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自閉症に関連する遺伝子:大規模ゲノムスクリーニング(Rischら)

Risch N, et al. A genomic screen of autism: evidence for a multilocus etiology. Am J Hum Genet 65: 493-507, 1999.
(概訳)

まとめ:自閉症の遺伝素因に関する連鎖解析をゲノム全体に渡って行った.当初は,97ペアの自閉症兄弟ペアを含む90家系の複数発症家系を対象とし,その後49ペアが追加された.当初は362個のマーカーを検討し,その後のフォローアップでは157個を追加し,トータルで519個のマーカーを検討した.コントロールとして51ペアの不一致兄弟ペア(自閉症-健常者ペア)を設定し,フォローアップでは29ペアの自閉症-健常者ペアを追加した.当初の検討では,自閉症兄弟ペアにおけるアレル共有率(51.6%)は,自閉症-健常者ペアのアレル共有率(50.8%)に比べ増加していた.この結果は,少数の遺伝子部位の影響というよりもむしろ,15以上の遺伝子が関与している場合の共有率に良く一致しており,10以下の遺伝子が関与するモデルでは説明できない.当初の検討での最大LODスコアは第1染色体長腕にあり,追加例でも再現性があり,全体で多ポイントLODスコア2.15という結果であった.従って,この部位に自閉症発症に中等度の影響を持つ遺伝子が存在する可能性が残る.他の研究により指摘された候補部位に関しては,はっきりとした証拠は得られなかった.今回の結果から,連鎖解析により自閉症関連遺伝子の部位を予想しクローンニング(positional cloning)することはほとんど不可能であり,自閉症関連遺伝子を同定するためには他の方法が必要であろう.

はじめに:自閉症は広範囲な神経発達障害であり,通常は3歳までにその症候が現れる.制限されたあるいは欠落する言語性コミュニケーション・社会的相互性や反応性の欠如・制限されワンパターンで儀式的な興味及び行動の三つの特徴を有する.広汎性発達障害(PDD)の中には、自閉症の他にアスペルガー症候群やPDD-NOS(PDD-not otherwise specified)も含まれる.自閉症は1943年にカナーにより最初に臨床疾患単位として記載され,行動・環境・食物・ウイルス/免疫・自己免疫・遺伝素因などいろいろな視点からその原因が論じられてきた.自閉症の罹患率は2500人の子どもに対して一人と報告されている.劣性遺伝疾患の場合でも兄弟内の再発率は25%であるが,自閉症の場合は家族内複数発症が少ないため,当初は遺伝素因の存在は疑問視されていた.しかし,一般集団の自閉症罹患率が0.04%であるのに対し,兄弟内罹患率は2〜6%(最新の報告では1.1〜3.3%)であることが示され,明らかに兄弟内発症率は一般集団の罹患率より高いことになる.双生児研究でも自閉症における遺伝素因の役割は支持されており,二卵性(2〜6%)よりも一卵性双生児(81%)の方が一致率(二人とも自閉症)が明らかに高い.二卵性の一致率を3%だとしても一卵性はそれの約25倍高率ということになる.自閉症的症候は,脆弱X症候群や結節性硬化症でも指摘されており,加えて症例報告レベルではいろいろな染色体異常(転座,逆位,欠損)が自閉症に関連する可能性があるとして報告されている.これらのデータは,一部の症例では遺伝子異常が自閉症の原因になる可能性を示唆しているが,これらの遺伝子異常で自閉症の家族内集積性全体を説明することはできない.自閉症の(これまでに想定された)遺伝形式は単純ではなく,家系調査では兄弟における罹患率の増加が示唆され分離解析(segregation analysis)では単一遺伝子モデルではなく多遺伝子モデルが最も一致する.最初の連鎖研究はSpenceらによって1985年に行われ,34家系の複数発症家系の兄弟において行われ,血液型や血清蛋白マーカー(20項目)が調べられた.結果は劣性遺伝モデルが示唆されたが有意な連鎖は証明されなかった.最近では分子生物学の進歩により,大規模な疾患易罹患性遺伝子のゲノムサーベイが可能となっており,HallmayerらはX染色体上の35個所のマイクロサテライトマーカー(VNTR polymorphism)を使って,38家系の複数発症家系を検討した.しかし,脆弱X症候群の原因遺伝子部位を含むほとんどの部位で大きな影響のある遺伝子は検出されず,長腕の近位部に最大ロッドスコア1.24を検出したのみであった.ゲノム全体のスクリーニングは,国際分子遺伝研究自閉症協会が36家系の複数発症家系での316マーカーを使って報告し,陽性所見は60家系を追加して追試している.その結果は,統計的に有意な結果は得られていないものの,第7染色体長腕にロッドスコア2.53が,第16染色体短腕にロッドスコア1.97が検出されている.この論文では,自閉症におけるゲノム全体のスクリーニングではこれまでのところ最も大規模なものを報告する.97ペアの自閉症兄弟(二人とも自閉症)を90家系の複数発症家系において検討し,362個のマーカーを使った.これまでに議論のある候補部位と最初に陽性所見が示唆された部分は,追加マーカーを使い50ペアの追加自閉症兄弟(49家系)を加えて追試した.トータル519マーカーを使い,そのうち149個が追試された.

