Lancet編集者の声明

:Wakefield論文の部分撤回に関連して


Horton R. Lancet 363: 820-821, 2004

 1998年2月のLancet誌に発表されたWakefield医師らの論文における研究上の不正に関する重要な以下の6つの申し立てを,2004年2月18日,Lancet誌の上級編集スタッフが注目するに至った.

その申し立ては

(1)そのLancet論文に記載された記述に反し,対象児に行われた検査で倫理委員会の認可を得ていないものの中に,髄液検査のための腰椎穿刺など高度に侵襲的なものが含まれていた.

(2)Lancet論文で報告された研究は,「小児の新しい症候群:麻疹/風疹予防接種後の腸炎と崩壊性障害」を有する25人の小児に関するもとのして倫理委員会の認可を得ており,全く異なる研究として得た認可で行われた.

(3)Lancet論文中には,Royal Free大学病院の「小児消化器科外来に連続して紹介された」子供たちを対象としたと記載されているが,これとは対照的に,対象児はAndrew Wakefield医師とJohn Walker-Smith教授が本研究に参加するよう患者を招いている.従ってこれらの児の状態とMMRワクチンの間の関連を主張している家族が集まりやすいバイアスがかかっている.

(4)Lancet論文に報告された児はまた,司法扶助委員会が研究費を出しているある予備的プロジェクトの中にも対象児として含まれており,このプロジェクトの責任者はWakefield医師である.この予備的プロジェクトは,ワクチンにより児に障害が生じたと主張する親に代わって団体訴訟を行うための背景を調査することを目的としている.このプロジェクトの存在はLancet誌の編集者には明らかにされていなかった.

(5)1998年のLancet論文に結果的に報告された結果は,弁護士の手に渡り,Lancet誌上での発表の前に集団訴訟を正当化するために使われており,この事実もLancet誌編集者に明らかにされていなかった.

(6)この予備的プロジェクトを行うためにWakefield医師は司法扶助委員会から5万5千ポンドを受け取っている.この司法扶助委員会が予算を出す予備的プロジェクトとLancet誌に掲載された論文研究の両方において対象児はかなり重複しているので,このことはLancet編集者に対して明示されるべき金銭的対立関係を含むが,実際は明示されていない.

Lancet誌の編集者は,これらの申し立ての根拠となった入手可能な証拠文書のレビューを行った.この情報に対応する際に,我々は,Lancet誌の代表が意思決定グループの一員である英国出版倫理委員会が提示している不正容疑例に対処するためのガイドラインに従った.著者らの反応を求めるために,我々はこのエビデンスを1998年のLancet論文の主要著者(Wakefield医師,John Walker-Smith教授,Peter Harvey医師,そしてSimon Murch医師)に提示した.Lancet誌の編集長であるRichard Horton医師はまたこの情報をHumphrey Hodgson教授と共有した.教授は本件のオリジナル研究が行われた場所であるRoyal Free医学校の副学部長兼,学内責任者である.

この声明文といっしょに,Murch医師,Walker-Smith教授,そしてWakefield医師のコメントも掲載されている.彼らは研究上の申し立てと出版上の不正について返答している.また,Royal Free医科大学からの声明文もある.

入手可能な文書の評価と共に,これらの4つの声明文を検討し,我々は以下のように考えた.

申し立て(1)について

我々が目を通したエビデンスは,当初は診断されていなかった状態(illness)を有し1998年のLancet論文に記載されている子供たちにおける臨床検討からのデータ収集のために倫理委員会の認可が出されていることを示している.この状態は最初は崩壊性障害を伴った腸炎であると信じられていた.その後の詳細な臨床検討により,結局この状態はLancet誌上に最終的に報告された症候群であることが示されたのである.考察のところで崩壊性精神病(Heller病)における行動変化との類似性が触れられているものの,このような成り行きはLancet論文には完全には記載されていない.全体としては,エビデンスはこの申し立てを支持していない.

申し立て(2)について

申し立て(1)についてに記載したように,詳細にわたる臨床的に適切な調査は,これらの子供たちの最初の診断を再評価することにつながる.我々が得たエビデンスには,記載された子供たちに関する調査者たちによる研究の試みは皆無であった.まとめると,エビデンスはこの申し立てを支持していない.

