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質的連鎖解析スキャンで自閉症の遺伝背景を解明できるのか?

2002年1月,伊地知信二・奈緒美

論文のコーナーでは,最近報告されております自閉症のゲノムスキャンの論文の全てをご紹介してありますが,これらの多くの論文が戦略として採用している質的連鎖解析法でのゲノムスキャンに問題が多いことが既にいくつか指摘されております.ここではまず質的連鎖解析によるゲノムスキャンの問題点に関する論文の概要のみを列記し,2番目に自閉症の遺伝背景を明らかにするにはどのような方法が適しているのかについての指摘をまとめ,3番目に私見を述べます.

1.質的連鎖解析によるゲノムスキャンの問題点

(Rischらのゲノムスキャンからの考察:文献1,論文のコーナーに紹介済み) 概要:自閉症の遺伝素因に関する連鎖解析をゲノム全体に渡って行った.当初は,97ペアの自閉症兄弟ペアを含む90家系の複数発症家系を対象とし,その後49ペアが追加された.当初は362個のマーカーを検討し,その後のフォローアップでは157個を追加し,トータルで519個のマーカーを検討した.コントロールとして51ペアの不一致兄弟ペア(自閉症-健常者ペア)を設定し,フォローアップでは29ペアの自閉症-健常者ペアを追加した.当初の検討では,自閉症兄弟ペアにおけるアレル共有率(51.6%)は,自閉症-健常者ペアのアレル共有率(50.8%)に比べ増加していた.この結果は,少数の遺伝子部位の影響というよりもむしろ,15以上の遺伝子が関与している場合の共有率に良く一致しており,10以下の遺伝子が関与するモデルでは説明できない.当初の検討での最大LODスコアは第1染色体長腕にあり,追加例でも再現性があり,全体で多ポイントLODスコア2.15という結果であった.従って,この部位に自閉症発症に中等度の影響を持つ遺伝子が存在する可能性が残る.他の研究により指摘された候補部位に関しては,はっきりとした証拠は得られなかった.今回の結果から,連鎖解析により自閉症関連遺伝子の部位を予想しクローンニング(positional cloning)することはほとんど不可能であり,自閉症関連遺伝子を同定するためには他の方法が必要であろう.

(ゲノムスキャンによる連鎖発見の困難性:文献2,論文のコーナーに紹介済み) 概要:複数の遺伝的決定因子と複数の環境決定因子が絡んでいる複雑なヒトの疾患の多くは,この20年の間にその発生率が増加してきた.この同じ20年の間に,かなりの研究努力と研究費が複雑なヒトの疾患の易罹患性遺伝子座を同定することを目的とした全ゲノムスクリーニングに費やされた.しかし,全ゲノムスクリーニングを基にしたポジショナルクローニングの試みにおける成功は限定されており,複雑なヒトの疾患の遺伝性病因に関係する基本的な疑問の多くは未解決のままである.複雑なヒトの疾患に応用された場合のポジショナルクローニングの理論的枠組みの成功例をレビューし,現在行われている全ゲノムスキャンの特徴を検討するために,我々は系統的なMedline検索で見つかった101件の複雑なヒト疾患の研究のデータベースを作成した(2000年12月現在).我々は31の異なるヒトの複雑な疾患に関して,その研究デザイン,方法,結果を比較検討した.LanderとKruglyakが提唱した有意分類を基準として使い,それぞれの研究が成功したのかどうかを判定した.66.3%(n=67)の研究はLanderとKruglyakの基準では有意な連鎖を示すことができず,同じ疾患に関する報告でも結果はしばしば矛盾していた.我々の解析では,単一の研究デザインで首尾一貫してより有意な結果を出すものは存在しなかった.多変数解析では,研究の成功頻度を増すことの独立して関連する唯一の因子が,(a)研究される個々人の数を増やすことと,(b)単一の民族群からのサンプルを使った研究の二つであることが示唆された.複雑なヒトの疾患における全ゲノムスクリーニングに基づくポジショナルクローニングは,予想よりもより困難であることが証明された.また,特異的な疾患易罹患性遺伝子座のポジショナルクローニングは未だに成功していない.

