ研究アプローチで,10年前と比べてより細部にわたる局在化が可能でなければならない.サブグループに足るクラスターを形成する病変部位がどのようなものかは,複雑な方法論的問題をかかえている.Stussらのトロント-ボストン共同研究は,数年間かけていろいろな患者グルーピング戦略を開発した.彼らのアプローチは,以前原則的には背側外側領域に関連すると思われていたWisconsinカードソーティングや言語的流暢性のような標準的前頭葉課題における正中前頭葉構造の重要性を示した.Stussらの論文で,彼らは両側前頭葉病変群と左病変群および右病変群を対比した.また,両側前頭葉病変群と比較的純粋な正中病変を圧倒的に持っている両側前頭葉病変群とを比較し,全体的解析を“ホットスポット”解析で補足した.再び,最も著明な所見は正中前前頭領域に関連していた.

彼らが研究した課題は,“心の理論”または“mentalizing”に関連しており,これらは他人の精神プロセスを理解するために必要と考えられている能力の一群である.PremackとWoodruffが最初に記載し,Baron-Cohenらは自閉症の特異的脳基盤にふさわしいとして“心の理論”の選択的障害を自閉症で提唱した.この理論は最近直接的に検討されている.前頭葉病変の患者を特異的に研究した最初の論文は,Stoneらの報告であり,下正中ダメージが重要であると示唆した.彼らはまた,背外側部の病変に引き続き起こる障害を発見したが,この障害部をワーキングメモリーのために必要な部分であると考えた.しかし,彼らの検討は片側性の右前頭葉病変患者を含んでいなかった.ごく最近の研究は,“心の理論”ストーリーの理解において左の前頭葉効果があることを再び発見している.

Stussらの今回の論文は,二つの主な課題を使っている.両方とも患者からは見えないボールまたはコインの位置について患者が推理することを要求する課題である.患者の推理は検査者が示す方向から行われる.最初の課題では,異なる場所を指し示す二人の検査者がいる.患者は,一人の検車者の隣に座っているので,その隣に座っている検査者がボールの位置が見ることができないことを認識している必要がある.従って,患者はもう一人の検車者の指摘を信頼すべきである.前頭葉病変を持つ患者はこの課題で非常にエラーが多く,そのため前頭葉がmentalizingにおいて重要であることが明らかとなった.右の前頭葉が最も重要な領域であることが明らかとなったが,右前頭葉病変患者の数は少なかった.

2番目の課題は“だまし”に関係している.指示をするのは一人の検査者である.しかし,この場合検査者は常に間違った場所を指摘する.右正中前前頭部位における病変を持つ人と持たない人の間で著明な違いが検出されたのはこの課題である.この課題にはいくつかの成分があり,古くから前前頭皮質に関連するとされているgo-no go and alternation課題に類似している.また,anti-saccade課題にみられるように,非常に強い有力な反応の自発的抑制に正中領域が影響している.しかし,Stussらのこの課題は特異的に人の能力に関する推論に関連している.これは他人の指摘することの解釈ということである.従って,だましの理解は,mentalize能力に依存しており,最も重要なプロセスであろう.この課題をこなす能力のために最も重要である前頭領域は,右の正中前前頭領域である.注目すべきは,特に傍帯状溝(paracingulate sulcus)の周辺の領域では,たくさんの画像研究における精神状態の報告に含まれた部分は,正中前前頭皮質であることである.いくつかの研究において,活性化されている部分は右よりも左のエリア8,9,そして10であり,このことは使われた課題の言語的側面を反映しているかもしれない.ある複雑で重要なよりハイレベルな認知プロセスの構成基盤を確立するための,二つの全く異なる方法を使った局在化(大脳半球内の)における有望な一致所見があるわけである.