(対象と方法)

対象と診断基準:支援団体や医療機関からの啓蒙によりアメリカ全土より2人以上の兄弟PDD家系が集められた.電話確認やカルテチェックによりその兄弟が自閉症らしいことを確認の上診断者が自宅訪問を行った.自宅訪問では親の問診(ADI)と児の観察(ADOS)により評価が行われ,その様子をビデオテープに録画し後で再チェックした.ADIの3症候(社会性の問題,コミュニケーションの問題,こだわり)における基準を全て満たし,発症が3歳未満の場合を自閉症とし,ADOSの録画で二人以上の診断医が社会性とコミュニケーションにおける明らかな問題を指摘できない例は除外された(PDD-NOSは除外された).これらの評価により2人以上の(基準を満たす)自閉症兄弟がいない家系は除外された.種々の評価法によりIQと精神年齢を得た.対象自閉症兄弟の中の一人は精神年齢が18ヶ月以上でかつ非言語性IQが30以上であることを必須条件とした(この条件で6家系が除外された).

2段階解析:最初の段階で,90家系の複数発症家系(FS1)の遺伝子型が解析された.対象は187人の自閉症者と30人の健常兄弟を含み67家系では両親のデータを残りの23家系では片親のデータを得ることができた.自閉症者における性比は3.6:1,健常兄弟においては0.8:1であった.フォローアップ研究は,別の49複数発症家系(FS2)で行い,99人の自閉症者と15人の健常兄弟を対象とし,48家系では両親のデータを含むことができた(1家系のみ片親のデータ).自閉症者における性比は3.0:1,健常兄弟では0.7:1であった.

遺伝子検査方法:ヘパリン加チューブに採取された血液からリンパ球を分離し,EBウイルスを添加して培養しリンパ芽球を得た.全血およびリンパ芽球よりDNAを抽出し2カ所の研究所で遺伝子型が検討された.PCR法/プライマーラベリング法で各マーカー部位を検討し,臨床情報を知らない検査者が各家系におけるアレルを同定した.

遺伝子マーカー:最初の段階でのマーカー(MS1)は,90家系(FS1)において検査し,総計362個のマイクロサテライトマーカー(VNTR polymorphism)が使用された.346個は常染色体マーカーで14個はX染色体マーカー,2個は偽常染色体マーカーであった.常染色体の遺伝情報の長さを3500cMとすると,常染色体においてはこれらのマーカーは平均10cM間隔で検討されることになり,X染色体の遺伝情報の長さを180cMとすると12cM間隔でX染色体をスキャンすることになる.マーカー間隔は28個で15cM以上,7個で20cM以上,最大で23cMである.フォローアップでは,FS1におけるMS1での検討で連鎖が示唆された領域および他の研究で指摘された領域(6p,15p,7q),そしてMS1ではマーカー間隔が広すぎて連鎖がないと言い切れない領域を中心に追加マーカー(MS2:157個)を設定した.157個全部はFS1で検討し,この内89個はFS2で検討した.MS1の内60個はFS2でも再検し,結局FS1では519個のマーカーを,FS2では149個のマーカーを検討した.

