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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(9)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)

:健常児にも軽度三角頭蓋がたくさん存在する


2002年6月9日,伊地知信二・奈緒美

S先生の英文論文が,Child's Nerv Systに掲載されました(文献1).以下にS先生のこれまでの指摘と異なっている点をまとめます.

内容 今回の英文論文(文献1)での記載 以前のS先生の見解
nonsyndromic typeにおける有症候例(Collmannのレビューの解釈など) It has been believed that isolated, mild trigonocephaly rarely presents with clinical symptoms.(軽度三角頭蓋には臨床症状はまれと信じられていた)/Collmann et al. reported that mental deficiencies are not evidence of frontal lobe constriction(精神発達遅滞は前頭葉が狭いことの証拠ではない) nonsyndromic typeには臨床症状はみられず/三角頭蓋のnonsyndromic typeでは・・・現在,臨床症状を来たさないというのがconsensusとなっている(文献2)
軽度三角頭蓋の診断について Milder cases of trigonocephaly are difficult to diagnose on the basis of physical appearance alone(より軽度の三角頭蓋は理学所見だけでは診断が困難)/IPD/ICD比は手術群で1.25(標準偏差0.04)コントロール群で1.21(標準偏差0.03)/nasion-pterion角測定で正常が2例 「正常な例とは明らかに区別はつきます」(文献3)
健常者における軽度三角頭蓋の存在について we have noted that many children with normal mental development have a metopic ridge (mild trigonocephaly)(健常児にも軽度三角頭蓋がたくさん存在する 「正常な例とは明らかに区別はつきます」(文献3)

Collmannの総説(文献4)では,「Mental delay may also be observed in what is assumed to be isolated trigonocephaly,as in 8 of our 73 patients.」と記載され,頭部顔面外科を受診するはっきりした三角頭蓋のnonsyndromic(isolated)タイプには11%に精神発達遅滞があることをはっきりと記載しております.ところが,以前から指摘させていただいておりますように,S先生の最初の論文(文献2)では,このCollmannの総説を引用して「nonsyndromic typeには臨床症状はみられず」とし,「臨床症状を来たさないというのがconsensusとなっている」と明記されております.少なくともCollmann先生の論文の時点(1996年)でのconsensusでは,頭部顔面外科を受診するようなnonsyndromic(isolated)タイプの三角頭蓋には1割以上に精神発達遅滞があるわけですので,S先生の最初の論文はかなり古い内容をその時のconsensusとして間違って記載したか,Collmann先生の支持するconsensusとは別のものをCollmann先生のものとして誤記したことになります.この論文で初めてS先生ご自身がこの点を修正して,「nonsyndromic typeには(臨床症状はみられず)」を「軽度三角頭蓋には臨床症状はまれと信じられていた」と記載されております.このS先生のご印象は非常に重要で,そもそも軽度三角頭蓋に伴う臨床症状に関する研究がこれまで行われておりませんので,手術を行う前に軽度三角頭蓋には臨床症状のある例が何%あるのかを調べる必要があるわけです.多くの論文があつかっているisolated typeあるいはnonsyndromic typeの三角頭蓋についてのデータは,頭部顔面外科の専門外来を受診したcosmeticな問題が比較的明らかな症例についてのものであり,S先生が手術しているような非常に軽度の三角頭蓋については何の基礎研究もこれまでに行われていないのです.Collmann先生のisolatedタイプの11%に精神発達遅滞があったことについては,今回の論文中でも触れていないようです.

軽度三角頭蓋の診断については,これまでと同様に3D-CTの所見を強調されておりますが,計測値(IPD/ICD比とnasion-pterion角)では健常者と手術されたケースをきれいに区分できないことを今回の論文で明記しております.IPD/ICD比での差は確かに統計的に有意ですが,標準偏差の値からすると,手術群とコントロール群の間で重複するデータがかなりあるようです.従って,計測値でも正常な例とは厳密には区別できないことが明らかにされたわけです.

またこれに関連して,S先生は健常者には軽度三角頭蓋はいないとこれまで主張していたわけですが,今回は「健常児にもたくさんいる」と明記されております.つまり,発達障害でない人にもみられることがある軽度三角頭蓋と,軽度三角頭蓋でない人にもみられる可能性がある発達障害の間に因果関係を想定しているわけで,それぞれの頻度に関する疫学調査は不可欠なのです.また,Collmann先生の総説(文献4)には,「There is a general consensus that the minor form, consisting merely in a prominent metopic ridge, does not require surgical intervention.」と明記してあります.

文書によるインフォームド・コンセントや院内倫理委員会に加え,このようにいくつかの点でも,S先生は,私どもが指摘させていただいた点を取り入れて修正してくださっております.しかし,研究として必要なステップは相変わらず経ておらず,一番の問題は研究としての倫理的議論や,研究としての研究デザインの検討が行われていないことだと考えます.


文献

1. Shimoji T, Shimabukuro S, Subama S, Ochiai Y. Mild trigonocephaly with clinical symptoms: analysis of surgical results in 65 patients. Child's Nerv Syst 18: 215-224, 2001.

2. 下地武義,山田実貴人,原秀.臨床症状を伴う三角頭蓋:Nonsyndromic typeを中心に.小児の脳神経 25: 43-48, 2000.

3. 下地武義.著者からの回答.小児の脳神経 25: 412-413, 2000.

4. Collmann H, et al. Consensus: trigonocephaly. Child's Nerv Syst 12: 664-668, 1996.


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