文献3:Lancet誌上での文献1の紹介

文献1での報告によると他の人と共感する能力は,右の前前頭皮質内に局在している.「立場把握とだまし理解という二つの最も複雑な認知能力において,右の前前頭皮質が重要であることを,著者らは非常にエレガントな方法で示した」とJulian Keenan(Harvard Medical School)はコメントしている.Donald Stuss(トロント大学,カナダ)らは,局所的な脳病変を持つ32人の患者を検討した.患者は検査者と向かい合ってテーブルに座り,テーブルの上に小さなカーテンがあり,患者から検査者を見ることができないように設定された.最初の実験で,2人のアシスタントが課題に参加し,一人は検査者の隣に座り,もう一人は患者の隣に座った.カーテンをした状態で,検査者は5つのコーヒーカップのの中のひとつにボールを隠した.カーテンが開かれた時,二人のアシスタントは検査者の後ろに移動し,それぞれ異なる一つのコーヒーカップを指し示した.そこで患者にどのカップにボールが入っていますかと尋ねるという課題である.この実験の目的は患者が検査者側に座ったアシスタントだけが正解を知りえるということを理解できるかどうかをテストすることである.前頭葉病変を持つ患者はこの課題でエラー率が高く,右の前頭葉が最も重要であることが明らかとなった.2番目の課題は,一人のアシスタントが参加し,テーブルの検査者側に座り,コーヒーカップは2つだけである.アシスタントはボールの入っていないカップを指し示し,患者はアシスタントがだまそうとしていることを見抜くことが要求される.右の下正中前前頭皮質にダメージのある患者はこのたくらみを最も理解できない.「患者はもはや他人に影響されない.なぜなら過去の同様な経験,現在の状況への関連,そして付随する情緒的な意味などを照合する能力を欠いているからである」とStussは説明する.エディトリアル・コメントの中で,Tim Shallice(ロンドン大学,イギリス)は正中前前頭皮質が数多くの画像研究論文において指摘されていることに触れた.全く異なる方法論でのこの結果の一致は象徴的であると彼はコメントしている.

文献4:前頭葉病変における心の理論機能障害と遂行機能障害に相関なし

精神状態は行動の把握において重要であり,その精神状態が他人に存在することを理解すること(心の理論)は,他人の行動を理解したり予測する能力の背景となっていることが示唆されている.片側前頭葉病変のある31人の患者において心の理論を検討した.15例は右,16例は左の前頭葉病変で,31例の適合コントロール群と比較検討した.主人公が勘違いをして行動するストーリーを聞かされ,first-order beliefとsecond-order beliefの読み取り能力がテストされた.右障害群も左障害群も,この二つの心の理論評価で有意に結果が悪かった.また両群とも,遂行機能(executive functions)テストにおいても障害が見られたが,解析の結果遂行機能障害は心の理論障害とは独立していた.これらの所見を,心の理論把握能力の背景となる特異的適応脳システム仮説に関して議論し,また,前頭葉障害患者において観察された社会機能障害に関連して論じる.

文献5:強調的な相互関係で前前頭皮質の活動が活発

個人間の共同には,互いの利益に関する共有予想を形成し,その利益を認識する共同選択を行うために,それぞれ他人の精神状態を読み取る能力が要求される.精神状態を想定する能力が前前頭皮質の機能に関連することを示したエビデンスから,我々はこの領域が共同作業に伴う心の理論処理の統合に関与するであろうと仮説を立てた.我々は,この仮説を検証するためにデザインされた機能的MRI研究のデータを報告する.スキャナーの中の対象者は,標準的な2人でする“信頼と相互性”ゲームを行う.報酬は現金で,相手は人の場合とコンピューターの両方である.行動学的データは6人の対象者が,対人ゲームにおいて相手と一貫して強調的であることを示した.このような強調的対象グループ内では,前前頭領域は対象者が人とプレイしている時の方がコンピューターとプレイしている時よりもより活発に活動した(固定され既知の蓋然論的戦略).5人の非強調的対象グループでは,前前頭皮質の活動は,対コンピューターゲームと対人ゲームで有意差がなかった.

文献6:自己概念は右の側頭頭頂ジャンクションと前帯状皮質,心の理論は前帯状皮質と左の側頭極皮質

自己の精神状態の変容表象(metarepresentation)としての自己意識と,他人の精神状態をモデル化する能力に必要な心の理論能力と呼ばれる能力は,密接に関連する高度な認知機能である.我々は本論文で,自己概念(SELF)の把握または,誰か他の人の心のモデリング(TOM)が,同じまたは異なる神経メカニズムを使っているのかを検討した.2方向性の機能的デザインにおいて,TOM能力とSELF能力を含む刺激対象を含むために,TOMパラダイム(理論的枠組み)は拡大解釈されて使われた.42人の健常ボランティアにおいておこなわれた行動学的検討は,TOMとSELFがことなる精神状態を含んでいることを示した.刺激に対して反応した時に,正確に一人称代名詞または三人称代名詞を評価することができた.行動学的検討に続き,我々は,TOMおよびSELFの背景となっている神経メカニズムが共通しているのかあるいは異なるのかを検証するために8人の健常者を機能的MRIで検討した(右利き,男性).主な因子のTOMは,前帯状皮質および左の側頭極皮質における神経活動の増加を誘導した.主な因子のSELFは右の側頭頭頂ジャンクションおよび前帯状皮質における神経活動の増加を誘導した.TOMとSELFの両方の因子の有意な相関関係が,右の前前頭皮質において観察された.TOMとSELFに反応して観察されたこれらの異なる神経活動は,人の自己意識に関するこれらの重要な異なる精神能力が少なくとも部分的には異なる脳領域で行われていることを示唆する.

