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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(5)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)
:「小児の脳神経」誌上レター


2000年11月20日,伊地知信二・奈緒美

S先生らが最初の16例を記載した論文(文献1)が掲載されました「小児の脳神経」という専門誌に,私どもがレターという形で問題点を指摘し,それに対するS先生のご返答が得られましたのでご紹介いたします.「生物医学研究の範疇と指摘され,正直驚きましたが,むしろ光栄であると考え先生の指摘を忠実に実行しようということになり・・・」と書かれ,院内倫理委員会を開催されたことや文書でのインフォームドコンセントを始められたことを報告されておられます.このように前向きに対応してくださることで,私どもがこれまでにこの件に関して行ってきましたことが間違いでなかったことが証明され,ほっとしております.

質問1(16例の親に説明された手術目的は?)についての返答

症例番号6までは,小児科から顔貌の異常として紹介されたケースで,手術目的はcosmetic(顔・頭の形を良くするため)と説明したとのことです.その後の10例は(明言されてはおられませんが),文脈から類推しますと,発達障害の改善を手術目的として親に説明されたようです.論文以後のたくさんの症例のほとんどが,皆さん既にご存知のように発達障害の改善を手術目的とした手術治療と位置づけられております.上にご紹介しましたように研究であることを否定されませんでしたので,発達障害の手術治療研究であることを自ら認められたと判断してもいいようです.

質問2(疫学的なこと)についての返答

症例10までは院外あるいは県立那覇病院小児科からの紹介で,症例11から症例13まではある学習塾での講演をきっかけに紹介されたケース,その後は沖縄小児発達センターからの紹介が含まれているそうです.2000年8月2日の時点で100名が診断され,6月いっぱいで70例の手術が終了したとのことです.従って,最初の10例は基本的に顔貌異常として紹介され,その他の症例のほとんどは発達障害を有し且つ三角頭蓋が疑われるために紹介されて県立那覇病院脳外科を受診されたとのことです.疫学的な調査は行っておられず発達障害と三角頭蓋の間の疫学的な関係は明言できないとしておられます.

残る問題点

(問題点1)S先生らの言う軽度三角頭蓋は,本当に健常者には存在しないのでしょうか?

S先生は返事の中で,ヘリカルCT検査の3D画像で検討すると,正常な例とは明らかに区別がつくと明言されておられます.しかし,私どもが71名の健常者(幼稚園児と小学生)の検診の際に頭部を診察してみましたところ約1割の子供で三角頭蓋の特徴(傾向)が触診と視診で観察されました.従ってヘリカルCTのような精密な解析ではおそらく健常者の中にS先生の言われる軽度三角頭蓋の人はたくさん存在するのではと考えております.同じ方法(ヘリカルCT)で健常者を調べることは,X線被爆を考慮しますと倫理的に不可能ですので,触診と視診だけの検討だけでも多人数の健常者を対象として同じ基準で行うべきと考えます.

(問題点2)科学的な研究手法に改善されたか?

S先生らの軽度三角頭蓋の手術適応(発達障害の改善を目的とした手術)は,Collmannが言うコンセンサスには含まれていないことを返答中で認められ,コンセンサスと異なる適応を提案することが論文の趣旨であると言われています.手術をすれば(発達障害が)改善する例が存在するから手術適応を見直すべきであるという「問題提起をしたつもりです」と返答されております.しかし,私どもが一番問題視しておりますのは,「科学的に有効例が存在すると言えるのか」という点です.繰り返しお願いしておりますが,完璧なコントロール研究は不可能なわけですから,手術をした例と,手術を拒否された例の比較データを早急に誌上で公表していただきたいと思います(おそらく既に準備されておられるでしょう).これまでにご紹介しましたように,発達障害の治療におけるプラセボ効果は非常に大きい(場合によっては80%以上がプラセボ効果だけで有効)ですので,有効と判断するには非常に綿密な検討が必要になります.SPECTに関しては,コントロール群(疾病コントロール:この検査も健常コントロールは倫理的に無理)を設定したstatistical parametric mapping(SPM)による術前評価が不可欠と思いますが,取り入れてはおられないようです.

(問題点3)疫学的な調査は必要ないのか?

「沖縄だけに特異的に多いのかとの疑問に対しては,手術を済ませている患児70例中で本土出身の父親が9人いたということで推察して下さい」と述べておられますが,S先生の言われる軽度三角頭蓋と発達障害の関連を疫学的に全国的レベルで調査すべきであると言外に提言されているようにも思えます.この点も繰り返しお願いしてきた点ですが,こういった調査は手術例数を増やす前に済んでいなければならないと考えます.

(問題点4)インフォームドコンセントのための説明書には研究と書いてあるのか?

