(概訳)生後4ヶ月から6ヶ月で判断できる運動異常が,検討した自閉症17症例全例で見られた.新生児期に見られる運動異常もあった.3歳前後に通常の方法で自閉症と診断された児の親から,幼児期(診断前)のホームビデオ記録を入手し解析した.運動異常には個人差があり,口の形,寝方,寝返り,座り方,はいはい,歩行などに多彩にみられた.自閉症固有の症候のひとつであることが示唆される運動異常が,出生時から存在することが示され,運動異常所見は生後数ヶ月以内の自閉症の診断のために応用することができる.生後数ヶ月以内の診断が可能となれば,この時期から始める治療法の開発が必要となってくる.
(解説)イントロのところに,自閉症児の親であり自閉症研究の権威であるRimland先生の記載が紹介されています.「自閉症者の多くは,手先の器用さや大まかな運動能力に関しては問題ないと言われてきた.実際しばしば自閉症者の中には非常に器用な人がいることが報告されており,小さな機械部品を取り外したり再び組み立てたりする話や,大人より高くブロックやドミノのタワーを積み上げたりする話や,ジグソーパズルが得意だったり,危険な高い場所に登ってもけして落下したりしないエピソードなどが知られている.自閉症の症候に運動異常が含まれるとするアイデアはばかげた話である」
本論文の主旨は,このRimland先生の考えを否定することを目的としているようです.しかし,自閉症者が運動異常を呈するかどうかの議論の存在自体が,問題となる運動異常が通常の機能障害ではないことを強調しています.どちらの言い分もある意味では正しく,通常の医学用語では表現できない特殊な運動異常が自閉症児に存在することに起因する議論なのです.ことばをしゃべらないタイプの自閉症児の言語障害は,verbal auditory agnosia(言語聴覚性失認)とかword deafness(単語聾)と表現されています(文献1).「聞こえているのだけれども単語や意味のある言葉を無視している」とも表現できるこの状態は非常に難解な状態で,診断するのも記載するのも難しい状態と言えます.しゃべることも書くこともできないと思っていた自閉症児が,ある日突然キーボードで文章を作りだしたとしても,不思議ではない特異な状況を自閉症児は持っています.同様に,自閉症児の運動異常は,反射的にはできたり,興味があったり気が向いたらできるようになったり,高いところに登って落ちそうで落ちないなどの非常に特殊な運動異常なのです.反射的には可能なのに随意的にできない運動異常を失行といいますが,この失行という表現でも自閉症児の運動異常を表現するには不十分です.
この論文中に記載されている運動発達過程での異常は次のようなものです.
- 持続性非対称姿勢と非対称性動作(1例):生後4ヶ月から確認.右手を使うことがなく,1歳になってもこの傾向があり,腹這いの時に右手をつかないので不安定で,坐位や歩行時にも右手を使わない.
- 寝返り異常(3例):寝返りがビデオに映っている全例で確認.体のひねりをほとんど伴わない独特な寝返りの仕方.寝返りができるようになる時期は,健常児では6ヶ月未満であるが,この3例のビデオでは6ヶ月から9ヶ月のころにこの寝返り異常を確認.
- 座位時の不安定(数例):座っている時に物を取ろうとしたりすると倒れる.長く座っておれない.倒れるときに防御反射がなく丸太が倒れるように倒れる.
- はいはい異常(2例):肘が曲がって前に進めない.右手右足を使わない.右足だけ足底を床についてしまう,など.
- 立てるようになった時の異常(1例):8.5ヶ月時に,壁によりかかって15分間も立っている.
- 歩けるようになった時の異常(全例):非対称姿勢と非対称性歩行.幼児型歩行パターンの遷延.あひる歩行(下肢を前方に振り出し伸展してから体重を移動).歩行に平行した上肢の通常の動きがない(両手をまっすぐにしていたり,肘関節を直角に曲げて指は前方を指していたり).2歳以後の腕-手はばたき動作.
- 特異な口の形(数例):メビウス症候群様の口の形(下口唇はまっすぐしていて,上口唇はアーチ型).生後数日から出現し持続性.
著者らはRimland先生の意見(自閉症者には非常に器用な人がいる)との矛盾点の説明として,検討した症例数が少なすぎる可能性や,成長したら器用になるケースがある可能性を挙げています.しかし,この考察は,自閉症児を身近に知っている人々にとっては期待はずれの考察です.自閉症児が不器用であると同時に器用で有り得ることは多くの専門家だけでなく,ほとんどの親が日常目にしている事実です.