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自閉症者の脳の解剖所見(Kemper & Bauman)

Kemper TL & Bauman M. Neuropathology of infantile autism. J Neuropathol Exp Neurol 57: 645-652, 1998.
(概訳)自閉症において,初期の研究者たちが想定した大脳の異常部位は,辺縁系,内側側頭葉,視床,基底核,前庭系など多彩である.MRIによるいくつかの研究は,小脳虫部の異常を報告したが,その後の報告には否定的な見解も含まれている.脳幹部の大きさや構造についてもいろいろな結果がでている.現在は行われていない気脳写法は内側側頭葉の異常を示唆したが,その後のCTやMRIによる検討では否定された.PETによる初期の検討では,前頭葉,頭頂葉,視床,尾状核,レンズ核,内包の機能障害が示唆され,放射性同位元素(31P)を使ったNMR spectroscopyでは背側前前頭野の機能異常も報告された.最近のPET研究では,7例の高機能自閉症者(成人例)において右前帯状回のボリュームと代謝活性の低下が観察され,7例の自閉症児においては歯状核-視床-皮質経路におけるセロトニン合成の異常が示唆された.11例の青年・成人自閉症男性における検討(31P NMR)は,年齢やIQと無関係の背側前前頭野異常を指摘した.部分的血流量の検討でも前頭葉の異常が示され成熟遅延が示唆されている.このような部分的な変化に加え,自閉症者の脳は大きいことが画像検査と病理所見の両方で指摘されている.Pivenらは,前頭葉以外の脳拡大と脳梁後部の萎縮を観察している.

自閉症に関する神経病理学的研究は少なく,初期の研究では前頭葉生検で,“小動脈の(壁)肥厚,脳軟膜における結合織増加,および細胞成分の増加”が報告され,Williamsらは4例の剖検から海馬,海馬傍回,視床,視床下部,線状体,中脳被蓋部に一貫した所見がないことを示した.Ritvoらは小脳の虫部と小脳半球でPurkinje細胞の数が減少していると報告し,Colemanらは複数の皮質領域を検討し,神経細胞や膠細胞の数が正常者と変わらないことを示した.しかし脳幹部の検討では脳幹部の萎縮所見と顔面神経核や上オリーブ核における神経細胞の減少が報告され,神経管が閉じる時期前後に自閉症に関連する脳異常が始まるの可能性が示唆された.最近の剖検による研究では,Guerinらが髄膜の軽度肥厚,中等度の脳室拡大,脳梁の萎縮,散在する血管周囲のリンパ球浸潤,下部脳幹における小膠細胞結節などを16歳の自閉症者の脳に関して報告している.

我々は,9例の自閉症者の脳をコントロールと比較し,前脳辺縁系および小脳と下オリーブ核における選択的異常を示し,自閉症の病理学的プロセスは胎児成長の時期から始まることを明らかにした.9例中6例は,矢状方向に正中でカットし,片方の大脳半球で組織学的検討を行った.自閉症者の脳の組織は,年齢と性を適合させたコントロール脳組織と比較検討用の顕微鏡を使って同一視野の中で同一倍率で比較検討された.再現性のある異常所見がみつかった部分は,定量的分析と半定量的分析を行った.みつかった異常病理所見は,解剖学的な関係や臨床所見や画像所見と関連づけて検討した.

脳の大きさ
19例の自閉症者の脳重量データが得られた.12歳以下の症例11例中8例はコントロールと比較し明らかに重たかった.対照的に,18歳異常の8例中6例は脳重量が軽かったが統計的な有意差はなかった.

新皮質
大脳皮質の外見上の異常はみとめられなかった.顕微鏡的検討により,9例中8例で異常に小さくかつ細胞密度の高い神経細胞と不明瞭な層状構造物が前帯回において観察された.一例で,片半球の眼窩前頭皮質の小奇形がみつかった.その他の大脳皮質には特記すべき所見はなかった.

