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象の体を触診する近眼の研究者たち
:Autism's home in the brain


2000年3月,伊地知信二・奈緒美

Isabelle Rapin先生が,雑誌Neurologyに編者コメントとして「Autism in search of a home in the brain」を載せ(文献1:論文紹介のコーナーに掲載),その同じ号に,自閉症に関する2つの原著論文(文献2と3)が掲載されました.文献2も論文紹介のコーナーに紹介してあります.これらの文献がきっかけとなった議論を紹介します.まず最初に発端となった3つの論文の内容を簡単に説明します.

(文献1)自閉症の原因は脳のどこにあるのか(Rapin I.)
(Editorialとしてのレビューです.最後の部分のみを以下に示します)

このレビューは,自閉症の行動異常の原因として疑われている複雑な相互連結ネットワークにおける重要な部位を言い尽くしたわけではない.自閉症の神経生物学的研究はまだ歴史が浅く,現時点で近視の研究者たちが象の体の部分を触っている段階なのである.たとえ十分に検討された研究デザインであっても,サンプル数が少なく,論文化を急いだ視野の狭い研究であれば,魅力的で示唆的ではあるかもしれないが,結局現行の混乱の原因になるだけである.臨床的によく検討された自閉症者の病理組織の供給と,年齢を適合させた正常コントロールを集めることが必須である.両者がそろって初めて,最新の神経病理学的検討を有意義に行うことができ,電気生理学的研究,機能的脳イメージング研究,遺伝子レベルの研究,薬理学的研究などからの発見を説明するための病理学的基盤を得ることができる.痴呆研究は,神経科学者と患者家族の協力体制が得られた後,飛躍的に進歩した.同様の努力が自閉症においても進行中である.

(文献2)自閉症:新しいデータに基づく新仮説:片側脳機能障害性自閉症(DeLong G.R.)
(最初の部分だけを訳します)

自閉症は二つの異なるサブタイプに分類することができる.ひとつは,早期に起こった両側脳損傷(damage)によるもので,通常は側頭葉,少数例では内側側頭葉の障害である.これにより,言語の基本的意味構造,社会的能力,およびまとまりのある目的のはっきりした活動などが影響を受ける.そのような子供は,意味の構築が不可能であり,全般的に脳機能が低下している.けいれん後の両側内側側頭葉硬化症や,ヘルペス脳炎,小児スパズム,両側側頭葉に結節がある結節性硬化症,先天性風疹感染症などを伴った自閉症のケースが,このサブグループに含まれる.

もう一方のサブタイプは,より一般的な特発性自閉症である.通常の検査では,脳損傷や,神経学的所見や,生物学的マーカーとの関連が不明で,遺伝素因が関与している.しばしば2歳前後に退行現象があり,高機能例が存在し,言語や特異技能における発達があり得,正常機能の島状残存がみられる.顕著な情緒症候があり,予後は(前述のサブタイプに比べ)比較的良い.Kannerが最初に記載した症例がこのタイプである.ほとんどの例で,この特発性自閉症は家族性の感情精神病理(躁・うつ病)に関連しており,家族性の大感情障害(major affective disorder)の重症早期発症型であると仮説する.

この仮説は以下のいくつかの点を基盤としている.自閉症者の親族では大う感情障害(うつ病,双極性障害,強迫性障害)の頻度が高く,その臨床像は,かんしゃく,刺激感受性亢進,極度の不安,社会的接触拒否,興味対象や注意対象の狭小化,認知の狭小化,生きている幸せの欠如などの,著明なうつ病性症候を呈する.特発性自閉症では,大うつ病と同様,低セロトニン状態であり,この状態は左大脳半球に限局する.うつ病と同様に,自閉症はフルオキセチンのような選択的セロトニン再吸収阻害剤で症状が改善することが知られており,自閉症児において著明に言語能力と認知能力が障害されるのは,セロトニンシステムの早期の発達障害に起因し,皮質求心性神経線維の発達調節におけるセロトニン性シナプスの役割が関与している.左大脳半球のセロトニン欠如は,言語性学習を障害し,右半球への言語機能半球間移設(代償作用)を起こしにくくする刺激となることが考えられる.自閉症児の記憶や学習は,右側の大脳半球と海馬のみを使っているようで,このような記憶方法は,脳機能の左右分離研究によると,断片的で過度に特異的な記憶であり,かつ単純記憶(まる暗記)であることが知られており,自閉症者の記憶の特徴と一致する.