統計解析:(連鎖解析)遺伝的家系同一性(identity by descent)に基づき統計解析を行った.最初にそれぞれのマーカーおよびそれぞれの兄弟ペアに関して,共有しているアレル数と共有していないアレル数の評価をχ二乗分析した.関連がないことを帰無仮説としその場合の共有率は50%とした.その後に,最も効率よく情報を得るために複数ポイントの兄弟ペア解析が行われた.

λs = 兄弟内発生比(sibling recurrence ratio)

(意味のある偏りがない場合の遺伝モデル)
Z0 = 0.25/λs:その家系に伝わるアレルを共有しない確率
Z1 = 0.5:アレルをひとつ共有する確率
Z2 = 0.25×(2 − 1/λs):アレルを二つ共有する確率
y = 0.25×(3 − 1/λs):全体共有率

(意味のある偏りがある場合の遺伝モデル)
Z0 = 0.25/λs
Z1 = (√λs − 1/2)/λs
Z2 = (1 − 1/2√λs)二乗
y = 1 − 1/2√λs

上記の後者(意味のある偏りがある場合の遺伝モデル)を全ての複数ポイント分析に適用したが,あまり大きくない遺伝的影響の場合には結果は両モデルでほぼ同じである.複数ポイントLODスコアは不変モデル(例えばλs値が一定の場合)において算出することができ,このアプローチ法では関連を除外するためのマッピングを行うことができる.一定のλsにおいては,遺伝的影響が皆無というよりはマーカーによる抽出力に問題がある場合にもLODスコアはマイナスになる.そこで我々はλsを一定にした場合の遺伝子部位のLODスコア除外基準(関連がないと判断する基準)を−2とした.また,最大LODスコア(MLS)カーブは,λs=1として算出した(MLS≧0).

(連鎖不均衡解析)常染色体およびX染色体上の519カ所に関して,連鎖不均衡解析もTDTテスト(transmission/disequilibrium test)を使って行った.両親のデータがそろっていない家系においても,健常兄弟のデータも加味し遺伝素因の伝搬を再構成した.統計計算は「包括的λ二乗」検査と「最大λ二乗」検査を行い,どちらの場合でも連鎖が存在すれば同一家系内の複数の兄弟に関しては正常のλ二乗分布にはならない.他に存在するいかなる関連の影響からも独立させるために,モンテカルロシュミレーション(並べ替え法)を使い有意レベルを測定した.

(コンピュータプログラム)ASPEXプログラムパッケ−ジを使用.

コントロール:FS1において60個のマーカーを検討した段階で,兄弟ペアにおけるIBD(遺伝的家系同一性)を調べ,サンプルの取り違えや異母(異父)兄弟の存在をチェックした.遺伝的に全く同一の兄弟ペアが2組見つかり,一卵性双生児であることが確認された.この2組はブラインドの(検査者には知らせていない)陽性コントロールとして使用した.FS1では30人の健常兄弟(51組の自閉症-健常者兄弟ペア)が含まれ,陰性コントロールとしての役割もある.

(結果)