異種皮質と皮質下前頭域
線状体,淡蒼球,視床,視床下部,基底前脳,分界条に特記すべき異常なく,有髄線維の異常もみられなかった.9例全例で,前脳の異常は辺縁系に限局していた.海馬野CA1-4,鉤状回,内鼻皮質,乳頭体,扁桃体,内側中隔核における神経細胞は異常に小さく年齢と性を適合させたコントロールに比べ細胞密度が高かった.神経細胞突起を調べるためのGolgi法では,海馬のCA1とCA4における神経細胞の突起と樹状突起は複雑性を減じていた.扁桃体では,神経細胞が小さく細胞密度が高い所見は,皮質核,内側核,中心核の内側で著明で,一方外側核では9例中8例でコントロールとの差が無かった.扁桃体の基底外側コンプレックスでは中等度の所見であった.9例中1例だけは(正常知能で著明な行動上の問題があった12歳の自閉症男児),扁桃体の所見は上記のような分布ではなくびまん性の異常であった.
海馬や扁桃体でみられたのと同じように,内側中隔核の神経細胞も細胞のサイズが小さく,細胞密度が高かった.しかし12歳以下の自閉症脳では,Brocaの斜帯(diagonal band)の垂直核の副核が異常に大きかった(神経細胞の外観は正常).これに対し,18歳以上の全ての自閉症脳で同部の神経細胞は小さく神経細胞数は減じていた.海馬,内鼻皮質,乳頭体,中隔,扁桃体の所見の詳細は9例中6例について既に報告した.

小脳と脳幹
小脳虫部を正中でカットした,11例の自閉症者の正中矢状断像は,虫部の小葉の大きさに関してはいろいろなパターンを呈し,数例においては小脳葉(狭い脳回)の開大がみられた.小脳の顕微鏡所見では,9例全例で種々の程度のPurkinje細胞減少があり,2〜3の例では顆粒細胞層の蒼白化がみられた.Purkinje細胞の減少は後外側新小脳皮質と隣接する原小脳皮質に優位であり,虫部にはみられなかった.Purkinje細胞減少の程度は,年齢や患者の状態との関連はなく,小児や成人のPurkinje細胞減少に通常伴ってみられる反応性膠細胞増加所見はなかった.Brocaの斜帯の神経核にみられた所見と同様に小脳神経核の状態は年齢差があり,若年者全例では神経細胞が大きく(数は正常),22歳以上の全例では神経細胞数が減少し神経細胞は蒼白化していた.歯状核の神経細胞は,若年例で大きく,萎縮や細胞減少はなかった.脳幹では,下オリーブ核に唯一の所見があり,Purkinje細胞減少の著明な小脳皮質に突出しているオリーブ核の一部にみられた.若年例全例の下オリーブ核所見部の神経細胞は腫大していたが,細胞密度や外観は正常であった.22歳以上でも細胞数は正常であったが,神経細胞は小さく蒼白化していた.全例で,下オリーブ核の神経細胞の一部は下脳回の末梢でクラスター化傾向があった.1例で,上小脳脚が薄く延びた所見と共に第4脳室の拡大がみられた.