(文献3)自閉症:小脳機能障害ではなく,新皮質機能障害を示唆する動眼神経所見(Minshew N.J. et al.)
(概要のみ紹介します)

目的:動眼神経機能を評価することにより,自閉症における小脳と前頭葉システムが機能的に正常であることを示す.
背景:小脳モデルと新皮質システムモデルが自閉症において提案されている.Courchesneらは,注意移行障害(shifting attention disturbances)のような認知障害は,小脳虫部第VI小葉および第VII小葉の機能障害に由来することを提案した.そのような小脳虫部障害は,同部が主に急速眼球運動の正確さを司っているため,急速眼球運動の 不正確さ(測定障害:dysmetria)を伴うはずである.一方,自閉症の新皮質モデルでは,急速眼球運動は正常であることが予想されるが,急速眼球運動のより高度な認知コントロールを必要とする課題ができないはずである.
方法:26人の厳密に診断された自閉症者と,26人の年齢を適合させた健常者コントロールは,追視急速眼球運動課題,2種類の被検者の意志による急速眼球運動課題,動眼神経遅延反応課題,反急速眼球運動課題により評価された.
結果:追視急速眼球運動における評価では,自閉症者は正常で,小脳虫部第VIおよびVII小葉の機能と視覚注意の自動変更機能が正常であることが示された.被験者の意志による急速眼球運動課題は2種類とも異常がみられ,前方前頭葉の神経回路と,前方前頭葉と頭頂葉の間の神経連結における機能障害,および,空間的ワーキングメモリーと全体として不適当な反応を自発的に抑制する能力における連合認知障害の存在が示唆される.
結論:これらの結果は,小脳ではなく新皮質内部の機能障害が自閉症において存在することを示唆しており,基礎的な注意および感覚運動システムの異常ではなく,より高度な認知メカニズムにおける障害が併存すると思われる.

文献1の中の「近視眼の研究者が象の体を触っている」というRapin先生のコメントが,状況を的確に言い当てていると思います.未だに,全ての研究者が納得できる説は存在しません.文献2も文献3も,それなりに理路整然としており,無視できない内容ですが,これで決まりというわけにはいかないようです.次に同じ雑誌の同じ号に掲載された小脳のMRI所見に関するレターのやりとりを紹介します.

(Courchesne E.の手紙:文献4)
Pivenらは,自閉症群とコントロール群の両群において,小脳虫部第VIおよびVII小葉の正中歯状断面積が0.31平方ミリメートルで同じであったと論文(文献5)で報告した.このデータは一個のプルキンエ細胞の半分にも満たない数値であり,明らかに間違ったデータである.同様に,小脳虫部第I小葉から第V小葉の大きさについても,自閉症群で0.50平方ミリメートル(標準偏差0.0),コントロール群で0.50平方ミリメートル(標準偏差0.06)としており,これも細胞一個の大きさになっている.また,標準偏差が0.0というのも不可思議な数値である.

我々の共同研究者が,Pivenにこのことを伝えたところ,彼の研究室スタッフは,最初,平方ミリメートルはタイプミスであり,本当は平方センチメートルであると返答した.しかしこの場合でもラットの小脳の大きさ程度にしかならないことを,再度伝えたところ,Pivenの研究室は別のデータを示した.これによると,論文では実際の数値の1000分の1の値をだしてしまったということのようである.また,示されたデータの標準偏差は,論文の標準偏差と異なるものであった.加えて,小脳の全体の大きさも,論文のデータのままでは,やはりラットの小脳の大きさである.このような間違いについて,何回か指摘されているのにもかかわらず,訂正文は同誌には掲載されていない.

要点となる結果が,明らかな間違いであり,その間違いが訂正されずに公表されている場合は,その論文におけるデータ収集や,計測,および分析に対する信頼性が低下し,混乱を招くだけである.「自閉症者の小脳は健常者より大きい」というアイデアは,Pivenらの考えであるが,これまで発表された剖検例での小脳における神経細胞減少所見とは矛盾している.これまでに報告された剖検例の90%で,小脳のプルキンエ細胞は減少しているのである.おそらくPivenらは,典型的な自閉症ではない症例を検討したのであろう.彼らが使ったDSM-III-Rでは,自閉症とアスペルガー症候群を明確に区別できず,アスペルガー症候群では,小脳が正常か少し大きいのであろう.

