The epidemiology of autism spectrum disorders: is the prevalence rising?

Wing L & Potter D. MRDD Research Reviews 8: 151-161, 2002

 

自閉症スペクトル障害の疫学:有病率は増加しているのか?

 

 
(概要)1943年にKannerのオリジナル論文が世に出てから数十年の間,自閉症は一般的には一万人の児童に2−4人程度のまれな状態であると考えられていた.それから,1990年代後半と今世紀に行われた研究は,診断時の年齢に基づき,小学校前の子供たちにおける自閉症の発生率が年々増加していることと小児における年齢特異的有病率の増加を報告した.一万人あたり60人までもの有病率が報告され,自閉症スペクトル全体にすると,もっと多い数字が報告された.このような増加の原因については,真の増加の他に,診断基準の変遷,幅広いスペクトル概念の導入,研究間の方法の違い,親や専門職の知識の増加,特別サービスの普及などが議論された.発生率における真の増加の原因となるいろいろな環境原因も示唆された.これにはMMRワクチン接種も含まれている.MMRを含み,これらの環境因子の中には,独立した科学的調査で確認されたものはひとつもない.一方,自閉症の原因に複雑な遺伝素因が関連していることを示す強力なエビデンスが存在する.このエビデンスは,仮に全例ではないにしても,発生率や有病率において報告された増加のほとんどは,診断基準の変化や自閉症の知名度の増加および自閉症スペクトルが認知されたことによると示唆している.また,発生率における真の増加が存在するのかどうかについては,結論が出たわけではない.

イントロ:小児における自閉症の概念は,1943年に世に出たLeo Kannerの論文によって最初に紹介された.彼は,社会的な相互関係とコミュニケーションの重篤な障害,および変化に対する強い抵抗を特徴とする行動パターンを“早期小児自閉症”と呼び記載した.この発表の後数十年の間,小児自閉症はまれな状態と考えられていた.それから,1980年代後半と1990年代において,この考えは疑問視された.最も最近の研究は,年間発生率が徐々に増加していることを報告し,有病率はこれまでの研究のほとんど全てのデータより高い結果が報告された.この観察されている増加の原因を議論するのに必要な背景を紹介するために,簡単に1960年代までの自閉症の歴史を概説する.

神話,伝説,そして歴史

自閉性障害の歴史はかなり昔までさかのぼる.世界の多くの地域に共通して,「取り替え子:さらった子の代わりに妖精たちが残すとされた」の古代神話が存在する.これらのストーリーは,小人たちによってさらわれた人間の赤ちゃんの代わりにおいていかれた小さい妖精のような子供たちについてである.これらの神話のいくつかのバージョンでは,かわいくて(beutiful),不思議で,よそよそしい“取り替え子”の記載は,自閉症児に非常に類似している.アッシジ(イタリア中部の町)のSt. Francisの弟子たちの伝説の中に,修道士Juniperについてのストーリーがある.彼は,紳士的で,ナイーブで,そして非常にがんこであった.フランシスコ修道会の教えに書いてあるからといって,物乞いに衣服を全部与えて,公衆の面前で素っ裸になった.他の修道士たちは,いつくしみと怒りの混在した気持ちで彼を見ていたが,彼の変な行動は彼の聖人性に由来すると考えていた.最近では,彼はアスペルガー症候群であったと考えられている.アスペルガー症候群の明らかな特質を持つフィクション中のキャラクターの例はたくさんあり,シャーロック・ホームズやミスター・ビーンなどが挙げられる.

現実の歴史に眼を向けると,おそらく自閉症であったのではと考えられる人が何人か存在する.これらの中で最も有名なのは,「アビロンの野生児」として知られるビクターである.彼が発見されたときは12歳で,18世紀の終わりごろ南中央フランスの森の中で野生化していた.彼は保護され,教育を受けるためにJMG Itard医師の保護下に置かれた.Itard医師は,この少年に関する,長編のすばらしく新鮮な報告を書いた.それによると,ビクター(Itardの命名)は,言語の理解や使用およびそのほかの形のコミュニケーションがほとんど無いか皆無である典型的な自閉症であった.

Henry Maudsleyが1867年に子供たちにおける「愚行,狂気」について議論するまでは,このような奇妙な行動パターンをもつ個人の間の関連性に気づいたものはいなかった.Maudsleyは,現在自閉症と診断されている一群の存在を記載した.その後,20世紀前半,この領域における何人かが,「小児サイコーシス」の形について記載し,独立した症候群を定義する努力がなされた.広範な自閉症スペクトルに関する現代の考え方からすると,示唆された症候の全てを正当化するのに苦労するほどたくさんは症候がないとしたJames Anthonyの記載は興味深い.この分野の初期のころの全研究者の中で,アメリカのLeo KannerとオーストリアのHans Aspergerだけが,現在正式にその名が知られている.Kannerは一番最初に1943年に「早期小児自閉症」としてこの行動パターンを古典的論文に書いた.1944年,Aspergerは,Kannerとは異なるが,関連した行動パターンを「自閉症的サイコパチー」と記載して最初の論文を書いた.現在この行動パターンはアスペルガー症候群として知られている.彼の論文はドイツ語で書かれ,英語圏の国々では1980年代までほとんど知られることはなく,1990年代にその業績評価と最初の論文が英訳された.

Kannerは当初早期小児自閉症は遺伝性であると考えていたが,当時の世論は,特にアメリカでは,強く心理分析論の影響を受けていた.その結果,自閉症児に対する親の姿勢,親のパーソナリティー,そして子育て方法は非難され,自閉症は神経学的基盤を伴わない情緒的な障害であるとみなされた.この流れは1960年代になって二つの主な理由から変化した.一つはアメリカとイギリスにおいて,親のグループが,自閉症児の問題に関して非難されることを拒絶し,集まって自発的な協会を設立したことである.もうひとつは,自閉症に関する科学的な研究の発達であった.現在も増えつつある研究の結果として,自閉症は発達中の脳の障害と考えられており,主にそのオリジンおよびより広範な障害のスペクトルの一部に遺伝素因が関与しているとされている.このスペクトルは3つの障害で特徴づけられる.これには,社会的相互関係の障害,コミュニケーションの障害,イマジネーションの障害があり,活動の幅が狭く反復性であることに関連している.何十年にも及ぶ自閉症概念の変遷は,DSMやICDのバージョン間の定義の違いに反映されている.診断基準の変遷については,後で議論する.