病理所見の質
上記の所見は3つに分類することができる.
1.前頭辺縁系神経細胞の発達中断.
2.小脳Purkinje細胞の先天的減少.
3.Brocaの斜帯核,小脳核,下オリーブ核における神経細胞の大きさや数の,年齢に関連した変化.
自閉症者の辺縁系における小型で高細胞密度の神経細胞は,神経の大きさや神経網の複雑性が未熟な段階でみられる所見であり,正常な分化成熟過程の中断を意味する.このような所見は精神遅滞の場合に特に大脳皮質でみられる所見と同じであるが,成熟サイクルがより短い辺縁系に限局している点で自閉症に特徴的である.
小脳皮質における細胞数の減少は,先天的な病変であろうことは,次の二つの点から予想される.まず,細胞数の減少は膠細胞の反応性増加を伴っておらず発達早期の変化であることが示唆される.次に,出生後や成長後に小脳病変が起こった場合に通常出現する下オリーブ核神経細胞における逆行性萎縮が起こっていない.これは,オリーブ核の神経細胞の上行軸索が小脳Purkinje細胞の樹状突起に達する時期よりも以前の病変であるか(妊娠30週以前),あるいはもともとPurkinje細胞の数が少なかったことを意味する.
Brocaの斜核,小脳核,下オリーブ核における年齢に関連した神経細胞の変化は,通常みられない神経病理所見である.自閉症者においては,小児期での神経細胞の腫大から成人期の萎縮や神経細胞減少まで長期のプロセスが存在する.急性の変化としては,神経細胞腫大は神経軸索切断に引き続き起こる軸索反応として知られており,その場合はその後神経細胞は萎縮し消失する.萎縮に移行する細胞腫大はまた,中心被蓋路または歯状核の病変に引き続き起こる下オリーブ核の前方向性変化としても知られている.従って,自閉症者の脳における腫大に引き続く萎縮所見は,これらの所見がみられる神経核間のシナプス連結における障害を示唆しており,自閉症者の小脳回路において最も著明で,小脳皮質神経細胞の明らかな先天的減少に関連して起こっている.小脳神経核の異常所見の分布は,小脳皮質の変化とは無関係であることが多く,虫部や小脳皮質の傍正中葉の組織学的に最も変化のない皮質領域のPurkinje細胞樹状突起を受けている小脳神経核において病変は最も著明である.歯状核は,最も変化の明瞭な外側葉のPurkinje細胞樹状突起を受けているが,ほとんど病変がみられない.我々は,小脳核における年齢に関連した変化は,オリーブ核-小脳サーキットができあがる頃の出生前に起こるものとして理解できると考えている.オリーブ核から小脳への神経回路が離断層(lamina dissecans)に限局している時期に,下小脳脚中のオリーブ-小脳神経路における髄鞘化は既に進んでおり,有髄線維は小脳神経核まで到達している.しかし,この時期では小脳皮質まではこの線維は到達しておらず,オリーブ核からの機能的なサーキットは小脳神経核までしか成立していない.Purkinje細胞と下オリーブ核の間の密接な関係に影響する異常があるとすれば,この時期またはこの時期以降の胎児期に起こった場合は,胎児期の回路(離断層までの回路)のままになってしまい,出生後のオリーブ核-小脳皮質サーキットの形成が影響を受ける.この胎児期の回路の異常遷延が,小脳核やオリーブ核での出生後の神経細胞腫大の原因になっている可能性があり,この胎児期の回路は出生後の優位な回路としてはプログラムされていないので,年長自閉症者において結果的に神経が萎縮したり消失したりする可能性がある.同様に,Brocaの斜帯の垂直脚にある神経核での神経細胞の過形成や萎縮は,海馬コンプレックスとの間の異常回路が遷延していることに関連しているかもしれない.