Pivenらの初期の論文でも,自閉症群とコントロール群の間で,新小脳虫部第VI,第VII小葉の大きさに有意差はないとした.しかし,統計的ミスが指摘されると,我々の指摘「年齢,性および社会的クラスを適合させたコントロール群と比較すると,Pivenらの1992年の計測値でも,自閉症者の新小脳虫部第VI,第VII小葉は有意に小さい」をPivenとArndtは認めた(1995年).PivenとArndtは,一般的な「IQ効果」の重要性を無視し,また,小脳発達障害と知的および情緒機能の関係に関する重要なポイントをみのがしていたようだ.新しい神経イメージング研究や神経学的証拠は,正常の小脳が,感覚運動機能だけでなく認知機能および言語機能においても,活発で,おそらく特異的な役割をはたすことを示している.さらに,小脳病変は,有意な情緒異常,認知異常および言語異常を招来し,前頭葉傷害に由来する異常と同様の結果が含まれる.ゆえに,発達早期に小脳のプルキンエ細胞が減ると(自閉症の剖検例の90から95%でみられる所見),自閉症者において情緒・認知・言語の発達に障害が生じることが予想されるであろう.発達過程での情緒・認知・言語機能の逸脱は,自閉症において普遍的にいられ,親や臨床家にとっての治療ターゲットであるので,この仮説を検証することは非常に重要である.自閉症的症候の脳における背景は,未だに明らかにされておらず,自閉症者において小脳に神経病理学的所見が高率であり,また,正常の小脳の働きが,認知や言語操作を含んでいるという事実の両者からすると,小脳の病態は自閉症において逸脱した知的および情緒的機能の重要な因子(key factor)なのかもしれない.小脳が極端に小さな自閉症者が,より高度な知的障害,認知障害,言語障害を呈し,IQが低くなっているのかもしれない.しかし,脳と行動の関係を,知的機能障害のおおまかな測定法であるIQスコアのみで評価すべきではない.自閉症形質の発現における,早期小脳ダメージの役割を示すためには,さらに洗練された認知神経科学の概念・方法・そして実験デザインを駆使することが必要であろう.

(Pivenらの返答:文献5)
我々の論文中の間違いを指摘していただき,Courchesne先生に感謝します.加えて,同論文中の小脳全体の大きさの単位も,平方ミリメートルから平方センチメートルに訂正します.小脳虫部第I〜V小葉,および第VI〜VII小葉の正しい計測値を表に示します.しかし,今回の我々のミステイクは,実質的には我々の結論「自閉症のMRI所見では新小脳の大きさに有意な異常は存在しない」を変えるものではない.Courchesne先生と同様に,彼の論文の結果が再現されなかったことは,我々も残念であるが,Courchesne先生が10年以上前から提唱している自閉症の小脳萎縮説は,他の研究者からの確認が得られていないのである.

我々のデータでは,小脳全体の大きさは,自閉症の方がコントロールより大きいのであるが,Courchesne先生は,この点に関しても懸念を表明している.新しい所見は,再現性があるかどうかが重要であり,我々は他の研究者からの検討結果を歓迎する.Courchesne先生の,我々の診断基準に関する意見については同意できない.

上記の論文およびレターに対し,Simon N.が同じ専門誌にレターを出し,それに各執筆者が返答しています.

(Simon N.の手紙:文献6)
興味ある論文(文献1〜4)の公表に感謝する.私は,この議論にもう一つの可能性を追加したい.それは,側頭葉と前頭葉の発生異常(dysgenesis),小脳虫部の異常,眼球運動異常,セロトニン系の神経伝達異常,これら全てが,周産期の酸素代謝の崩壊の結果である可能性である.妊娠中や早期新生児期における,無酸素症,感染,毒物の暴露などが,Wernicke脳症型の両側性パターンで,代謝率の高い脳幹神経核を損傷する可能性がある.周産期に死亡したケースの脳幹ダメージの報告があり,このような病態が実際に起こることが示されている.より程度の軽い,顕微鏡レベルでも検出されないような脳幹神経核障害は,脳幹の発達より後に発達する大脳皮質の領域が正常の発達をするために必要な生化学的プロセスに影響する可能性も考えられる.

アスペルガー症候群や反社会的人格障害を含む自閉症関連状態(autism spectrum disorders)が,尾側から,吻側の大脳中心部への神経栄養効果の消失による発達異常で説明できるかどうかを考察する価値はあるであろう.人の大脳皮質は,10歳を過ぎても成長しているが,脳幹神経核は早期に成長を停止する.人の脳で最も早期に髄鞘形成が起こるのは下丘で,妊娠30週までに聴覚は機能する.脳幹の聴覚システムが発達し,障害を受けていないことは,側頭葉の発達のために重要なことであろう.ラットの子供においては,下丘および上丘でのセロトニン感受性アデニレートサイクラーゼの活性が特に高いことが知られており,この酵素がシナプスの増加を刺激することが考えられる.