文献7:目つきから心を読む時も正中前前頭領域を使っている

Baron-Cohenは,目(の表情)の解釈が心の理論システムを正常に機能させるために重要な役割をはたしていることを示唆した.この示唆と一致して,機能的画像研究は心の理論課題と目(の表情)の処理が後上側頭溝(STS)の同じ領域を使っていることを示している.しかし,心の理論に関連する2つめの脳領域である正中前前頭(MRF)皮質は,これまでの目(の表情)研究では同定されていなかった.我々は,これまでの研究で正中前前頭皮質での脳活動がみられなかったことを説明できる方法論的問題を議論し,これらのファクターをコントロールするPET研究の結果を提示する.我々の実験は3つのコンディションを含んでおり,それぞれのコンディションで被検者を見つめる顔刺激の割合と被検者から目をそらしている顔刺激の割合は次のとおりである.100%直視(0%そむける),50%直視50%そむける,100%水平方向にそむける(0%直視).二つのコントロールコンディションが設定され,ひとつは顔を下方にそむけた顔刺激,もうひとつは目を閉じている顔刺激である.パラメトリック解析では,水平方向に目をそむけた刺激の割合の増加と,正中前前頭皮質におけるrCBF(脳血流)の増加に有意な線状の相関がみられた.反対のパラメトリック解析(直視の割合を増加させる)は,上および正中側頭回を含むたくさんの脳領域における脳血流量の増加と関連していた.サブトラクション対比を追加するとこれらのパターンが確認された.我々の結果は目つき処理に関連する正中前頭領域と心の理論課題に関連する正中前頭領域の間にかなりの程度の重複があることを示している.

文献8:前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアント(前頭葉ピック病)における心の理論の障害

社会的認知のキー概念は,他の人々の精神状態,考え,そして何を感じているかを読み取る能力である.これを心の理論と呼んでいる.前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアントにみられるパーソナリティーおよび行動変化がこの認知ドメイン(心の理論)の障害を反映しているかもしれないとする仮説を検証する.心の理論テスト,遂行能力テスト,および全般的神経精神能力テストは19例の患者(前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアント)で行われ,アルツハイマー病患者群(12例)および適合健常コントロール群(16例)と比較した.神経精神評価は神経精神調査表を使って行われた.前頭葉側頭葉型痴呆の側頭葉バリアントの患者は心の理論テスト全て(一次勘違いテスト,二次勘違いテスト,過失の同定,目つきから心を読む)において障害がみられたが,全般的理解と記憶のテストのためにデザインされたコントロール質問では何の障害もみられなかった.対照的に,アルツハイマー病群では,ひとつの心の理論課題(二次勘違いテスト)でのみ障害がみられた.この課題はワーキング・メモリーへの依存度が高い課題である.過失の同定テストの成績は,二重の解離を明らかにした.前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアント患者群は心の理論を基盤とする質問に障害を示し,アルツハイマー病群は記憶を基盤とする質問だけに失敗した.心の理論課題での障害度と前頭葉の萎縮の程度をもとにした前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアント患者のランク付け結果は,心の理論課題の成績と腹側正中前頭領域のダメージの間の著明な相関(一致)を示した.前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアント患者においては,神経精神調査表スコアと心の理論高度課題結果との間に有意な相関がみられた.この研究結果は,前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアント患者が,アルツハイマー病患者とは異なり,心の理論課題に障害を持つとする仮説を支持し,前頭葉側頭葉型痴呆の前頭葉バリアント患者を特徴づける対人関係異常のいくつかを説明しているのかもしれない.


文献
1. Stuss DT, et al. The frontal lobes are necessary for 'theory of mind'. Brain 124: 279-286, 2001.

2. Shallice T. 'Theory of mind' and the prefrontal cortex. Brain 124: 247-248, 2001.

3. Butcher J. "Theory of mind" located in right prefrontal cortex. Lancet 357: 366, 2001.

4. Rowe AD, et al. "Theory of mind" impairments and their relationship to executive functioning following frontal lobe excisions. Brain 124: 600-616, 2001.

5. McCabe K, et al. A functional imaging study of cooperation in two-person reciprocal exchange. PNAS 98: 11832-11835, 2001.

6. Vogeley K, et al. Mind reading: neural mechanisms of theory of mind and self-perspective. Neuroimage 14: 170-181, 2001.

7. Calder AJ, et al. Reading the mind from eye gaze. Neuropsychologia 40: 1129-1138, 2002.

8. Gregory C, et al. Theory of mind in patients with frontal variant frontotemporal dementia and Alzhheimer's disease: theoretical and practical implications. Brain 125: 752-764, 2002.


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