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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(1)
(三角頭蓋形成術)


2000年5月,伊地知信二・奈緒美
(Up 5/9, Revised 5/10)

この話題は,本年(2000年)2月に,この件に関するメールを複数いただき,初めて知った話題です.沖縄で,自閉症傾向や多動傾向の子供たちが,脳外科手術を受けていると聞き,びっくりして調べてみました.その結果を以下にまとめてみます.

1.この外科治療を行っている研究グループは沖縄県立那覇病院の脳外科を中心とした先生方です.

2.論文発表(文献1)では16例ですが,既に50例以上の子供たちが那覇病院でこの手術を受けたようです.

3.三角頭蓋(頭蓋骨の変形)の手術として位置づけられていますが,手術を受けたほとんどの子供達が三角頭蓋としては軽度で,軽度の三角頭蓋だけでは手術適応はありません.

4.自閉症傾向や多動傾向の改善を手術目的としているようですが,重症の三角頭蓋に対する1歳以前の形成手術であれば,手術が意味を持つ可能性を否定できませんが,重症の三角頭蓋でも1歳以後の手術で期待できるのはコスメティックな効果だけであることが知られています.従って,通常は1歳以後に行う軽度の三角頭蓋の形成手術は無意味だと言われています.

5.軽度三角頭蓋の子供達の手術が,自閉症傾向や多動傾向に効くかどうかは,これまで検討されたことがなく,効くか効かないか結論がでていないわけですから,「患者の権利章典」でいう人体実験ということになります.人体実験として必要な手続きを経ないで,この手術療法が続行されていることが最も重大な問題です.

6.脳の発達過程の強力な可塑性と,経過中の児の自然経過としての発達,および入院・手術というストレスに対する児の反応などを考慮しますと,このまま厳密なコントロール研究ができないままに手術例数を増やすことは中止し,今後この手術を行うかどうかは,これまでの手術例の詳細な経過フォローの結果を待って判断すべきと考えます.また,もしこの手術治療を行うのであれば,治療効果の可能性があることの科学的な傍証をそろえ,倫理面を含む議論を尽くした後,実験的研究(人体実験)であることをはっきりと被検者(家族)に伝えて,可能な限り科学的な方法で行うべきと考えます.


以下に,既に論文発表されている内容に限定して問題点とポイントを整理してみます.

この論文(文献1)は,従来の分類ではnonsyndromic typeと呼ばれる三角頭蓋症例(14例)の中に,発達遅滞,多動および自閉症傾向などの臨床症状を伴うケースが存在することを指摘した本邦では貴重な報告です.しかし,軽度〜中等度の三角頭蓋,特に軽度の三角頭蓋に行われた頭蓋形成術に関して,以下のような問題点が存在します.

(問題点1)nonsyndromic typeの誤解?
文献3のレビューでは,三角頭蓋を,頭蓋以外の奇形や染色体異常を合併した症候群としてのグループ(10〜20%)と,そのような他の異常を伴わない単発(isolated)グループに分類しています.文献4では,このisolatedのことをnonsyndromalと記載していますので,nonsyndromic typeとかnonsyndromal typeとは,「頭蓋以外の明らかな奇形や染色体異常を伴わない三角頭蓋」のことを指しています.論文(文献1)の著者らも最初に引用している文献3では,このグループの12%(8/73)に精神遅滞があったと記載してあります.つまりnonsyndromic typeでも精神遅滞などを伴うことがあることは,1996年のレビューが書かれた時点でコンセンサスになっており,そういう症例には手術をしても精神遅滞の改善は期待できないと明記してあります(文献3:下記引用).

「Mental delay may also be observed in what is assumed to be isolated trigonocephaly, as 8 of our 73 patients. But even in these cases, neither the neurological findings nor the severity of deformity nor the intracranial pressure provide any arguments favoring a mechanical cause of brain dysfunction. In conclusion, we maintain that in patients with trigonocephaly surgery is performed predominantly on the basis of aesthetic, and thus psychosocial, considerations.」

ところが,文献3に書いてあるコンセンサスとして「・・・この形態学的異常が臨床症状に関与することはないとされ,したがってnonsyndromic typeには臨床症状はみられず・・・」と“はじめに”に記載され,nonsyndromic typeの症例で発達遅滞などの存在を指摘することの重要性が強調され,Sidotiらの論文(文献5)とKapp-Simonの論文(文献6)を引用しています.また,考察のところでは「・・・現在,臨床症状を来さないというのがconsensusとなっている.」と繰り返しています.どうやら,著者らは,nonsyndromicという言葉をnonsymptomatic(無症候性)と解釈(誤解?)しているようですが,コンセンサスではnonsyndromic typeの中には,症候のあるケース(symptomatic cases)と無症候性ケース(nonsymptomatic cases)の両方があります.