発生率と有病率の定義

イントロで述べたように,自閉症スペクトルの割合の増加は,発生率と有病率の両方の研究で報告されている.自閉症性コンディションに関連してこれらの用語を使うことには特有の意味が存在する.発生率は,1年間のように特定の期間内で該当する状態が始まった個人の数を特定のポピュレーションの中で検討する.有病率は,いつ始まったかにかかわらず,調査日のように特定の時間において該当する状態をもつ個人が特定のポピュレーションの中に何人いるかを検討する.それぞれのインデックスの意義は,検討する状態の性状によって異なってくる.麻疹のような状態では,オンセットがはっきりしており,合併症がなければ約2週間続き,エンドポイントがはっきりしているので,一年間の発生率は,ある調査日の有病率よりも大きく,発生率の方が通常より実際的に注目される.発生率のバリエーション,例えば異なるシーズンでの違いもまた重要である.自閉症において発生率を計算する際の問題は,オンセット年齢が決め難く確認しにくいという点である.本論文の後の方で述べるが,遺伝素因が原因の重要な因子であることを示す強力なエビデンスがある.自閉症は生涯続く状態であるので,理論的には全てのケースが診断されていれば,年齢グループの有病率は,年間発生率よりも大きいはずであり,必要なサービスを評価するためには有病率が特に重要である.発生率と有病率が正確に計算できるのであれば,原因因子の変化に関しては発生率は有病率よりもより感度が高いはずである.

発生率研究

オンセットを同定することが困難であるので,自閉症の年間発生率に関してはいくつかの研究が発表されているだけである.発表されている研究には,イギリスでの研究がいくつかあり,Taylorらの報告,発生率と有病率を計算したPowellらの報告,そしてKayeらの報告がある.また,Dalesらはカリフォルニアにおける研究を報告している.これらの報告は,1980年代と1990年代の出生コホートを対象としており,全ての結果が自閉症スペクトルの年間発生率の着実な増加を示しているが,全ての報告が自閉症として診断された児の症例記録を使った研究で,オンセット年として診断された年を使っている(後に議論する).これらの研究における対象児は診断確定のために研究者によって診察されるというステップを踏んでいない.

有病率研究

自閉症スペクトルの疫学的研究のほとんどが有病率を検討している.英語論文であるか英語で書かれたアブストラクトのある論文でこれまでのところ39の論文が有病率を報告している.経時的に有病率が著明に増加していることが見て取れる.

発生率および有病率増加の考えられる原因

この観察されたデータの増加の考えられる原因を以下のような順番で考察する.

1.診断基準の変化

2.研究方法の違い

3.自閉症スペクトル知名度のアップ(親,専門家,一般人)

4.以下の状態が合併する可能性があることが知られたこと

        a. 重篤または深刻な精神遅滞,その他の発達障害,身体障害

        b. 平均的あるいは高度な知的能力

        c. 全てのタイプの精神疾患

5.専門家によるサービスの普及

6.考えられる原因とオンセット年齢との関係

7.数における真の増加の可能性

診断基準の変遷

用語の変化:自閉症のための確定的な診断法は存在しない.詳細な発達暦の聴取と構造化された状態あるいは非構造化状態での行動観察によって診断がなされる.このプロセスは,定義と標準化の困難を伴っている.Kannerが「早期小児自閉症」と呼んだ行動パターンを記載して以後,何年もの間,この分野の研究は自閉性障害のスペクトルの概念を生み出した.このスペクトル概念はKannerのオリジナルケース群よりもかなり広範囲なものである.診断基準に関しては数多くの示唆があったが,このセクションではこれまでに有病率研究で使われた基準に限って議論する.

KannerとEisenbergは,早期小児自閉症の診断基準のリストを公表した.彼らは必要かつ十分なものとして,二つの行動特徴を強調した.第一はaloofness(よそよそしいこと,超然としていること)と他人への無関心である.第二は児自身の反復性ルーチン行動における変化への強力な抵抗である.このルーチン行動は形としては手の込んだものでなければならない.これらの特徴はまた,遅くとも24ヶ月(2歳)までには表面化する.Rutterは,彼が「小児自閉症」と呼んだ状態を定義するための基準を発表している.それによると,オンセットは30ヶ月以前であり,社会性発達の障害があり,言語発達が遅れるかあるいは逸脱しており,そして同一性への固執(ルーチンへのこだわり)があるとした.彼はこれらの行動特徴を詳細に記載している.

小児の状態としての「自閉症」という用語は,Kannerが最初に記載した後20年以上経っても国際的分類システムには掲載されなかった.最初の記載はICD-8に統合失調症(schizophrenias)の一サブグループとしてであった.小児自閉症の概念の大きな変化はDSM-IIIにおいて明らかであった.DSM-IIIは全般的カテゴリーとして広汎性発達障害(PDD)という用語を導入し,それによって自閉症の概念が精神科的なものから発達障害へとシフトしたことを認めた. 短い診断基準によって二つのサブグループが規定された.30ヶ月以前にオンセットがあるいわゆる「幼児自閉症」と30ヶ月以後で12歳前にオンセットのある「小児オンセット広汎性発達障害」である.

この分野におけるもうひとつの影響は,Aspergerの報告によってもたらされた.これは前述のように1980年代まで英語圏の国々では知られることはなかった.彼が記載した子供たちは,社会への接し方が不適切であった.文法が得意でボキャブラリーが多いが,幅が狭くそれぞれの児に独自の特異的な興味の話題に限られる.通常は平均的あるいは高度な知性を示すが,しばしば特異的な学習障害をかかえている.彼らは社会的に,またしばしば肉体的に,不器用で場にそぐわない.Aspergerは彼が提唱した症候群がKannerの提唱した自閉症とは異なるものと信じていた.この点はいまだに議論の対象であるが,Aspergerの症候群が自閉症スペクトルの一部であることをほとんどの著者が認めている.1970年代の研究の結果,またAspergerの研究への興味から,Wingらは自閉性障害のスペクトル概念を提唱した.その基本的3特徴は,社会的相互関係の障害,コミュニケーションの障害,イマジネーションの障害で,3つめのイマジネーションの障害は興味あるいは活動の幅の狭小化に変更されつつある.これらはほとんど全ての診断基準にみられる共通特徴である.スペクトル概念の重要なポイントは,3主徴のそれぞれの因子が重症度に関してはいろいろな程度で出現し,多くの異なる合併症を伴っている点である.例えば,社会性障害はKannerの記載した症候群における単なるよそよそしさ(aloofness)だけでなく,社会的相互関係における受動性として表面化したり,あるいは他人に対して活発ではあるが不適切で反復性のアプローチをしたりすることで表面化する.

