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自閉症児と非自閉症児の境界
/自閉症児の知能レベルの評価


1998年9月、横浜市総 合リハビリテーションセンター児童精神科 本田秀夫

以下のコメントは,論文紹介のコーナーで紹介しました本田秀夫先生らの論文(文 献1)の解説(by伊地知)に関していただきました本田先生ご自身からのコメント です.貴重なご示唆ですので,先生にお願いしてご許可をいただきここに話題とし て掲載させていただきます.
コメント:解説について2点ほど私どもの見解を述べさせていただきます。

1つめは,「自閉症児と非自閉症児の境界」の項に関してです。ここで先生は次のよ うに書かれています:

「累積発生率では、ICD-10のガイドラインにより自閉症と診断あるいは自閉症を疑 われた36名のうち、5歳時までにその半分が自閉症でないと判断されています。ま た、残りの半分のうち、最終的に3名が、診断基準(ICD-10 DCR)により自閉症でないとされ、結局診断された自閉症児は15人(男10人/女5人 )となっています。また、罹患率の検討では、疑い例を含む38人のうち、17名がガ イドラインにより否定され、さらに診断基準(ICD-10 DCR)により3名が削られ、最終的には18名(男13人/女5人)です。これらの事実 は、自閉症者と自閉症でない者の境界がはっきりしたものでないこと(連続性があ ること)の傍証のひとつと考えることができます。同様に、典型的な(狭義の)自 閉症者と広義の自閉症者の間には、はっきりとした境界線がありませんし(文献2 )、自閉症とアスペルガー症候群の関係も連続性があるべきものです(文献3)。 」

これを読んだとき,実は私自身はそれほど違和感を覚えませんでした。自閉症をス ペクトル概念として捉えるWingの考え方は,この障害に対する理解を深め,さらに は軽症の方にも適切なケアを保障するためにも大変重要なものであると私は考えて おります。 ところが,先日私どもの関連のセンターを利用されている親御さんが先生のホーム ページで拙論とその解説をご覧になって,次のような質問をされました。「疑診を 含む36人のなかで自閉症が15人であれば,早期診断をしても半数の人は自閉症でも 何でもない,ということですか?」と。 拙論では,ICD-10の小児自閉症の基準を満たす症例のみを対象としたので,残る21 人を除外したのですが,この21人はいずれも何らかの発達障害に該当しており,そ のほとんどは(小児自閉症の基準は満たさないものの)PDDでした。もう一度整理し ますと,最初にリストアップされた38人は,すべて発達障害であり,その中の15人 がICD-10の小児自閉症に該当した,というわけです。ここのところが誤解を招きや すい ようでしたので,ご注意いただきたいと思います。 先生の書かれている通り,ごく軽症のPDDとPDDでない人との間の境界を区切ること はきわめて困難です。しかし,小児自閉症とその他のPDDとはICD-10で定められてい る操作的基準で一定の境界が区切られています。非定型自閉症やその他のPDDまで含 めた頻度調査では研究間の比較が困難ですが,小児自閉症に限れば国際的な比較も 可能であると考え,この論文では小児自閉症のみを調査対象としました。また,先 生もコメントされているようにアスペルガー症候群も自閉症スペクトルに含めて考 えるべきと私も考えております。しかし,ICD-10(DSM-IVも全く同じです)のアス ペルガー症候群の定義は,3歳前の発達に遅れがないという経過,さらに自閉症の3 領域の異常のうちコミュニケーションの異常を除くという症候によって規定されて いるのですが,このような定義を満たす症例を私は見たことがありません。Asperger の「児童期における自閉的精神病質」をWingが再整理してアスペルガー症候群を提 唱したときには,3歳前の経過は不問とされ,むしろ学齢期以降の症候の特徴で定義 していたのです。Wingの定義を満たす症例は,学齢期以降に言語の流暢な使用が可 能となる軽症の自閉症スペクトルと考えられ,このような症例がたくさん存在する ことは,国際的にもコンセンサスが得られていると思います。しかし,現在の国際 診断システムではそのような症例をアスペルガー症候群と診断できない,という重 大な問題があるのです。このため,拙論ではアスペルガー症候群についてのコメン トを控えております。 拙論はICD-10の小児自閉症を対象とした頻度調査でしたが,アスペルガー症候群や その他の軽症のPDDについて軽視しているつもりはありません。現在,アスペルガー 症候群につきましては別の研究を進めているところです。

2つめのコメントは,「IQ値の評価について」の項に関してです。

「DSM-IVでは、IQが約70までを精神遅滞としており、71から84を境界知能(V code)としています。本論文は、これに従い、リストアップされた自閉症児の約半 数が精神遅滞でなかった(高機能)とし、また、IQが85以上が約45%、100以上が二 人いたとしています。IQテストの結果だけで個々の自閉症児の知能レベルを評価す ることは、非常に問題が多いことは、以外と議論されることがありませんが、本論 文でも残念ながら触れられていません。 」

自閉症の方の能力に関する評価法についての議論は,この論文の主旨からはずれ るものでしたので,触れませんでした。しかし,自閉症の方のさまざまな能力をIQ テストだけで判断することはできないことは,当然承知しております。私どもも, 日常の臨床においては知能検査はあくまで多面的な評価の一部として用いているに 過ぎないことを強調したいと思います。ただし,研究においては,論文間の比較検 討を可能とするために何らかの標準化された検査データが必要となります。標準化 された知能検査を用いたのは,国際的な研究間の比較を行うためでした。標準化さ れた知能検査で知的障害のみとめられない症例を 'high-functioning autism'と称することが一般的であり,これまでの調査では,その比率が自閉症全体 の20%程度とされていました。私どもの調査ではhigh-functioning autismの比率は約半数であり,従来見落とされていた知能の高い症例が実はたくさ んいることが始めて示されました。これは,標準化された検査による比較ではじめ て可能となった知見です。


文献
1. Honda H, et al. Cumulative incidence and prevalence of childhood autism in children in Japan. British Journal of Psychiatry 169: 228-235, 1996
2. Wing L. Autistic spectrum disorder: no evidence for or against an increase in prevalence. BMJ 312: 327-328, 1996.
3. Frith U. Social communication and its disorder in autism and Asperger syndrome. J Psychopharmacol 10: 48-53, 1996.


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