臨床症状などとの対比
前帯回,海馬,鉤状回,内鼻皮質,乳頭体における異常所見は,Papezが記憶と情動の基盤(substrate)として提唱した相互に関連する前頭サーキットに含まれており,また隔核や扁桃とも密接に関連している.これらの部位の実験的損傷は,記憶や情動の障害の他,自閉症に類似した行動異常をも誘発する.多動,社会的相互関係の障害,徘徊行動(hyperexploratory behavior),見た物または触った物の意味を認識したり記憶することの障害などが,両側内側側頭葉の切除により猿に出現し,また人の同様な脳障害でも出現する.猿で両側の扁桃体を切除すると,物を区別する能力が無くなり,いやな刺激をいやがらなくなり,社会的相互関係能力が減退したり,新しい環境への適応能力や過去の経験に基づく特別な状況の意味づけをする能力などが後退する.MarrayとMishkinは,扁桃体の両側切除が,モード間関連記憶(cross-modal associative memory)の高度障害の原因となることを示し,扁桃体が自閉症児がしばしば苦手としている各モード特異的な情報の統合や一般化において重要な役割を持つことを示唆した.扁桃体,海馬,および隣接する大脳皮質における早期に起こった病変が,自閉症の行動異常に関連していることを支持する証拠は,BachevalierとMerjanianによって示された.彼らは,新生児期の猿の扁桃体と海馬を両側切除することにより,自閉症猿を作りだした.その後の研究で,Malkovaらはこのような猿における社会的情緒的行動異常は年齢と共にひどくなることを示した.対照的に,大人の猿に同じような病変を作っても,単に比較的軽い行動障害がみられるのみである.
前頭においては,2つのことなる記憶システムが知られている.一つは,断定的な明快な記憶であり,異なる種類の記憶や経験を「認知学習(cognitive learning)」に関連づける急速な一回で獲得する学習(one-trial learning)に関係している.もう一つは,習慣的または手続き上の記憶で,意識的な回想につなげることのできず,同じ刺激が繰り返し提示されることにより獲得される.習慣的記憶の場は線状体と大脳皮質であると信じられており,自閉症者の脳では異常所見のない部分である.一方,辺縁系に異常があれば,明快な記憶を障害する可能性がある.初期の研究では,断定的な記憶が障害されるには海馬と扁桃体の両側性の病変の必要性が強調されていたが,最近の研究では,海馬と内鼻皮質の機能が注目されている.人と,人以外の霊長類では,海馬のCA1に限局する病変が断定的な記憶の障害を誘発することが報告され,さらに最近の猿を使った研究では,Meunierらは鼻皮質(内鼻および隣接する傍鼻域:perirhinal area)における選択的な病変の重要性が強調された.これら全ての部位に,自閉症者の病理異常が分布している.習慣的あるいは手続き上の学習能力は,人においても猿においても出生後すぐに既に発達していることが観察されるが,明快な記憶能力の発達はゆっくりである.辺縁系が早期に障害されるとどういう影響が生じるのかは結論がでていないが,これらの領域の出生前に起こった病変は,情報の獲得や解釈の能力に障害を与え得ることは想定される.情報処理のそのような障害は,自閉症に関連する認知や言語や社会的相互関係の能力に影響し得る.一方,習慣的な記憶に障害がないということは,同一性へのこだわり,限られた興味や活動への没頭,優れた単純記憶能力などをうまく説明する.さらに,人においては,概念的な記憶は出生後に獲得される証拠があるので,辺縁系サーキットにおける発達異常が臨床的には出生後に明らかになることは可能であり,自閉症児の病歴としてよく報告される退行現象(社会的,言語的,認知的能力の退行)も説明できる.
また,PETスキャン検査,同位元素を使ったNMR検査,脳血流検査などで指摘される自閉症児の大脳皮質異常は,辺縁系での病理変化に続く二次的な変化である可能性があり,このことは,海馬CA1領域,鉤状回,内鼻皮質,扁桃体の全てが大脳皮質との間にかなりの量の双方向性神経連絡を持っていることからも示唆される.画像研究の結果と病理所見が一致している部位は帯回であるが,Hazendarらは自閉症で右の前帯回が小さく代謝活性がコントロールよりも低下していることを報告している.
小脳の所見と前脳の所見の関連および,小脳の所見と自閉症の臨床との関係は,はっきりした結論がでていない.小脳の先天性異常に関連した神経学的症候は,ほとんど知られていない.動物実験では,小脳神経核(fastigial nucleus)と扁桃体や隔核との直接的な神経連結,および小脳神経核と海馬との間の双方向的サーキットの存在が示されており,小脳が情緒や高位の皮質性思考の制御に関する役割を持っていることも示唆されている.
最近,小脳が知覚(認知)や運動および感覚系両者のタイミングコントロールに関与していることが示唆された.運動や感覚系のタイミングコントロールは精神的表象(mental imagery)や予測計画能力において重要である.さらに,小脳は,特に異なる感覚モード間の随意シフトなどの注意のコントロールにおいて重要であることが示された.また,記憶とは独立した機能であり新しい状況下では最も重要な能力である認知的計画能(cognitive planning)と小脳との関連も報告されている.これらの機能に加え,小脳はまた,運動・感覚に関する情報や活動の制御および統合はもとより,スピード,一貫性,精神的認知的プロセスにおける適切性にも関与している.人における研究では古典的条件反射の獲得における小脳が果たす役割が報告されている.

結語
現時点で,自閉症に関する解剖学的知見は原則的には記述的にとどまっている.入手可能な解剖学的証拠は,自閉症の病態は脳の出生前発達段階に始まり,この病理的プロセスは成人まで続くことを示している.辺縁系前脳において全症例に共通する異常は,適切なコントロールとの比較によってのみ明らかであり,自閉症の臨床とよく相関する.対照的に,より著明な病理学的異常は小脳にあるが,臨床との関連は今後のテーマである.小脳皮質と症候との臨床的関連は,画像研究とマクロ病理所見との不一致により,より難解になっている.より近代的な手法による検討や適切な動物モデルの開発が待たれる.


(解説)よく吟味された考察を含んでおり,すばらしい総説になっています.しかし,結語のところにあるように「より近代的な手法による検討や適切な動物モデルの開発が待たれる(We anticipate with interest the results of future studies with more modern techniques and, hopefully, with the development of an appropriate animal model.)」ということが全てを物語ります.コントロールを何例検討したのかは記載がなく,原文にはマクロの写真がありますがコントロールは1例(30歳)のみ載っています.細胞の大きさや密度の定量的なデータ処理は,残念ながら行われていないのかデータがありません.やはり自閉症の病理解剖例が少ないというのが一番の原因でしょう.退行現象の説明などは,「なるほど!」と感じましたが,症例のなかに脆弱X症候群,脆弱X-E症候群,Angelman症候群などが含まれているのかの記載もなく,自閉症の研究体制がまだまだ学際的/集学的になっていないことがよくわかります.
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