スペクトルの概念はDSM-IIIの改訂版(DSM-III-R)において初めて出現した.DSM-III-Rは,広汎性発達障害の一般的なカテゴリーは保ったままであるが,そのサブグループは「自閉性障害」および「特定不能の広汎性発達障害」と呼ばれた.サブグループは,DSM-IIIとは異なり,行動の関連する症候の巾をカバーしている正式な診断基準として定義された.オンセット年齢に関する基準は含まれなかった.DSM-IVは,広汎性発達障害の全体的カテゴリーはそのままで,新しいサブグループが導入された.これらは,「自閉性障害」,「レット障害」,「小児期崩壊性障害」,そして新しく「アスペルガー障害」としてアスペルガー症候群が入った.また,「特定不能の広汎性発達障害」もまたサブグループのひとつとされた.研究に使用できる詳細なサブグループの基準が提供された.自閉性障害の基準には36ヶ月以前のオンセットであることが現在は含まれている.ICD-10もDSM-IVと非常に似たサブグループ分類で基準も同様である.

有病率研究に使われる診断基準の効果

自閉症スペクトルの異なるサブグループのための診断基準にそれぞれの性質があるとすれば,疑いもなく,それぞれの研究者の解釈の仕方にはバリエーションが存在し得る.最大限に慎重に扱っても,またその使用に関してトレーニングを受けていても,完全には解釈の違いを除くことはできない.加えて,解釈上の違いがその結果にもたらす影響の程度もまた予測することはできない.自閉性障害を他の自閉症スペクトルから区別するルールが異なる研究者によって異なって適応されている可能性も十分考えられる.この可能性が表1に見られる結果のバリエーションの一部を説明できるかもしれない.特に,自閉性障害とアスペルガー症候群に関連して問題が生じる.アスペルガー症候群に関しては,DSM-IVとICD-10は3歳までは言語,適応スキル,および好奇心の年齢相応の発達があることを特記している.もしこの基準が厳密に適応されると,Aspergerの記載により近いGillvergの基準に比べ,アスペルガー症候群に関しては有意に少なく,自閉性障害に関しては有意に多く診断がなされてしまう.このことが関連して,Fombonneの検討では,レビューした全ての論文においてアスペルガー症候群が自閉性障害よりもより少ない結果となっていた.これらの問題が報告されている疫学的研究のデータを解釈する際の困難性を付加している.たとえ,その論文が自閉症スペクトルの数を検討したと主張している場合でも,どのような臨床像の対象者が含まれたのかがはっきりしているとは限らない.

表2
基準 論文数 自閉症の率(平均) 率の巾 他の自閉症スペクトルを検討した研究の数 率の巾

Kanner

DSM-III

Rutter

DSM-III

DSM-III-R

DSM-IV/ICD-10

三主徴*

Gillberg**

6

-

3

9

3

14

-

-

3.9

-

7.0

7.0

8.6

21.0

-

-

0.7-5.0

-

1.9-16.0

1.2-15.5

7.2-10.1

3.8-60.0

-

-

-

1

1

5

1

10

2

1

-

2.4

2.6

1.9-5.2

3.2

1.4-58.0

14.3-15.7

60.0

*Wing & Gould, IQ<70
**アスペルガー症候群の基準,IQは全てのレベル

表2は,記載されている自閉症スペクトル診断基準ごとの研究論文数のまとめである.それぞれの基準での結果の巾も記載した.「自閉症の率」と記載した列は,KannerとEisenbergが定義した早期幼児自閉症,DSM-IIIの幼児自閉症,DSM-III-RまたはDSM-IVの自閉性障害,Rutterが定義しまたICD-10にある小児自閉症を含んでいる(前述したようにDSM-IVとICD-10の定義はほぼ同じである).「他の自閉症スペクトルを検討した研究の数」と記載した列は異なる基準が定義するいくつかあるいは全ての他のサブグループをカバーしている.他のサブグループの定義は,異なる研究において,大きく違っている.例えば,アスペルガー症候群やレット症候群を除外しているものもある.そのため,率の平均値は自閉症のものだけを記した.

表2に見られるように,KannerとEisenbergの基準を使った研究論文の結果は最も少ない結果になっている.社会的なよそよそしさ(aloofness)と手のこんだ反復性ルーチン行動の組み合わせは,よそよそしさが重症精神遅滞と密接に関連しているので,比較的少ない結果となる.一方,手のこんだ儀式やルーチン行動には,対象物を複雑な反復パターンを作り出すために使ったり,寝る前の長々とした儀式を主張したりすることのように,環境をオーガナイズするための認知能力が必要である.4つの研究が,Kannerの基準とICD-10の小児自閉症の基準の両方を使って同じ対象児を評価している(古くはCamberwellからの報告,最近ではMolnlycke,KarlstadおよびNorthern Finlandにおける研究).Camberwellでの研究においては,ICD-10基準はオリジナルデータに対してさかのぼって適応された(あとから記録を評価).Kannerの基準に適合した全ての児が,DSM-IV/ICD-10基準にも適合しているが,それぞれの研究において,Kannerの症候群に適合している数はDSM-IV/ICD-10の小児自閉症に適合している児に比べて著明に少ない.Kannerの症候群を持つポピュレーションは,4つの研究において,DSM-IV/ICD-10の小児自閉症を持つと診断された全ての児の33%から45%である.Rutterの基準あるいはDSM-IIIを使った研究の平均は,Kannerの症候群を使った研究結果の2倍弱である.これらの基準は類似しており,どちらにおいても反復性活動が手のこんだものである必要はない.両者ともオンセット年齢の上限を30ヶ月としている.