(問題点2)手術目的とインフォームド・コンセントの問題
患児の家族に説明された手術目的は,コスメティックなものであるのか,あるいは,臨床症状(発達遅滞,多動傾向,自閉症傾向)の改善を手術の目的としたのか,論文中(文献1)には記載がありません.論文中(文献1)でも引用されているCollmannらのレビュー(論文3)では,コスメティックな理由が主な三角頭蓋の手術根拠であるとされております.精神発達遅滞や脳圧亢進がある例であっても,精神発達遅滞は合併する脳の発達異常の結果であろうから発達遅滞や脳圧亢進は一般的には手術理由とならないとはっきりと結論しています(上述).加えて,minor form(軽い症例)の三角頭蓋の手術適応もないことが明記されています.ところが,論文中(文献1)の手術を受けた16例中13例は軽度から中等度の三角頭蓋で(軽度が6例),家族からのコスメティックな理由での手術希望あるいは,コスメティックな面での医学的な手術適応があるとは考え難い症例(Fig. 7の術前からかわいい自閉症傾向の女の子など)がかなり含まれているように思います.実際論文中(文献1)でも「10例が乳児期においては正常発達とされており…このように乳児期以後に診断された三角頭蓋の症例で…」と記載されており,この10例においては頭部・顔面の所見は通常の検診では正常と判断されたわけです.したがって,三角頭蓋の形成が手術目的には成り得ない症例が多数含まれているわけです.

発達遅滞,多動傾向,自閉症傾向などの臨床症状の改善の可能性が手術の目的として家族に説明されたのであれば,Collmannら(文献3)が言うコンセンサスには含まれない未確認の新適応ということになります.開頭形成術により臨床症状が改善するか否かを実験的に調べることが目的であれば,生物医学的研究の範疇ですので,ヘルシンキ宣言に準ずる研究計画の吟味と,患者の権利章典に基づく人体実験としての倫理的要件を全てクリアすることが必要になります(文献2).また,手術効果の研究の医学的妥当性の吟味は,少なくとも発達遅滞,多動傾向,自閉症傾向などの症候と軽度〜中等度三角頭蓋の因果関係が疫学調査により証明された後に検討すべきと考えます.この論文(文献1)には施設内倫理委員会の関与やインフォームド・コンセントに関する記載は残念ながらありません.

(問題点3)手術時期の問題
コスメティックな目的での三角頭蓋の手術時期のコンセンサスは2歳までで,通常は3〜9ヶ月,できれば6ヶ月未満となっております(文献3).論文(文献1)にも指摘しているように,発達遅滞,多動,自閉症傾向は1歳半から2歳位で表面化することが多く,これまでの報告では,コスメティックな目的で行われた頭蓋形成術がその後の発達遅滞などの症候発現に予防的効果を持つのかという趣旨でretrospectiveな検討がなされ,症候発生頻度においては統計的に有意な手術効果は報告されておりません(文献5〜7).またBotteroらの論文(文献7)では三角頭蓋(isolated)を1歳未満で手術した46例中9例(19.6%)に発達遅滞が発現し,1歳以後の手術例16例では7例(43.8%)に発達遅滞が確認され(かい二乗検定で危険率0.094),1歳未満での手術例の方が発達遅滞発生率が少ない傾向が強調されております.見方を変えますと,1歳未満での早期手術でさえも発達遅滞の発現頻度を減らす傾向はあるものの潜在する発達遅滞の多くには無効であり,論文(文献1)が主張する症候が明らかになった1歳半以後の手術的介入は発達遅滞,多動,自閉症傾向には無意味なものである可能性が非常に高いと考えます.

(問題点4)三角頭蓋の頻度
下の表に示しますように,nonsyndromic(あるいはisolated)であり,1歳未満でコスメティックな動機から頭蓋顔面外科センターを受診するような三角頭蓋例における,発達遅滞,注意欠陥/多動性障害(AD/HD),学習障害などの発生率は12〜64%と報告されており,表に挙げました症例の中でsyndoromicケースを含んでいるSidotiらの症例を除いて集計すると146例中に31例で21%ということになります.論文(文献1)では,症例サンプリングの経過(受診の動機など)が不明であり,沖縄地区に特異的にこのような症例が多いのかがわかりません.発達遅滞あるいは問題行動などで集めた症例の何%が三角頭蓋(軽度〜中等度)だったのか,経験した三角頭蓋(軽度〜中等度)例の何%に発達遅滞,多動,自閉症傾向があったのかが非常に重要だと思いますが,記載がありません..