家系について:
FS1は,複数発症家系90家系で,187人の自閉症者と30人の健常者および157人の親を含んでいる.この中には前述の一卵性双生児家系2組も含まれている.ADI検査を行った時は自閉症者の年齢は2.9〜40.9歳(平均9.8歳,標準偏差7.3年,25〜75パーセンタイルが4.9〜11.3歳)であった.非言語性IQは平均66(標準偏差28,16〜160),57%に当たる108例がIQが70以下であった.精神年齢の平均は68ヶ月(標準偏差55ヶ月,13〜373ヶ月).自閉症者が全員IQ30以下の家系は含まれていない.一家系のみで,一人の自閉症者の精神年齢が18ヶ月以下であった.FS2は99人の自閉症者と,15人の健常者,97人の親を含む49家系で,ADI検査の時点での自閉症者の年齢は2.8〜25.3歳(平均6.6歳,標準偏差3.5歳,25〜75パーセンタイルが4.3〜7.6歳)であった.非言語性IQは平均61(標準偏差23,15〜124).63%に当たる62人がIQ70以下.平均精神年齢が47ヶ月(標準偏差23ヶ月,13〜150ヶ月).FS1と同様に自閉症が全員IQ30以下の家系はなく,精神年齢が18ヶ月以下の子供が3例いた.健常児は親が正常発達と報告し無病.ADI問診で自閉症の診断基準を満たさないものは予め除外されている.88%が白人,5%が黒人,3%がスペイン系,4%がアジア系であった.ほとんどの自閉症者が親と同居であった.

FS1:IBDスコア:
常染色体部に346個,X染色体部に14個,偽常染色体に2個のマイクロサテライト遺伝子部位がFS1(97組の独立した自閉症兄弟ペアと51組の独立した自閉症-健常児ペア)において検討された.全ての常染色体マーカーは自閉症兄弟ペアで19902/38572(51.6%)共有されており,自閉症-健常児ペアで9344/18386(50.8%)共有されていた.自閉症-健常児ペアでわずかに50%を越えている(予想値は50%であるはず)のはscoring biasの存在が考えられる.それぞれのマーカーにZスコアを算出した.

Z = (s - u)/√(s + u)
s:共有アレルの数
u:非共有アレルの数

帰無仮説は関連がないこととし,Zスコアは平均値が0で分散が1のはずである.閾値を1.96(片側Z検査のための危険率は0.025)とすると,自閉症兄弟ペアで9つ,自閉症-健常児兄弟ペアで10個の遺伝子部位が閾値を越えていた(関連がない場合の閾値を越える遺伝子部位の数の予想値は0.025×360で9個).最もZスコアが高いのは自閉症兄弟ペアにおけるD1S1631で,共有率65.6%,Zスコアが3.44であった.自閉症兄弟ペアでは,第1,3,9,10,13,15,17染色体にZスコアが1.96を越えるマーカーが存在していたが,D1S1631以外は自閉症-健常兄弟ペアとの間に差異を認めなかった.自閉症において過去に指摘された逆重複異常の部位である第15染色体長腕に一致する部位にはZスコアが閾値を越すマーカーはなかった.横軸をZスコアのランキング値としてZスコアをプロットすると,y=xに一致するはずであるが,自閉症兄弟ペアにおける値も自閉症-健常兄弟ペアにおける値もy=xに平行でかつZスコアが高い方に少しずれた結果となった(自閉症兄弟ペアの方が偏移がわずかに大きい).この自閉症兄弟ペアにおける偏移は図の左側に優位(Zスコアのランクが低い側で)であり,注目すべき右側ではD1S1631のために自閉症兄弟ペアのラインがZスコアの高い方へ局所的に偏移している.

IBDスコアの予想値と実際の値:
前述したように,自閉症における家族研究や双生児研究は自閉症が遺伝素因の影響を強く受けることを示唆している.しかし,これらの研究だけでは正確な遺伝形式を明らかにすることはできず,一卵性双生児における高い一致率から考えると,はっきりとした影響力を持つ一つの遺伝素因が存在するのではなく,複数の相互作用を持った遺伝素因(epistasis)が存在することが強く示唆される.我々のFS1での検討はこのことを支持する結果であった.兄弟内での発生比が通常の75〜100倍(λs)で,一卵性双生児の一致率が二卵性の15〜25倍というデータからは,これらの数字に一致する何らかの遺伝モデルの存在が予想される.コンピュータによる単純化を目的として,multiplicative epistatic modelを想定すると,双生児一致比(一卵性:二卵性)が15〜25の場合は2つ以下の遺伝子部位では説明できない.RischのK個の遺伝素因モデルを加味すると,自閉症兄弟によるある遺伝素因の共有率は,3個の場合が75.7%,5個の場合が67.5%,10個の場合が59.7%,20個の場合が55.1%となる.もしλsが150倍ならば,それぞれの予想%は少し大きくなる.ほとんど同様の予想値は双生児一致比に基づく予想式からも導き出すことができる.この場合は双生児一致比(一卵性:二卵性)が25であれば3個の遺伝素因で85.5%,5個の場合69.0%,10個の場合58.7%,20個の場合54.2%となる.これらの予想値では関与する遺伝素因の数が多いほど自閉症兄弟における遺伝素因の共有率が低くなる.