DSM-III-Rは3つの研究で使用されているだけである.平均値でKannerの症候群を基準とした結果の5倍を超える最大の結果は,DSM-IV/ICD-10を使った研究でみられた.DSM-III-RとDSM-IV/ICD-10の両方とも,自閉性障害のサブグループにおいてさえも,社会性障害,コミュニケーション障害,反復性活動のタイプについては広い巾を認めている.Kannerの基準やRutterの基準とは異なり,イントネーションの乏しさや社会的な脈絡に関連した会話の不適切使用のような他のタイプのコミュニケーション障害さえあれば,DSM-III-RとDSM-IV/ICD-10は言語発達遅滞または言語の逸脱という程度の状態がなくても診断される.Volkmarらは,DSM-IVが発表される前に行ったフィールドトライアルにおいて,ICD-10とは対照的に,DSM-III-Rは臨床家の診断と比べ有意に多くのケースを診断に含むことを発見した.著者らは,ICD-10における自閉性障害がより特異的であることの理由を,DSM-III-RではPDD-NOS(特定不能の自閉性障害)だけであるが,ICD-10ではたくさんのサブグループを含んでいるからであることを示唆した.DSM-III-Rにおいてオンセット年齢の上限が設定されていないことは有意なファクターとは思えない.VolkmarらはDSM-IIIで広汎性発達障害と診断された129人中5人(4%)だけが,30ヶ月以後のオンセットであったと報告した.この所見からは,DSM-IV/ICD-10を使って検討された自閉症の有病率が最高であったことは矛盾しているように思える.このことと,それぞれの診断基準セットに関連する非常に広い率の巾を併せて考えると,診断基準の定義に加え,他のファクターが自閉症の率の全般的増加を説明するためには関連していなければならないことは明らかである.

各論文で使われた方法の違い

研究間の差異は,ターゲットポピュレーションのサイズやタイプ,また症例を同定した方法などにおいてみられる.

ターゲットポピュレーションのサイズ

Hondaらは,当時英語で報告されていたか,あるいは英文のサマリーが付随していた18件の論文を検討した.その結果,自閉症(もし他の自閉症性状態が報告されていればそれも含む)の率が1万人あたり10.0人を超えるデータは,ターゲットポピュレーションが5万人未満の研究に多く報告されていることがわかった.ここにレビューしたより大きな研究数で同じ解析をしても同じ結果であった.ターゲットポピュレーションが5万人未満の研究のうち16件は自閉症スペクトルの年齢特異的率が1万人あたり10人以上であるとしており,10人以下の結果はたった一件であった.対照的に,より大規模なポピュレーションの19研究のうち6件だけが1万人あたり10人以上という結果を出している(P<0.001).ターゲットポピュレーションが1万人未満の5つの研究は,全てDSM-IV/ICD-10を使い,1万人あたりの自閉症スペクトル率を21人から120人としている.Hondaらが指摘したように,ポピュレーションが大きな研究では信頼区間がより小さいが,全ての対象となる児が発見されているかどうかに関しては確認することがより困難である.正確な症例発見は小規模のターゲットポピュレーションでより簡単である.

研究ポピュレーションにおける移民の割合

自閉症の有病率が有意に高い報告は,Camberwell,Gothenburg,そしてMolnlyckeでの報告においては移民(第一世代)を親とする児においてなされている.Ibarakiにおける研究は,日本における他の地域から移動してきた親に生まれた児において有病率がより高いことを示した.しかし,この件に関するほかの6つの研究は,移民親の児において有病率が高いとする仮説を支持するエビデンスはないとしている.ここでレビューした全ての研究は,ヨーロッパ,北アメリカ,または日本で行われたものである.報告されている論文からは,特定の地域や国または国内のエリアで有病率が有意に異なっている可能性を肯定するエビデンスも否定するエビデンスも提供されていない.以下に記するように,日本における研究の高率な結果の傾向はおそらく症例発見の方法に起因すると思われる.

症例発見の方法

ここでレビューした報告のほとんど全ての著者らは,該当する児を発見するために医学機関あるいは(and/or)教育機関を使っている.一般的に最高の率を結果として出している症例発見方法は,小学校入学前の児童に対するルーチンの発達チェックを含んでいた.1万人あたり10.0人を超える率を報告した15論文中8件は,発達チェックを繰り返すことを基盤としていた.それに比較して,1万人あたり10.0人未満の論文20の中には,発達チェックに基づくものはひとつもなかった(P<0.001).特に日本の研究者は,日本の児童の90%がこれらの発達検査を受けているので,この発達チェックに基づくアプローチが非常に有益であることを指摘している.この方法を使っている8つの研究のうち5つは,日本で行われた研究である.自閉症スペクトル状態の評価はルーチンの検診に統合されており,数年にわたってチェックが繰り返されている.前述のように,最高の率は小さなターゲットポピュレーションを詳細に検診して得られたデータである.最低の率(0.7)はWisconsinにおいて報告されている.このWisconsinからの報告は早い時期の研究で,ICDまたはDSMの分類システムに自閉症の診断基準が掲載される前の1970年に発表されている.この0.7という率は,DSM-II基準での小児schizophreniaと診断された児童をアメリカ全体で各機関を通して調査しその臨床的および人口統計学的詳細に関するコンピューター資料に基づくものである.著者はKannerの基準と器質的な異常を示すエビデンスがないことに基づき,自閉症を持つ児を再診断するために記録を使っている.その結果著者らによって1例も見出されなかった.これらのファクターを全て併せても‘classic autism’の率は非常に低くなる.

自閉症スペクトルの存在が,親,専門家そして一般大衆によく知られつつあること

1960年代まで,自閉症スペクトルに関しては一般の興味もほとんどなく,またほとんど知られていなかった.その後,イントロで述べたように,親が自発的に作った自閉症協会が1960年代の初めにアメリカとイギリスで創設され,後に興味のある専門家たちがそれに加わった.自閉症協会の目的は教育的サービスや治療サービスの向上のためにプレッシャーをかけることと,自閉症の研究を促進することである.米英に続いて,その後数年の間に世界中の他の国々にも自閉症協会が立ち上がった.自閉症協会は全てのメディアを通じて,自閉症児のことや自閉症児が必要としていることを力強く啓蒙した.専門家の興味は,自閉症の本質に関する科学的な研究が1960年代にアメリカとイギリスにおいて始まり発達したことで刺激された.自閉症状態の基準が幅広いことや,アスペルガ−症候群の概念についてもしだいに知られるようになった.Kannerの厳密な基準を使ってのみ診断がなされ,自閉症がまれな状態であると考えられていた頃に比べると,重大な変化が起こった.自閉性障害の診断基準のためのいろいろな方法が出現し,臨床家が自閉症児および自閉症的な児の診断をできるように貢献した.1990年代には,発達歴と行動バターンに関する情報を得るための診断インタビュー法が二つ発表された.これらはADI-RとDISCOである.これらの方法はそれぞれ,専門家のためのトレーニングコースが企画され,普及が進んだ.診断プロセスはまたADOSのような観察と評価の体系的方法も含んでいる.

1990年代の終わりから,一般の注目は,自閉症とMMRワクチンの関連や,自閉症と水銀(防腐剤として)含有ワクチンの関連を示唆したメディア発表により自閉症状態に注がれた.最近の科学的なエビデンスはどちらの仮説も支持していないものの,これらの可能性は人々が自閉症状態の存在を知る上で強力な誘引となった.この問題は後でさらに議論する.