報告者[文献](受診の主な動機)三角頭蓋例数発達遅滞またはAD/HD,学習障害
Collmannら[3](cosmetic)73(isolated)8(12%)
Kapp-Simon[6](cosmetic)11(nonsyndromic)7(64%,手術例を含む)
Sidotiら[5](cosmetic)32(未検査が4例)12(37.5%,手術例を含む)
Botteroら[7](cosmetic)62(isolated)16(26%,手術例のみ)
下地ら[1](発達遅滞?)16

(問題点5)軽度三角頭蓋と頭の形の正常個人差
一般的には,手術に至らない軽度の三角頭蓋例の方が,コスメティックな手術の適応があった症例よりも発達遅滞やAD/HDや学習障害の頻度は低いと言われております(文献4,5,7).従って著者ら(文献1)の症例に含まれているような検診では正常とされる軽度の三角頭蓋が発達遅滞や多動や自閉症傾向の原因となっていると考えるのは,沖縄県に特異的に存在する病態でも存在しないかぎりは,非常に無理があるように思います.もし地域的な特異病態が否定されれば,(著者らの判定方法による)軽度三角頭蓋というのは健常児にもみられる頭蓋形状の個人差を含んでいる可能性があります.コスメティックな手術適応のある三角頭蓋と正常頭蓋形状の個人差の間には当然境界線は引きがたく(連続する分布),そのために三角頭蓋の発生頻度は2,500出生に1例から70,000出生に1例と基準によってデータが大幅に異なってきます(文献3,5).

(問題点6)SPECTデータについて
一見,手術を正統化しているようにみえるsingle photon emission computed tomography(SPECT)所見も,同じ検査条件でのコントロールがなく,statistical parametric mapping(SPM)などの定量的な解析が含まれておりません.

(問題点7)発達の時期・速度の個人差に対する配慮が必要
1歳半時に,自閉症傾向があっても,その後は健常と判断される子供たちがいます(文献8).相対性理論で有名なアインシュタインは発語が遅かったことはあまりにも有名で(文献9),また多動傾向は年齢と共に改善傾向があることが知られています(文献10).そもそも乳幼児の正常の発達は,「発達の可塑性」が特徴のひとつであり,発達速度の個人差が大きいことと,遅れている部分のcatch up現象(遅れている能力がある時期に急に獲得される現象)もよく耳にします.従って,社会性の問題や多動傾向,言語能力の発達遅滞などにおける治療効果は,厳密な盲検コントロール研究でしか証明することはできないのです.術前には発語がなく,手術後にしゃべれるようになったケースが何百例あっても,それだけでは手術が効いたと判断することはできません.

(問題点8)コントロール研究の困難性
自閉症などの治療手段の評価は,コントロール研究をすると効果を証明できない治療でも,非対照研究(オープントライアルなど)では有効となってしまいやすく,陽性バイアスが強くかかることが知られています.親を含む周囲の期待が評価に影響し,投薬,注射,入院,検査の繰り返しなどが全て児の行動に影響を与える可能性を持ちます.これまでの例では,テトラハイドロバイオプテリンの内服療法や(文献11),セクレチンの注射療法(文献12)がパイロット研究やオープントライアルでは有効とされ,盲検プラセボコントロール研究では効果なしと判断されております.このような例で注目すべきは,プラセボ群でも効果がはっきりとでていて,実際は治療をしていないはずなのに児の行動に改善がみられている点です.前述の陽性バイアスに加え,児の自然経過としての発達を治療効果であると見誤ってしまいやすいわけです.外科手術のコントロール研究は一般的にも非常に困難であり,偽手術は倫理的に不可能ですので,手術ストレスを厳密にマッチさせたコントロールを設定することができません.不完全な方法ですが,入院や検査などをコントロール群にも同じように体験してもらって比較する方法も考えられます.著者らの研究は残念ながら論文上では単なるオープントライアルです(文献1).部分的にでもマッチさせたコントロール群を設定する試みや,オープントライアルの結果を慎重に吟味する姿勢が,論文中(文献1)には明らかに欠如しています.

(結論)
発達過程の脳の強力な可塑性と経過フォロー期間中の患児の自然経過による発達を考慮すると,脳血流量の変化や症候の改善を手術による効果と結論することは,この論文(文献1)の研究デザインでは不可能であると考えます.このまま厳密なコントロール研究ができないままに手術例数を増やすことは中止すべきで,今後この手術を行うかどうかは,これまでの手術例の詳細な経過フォローの結果を待って判断すべきと考えます.また,もしこの手術治療を行うのであれば,治療効果の可能性があることの科学的な傍証をそろえ,倫理面を含む議論を尽くした後,実験的研究(人体実験)であることをはっきりと被検者(家族)に伝えて,可能な限り科学的な方法で行うべきと考えます.


文献
1. 下地武義,山田実貴人,原 秀:臨床症状を伴う三角頭蓋.Nonsyndromic typeを中心に.小児の脳神経 25: 43-48, 2000.
2. 縣 俊彦:インフォームドコンセント(3章).縣 俊彦編:EBMのための新GCPと臨床研究.東京,中外医学社,1999, pp 30-49.
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8. Baron-Cohen S, et al. Psychological markers in the detection of autism in infancy in a large population. Br J Psychiat 168: 158-163, 1996.
9. West TG. In The Mind's Eye: Visual Thinking, Gifted People with Learning Difficulties, Computer Images, and the Ironies of Creativity. Prometheus Books, New York, 1991.
10. Elia J, et al. Treatment of attention-deficit-hyperactivity disorder. N Engl J Med 340: 780-788, 1999.
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