実際は70%もの高い共有率(自閉症兄弟での)を示す3つの遺伝子部位は存在しないので,遺伝素因が3つあるとするモデルはデータからは否定的である.遺伝子の組み換え(recombination)で共有率が下がっているとしても説明し難い.我々は,このような遺伝モデルにおける共有率が(Zスコアに関連して)どう分布するのかを計算してみた.K個の遺伝子が関与するモデルにおいて,兄弟内発生比が75倍,K=5(5個の遺伝子が関与),マーカーが12.5cM間隔の場合,共有率は0.675で組み換えによる共有率の変動をシュミレ−トすると0.534〜0.666となり,Zスコアで0.71〜3.48である.Kが3〜20の場合のZスコアの分布は,共有率を50.8%として,前述の実際の値に最もよく重なるのはK=20の予測値カーブであった.実測カーブの右端のZスコアの高値はD1S1631の影響であるが,この部分はK=5やK=10の予測値カーブとよく一致した.一致度を計算すると,Kが10以下では一致度が低く,Kが15以上であれば一致度が高い(K=20の方がK=15よりも一致度がわずかに高い).従って,自閉症の遺伝的基盤に最も一致すると思われるモデルは,影響力の強い遺伝子が第1染色体上に一個あり,その他に15個以上の遺伝素因が存在するということになる.これらの予想は,関連遺伝子の位置に偏りがなく,マーカーの多型が平等で,それぞれの遺伝子の相互作用がないとした場合の結果であり,関連遺伝子が20個以上の場合には相互作用がないことは実際は考えられないであろう.

父親から受け継いだ場合と母親から受け継いだ場合:
前述の結果では,共有率は全体的に高く,小さな影響力を持つたくさんの遺伝子を想定した遺伝モデルが自閉症の家族歴を説明し得る.これらのことから,もし実際ゲノム全体にたくさんの関連遺伝子が散在しているならば,全体的に共有率を高めている遺伝素因は父親由来なのか母親由来なのかが疑問になってくる.女性の連鎖マップは男性(800cM)の1.5倍で4200cMなのである(この研究では平均値の3500cMを使用).全体的に男性においては組み換えが少ないので,男性における疾病関連遺伝子までの予想される遺伝的距離(genetic distance)は女性におけるそれよりも短いのである.従って,一つの関連するマーカーにおける予想アレル共有率は,父親由来の場合の方が母親由来の場合よりも大きいことが予想される.シュミレーションにより算出した値は,父親由来アレルの共有率が51.9%,母親由来アレルの共有率が51.3%で,実際の値(父親由来:52.0%,母親由来:51.2%)に非常に近い.一方自閉症-健常者ペアにおけるこの値(実際の値)は,父親由来が50.8%,母親由来が50.9で差がない.ゲノム上の遺伝的距離は,局所的にばらつきがあり,このことを加味してより正確に計算することもできる.例えば終糸(telomeres)のような領域では,逆に男性における組み換え率が高い傾向がある.各マーカーを遺伝的距離(組み換え率が高いと長い,低いと短い)が男性>女性のもの(85個)と男性<女性のもの(261個)に分類して,それぞれ検討してみると,自閉症兄弟ペアでは男性<女性のものでは父親由来の場合が52.3%,母親由来の場合が51.2%で差があり,自閉症-健常者ペアでは差がなかった.

