会話・言語と遺伝子(FOXP2)

Marcus GF & Fisher SE. FOXP2 in focus: what can genes tell us about speech and language? Trends in Cognitive Sciences 7: 257-262, 2003.

訳者コメント:以前ご紹介したFOXP2に関する総説です.FOX遺伝子は発生過程でのパターニングに関与し,構造的な特徴を規定する遺伝子群のひとつですが,解剖学的な構造を決定する転写因子遺伝子のひとつに起こった変異が,会話とか言語の能力に影響するという事実は驚くべき発見のひとつです.

(概訳)

概要:会話および言語を習得する能力は,少なくとも部分的にはゲノムに依存している.2001年,会話言語の習得能力に関連していると考えられるFOXP2遺伝子に関する最初の論文が世に出た.ここでは,この遺伝子がどのようにして発見され,何をしており,他の遺伝子とどう関連しており,そして会話と言語の発達について我々に何を教えてくれるのかを議論する.また,FOXP2が,脳や種に特異性を有していなくても,会話や言語における我々の能力に寄与している遺伝的カスケードをよび神経経路を理解するための非常に貴重なきっかけをいかに提供してくれるかを説明する.

イントロ

我々のゲノムは,我々に最も近いしゃべらない動物であるチンパンジーのゲノムと比べ,塩基の比較では約98.5%同じであることは以前から知られている.なぜ我々はしゃべれて,チンパンジーはしゃべれないのであろう.文化は何らかの役割をはたしているであろうが,人の環境で生活するチンパンジーでも,たとえ集中的な言葉の授業を受けたとしても人の言語能力を獲得することはない.対照的に,言語インプットが制限された聴力障害の子供たちは,自然の会話言語の証明となるものをたくさん有している符号化システム(signing system)を,単語と文章の両レベルの構造と共に,自発的に創造することができる.長年にわたってたくさんのエビデンスが集まり,我々の遺伝子構造が会話言語の獲得に重要であるというアイデアを支持している.明らかに,決定的な変化のいくつかは解剖学的制約に関連している.例えば,遺伝的影響に支配されている発声管の形態調整は,我々の口腔と下部喉頭を他の哺乳類よりもより長くしており,劇的な音のレパートリーの増加の原因となり,近代の人の会話能力に必須である.しかし,言語の獲得と使用に関連するより高位の認知処理に寄与するものだけでなく,調音器官の運動制御を増幅する我々の能力の背景となるものを含む,神経学的発達の面へインパクトを与える遺伝的変化もまたあるようである.

会話および言語障害における変異遺伝子の例

2001年に行われたある研究は,我々の会話言語獲得能力に重要であるかもしれないひとつの遺伝子を同定した.人においては,この遺伝子の変異部位は,FOXP2と呼ばれ(Box 1),会話と言語の能力を著しく障害する重症な発達障害の原因となる.FOXP2と会話言語との関連の発見は,分子遺伝学における最近の革新に部分的には依存しているが,KE家系として知られるユニークな家系の発見のおかげである.この家系は約半数の家族(15人)が重症の会話および言語の障害を有している3世代で(Box 2),その他のメンバーは健常である.この障害の遺伝は,この家系においては,一つの常染色体上の単一遺伝子の関与で矛盾がなく,大変判りやすいものであった.つまり一つの性染色体ではない染色体の問題であり,優性遺伝を示していた.本来は,そのような単一遺伝子遺伝は特別なものではなく,数千の異なる疾患が単一遺伝子の変化に由来することが知られている.しかし,KE家系は未だに会話と言語に関する発達障害の単純な遺伝の家系として報告された唯一のケースであり,KE家系の有症候者と無症候者のDNAを研究することにより特異的な変異を探し出すことが可能となった.この変異はFOXP2遺伝子の配列に変化を与えていることが判明したのである.
Box 1 FOXP2を探して