自閉性障害が他の状態と関連し得ることが知られつつあること

重篤な精神遅滞と他の発達障害または身体異常

Kannerは最初自閉症児は潜在的には正常の知能を持っていると信じていた.科学的な研究は知的能力を計測し,自閉症と全てのレベルの精神発達遅滞はしばしば共存し得ることを明らかにした.この事実が臨床実践に反映されるには時間を要したが年々認知されつつある.1980年にShahらは精神発達遅滞成人のための一施設に関する研究を行った.この施設はその後閉鎖された.調査時に,入所者の出生年は1880年から1964年であった.研究チームは893人の入所者を評価し339人(38%)が社会的な障害を持っており自閉症スペクトルに含まれると考えられた.つまり,彼らはよそよそしく(aloof),受動的であるか活発であっても社会的な関係においては風変わりであった.社会的な障害を持つ入所者の中で134人(40%)は,古典的Kannerの自閉症を有していた.以前に自閉症と診断されていたのは2−3の最も若い入所者だけであった.この結果からポピュレーションの有病率を計算することは不可能であるが,イギリスにおいては自閉症と診断されていない多数の成人例が精神発達遅滞者用の施設の中にいることが示された.公表されていないフォローアップ研究では,この施設の入所者だった人は,この施設の代わりに作られた精神発達遅滞成人用の小規模住宅で暮らしていることが示された.

イギリスにおいては,1970年代まで,一般的な傾向として,極度に学習障害がある児童や普通学校に適応できなほどの問題行動を持つ児童のことを,「精神的に遅滞している」とか「不適応の」児童と呼んでいた.これらの児童はほとんど小児科での評価を受けておらず,診断を検討されていない.例えば,Camberwell研究における50人の自閉症スペクトルと診断された児童の中で,1971年においては,たった7人(14%)が自閉症児として教育的サービスおよび学校医療サービスによって把握されていた.その7人のうち6人はKannerとEisenbergの診断基準に適合していた.この7人以外の7人がKanner・Eisenbergタイプの自閉症であることが判明したが,サービス機関の記録には自閉症としてはいかなるタイプとしても記載されていなかった.このことは,最も古典的なタイプの自閉症であっても,5歳以上の児童の約半分(57%)は診断されていないことを意味していた.自閉症スペクトルである残りの36人の児童の中でたった一人だけが自閉症として記録されていた.残りの50人の児童は中等度あるいは重度の精神発達遅滞と記載されるか,あるいは2−3のケースでは「不適応の」と記載されていた.1970年代には,イギリスでは小児発達センターが開設され始めた.詳細な発達評価のために専門医に紹介される児童の数は増加し,小児科医は自閉症スペクトルに関する分野に興味を持ち始め,専門的技能を持ち始めた.この変化は,自閉性状態がDSMにおいて分類され,その後ICDシステムにおいて定義された1980年代に加速された.これによりまれな精神科的状態として知られていた自閉症は脳の機能障害による発達障害として認知されるようになった.

Croenらの論文は自閉症と精神発達遅滞が合併し得ることが未だに知られていない場合があることを示唆した.カリフォルニア健康ヒューマンサービス課の発達サービス局の統計によると,過去11年間毎年,公的統計システムにインプットされる自閉症者の数は明らかに増加していることが示された.Croenらは発達サービス局のデータを使い,診断がなされた時点でDSM-III-RまたはDSM-IVによる自閉症の率を検討し,検討した11年間の全体的率が一万人あたり11.0人であることを報告した.年間有病率は,1987年に5.78であったものが1994年には14.89といくぶん確実に増加していることが判明した.しかし,同じ年の原因のはっきりしない精神発達遅滞の年間有病率はいくぶん確実に減少しており1987年に28.76であったものが1994年には19.52になっていた.自閉症の記録数の絶対数における増加は1994年から続いているが,その意義はCroenらの論文と同じでさらなる解析をしなければ評価できない.GilbergらはGothenburgの3つの論文に見られる自閉症の率における増加現象において,平均的あるいは高い知能を有する自閉症者同様,重篤な精神発達遅滞を有する自閉症児においても診断同定がより多くできるようになったことが部分的な原因であると観察している.

自閉症が提唱されて間もない頃に診断過程に影響したと思われるKannerのもう一つの考えは,自閉症がユニークな状態であり他の小児の障害全てと合併することがないという誤解であった.癲癇性発作は比較的よく合併する.言語障害,特に意味論(語義論)や文法に影響する言語障害および,運動における協調障害は自閉性障害における障害パターンの重要な側面であり,社会性障害が判りにくいケースでは診断しにくいケースがある.現在,自閉症あるいは自閉症のいくつかの症候と,脆弱X症候群,Turner症候群,結節性硬化症,Tourette症候群,そしてダウン症を含む一連の遺伝子異常との関連について研究が進行中である.Howlinとその共同研究者らの観察では,ダウン症児は非常に社会的で社交的であるとする決まりきった見方が原因となり,ダウン症の10%に合併する自閉症の存在がしばしば診断されていない.

平均的あるは高い知的能力

前述したように1980年代までAspergerの功績は英語圏の国々ではほとんど知られていなかった.彼が記載したほとんどの児は,平均的あるいは高度な知的能力を有しており,精神発達遅滞児は少なかった.Asperger症候群が知られるようになり,例え典型的なKannerタイプの自閉症であっても,自閉症性状態は能力の高い児や成人にも有り得ることが判ってきた.このことが強調されるようになり,多くの明らかな自閉症症候を持つ児と同様に,より判りにくい症候の児も,自閉症スペクトルに含まれるようになった.Wolffは,小児期には自閉症スペクトルの判りにくい症候を有していたケースで,小児期からフォローした一群の成人例を記載した.彼女は小児の統合失調症様パーソナリティ障害と1995年に書いた本には記載したが,彼らのスキル,障害,そして行動のパターンが自閉症スペクトル全体の中の端っこに位置し,ほとんどのことが自分でできるタイプに適合することを彼女は知っていた.この功績は自閉症スペクトルの概念の巾を広げることにおいて,もう一つのファクターを追加した.Wolffはこのような一群が将来の見通しは概して良く,多くは成人として独立し,何人かは仕事で高い能力を発揮ずることを発見した.この一群のごく一部は精神科的状態,飲酒問題,薬物問題あるいは犯罪の既往歴を持っていた.