申し立て(3)について

紹介のパターンは通常とは異なり,Royal Free病院への紹介に先立ち患者側がWakefield医師に直接接触しているが,対象児は実際に連続して紹介されたシリーズであるとWalker-Smith教授は言及している.彼は,「私の記憶が正しければ研究に参加するように招聘した児はひとりもいない」と報告している.従って,記載と記憶から確認できる事実の限りでは,1998年のLancet論文に報告された対象児はRoyal Free病院に連続して紹介された一連の患者群であり,児の疾患とMMRワクチンの関連に関する親の思い込みが基盤となり,彼らの研究の対象となるよう故意に集められたものではない.

申し立て(4)−(6)

Wakefield医師はこの研究において二つの役割を果たしていた.第一に,彼は,腸症状と(小児)精神科的症候を伴うこの新しい症候群がいかなるものかを調査するRoyal Free病院の主任研究員であった.第二に,彼は,司法扶助委員会から研究費をもらっている研究の一部として弁護士からウイルス学的調査を委託されていた.1998年の論文を投稿し結果的に公表した時点で,この2番目の研究についてはLancet誌の編集者および彼の共著者らに開示されていなかった.司法扶助委員会から研究費が出ていたパイロット研究とLancet誌に掲載された研究で重複している児の数に関わらず,このことは開示されるべきであったと判断する.開示していれば,この研究が行われた背景に関して編集者および差読者は重要な情報を得ることができたであろうし,またこの背景はこの論文を掲載したかどうかの判断においても極めて重要であったであろう.Lancet論文に記載された児のほんの少数が司法扶助委員会が研究費を出したパイロット研究に含まれていたとしても,価値観の葛藤の際の当時の我々のガイドラインにより開示が求められたと信じる.このガイドラインには,「価値観の葛藤を検証することは単純なことである.論文公表後に論文には宣言されていないことが明らかになるほど恥なことがあるであろうか」と述べられている.

臨床研究者としての役割と,司法扶助委員会のための評価への参加のための役割の両立の困難性は,申し立て(5)に対するWakefield医師の反応に現れている.彼は次のようにコメントしている.「このLancet誌上の発表には,既に弁護士たちに報告していた内容以外に因果関係の件について何の新しいものも含んでいない」.彼のコメントは正しいかもしれないが,価値観の葛藤という観点は残る.編集者と差読者は,この研究を掲載するかどうかの検討の際にWakefield医師の二重の役割に配慮する機会を持つべきであった.

最後に,司法扶助委員会の研究費はLancet誌に掲載されたものとは異なるWakefield医師の研究側面に注目しているが,価値観の葛藤という観点は決してなくならない.この研究費供給源はLancet誌の編集者に開示されるべきであったと我々は判断する.

要約

不正研究としている最初の3つの申し立ては,この研究の上級著者が提出した説明により答弁された.臨床倫理委員会の認可および患者紹介に関する論文の言い回しは正確である.しかしこの言い回しは同時に明らかに冗長で,施設および臨床総括と紹介方法は複雑である.この研究に関する一般の議論と我々に申し立てられた内容に目を向けると,このオリジナル論文にはもっと詳しい説明が記載することができたはずと言うこともできる.これは適切な批判のようにも思えるが,後から考えてみると,全ての医学雑誌に発表されている全ての研究論文は必然的に複雑な研究プロトコールについてはしばしば簡潔な説明をしている.本研究に関する倫理的判断および患者紹介のやり方に関しては,編集者,差読者あるいは読者に対して情報を隠匿したり欺いたりしようとする意図はないものと判断する.これらの深刻な申し立てによって生じた問題に関する科学的記録を明らかにする機会を得たことは喜ばしいことである.

残念なことに,平行して行われた関連する研究への研究資金の側面と,1998年のLancet誌の論文に報告された対象児の臨床評価の間に行われた訴訟の存在については,編集者に明らかにされなかった.また,残念なことに,Lancet論文と司法扶助委員会が研究費を出していたパイロット研究の両方の対象となった児について我々には明らかにされていなかった.これらの情報の全ては,論文の適切性,信憑性,そして公表の妥当性の判断材料であるべきであったと判断する.

Lancet誌がどう対処すべきかに関しては,その深刻性でランクづけされた8つのオプションをCOPEガイドラインが提供している.この件に関する大衆の注目を合わせて考えると,MMRワクチンの公衆衛生上の重要性にかんがみ,我々は全ての議論を開示しする方針を決定した.そしてこれらの申し立て,著者らの反応,所属施設の判断,そして我々の評価の透明性を追求することを決めたのである.


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