この論文と同時に掲載された編集記(文献3)や,WHOの最新の総括では,この仮説及び同じ研究グループから以前提唱された関連する理論に対する否定的な証拠が列挙された.毎年,60万人以上のイギリスの2歳児たちがMMRワクチンを摂取しており,この摂取年齢は通常の自閉症が気づかれる年齢であるので,偶然接種後に気づかれたワクチンに関係のない自閉症の可能性もある.MMRワクチンと炎症性腸疾患と自閉症に注目していることで有名な研究グループに紹介されてきた症例であるので,症例の選別にバイアスがかかっており,この仮説は疫学的に適切な背景を伴っていない.
論文(文献1)ではワクチンによる急性反応は臨床的にかつ検査データにより示されているが,肝心の発達異常と腸疾患の所見は非特異的であり,各症例に関する詳しいデータが欠如している.以前,この研究者たちは,炎症性腸疾患の児の腸組織にウイルスが存在することを報告しているにもかかわらず(他の研究グループによる再現性なし),ワクチンに含まれるウイルスについての腸組織での検討も含まれていない.
疫学的な証拠は,この仮説に否定的で,WHOは麻疹,MMR,そして炎症性腸疾患の間に関連性がないことを示し,自閉症の合併疾患の検討でも炎症性腸疾患は記載されていない.全国的な自閉症に関する統計では,自閉症は増加しているようにみえるが,増加の時期はMMRの摂取が開始される10年も前であり,MMRの摂取が開始された(1988年)前後で自閉症の頻度に変化はみられない.予防接種に関するジョイントミーティングでも予防接種の主旨を変更させるような副作用の報告はなく,MMRワクチンの安全性も再確認されている.
この仮説には,MMRワクチンを原因とする証拠がなく,また,この研究グループの仮説は,麻疹ウイルスに始まり,その後麻疹ワクチンを原因とした後,現在のMMRと腸疾患に至っている.それにもかかわらず,摂取を受ける親たちの心配は大きく,MMRの摂取率の低下と,摂取を施行する医療従事者への副作用に関する問い合わせが増加している.
1970年代の百日咳恐慌もまた,疫学的な証拠を伴わない小児の脳障害の症例報告がきっかけで起こった.この時の報告も,時間的な関係(摂取後の偶然の発症)が過剰評価されており,結果的に全国的な調査は,脳症との関連はみとめたものの,持続性の脳障害の危険性は非常に少ないことを示した.しかし,メディアは最初の症例報告に注目し,親たちも専門家たちも不安をつのらせ摂取率は80%から30%に低下した.その結果,免疫力のない子どもの数が増え,1976年以後の12年間で,30万人の罹患と70人の死亡者を招来したとされている.
百日咳恐慌の場合は,脳症と百日咳ワクチンの関連が,今回のMMRと自閉症の関連に比べよりそれらしいものであった.MMRに関しては,既に行われている全国調査の結果で麻疹ワクチンと発達障害に関連はみとめられず,麻疹ワクチンが除外された後の調査でも安全性が確認されている.1970年代には,予防接種が最優先というわけではなく,副作用に関する信頼できる情報も乏しかった.独立した立場の予防接種コーディネーターも存在せず,百日咳恐慌で摂取率は部分的に落ち込んだ.今回のMMRワクチンに関して,百日咳恐慌のようなことを繰り返してはならない.副作用のないことが保証されるワクチンは存在しないが,感染症を予防するという重要な利益を重視しなければならない.親たちの間に不安の種は既に存在し,不安は着実に広がっているであろう.親たちは,科学的な証拠に基づいた判断を求められているのである.
文献
1. Wakefield AJ, et al. Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children. Lancet 351: 637-641, 1998.
2. Nicoll A, et al. MMR vaccination and autism 1998. BMJ 316: 715-716, 1998.
3. Chen RT, DeStefano F. Vaccine adverse events: causal or coincidental? Lancet 351: 611-612, 1998.