あらゆるタイプの精神科疾患

Kannerの自閉症に関する最初の論文以前およびその後の数年の間,自閉症状態はしばしば小児統合失調症と診断されてきた.Kolvinらの研究はこれらの診断間の違いを明らかにするうえで重要であった.過去においては,自閉症成人の中には精神発達遅滞を持っていると診断され関連する施設に入所させられたり,またあるものは統合失調症とラベルをはられ精神疾患専用の施設の中で生活していた.それらの施設が閉鎖される前に,入所者の中の自閉症状態者の有病率に関する研究はひとつも発表されていない.Ryanは,統合失調症,躁うつ病,または強迫性障害のような治療抵抗性の精神疾患を持っていると診断された患者の何人かは,Asperger症候群であったかもしれないと示唆した.WingとShahは,専門的センターに紹介され,15歳以上で自閉症スペクトルと診断されたケースの17%が明らかなカタトニー症候を持っていることを発見した.そのうち何人かは自閉症の可能性は検討されず,以前にカタトニー性の統合失調症と診断されていた.Tantamは,生涯続く社会的孤立と著明な奇行が原因で精神科医に紹介された60人の成人例を検討した.彼らは,神経症や精神病の両者を含むいろいろな精神科的診断を受けていた.Tantamは病歴を詳細に検討し,60例中46例が自閉性障害あるいはAsperger症候群の基準に合うことを報告した.NylanderとGillbergは精神科疾患センターに治療に通う499人の成人中,16人が自閉症スペクトルであり,そのほとんど全員が自閉症と診断されたことがないことを報告した.この所見はイギリスにおける精神疾患犯罪者のための特別病院での研究の結果と同様である.Bejerotらは強迫性障害と診断されていた64例のうち20%が明らかな自閉症特質を持っていることを報告した.これらの所見から自閉症スペクトル者における精神科疾患の有病率を計算することはできず,また逆に精神科的状態を持つ全ての患者における自閉症スペクトルの割合を算出することもできない.しかし,過去においては,自閉性障害者の何人かは精神科疾患を持つと誤診されており,そのようなことが少なくなってきていることを望むが,未だにこの誤診は起こっていることは明らかである.無職者の宿泊施設や路上生活者を含むホームレスの成人における自閉症スペクトルの有病率に関しては興味あるところであるが,報告はない.

専門家によるサービスの普及

イギリスにおいては,サービス提供における二つの異なる流れがあり,紹介のパターンに影響し,診る専門家が異なることで自閉症スペクトル者の数が変動する.一つの流れは,精神発達遅滞者のための大規模施設や軽度精神発達遅滞児や特別な学習障害児および(and/or)問題行動児のための特殊学校の数が1970年代から徐々に減少していることである.前述したように,過去においては,自閉症スペクトル者の一部を含む児童および成人は専門家による診断のための評価を受けることなく,その学習上あるいは行動上の問題ゆえにこのような施設に入所していた.一方(もう一つの流れは),自閉症スペクトルに対する全ての種類の専門家サービスの提供は1970年代から普及した.これらの進歩は,自閉症スペクトルおよび関連状態に関する診断サービス,家族支援サービス,特殊学校,普通学校での特殊クラスあるいは個別支援,成人に対する家の提供,職業サービス,特別なレクリエーションサービス,そして自閉症状態を持つ比較的何でもできる人々への社会的訓練グループなどである.もちろん関連する全ての人のためにほぼ適切なサービスがどこでも受けられるようになるまでには,まだ長い道のりがあるが,進歩はしておりまた進歩しつつあるのも事実である.サービスの進歩および普及によって,親が子供の発達に懸念を持ったり,そのような診断を受けたがっている場合は,親は自閉症である可能性をより考えやすくなっている.また専門家は対象児あるいは成人例およびその家族にとって適切な援助につながることが判っていれば,より自閉症状態の診断がし易い.

行政上の決定は,特異な状態の認知のレベルに影響し得る.アメリカにおいては,1991年に,自閉症が始めて障害者教育法の対象となった.自閉症と診断される児童が増加したのもこの時期で,この法律が自閉症児の増加に寄与したと思われる.しかし,同じような診断率の劇的増加は,スコットランドを除き自閉症スペクトル児の数を記録するために教育関係の認可を必要としないイギリスにおいてもみられた.

考えられる原因と発症年齢の関係

自閉症の原因は発症年齢の問題および発生率や有病率の変化と関連している.双生児研究によりDSM-IVに従って診断された自閉性障害の90%以上の原因において,遺伝素因が主に重要であることを示す強力なエビデンスが提出されている.いくつかの遺伝子が関連しているらしいことも判明している.自閉性障害児の家系研究は,より幅広い自閉症スペクトルにおいても遺伝素因が重要であることが示唆されている.Aspergerは彼の症候群の症候に関連する形質がしばしば親にもみられることを観察している.GillbergとColmanはレビューの中で,おそらく自閉症に関連する医学的状態を持つ自閉症児の割合の想定値は,研究者によって11から37%の巾があることが判明した.この割合は医学的検査がどの程度行われたかに関連している.(てんかんは自閉症スペクトル者に良く見られ,典型的自閉性障害者の25%あるいはそれ以上で見られるが,原因状態とはみなされていなかった.自閉症の原因となる脳機能障害が何であろうと,付加的影響を持つと考えられていた.)より重篤またはより深刻な精神発達遅滞者において,医学的状態が診断される率はより高い.その他の自閉症スペクトルにおける医学的状態の率は12%から53%と巾がある.しかし,そのような医学的状態の主なものも結節性硬化症などの遺伝性であるか,または母親の風疹感染などの出生前病態である.例えば出生後に単純ヘルペス脳炎などのに罹患した後に典型的な自閉症行動が始まったようなケースの報告は2−3例である.これらの所見は,多くの症例では,自閉症スペクトルの背景となる基本的な病態は出生前に存在することを示唆している.

自分の子供が予想通りには発達していないと親が気づくまでの時間にも巾がある.後に自閉症傾向を指摘された児童の1歳前のホームビデオを検討した研究では,判りにくい自閉症の症候が研究者によって確認できることが示された.自閉症の症候が気づかれる前に,その無反応性を補正する戦略を療育者たち(親)が使っていることをBaranekは記載している.Volkmarらは広汎性発達障害と診断されている児童および成人の129例において,たったの4%が30ヶ月前のオンセットと報告されており,行動学的には他の自閉症者と区別できないことを記載している.自閉症スペクトル児の親の中には,ある程度の制限された会話が発達し始め(時に主にエコラリア),そしてそれから2歳あるいは3歳児に会話しなくなると報告しているものもいる.

