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鏡文字
(ルイス・キャロル,レオナルド・ダ・ヴィンチなど)

Schott GD. Mirror writing: Allen's self observations, Lewis Carroll's "looking-glass" letters, and Leonardo da Vinci's maps. Lancet 354: 2158-2161, 1999.
(概訳)

はじめに
 鏡文字とは,‘普通と反対の方向へ書かれ,個々の文字も反転している書体’である.鏡文字は,一過性に出現することもあれば,持続性のこともある.一つの文字に出ることもあれば,単語や文全体に及ぶこともある.特にきっかけなどが無く自然と出てくることもあれば,潜在していて何かのきっかけで出現することもある.ラテン語系言語では,鏡文字は,通常左手で右から左へ書かれる.不思議なことに,鏡文字を書く人は自分の鏡文字の才能に気づいていないようだし,(自分が書いた)鏡文字を読むことに困難を覚えるようだ.

 鏡文字は,神経疾患に伴って現れることもあり,健常者にみられることもある.基礎にあるメカニズムを考察するには,鏡文字が起こるいろいろな状況を考慮する必要がある.

病的鏡文字
   鏡文字は,中枢神経系の色々な障害でみられる.稀な例としては,ドラッグによるもうろう状態,放心状態,トランス状態,催眠状態などで,また頭部外傷の後に一過性の鏡文字がみられる.鏡文字は,どもり,失読症,鏡読み,また色々な認知困難に関連して出現することもある.また,知的障害者に時々みられ,彼らの多くは左利きである.

 後天的鏡文字は,最も一般的には,右利きの人が右片麻痺になった後に左手で書く時におこる.鏡文字は,一過性のこともあり,片麻痺の2%足らずで出現する.右半球の梗塞の後に(左片麻痺),右利きの人が左手で書くと鏡文字になることもある.変わった鏡文字が二人の右利きの中国人(一人は左基底核出血,もう一人は右前大脳動脈梗塞)で報告されている.この二人は,左手で書くとき鏡文字の漢字を書いた(一過性).漢字は通常は左から右に書かれるが,この二人の文字は傾いていて,右から左へ書かれていた.鏡文字は右から左へ書かれるアラビア語やヘブライ語でも観察されている.軽い頭部外傷の後に,右利きの多言語に通じた人が,ヘブライ語は鏡文字で書き,ポーランド語は普通に書いた例も報告されている.

 一過性の構音障害と右片麻痺を呈し(脳卒中疑い),その後鏡文字が出現した左利きの人が報告されている.その患者は,以前,脳炎後の振戦を治療する目的で左側基底核の手術を受けている.この既往歴は,興味深い.というのは,Tashiroらが,本態性振戦,パーキンソン病,小脳障害の患者らで,鏡文字の頻度が高いことを報告しているからである.これらの患者は,片麻痺や大脳皮質(欠損)症候のような局所神経学的病変はなく,左手で書かせると鏡文字を書くが,本人は鏡文字を書いたことをしばしば自覚しない.

健常者における鏡文字
 鏡文字は,健常児が書くことを習い始めた時に普通にみられる.しかし,大人まで鏡文字が続くことは殆どない.とは言っても,大人の鏡文字は予想以上に多く,この能力を持った人の多くは左利きである.鏡文字は読みにくいので,自然に正しい書き方が習得されるであろうし,また,周りの人々は,左利きも鏡文字の傾向もなおすように注意する.

 実験的には,鏡文字は,一方の手で自分の額に書くときや,ボードの底面に書くとき,両手で同時に書くとき,遊びで慣れない左手で書くとき,等に誘発される.一過性の現象としては,鏡文字は,右手にけがをした人が,利き手でない左手で最初に書くときに,時々見られる.

 健常者における持続的な鏡文字は,とても稀である.しかしながら,左利きの人の中には,他の人に見せない文書では,鏡文字を書いている人たちがいる.例えば,ある女子学生は自分の論文を透明な紙に 鏡文字で書いて,それを反転した裏面に右手で訂正をしていた.他にも並外れた人たちがいるが,その中から三人をえり抜いて以下に紹介しよう.彼らは,普通の書き方と鏡文字の両方が使え,残っている資料は,鏡文字のメカニズムへの手がかりを与えてくれるかもしれない.