Werniche脳症でダメージを受ける脳幹構造物は,Sokoloffのdeoxyglucose法による代謝率測定法により,最も高い代謝率を呈する領域に限られる.乳頭体,下オリーブ核,小脳虫部などがWerniche脳症で障害されるが,これら全てが自閉症でも所見を呈することが報告されている.聴覚システムにおける下丘も,頻回にWerniche脳症で障害され,deoxyglucose法でも高代謝率を呈し,この(脳幹部の)代謝活性が高いことと早期の発達が,側頭葉の発達と早期言語学習の背景となっている.自閉症の言語障害の原因は言語聴覚失認であるとするRapinの提言は,聴覚システムにおける機能障害の存在を示唆している.

Werniche脳症はしばしば,下オリーブ核のダメージに関連した小脳障害を伴う.自閉症者の一部にみられる小脳虫部の異常は,Werniche型脳症としての唯一の検出可能な病変なのかもしれない.眼球運動障害も,Werniche脳症ではよくみられる.自閉症児において,アイコンタクトが乏しく,顔の表情が乏しいのは,ひょっとすると,動眼神経核と顔面神経核の微細な障害を示唆しているのかもしれない.動眼神経の検査や,聴覚刺激に対する瞬目反応検査などで,聴覚神経,顔面神経,動眼神経の神経回路網が正常であるかどうかの情報を得ることができるであろう.

(Rapin I.の返答:文献7)
自閉症(一部の症例)の病態を説明するとしたSimon先生の仮説は,周産期における虚血性または毒性の侵襲が,代謝活性が高い脳幹や間脳神経核を障害するという説である.猿を新生児期に窒息させる実験では,代謝率が最も高い脳幹はダメージを受けるが,猿が自閉症かどうかを評価することが困難であり,自閉症どころかLeigh病(Leigh's disease)との関連さえはっきりさせることは難しい.自閉症の病態に脳幹神経核の病変が含まれるとする考えは,元々三つの観察に基づいている.胎児期のアルコール暴露例の自閉症女性で,顔面神経核を含む脳幹神経核に細胞学的異常がみとめられたRodierのケース・自閉症の4%とされるサリドマイド暴露例(脳神経障害がみられる)・自閉症を呈するMoebius症候群の症例報告の三つである.私の経験では,一見健常に見える自閉症児の場合は,脳神経の所見はない.さらに,未成熟の大脳に影響する多くの遺伝的および非遺伝的状態が,自閉症に関連して存在することを示す十分な証拠が報告されている.また,自閉症は痴呆と同様に,行動学的に定義される症候群である.周産期因子は,自閉症の非遺伝性原因としては頻度の高いものではない.

Simon先生のレターの中の,言語聴覚失認は自閉症の言語障害ではなく,自閉症で最も多いという訳ではなく,後天的てんかん失語(Landau-Kleffner症候群)で高頻度にみられる.発達性言語障害のケースよりも,てんかん発作のない自閉症児においてみられるが,まれである.少なくとも言語聴覚失認については,病変は脳幹部ではなく側頭葉の聴覚皮質である.最近,体系的な臨床的電気生理学的検討が,しゃべることのできる自閉症児(アスペルガー症候群を含む)の言語障害に関して行われており,これまでのところ,その原因は皮質下にはないことが示唆されている.

(Delong G.R.の返答:文献8)
Simon先生は,自閉症の原因として,Werniche脳症を挙げた.それによると自閉症の基盤は周産期における酸素代謝の破綻の結果であるとしている.低酸素-虚血性障害は周産期に多い病態であり,これまでによく研究されている分野である.しかし,私の知っている範囲では,そのような周産期低酸素障害と自閉症との有意な関連は報告されていない.周産期リスクファクターと自閉症の関連は,慎重に検討されており,その結果,相関関係はないとされているのである.

(Minshewの返答:文献9)
Simon先生は,周産期の酸素代謝の破綻が脳幹部を損傷し,前脳の発達に干渉し,自閉症を招来すると仮説を表明した.この理論は,TanguayとEdwardsが提唱した説「Whisper of the Bang」を思い起こさせる.「Whisper of the Bang」説は,脳幹誘発脳電位研究で検出される異常が,逆に前脳の発達に影響を与えることを説明するために提唱され,自閉症においては,そのような病態生理学的モデルを支持する臨床的あるいは経験的な神経学的証拠は存在しない.