このような状態はかなり以前から知られていたが,最近「退行性自閉症」と呼ばれている(MMRワクチンに関連して下に記載).比較研究において,FombonneとChakrabartiは退行現象の既往を有する児は,他の自閉性障害児と比べて区別し得る発達特性や臨床特徴を持たないことが報告されている.「退行性自閉症」を有する児の多くが,出生時からの自閉症の背景となっている基本的病態を有している可能性は確かにある.DSM-IVおよびICD-10で知られている「小児期崩壊性障害」は,少なくとも2年間の完全に正常な発達があったことを示すエビデンスがあり,その後自分のことが極端にできなくなり,その他のスキルも消失する状態で,「退行性自閉症」とは同じものではない.小児期崩壊性障害の有病率は一万人あたり1人以下で,この状態が増加していることを示すエビデンスは何もない.前に述べたように,発生率に関する全ての報告は,自閉症が年々増加していることを示したが,これらの研究は発症と診断された年度を使っている.HowlinとAspharianは,親はもっと以前から懸念し始めているのであるが,専門家によって診断が確定した平均年齢は自閉症で5.5歳,アスペルガー症候群で11.0歳であるとしている.Volkmarらは,診断年齢は認知された年齢と呼ぶべきで,実際のオンセット年齢と考えるべきでないと指摘した.自閉症がますます知られるようになり,診断のやり方が変化し,より多くの診断がまたより容易になされるような最近の傾向があり,発生率の研究の結果に影響がでるであろう.発生率の研究はオンセット年齢として診断された年齢を使い,その結果の自閉症発生率は増加してきた.

遺伝素因だけで,非常に急速に増加し年々増加し続けていることが判明している自閉症率の実際の増加を説明できるとはとうてい思えない.もし持続する実際の増加があるのであれば,環境因子を想定しなければならない.食物内の成分,環境汚染物質,抗生物質,アレルギー,ワクチン,そしていくつかのワクチンに防腐剤として使われている水銀などの神経毒などを含む,たくさんの原因に関する示唆が行われてきた(現在イギリスで使われているMMRワクチンには水銀は使われていない).しかし,これらの環境物質の中で科学的に認められたものは今のところ皆無である.自閉症状態の増加の原因はMMRワクチンであるとする現在の大衆の懸念は,ある特定の研究グループの仕事に由来する.彼らは,慢性便秘などの消化管症状に関して小児消化器科に紹介されてきた自閉性スペクトル児を検討した.彼らは,特異な形の炎症性腸疾患を想定して記載した.彼らは,退行性自閉症のニューバリアントの原因がMMRワクチン接種であると仮説し,自閉性障害が増加しているのはこの新しい状況に関連していると提言した.しかし,前述したように,退行性自閉症がその他の自閉性障害とは違うものであることを示すエビデンスは存在しない.Wakefieldらは,消化管症状を有しない自閉症スペクトル児も検討しておらず,また自閉症のいかなるタイプをも持たない重症慢性便秘の児童も検討していない.前述した4つの発症率研究は,MMRワクチンの導入が自閉性障害の発生率および他の自閉症スペクトルの発生率に影響したかどうかを検討するためにデザインされたものである.前述したように,全ての報告が年々増加していることを報告しているが,その増加曲線はMMRの導入の影響は受けていない.このことは,MMRワクチンが自閉症状態の発症率の外見上の増加の原因ではないことを示す強いエビデンスであると思われる.これら4つの報告は自閉症が年々増加していることの原因は明らかにしていないが,しかし著者らは親や専門家の間で自閉症が知られるようになっていることが重要な因子であると示唆している.ChenとDe Stefanoは大規模なデータベースから,MMRと慢性腸症候や問題行動との間の有意なリンクがあることを示すエビデンスはないと指摘している.FombonneとChakrabartiは自閉症スペクトルに関する疫学的データを検討した.このデータには,MMRワクチン接種前に自閉症と診断された児童も,MMRワクチン接種後に自閉症と診断された児童も含まれていた.その結果,MMRが誘導した自閉症または自閉症性腸炎(autistic enterocolitis)が存在することを支持するエビデンスは存在しなかった.

おそらく明らかな自閉性障害を誘導するには十分でないだけの遺伝素因が背景にあることで,自閉症になりやすい少数の児において,MMRワクチン接種が自閉症を促進している可能性は残る.そのような一群は,(あったとしても)少数すぎて発生率研究の結果には影響しないであろう.全てのタイプの予防接種は,非常にわずかな副作用リスクを持っているが,そのワクチンが予防効果を有する病気による死亡のリスクや重度障害のリスクとのバランスを考えなければならない.一部の親は,MMRワクチン中の3種のワクチンを別々に受けることを要望しているが,このやり方はそれぞれの接種の間に感染が起こってしまう可能性を許容してしまう.いずれにせよ,MMRワクチンを受けることに比べ,別々の接種法が安全であるかどうかについては,肯定的なエビデンスも否定的なエビデンスもない.

数が真に増加している可能性について

たとえ,MMRワクチン接種が自閉症児の数が増加していることの原因でないにしても,増加が実際に起こっていて続いている可能性は残る.提示されたエビデンスから,上に議論した全ての因子が自閉症スペクトルの観察される増加に寄与しているが,それらが増加のどの程度を説明するかについては確実性はない.

3つの小規模であるが集中的な研究は,Camberwellで行われたものとGothenburgで行われた2つであるが,原因が何であれ率における増加の可能性を考慮した場合に特に興味ある報告である.Camberwellでの研究は,使われた方法ゆえに,自閉症スペクトルと診断された対象者の中でわずかに3人が全般的IQが70以上であった.残りは,15歳以下で71人の児童で,IQは70未満であった.これらの71人に基づく自閉症スペクトル全体の年齢特異的有病率は,15歳以下の年齢の1万人あたり20人であった.Gothenburgにおける一つの研究でも,比較可能な診断基準を使い,IQが70以下の対象者における全自閉症スペクトルを数え,1万人あたり18人という結果で,Camberwellでの所見に非常に近い値であった.Gothenbergにおけるその後の研究では,高機能自閉症スペクトル児全員を同定するためにIQが70以上の13歳から17歳の小児を検討した.年齢特異的率は,Gillbergの基準に従って診断したAsperger症候群は1万人あたり36人,Asperger症候群の完全な基準は満たさないものの,社会的障害を有する児童は1万人あたり35人であった.二つのGothenburg研究からの所見全てを加算すると,全てのIQレベルでの全ての自閉症スペクトルの率は1万人あたり89人ということになる.