F.J. Allen
 一世紀前のBrainの論文で,F.J. Allen(生理学教授)は,自分を両手利きとして記述している.13歳のとき,偶然に,左手を使ったときに鏡文字を書く才能を持っていることに気づいた.その短い論文には,いくつかの啓発的なコメントが含まれる.彼は,自分が正確かつ簡単に鏡文字を書けることに気づき,鏡文字を書くためには予め書く文字を思い浮かべる必要はなく,予め書く文字を思い浮かべると鏡文字が書きにくくなると指摘している.Allenはまた次のようにもコメントしている.“書く時の感じは,(普通文字でも鏡文字でも)とても似かよっており,そのメッセージが脳の同じ領域から起こっていることが示唆される.”彼の普通文字と鏡文字の特におもしろい特色は,反転している以外は,筆跡は全く同質であることである.他にも,同様の例が報告されている.例えば,右利きの患者で,(病前には左手で書くと鏡文字になっていることに気づいておらず)右麻痺になってはじめて左手の鏡文字に気づいた例がある.

Lewis Carroll
Lewis Carroll( Charles Lutwidge Dodgsonのペンネーム)は,有名な19世紀のオックスフォードの数学者であり,博識家であり,「不思議の国のアリス」 「鏡の国のアリス」の著者である.彼は,右手で書いていたが,もともとは左利きであったと考えられる.一万通もの彼が書いた手紙の中の一部が,彼が“鏡の国からの手紙”と呼んだ手紙である.また,それらは,色々なスタイルで書かれている.反転していることに加え,その書体は,彼の通常の筆跡とも随分違っている.若い知人に対して書かれたものの中には,相手を楽しませるためにデザインされたものがあり,通常の書体で右から左へ読まなければならない文字や,うずまき文字や,拡大鏡を使わなければ読めない小さい文字や,絵文字などもある.

Leonardo da Vinci
 歴史上最も有名な鏡文字書者は,Leonardo da Vinciであろう.Leonardoの莫大な文筆の殆ど全ては,右から左で,鏡文字である.しかし,数字は鏡文字と普通文字の両方が見られる.彼の鏡文字については,他でも詳しくレビューされているが,彼は左利きであり,書くための優位脳は右半球であったであろうことが予想される.Leonardoが普通書体で手紙やメモを書くことは非常に稀であったが,普通文字で書かれた稀な原稿が存在する.例えば,もし本物であればの話であるが,Lodovico Sforzaへ書き送った,ミラノの王への奉公の申し出の手紙は普通文字で書かれている.

 Leonardo の手書き文書の特に啓発的な特徴は,彼が書いた北イタリアのVal di Chianaの地図に現れている.1502年頃と書かれたこれらの地図は,軍事的な目的かあるいはアルノ川の運河を彼が調査していたことに関連して描かれたものであろう.二つの地図は、同じ地方を描いているが,片方の地図では町の名前は特徴のない普通書体で書かれており,もう一つの地図では同じ名前が鏡書体で書かれている.個々の四つの都市名,Cesa,Foiano,Marciano,Lucignanoは,両方の地図で容易に認識でき,鏡式,普通式の両方で同じ単語を見ることを可能にしている.この二つの書体を比較すると,それらはお互いの忠実な鏡像であり,もし実際に一方を鏡に写してみれば,驚くほど正確な鏡文字であることがわかる.

 Leonardoが普通書体を書く時は,どちら向きに書き,また右手左手のどちらを使ったかは,不明である.しかし,彼が普通書体で書くことはとても稀であったので,彼が普通書体で書くことに慣れていた事は有り得ないであろう.彼が書き残した鏡文字文書の多さも驚くべきほどであるが,まれにしか書かなかったはずの彼の普通文字の流暢さと正確さ(鏡書体の正確な鏡面書体)も驚異的である.彼の書はまた,習慣的な左手での鏡文字書者が作為的でなく鏡文字を書いた時の書体のサンプルとして重要である.彼の場合は、殆ど全てを彼自身のために書き(人に見せるために書いたものではなく),他人とのコミュニケーションのために書いたものではない..

メカニズム
 後天的鏡文字は通常はさまざまな部位の脳血管性病変(いつもではないが通常左半球)に続いて出現する.また,病的鏡文字は同定できる病変がない場合にも出現することがあり,広汎な脳損傷の後にも起こり得る.加えて(鏡文字を書くことができる)健常な人々は,おそらく構造的な脳病変は持っていないであろう.ゆえに,全ての後天的鏡文字の例を一つの脳部位で説明することはできないし,鏡文字が起こるさまざまな状況を一つのメカニズムでは説明できない.100年も前から,いくつかのメカニズムが提案され.また,左利きの人が多いことが繰り返し指摘されている.