複数ポイント兄弟ペア解析(FS1):
最大LODスコア(MLS)値が1.0以上の遺伝子部位が,1p(MLS 1.87), 1q(MLS 1.19), 7p(MLS 1.00), 11p(MLS 1.25), 13q(MLS 1.49), 15q(MLS 1.75), 17p(MLS 1.30), 18q(MLS 1.00), 20p(MLS 1.09)に存在した.第1染色体短腕上のMLS(D1S1631)は近隣にある共有率の低い遺伝子の影響を受けて低めにでている.MLSの有意基準は3.0であるので,中程度から大きな影響力を持つ遺伝子は自閉症においては存在しないことが示唆される.

FS2でのフォローアップ:
自閉症で過去に問題となった6pと15qに加え,FS1での結果から第1染色体およびLODスコアにピークが予想された第3, 9, 10, 13, 15, 17染色体にマーカーが追加された.FS2においては,第1染色体短腕の近位部の共有率は50〜66%で平均56%と高く,マーカーを追加したFS1では最大共有率はD1S1631の近くで観察された.FS2が加わり,マーカーが追加されると,第1染色体短腕上のMLSのピークは2.15となり,わずかに近位側(D1S1675の近く)にずれた.2番目に高いMLS(1.21)は,第17染色体短腕でD17S1876の近くである.この他にMLSが1.0以上であったのは,第7染色体短腕(MLS 1.01,D7S2564のそば)と第18染色体長腕(MLS 1.00,D18S878のそば)であった.第15染色体長腕の近位部は,一部の自閉症者において逆重複異常が報告されている部位で自閉症関連遺伝子の候補部位の一つである.さらに小規模の自閉症兄弟家系においてこの領域に自閉症との連鎖が示唆されている.今回の検討でこの部位に連鎖がないことは別の論文で報告した(Am J Med Genetics 88: 551-556).FS2を追加しても,この結論は同じであった.第6染色体短腕(HLA領域)でのネガティブデータも他の論文で発表したが,これもFS2の追加で確認した.本研究に含まれている38ペアの自閉症兄弟例の以前の検討でX染色体上のマーカーが検討され,脆弱X症候群を含むほとんどの部位で大きな影響をもつ連鎖が存在しないことが示されたが,LODスコアが1.24というあまり大きくない結果がX染色体長腕上に検出された.今回の大規模な検討ではX染色体上には有意な連鎖は存在しなかった.国際分子遺伝研究自閉症協会の報告では第7染色体長腕と第16染色体短腕に連鎖が示唆されたが,我々の結果では第7染色体長腕の同じ部位のMLSが0.62(D7S684)であった(第16染色体には全く連鎖なし).いずれにしてもこの部位でのLODスコアはさほど大きくなく,もし関連遺伝子が存在するとしてもその影響は小さい.FS1で示唆された第13染色体長腕(MLS 1.65)の連鎖の可能性は,FS2の追加で否定的であった.しかし,最近報告された他のゲノムスクリーニング(Am J Hum Genet Suppl 63:A16)が連鎖の可能性を指摘している部位であるD13S800の近くにMLS 0.68のピークが検出されている.除外基準を-2とすると,ゲノムの95%の部位が連鎖部位から除外され,除外基準を-1とするとゲノムの99%の部位が除外される.

陽性コントロール:
盲検陽性コントロールとした2組の一卵性双生児においては,合計976カ所を検討し,10カ所は不一致という結果であったので遺伝子型タイピングのエラー率は約1.0%である.2番目の陽性コントロールとして,偽性常染色体マーカーであるDXYS154を使用した.この部位はXとY染色体間で組み換えを起こさないことが知られており,完璧に性差にリンクするマーカーである.FS1での性比(男:女)は3.6:1,FS2で2.8:1で,自閉症兄弟ペアの73%が同性ペアであり,63%が男性自閉症ペアであった(女性自閉症ペアは10%).故にDXYS154においては,アレル共有の増加は父親からの遺伝によることが予想される.実際我々の全自閉症ペアで,58個の父親由来のアレルが共有され,22個は共有されていない(χ二乗値は16.2,LODスコアにすると3.52).一方,母親由来のアレルでは差はない(42個が共有,45個が非共有).このマーカーにおける父親由来アレルの共有率の有意な増加は,我々の手法が共有率の高値(この場合は73%)を検出するのに十分に高感度であることを示している.