脳幹における酸素代謝の破綻は新生児の低酸素-虚血性障害では一般的な結果であり,経験的には,自閉症発症との関連を支持する証拠はない.私の経験では,自閉症児で第VI脳神経または第VII脳神経の異常の臨床的証拠を持つケースは,ほとんど存在しない.むしろ,自閉症でみられる表情の乏しさは,社会的コミュニケーションに際して表情の表出がマスクされているのであって,つまり,コミュニケーションのために表情が使われないが,自閉症者が楽しいことや内的感動を経験している時はいきいきとした表情が出現するのである.また,急速眼球運動に関して我々が報告した研究結果では,脳幹部動眼神経核の機能異常を示す証拠は得られなかった.加えて,78人の他の自閉症者と,78人のコントロール群において,反射的急速眼球運動検査と動眼-内耳検査を行ったが,やはり動眼神経核や内耳システムとの脳幹における連携に異常所見はなかった.

Simon先生が,そのレターの最初の部分で指摘した,新皮質および新皮質システムの発達の基盤となるメカニズムの可能性については,その遺伝的背景を含め今後のニューロサイエンスの課題である.

(Courchesneらの返答:文献10)
我々は,低酸素や神経毒への暴露などによる子宮内神経成長障害で,自閉症を招来し得るとした,Simon先生の説に同意する.Simon先生は,神経系の構造上の異常と知覚-運動障害に関して,自閉症とWernicke型脳症の興味ある共通点を指摘した.しかし,我々は,自閉症がユニークな原因で説明し得るものだとは考えていない.Rodierが報告しているように,神経毒への暴露が中枢神経系の発達に影響し,自閉症の診断基準を満たすような状態を招来する場合もあるかもしれない.しかし,自閉症の原因に関しては,遺伝素因の重要性が指摘されており,母親のアルコール中毒の時のような栄養物質欠如により全ての自閉症を説明することもできない.

さらに,単一の感覚運動機能欠損に基づくモデルは,わかりやすさとしては魅力的である.我々は,「心の理論」欠如などの自閉症におけるいくつかの高次認知機能障害は,非常に基本的な知覚-運動障害や注意障害で説明可能であろうと考えている.それにもかかわらず,自閉症者においてよくみられる聴覚失認や動眼神経異常は,必ずしも自閉症にリンクしているわけではない.聴覚失認や動眼神経異常を呈するケースのほとんどが,自閉症ではないのである.しかし,聴覚失認や動眼神経異常の特別なタイプが自閉症において何らかの役割を果たしている可能性は残る.

最近の,行動学的研究,画像研究,遺伝子レベルの検討,生化学的研究,そして病理解剖所見からしても,自閉症を,単一の原因に起因し,大脳の単一の部分を障害するような,単一の病態として説明することは困難である.そうではなくて,自閉症として分類できる関連状態(spectrum of disorders)があり,いろいろな異なる行動的・認知的障害を含んでおり,その原因も多彩であると思われる.

(コメント)
アメリカの精神科医の間で行われた議論を紹介しましたが,相変わらず混沌とした状態のようで,いろいろな意見があるようです.「とにかく欠落しているものが何なのかを探す」という姿勢だけは共通しております.認知科学を志向するイギリスの先生方の新しい考え方である,「認知スタイルとして把握する」という考え方とは,明らかに異質な議論です,


文献
1. Rapin I. Autism in search of a home in the brain. Neurology 52: 902-904, 1999.
2. Delong G.R. Autism: new data suggest a new hypothesis. Neurology 52: 911-916, 1999.
3. Minshew N.J. Oculomotor evidence for neocortical systems but not cerebellar dysfunction in autism. Neurology 52: 917-922, 1999.
4. Courchesne E. An MRI study of autism: the cerebellum revised. Neurology 52: 1106, 1999.
5. Piven J. et al. An MRI study of autism: the cerebellum revisited. Neurology 49: 546-551, 1997.
6. Simon N. Autism's home in the brain. Neurology 54: 269, 2000.
7. Rapin I. Autism's home in the brain. Neurology 54: 269, 2000.
8. Delong G.R. Autism's home in the brain. Neurology 54: 269, 2000.
9. Minshew N. Autism's home in the brain. Neurology 54: 269, 2000.
10. Muller R-A. & Courchesne E. Autism's home in the brain. Neurology 54: 269-270, 2000.


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