 長い間,鏡文字は左利きの人の自然な書体であると言われてきた.なぜなら,外転する動きは,内転する動きよりも容易であり,左手を使って書くと右から左方向が外転方向であるため,鏡文字になるのではないかとされたのである.左利きの人が右利きの人より鏡文字に熟練しているかどうかに関係なく,殆ど全ての鏡文字は左手で書かれる.さらに,多くの健常な鏡文字書者は左利きか,もともとは左利きだった人である.

 鏡文字の運動仮説では,運動プログラムは両側の脳に鏡面体で提示されていると想定している.右手の書字動作は,左手で成されるときは,鏡文字となるのであるが,通常は抑制されている.運動仮説では,疾患などによってその抑制が解除されることによって表面化すると考えられている.

 視覚優位理論は,Ortonの視覚的記憶痕跡(エングラム:忘れようと努めても頭から消え去らない記憶)は両側性に提示されるという提案に由来している.非優位脳ではエングラムは鏡面体であるが通常は抑制されている.しかし,何らかの原因により抑制は不完全となり,方向性の混乱が生じ鏡文字が出現する.視覚インプットの破壊的作用や,病的鏡文字を助長する異常運動システムと正常視覚“モニタリング”システムとの相互作用も,考慮されている.

 空間見当識仮説では,空間的混乱により,書字や他の方向性を持つ運動のための適切な方向付けやオリエンテーションがうまくつけられないことに起因して鏡文字が出現すると提案している.これは,難読症(読書障害)の子供たちの中に鏡文字の頻度が高いことと関係があるかもしれない.関連方向性仮説は,左から右への運動に限定したオリエンテーションの選択的障害を想定しており,半側空間因子もまた重要であろうと示唆している.

 さらに最近,視床の働きが本態性振戦(左利きの率が高い),パーキンソン病,小脳障害の患者における鏡文字に関係しているかもしれないと報告されている.Tashiro らは,これらの障害は視床の定位脳手術によって治療できるとコメントしている.彼らはまた,左視床出血の後に起こった鏡文字の2例についても言及している.

 これらの仮説の各々は,個々の症例報告により支えられている.しかし,健常者の鏡文字は,鏡文字の基礎にあるメカニズムの理解にさらに貢献するのであろうか?病的に後天的に出現した鏡文字は一般的に下手な字で,その人の普通字を反転したものとはとても程遠いものである.通常は使われていないプロセスを使うために慣れていない書き方になるのかもしれない.このことは,習慣的鏡文字書者や鏡文字の潜在的または抑制された能力を持った人の鏡文字が,時々普通文字とそっくりな反転体であることと対照的である.Allenは,彼の鏡文字と普通文字は,脳の同じ領域から発していると示唆した.また,Leonardoのきれいな普通書体は,彼が習慣的に書いていた鏡書体の正確な反転体であり,このことも,両者(鏡書体と普通書体)が共通のプロセスに依存していることを示唆している.一方,Lewis Carrollの鏡書体は,彼の普通書体とは異なっており,彼の鏡文字は多分生まれ持った能力というよりも作為的な作品であり,普通書体とはプロセスが異なる.

結論
 鏡文字は,いろいろな形態で,いろいろな状況下で出現するが,統一した特徴は殆どいつも左手で書かれたものであることだ.左利きが起こる状況の多様さが,鏡文字の多様性の原因であろう.ある人々では,ある病的プロセスが通常の右手書きを妨げた後に,左手による一般に下手な鏡文字を招来する.他の人々では,彼らの多くはおそらく生まれつき左利きで,鏡文字は,好んでか必要からか左手で書かれたときに比較的容易に出てくる.Leonardo da Vinciのようなまれな例は,左利きの生来の鏡文字書者が実在することを証明している.Allenがコメントしているように,“鏡文字は,しばしば神経疾患の症状であるが,その疾患は鏡文字の原因であるとは限らず,単にその能力(鏡文字)の発見のきっかけに過ぎない.”


(解説)自閉症児によくみられる鏡文字については直接には触れられておりませんが,鏡文字について書かれた貴重な論文のひとつです.自閉症で鏡文字を書く人は「全員左利きで,左手で書いているのか?」情報お待ちしています.


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