これらの研究の重要なポイントは,Camberwell研究の対象が1956年から1970年に生まれた児童であり,Gothenburg研究のIQが70未満の児童は1966年から1970年に生まれ,Gothenberg研究のIQが70以上の児童は1975年から1983年に生まれたという点である.対象児は自閉症児の数が増加し始めたと報告されている頃よりも十分以前に生まれているが,全IQレベルでの全自閉症スペクトルの率は,その後の報告のほとんどよりも高い結果である.その後の報告でこれよりも高い結果は東京での研究でほぼ同じ率(1万人あたり90人)で,その他にもSwedenのKarlstadでの非常に小規模な研究でも1万人あたり120という報告がある.

額面どおりにとったとしても,これらの所見は,もし症例検索が完全に行われ,全自閉症スペクトルに対する同一の基準が全ての早期の疫学研究で使われたのであれば,結果は最近報告されたほとんどの結果よりも高い可能性があることを示唆している.さらに,前述した研究での発生率における年毎の増加は,自閉症スペクトルの全ての児が小学校入学前に診断されるようになるまで続いて当然かもしれない.

しかし,これらの所見は注意してみる必要がある.なぜなら,IQが70以下の児童を対象としたCamberwellとGothenburgでの報告は,その年齢層での総ポピュレーションがそれぞれ35000人と24000人であり,より障害の軽い児童を対象としたGothenburgでのもう一つの研究は,その年齢層での総ポピュレーションがわずかに1519人であるからである.にもかかわらず,これらの報告は特異的に集中的であり,自閉性障害を持つと予想された児の全てが研究者によって詳細に診察されていることは注目すべきである.

もし自閉症スペクトル児の数が常に非常に大きいのであれば,これらの状態の成人の全員はどこにいるのかという疑問が当然わいてくる.Torbenらは自閉症スペクトル児341人を年齢が14歳から48歳になるまで平均24年フォローし,粗死亡率3.5%という結果を得た.この結果は同じ年齢の一般ポピュレーションの粗死亡率のほぼ2倍である.

精神発達遅滞あるいは精神的疾患と診断された成人例に関する上の報告所見は,自閉症スペクトルと診断されていない非常に多くの成人例が知られずに存在している可能性を示唆する.成人期に至るフォローアップ研究は,成人になって完全に依存的生活を送っているケースから完全に独立しているケースまで幅広いバリエーションがあることを示している.しかし,成人における自閉症スペクトルの有病率に関しては,いかなる年齢においても発表されたものはない.

将来の研究のための示唆

この論文で議論したエビデンスは,全部ではなくても,報告されている発生率や有病率の増加は診断基準の変化や親・専門家の両方における認知度の増加によるものであることを示唆している.自閉症スペクトル児の数が真に増加しているのかという疑問は残ったままであり,もしそうであるとしても,その真の増加がどの程度であり,いまだに真の増加が続いているのかどうかも結論が出ていない.過去に行われた全ての研究に現在の診断基準を応用するために,過去へもどることは不可能である.過去に比べ,現在より多くの自閉症スペクトル児が実際に存在しているかどうかという疑問には,断定的には答えることができない.いくつかの研究は発生率や有病率の問題の側面を検証することができる.例えば,Lotterの研究で使われたKanner症候群のための非常に厳密な診断基準を,現在使われている自閉症スペクトルのための非常に幅広い基準に加えて,新しい有病率研究に適用してみることができる.そうすることで,この特異なサブグループの率が変化しているかどうかを示すことができる.

MMRワクチンに関する研究は重要である.なぜなら,親の懸念はワクチン接種を受ける子供の数を減少させ,その結果麻疹,おたふく風邪,風疹の患者が増える危険がある.この3つの感染症は全て,長期の障害の原因になり得,少数ではあるが有意な数の児童の死亡につながる可能性を持つ.出生時から5歳時までの間,自閉症スペクトルのそれぞれの症候に関して定期的に評価する研究は興味ある研究である.5歳の頃は対象児のほとんどで診断がはっきりする年齢である.MMRワクチンを一回接種で受ける群,それぞれのワクチンを別個に3回接種する群,ワクチン接種を受けない群の3群に分かれるように誘導することは倫理的ではないが,親自身の判断は分かれるであろう.自閉症スペクトル児の兄弟は自閉症スペクトルになるリスクがより高いことが知られているので,兄弟を研究に含むことは適切であろう.少なくとも,一つの大きなコホート研究が存在し,対象児は18ヶ月の時にコミュニケーション障害に関するスクリーニングを受けている.その後対象児はフォローアップされ,自閉症児,自閉症でない発達障害児,そして健常発達児の3群が同定されている.この種のコホートは,MMRワクチン接種の原因的役割と免疫システム異常の可能性に関する詳細な研究の基盤を提供するであろう.MMRワクチン,自閉症,そして腸の異常に関する仮説を検証することは一助にはなるが,研究目的で回腸結腸のファイバースコープ検査を行うことは大きな倫理的問題を伴う.

発生率の研究のためには,および出生後の環境因子の有意性を検証するためには,それぞれの自閉症スペクトル児のオンセット年齢を確立することが重要である.また,いわゆる「退行性自閉症」と呼ばれる一群の調査のためにもオンセット年齢の同定は重要である.幼児を評価する方法を開発するためには,成長してから自閉症スペクトルであることが判明したケースの赤ちゃんのころの行動や能力に関するさらなる研究が必要である.再び,自閉症児の兄弟は適切な対象群であるが,他のタイプの発達障害を持つかもしれない児および典型的な発達をしているようである児もコントロールとして対象とすべきである.

自閉症スペクトルの原因に関する全ての研究の背景にある問題は,この論文で考慮したいくつかの質問に答えることができるような研究を行うために必要な人的および経済的リソースが莫大であるということである.統計的に意味のある結果を得るために必要な対象幼小児の数は研究することをひるませるほどである.自閉症状態を同定する理学的あるいは心理学的方法が発見されなければ,あるいは発見されるまでこの状況が続くであろう.大規模研究の努力および経費はクリアカットな結果が得られるのであれば意味があるかもしれない.しかし,理由にかかわらず,自閉症スペクトルの有病率は最初の疫学的研究の結果より非常に高く,このことは全ての自閉症者本人,その家族,およびその関連する支援団体にとって大きな意味を持つことである