前述しましたように,S先生は今回の返答の中で生物医学的研究であることを否定せず,Collmannらのコンセンサスからは逸脱する医療行為であることをはっきりと認めておられます.また,論文中では「多動傾向や自閉傾向も(手術後)改善していると著者らは確信している」と記載されており,この点も関連学会のコンセンサスから逸脱しております.ところが,これまでにご紹介しましたように,新聞ではこの手術は「脳が発達しやすい条件を整える手術」として報道されており,研究であることやコンセンサスから逸脱している点は強調されておりません.インフォームドコンセントのための説明文には研究であることが記載されているかどうか?,倫理委員会での議論で研究デザインに関する検討がなされたのか?などが非常に重要な問題となります.

(最後に)

私どもがお願いしてきましたことのいくつか(院内倫理委員会,文書によるインフォームドコンセント)をご採用くださり,S先生方の前向きの姿勢には本当に感謝しております.立場は違いますが,障害児本人と家族にとって少しでも理想的な状況へと前進することを目標にしていることでは,私どももS先生も共通しております.関係者の方々を少しでも補助できればと,私どもも引き続き本件の問題点を考えていこうと思います.この件に関するこれまでの状況を考えてみますと,こういった問題に迅速に反応して問題点を指摘できているのは,日本では私どもだけのようですので「これからも頑張ろう!」と研究所職員一同(伊地知家家族一同)気合いを入れなおしております.


(このコンテンツは下記の質問の手紙といっしょに,11月21日に,関係する先生方宛に郵便で発送しました.)

沖縄県立那覇病院
N院長先生
脳外科 S先生
小児科 SS先生
Re.:軽度の三角頭蓋に対する形成術に関して 平成12年11月21日

前略,
 お騒がせしております伊地知でございます.今回は,「小児の脳神経」に私どもが出しましたレターにご丁寧なご返答をくださり本当にありがとうございました.先生方の前向きなご姿勢に重ねて感謝いたします.この手紙は先生方に別々に一通ずつ送っております.

 前回までは特にご返答をお願いせずにお騒がせしておりますが,今回は是非短文でけっこうですのでご返答いただければ幸いです(お忙しい先生方にこのようなお願いをして本当に申し訳ございません.E-メールの場合はshinji@po.synapse.ne.jpまでお願いします).ご返答いただきたい内容は以下のとおりです.

1. S先生の基準での軽度三角頭蓋は,本当に健常者の中には存在しないのですか?
 頭蓋の形状も大きさも,原則的には量的形質(quantitative traits)ですので,特別な疾患以外は連続する分布をとるはずです.ご返答ではヘリカルCTでは正常な例と(軽度三角頭蓋は)明らかに区別がつくと書かれておりますが,これは常識的には信じ難いことです.実際に健常児を同じ診察基準(触診・視診)で検討されたのでしょうか?

2. 手術をした例と,手術を拒否された例の経過フォローの比較データはもう発表されたのですか?
 学会レベルであれば,是非論文発表されることをお願いいたします(論文発表済みの場合はごめんなさい).

3. SPECTのSPM解析は行わないのですか?
 大学で検査をされているとのことですが,大学なら疾病コントロールデータを設定できるはずです.是非SPM解析でご指摘されている脳の血流低下を証明し論文発表してください.ご存知のように自閉症やADHDの前頭葉脳血流量に関しては長い議論を経ており,全ての専門家が納得する結論はでておりません.

4.県立那覇病院脳外科へ顔貌の異常で紹介された患者の何%に発達障害があるのですか? 同小児科外来の発達障害児の何%に軽度〜中程度の三角頭蓋例があるのですか? だいたいの数字でけっこうですので教えていただきたい.

5.インフォームドコンセントのための親への説明書には研究と書いてあるのですか?
 今回のご返答で,S先生は生物医学的研究であることを否定せずに,Collmannらのコンセンサスからは逸脱する医療行為であることをはっきりと認めておられます.また,論文中では「多動傾向や自閉傾向も(手術後)改善していると著者らは確信している」と記載されており,この点も関連学会のコンセンサスから逸脱しております.従って,インフォームドコンセントのための説明文には研究であると明記する必要があると思います(既に明記してあればごめんなさい).

6.開催された院内倫理委員会では研究デザインについての議論はあったのですか?
 繰り返しお願いしておりますが,発達障害に関する臨床治療研究は,プラセボ効果が膨大なため研究デザインの詳細な検討が不可欠となります.

よろしくお願いいたします(同封いたします私どものホームページの新しいコンテンツもご査読ください).

草々


(文献)

1. 下地武義ら.臨床症状を伴う三角頭蓋: nonsyndromic typeを中心に.小児の脳神経 25: 43-48, 2000.


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