(ゲノムスキャンにおける大きな疑陽性バイアス:文献3) 概要:ゲノムスキャン研究の主なゴールは,問題となっている形質に影響する遺伝子のゲノム上の位置を評価することである.また,2番目のゴールは,それぞれの同定された遺伝子座の表現型への効果を評価することであるともされる.ここでは,これらの二つの目的が,現行の現実的なサンプルサイズでの単一の報告では,信頼性を持って保証されないことを示す.例として多様性-成分連鎖解析に基づく,シミュレーションと解析的結果は,ゲノム全長にわたるLODスコアピークでの遺伝子座特異的な効果サイズの予想値が大きくなりやすい傾向があり,この傾向は実際の効果サイズと無関係である可能性さえあることを示した.このことは実際の効果サイズが小さい場合の,大規模研究(サンプルが多い)の場合でさえも起こりえる.しかし,このバイアスは漸近線的に消失する.LODスコアが遺伝子座特異的な効果サイズ評価値であり,観察された統計的有意度と効果サイズ評価値の間には高い相関が存在することでこのバイアスは説明される.ゲノム全体にわたって行われた多数の点毎のテストでLODスコアが最大化された場合,遺伝子座特異的な効果サイズ評価値は,前述の理由で,効果的に十分に最大化される.我々は,バイアスを修正する試みが不十分な結果に終わると予想する.さらに,我々は独立したデータでの点毎の評価が遺伝子座に特異的な効果の妥当な評価値を得るための唯一の方法であろうと考える.そして,得られている統計学的有意度に基づいて結果の調整が行われない時のみに評価値が得られる.さらにこのバイアスの原因となっている同じ因子が複雑な形質の連鎖あるいは関連についての最初の報告がしばしば再現されないことの原因でもある.最初に報告された関連遺伝子の位置が実際は正しい場合でも,結果の再現は困難である.本研究の結果は,幅広い意義を持っており,遺伝子の場所を検討する統計的方法の全てに関与している.このバイアスのことを常に注意しておくことで,ゲノムスキャンの結果から我々はより現実的な解釈や推論を引き出すことが期待される.

 

2.自閉症の遺伝背景を明らかにするには!

Rischらは,連鎖解析(質的把握)だけでは自閉症関連遺伝子のポジショナルクローニングは不可能と結論し,考察の最後で必要な方法として候補遺伝子のTDT(inner controlを設定した関連研究)や関連研究によるゲノムスキャンを挙げています(文献1).また,Atmullerらは連鎖解析であればゲノムスキャンのメタ解析の可能性,中間的表現型を解析に取り込むことの意義(量的解析的方向性),高密度SNP関連解析の必要性などを考察しています(文献2).Gutknechtは,メタ解析の有用性に加え,複数発生家系のデータを共有して大量にプールすることにより,対象サンプルの階層化が可能となりサンプルの非単一性を解消できるのではと提言しました(文献4).サンプルの非単一性の問題に対する対策としては,Collaborative Linkage Study of Autism(CLSA)はゲノムスキャンの第2報(文献5)で,親および発端者の言語性の表現型を解析に取り込むとLODスコアが上昇することを示し,またBuxbaumら(文献6)もフレーズ会話の遅れで対象者をしぼりこんで同様の指摘をしています.既に論文のコーナーでご紹介しましたAlarconらの文献では(文献7),自閉症兄弟(2人とも自閉症)の初語年齢,初フレーズ年齢,反復・お決まり行動点数の類似性で連鎖解析が行われ,その結果は自閉症のQTL解析として報告されました.考察中では,Alarconらはサンプルの階層化に加え,量的解析を自閉症発端者の健常兄弟まで含んで行えば解析力がアップすることを示唆しています.

 

3.私見

2002年になって最初の注目すべき論文(文献7)が自閉症のQTL解析であったことは,今後の研究の方向性が暗示されているようで,自閉症の遺伝背景がQTLsであると確信している私どもにとりましては大変うれしいです.今後は,発端者の健常兄弟だけにとどまらず,自閉症者のいない家系をサンプルに取り込んだQTL解析が行われることを期待します.このような方向で研究が進めば,遺伝背景だけでなく,自閉症特性のドメイン(コンポーネント,endophenotype)間の相関関係がポピュレーションベースで解明され,プライマリードメインが存在するのか,発端者間の類似性の背景が何なのか,などが明らかなると思います.

 


文献
1. Risch N, et al. A genomic screen of autism: evidence for a multilocus etiology. Am J Hum Genet 65: 493-507, 1999.

2. Atmuller J, et al. Genomewide scans of complex human diseases: true linkage is hard to find. Am J Hum Genet 69: 936-950, 2001.

3. Goring HH, et al. Large upward bias in estimation of locus-specific effects from genomewide scans. Am J Hum Genet 69: 1357-1369, 2001.

4. Gutknecht L. Full-genome scans with autistic disorder: a review. Behavior Genetics 31: 113-123, 2001.

5. Bradford Y, et al. Incorporating language phenotypes strengthens evidence of linkage to autism. Am J Med Genet 105: 539-547, 2001

6. Buxbaum JD, et al. Evidence for a susceptibility gene for autism on chromosome 2 and for genetic heterogeneity. Am J Hum Genet 68: 1514-1520, 2001.

7. Alarcon M, et al. Evidence for a language quantitative trait locus on chromosome 7q in multiplex autism families. Am J Hum Genet 70: 60-71, 2002.


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