連鎖不均衡:
517個の全ての部位(常染色体およびX染色体)においてTDTを行い,全体χ二乗検定で判定した.危険率をX軸にランク表示しY軸を危険率とすると,帰無仮説が連鎖不均衡なしの場合グラフはy=xに近似するはずである.結果は自閉症兄弟ペアにおいても自閉症-健常者ペアにおいても危険率が低い部分ではy=xにほぼ近似していた.

(考察)

FS1における360マーカーのアレル共有解析では,自閉症兄弟ペアにおいてのみ全体的な共有率の増加が観察され複数の遺伝子が関与する遺伝モデルが示唆された.これらの結果は家族調査や双生児研究での結果と矛盾するものではなく,25倍もの双生児一致率(一卵性:二卵性)も,少なくともいくつかのそして可能性としてはたくさんの関連遺伝子が相互作用を伴って存在するとすれば説明することができる.複数遺伝子モデルは少数の大きな影響力のある遺伝子の存在を否定するものではないが,我々の結果ではあまり大きな連鎖は見つかっていない.以前の報告で遺伝モデルとして相互作用を持つ3個(2〜10個)の遺伝子が関連するモデルが提唱されたが,我々のデータからは10個以下のモデルは否定的である.我々の結果はまた,疫学的多様性(遺伝形態が異なるものが含まれる)が含まれている可能性を否定するものではないが,そのような可能性は我々の結果と双生児研究の結果からはマイナーなものであることが示唆される.我々の結果で最も有意なものは第1染色体短腕の近位部(D1S1631)の連鎖である.FS1での共有率が66%,Zスコアが3.44であり,複数ポイント解析でのMLSは1.88であった.フォローアップ段階(FS2を加えた検討)でもMLSが2.15で共有率が60%となった.しかし,この結果も正式な基準(MLSで3.0)からすると小さい.フォローアップ段階ではこの部分の連鎖ピークは幾分近位側に移動しD1S1675の近くになった.MLSが1.3以上の部位は,フォローアップ段階で他には確認されなかった.次に大きなMLSは第17染色体短腕の1.21であった.他の研究者たちの行ったゲノムスクリーニングで示唆された7qと13qにおけるLODスコアはあまり大きくなかった.Prader-Willi症候群の遺伝子部位として知られる15qも自閉症遺伝素因の候補部位であるが,否定的結果であった.FS1の検討で新たに検出した第15染色体長腕の遠位部ではMLSが1.75であったが,フォローアップの段階で0.81となった.

調査対象家系に関しては,疑問のあるケースは最初で除外してあり,加えて全ての自閉症児のIQが著明に低い家系も精神遅滞の原因となる特別な原因を持つ可能性に注目して除外した.全部で45家系を除外し,結果的に今回の対象家系は広義の,あるいは疑問のある,あるいは軽症例(例えばPDD-NOSとかAsperger症候群とされるようなケース)はほとんど含んでいない.このような除外操作は2つの理由に基づく.第一に,連鎖の検出感度を高めるために対象家系をより均一なグループにするためである.第二には,否定的な結果の原因が診断の不確かなものを対象に加えたためではないとする傍証を得るためである.この点については,多くの家族研究が軽症例が自閉症家系内に存在することを示しており,遺伝研究から軽症例を除外することを疑問視する研究者もいるが,この除外操作の唯一の陰性効果はサンプルサイズを小さくしたことだけである.今回のゲノムスキャンではほとんど連鎖がないという結果であったが,中等度の影響力を持つ関連遺伝子の存在が否定されたわけではない.我々の結果では,そのような遺伝子があるとすれば第1染色体短腕と第17染色体短腕の2カ所である.我々は現在この2カ所について詳しく検討中であるが,今回の大規模研究で大きな影響が存在しなかったのであるから,選択的クローニング(positional cloning)は困難であり,候補遺伝子の連鎖不均衡研究や全ゲノムにおよぶ関連研究(association studies)が必要であろう.


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