家族研究や双生児研究のデータが,ある種の認知または行動学的形質において遺伝子が役割を担うことを強力に示唆していても,関連する特異な遺伝子を発見することは大変な課題である.KE家系の異常例においては,障害の遺伝は,複数の遺伝子の相互作用による形質のより複雑な遺伝パターンというよりも,単一遺伝子疾患のパターンである.このことはこの家系における問題が単一の遺伝子のダメージの結果であることを示唆している.ダメージを受けている遺伝子を探すために,遺伝学者たちは個人間で多様性のある既知の部位のDNAマーカーを複数使い,その分布をKE家系のメンバーで障害の分布と比較し相関するものを探した.その結果第7染色体上の長腕の小さな領域が注目された.マーカー自信は障害の原因となるとは考えにくいが,それらはダメージを受けている遺伝子のすぐそばにあり,そのために遺伝子位置のおおよその指標となる.次のステップは70個以上の遺伝子が存在するその部位において,どの遺伝子が障害されているのかを同定する作業であった.KE家系とは無関係で同じ症候を呈する他の症例が偶然に発見され,このプロセスを加速した.この症例は,第7染色体の一部が転位して第5染色体の一部にくっついた染色体再配列を有していた.第7染色体上のブレークポイントは,KE家系で指摘された重要な部位の真ん中に位置していた.さらに正確な解析により,このブレークポイントはforkhead転写因子をコードする一群の遺伝子に属する遺伝子を直接障害していた(Box 3参照).その遺伝子はFOXP2と呼ばれ,他のforkhead遺伝子との比較によると,Forkhead bOX P2にあたる.forkhead遺伝子ファミリーには複数のブランチがあり,AからQと表示される.FOXP2はPブランチの中で2番目に同定された遺伝子である.KE家系の中の有症候者におけるFOXP2の解析は,この遺伝子配列のひとつの塩基変化が全員に遺伝していることが明らかになり,この変異が作られる蛋白の機能を障害していると考えられている.この発見は,一つの遺伝子の変異と会話と言語の発達障害の間のはっきりとした関連を最初に確立したものとなった.

 
Box 2 議論されている点:運動制御,言語能力,そしてKE家系

KE家系のメンバーを苦しめている障害は最初10年以上前に科学論文に記載されたのであるが,一次的な神経生物学的障害の正確な性状については判らないままであった.Hurstらは最初,幼少児期に有症候者が経験する深刻な発音障害に関連して,この障害をdevelopmental verbal dyspraxia(発達上の言語協調障害)として特徴付けた.しかし,Myrna Gopnikは,対照的な見方で,KE家系の言語上の問題は,文法上の数,性,そして時制を決める特徴の使用のような,特別な文法能力の障害が背景にあることに由来することを提案した.この特徴盲(feature-blindness)仮説は,広くメディアの注目を集め,しばしば文法に特異的な遺伝子が存在することのエビデンスとして扱われてきた.しかし,Faraneh Vargha-Khademらによる熱心な研究は,KE家系における障害が文法に限られていないことを明らかにした.KE家系の最初の記載と同じく,Vargha-Khademらのチームは,有症候者が複雑な顔と口の協調運動の重篤な障害を持っており,それが彼らの会話をじゃましていることを明らかにした.さらに,単語の語形変化や派生語を作り出す能力の障害も症候に含まれるが,Gopnikが指摘したよりも広汎に障害されており,文法や言語能力の多くの側面が影響を受けている.例えば,有症候者は絵選択で評価した複雑な統語論的構造を伴った文の理解,非単語から実際の単語の区別(辞書的判断),非単語の読みとスペリング,および音素の処理において優位な問題を持っている.

口腔顔面協調障害(orofacial dyspraxia)は,この障害の優位な面であり,KE家系の中で有症候者と無症候者の間の明らかな差を与える意味で中核となる症候と考えることができる.観察された言語上の障害が,高次の認知との真の関連なしに,運動制御における基本的な障害の必然的な二次的結果であるかという点に疑問をもつ学者も存在する.他の可能性を示唆する考察もいくつかある.第一に,KE家系の有症候者は,単一の単純な口腔の運動は正常であり,四肢の協調(praxis)運動に異常はない.第二に,有症候者が会話だけでなく複雑な非会話性の口の運動にも同様の問題を抱えている.しかし,両者は有症候者においてお互いに有意には相関していないので,会話障害はより基本的な口腔顔面協調障害では十分に説明することができない.三番目に,この障害は会話言語を作り出すことに限定されておらず,障害は筆記言語テスト(言葉の流暢性評価など)でも明らかである.また上に略記したように,有症候者は言語の産生だけでなく理解にも問題を抱えている.第4に,KE家系の有症候者に関する最近の脳画像検査は,言語関連皮質領域における機能的異常を示し,彼らの問題が運動システムを超えて広がっていることを明らかにした.はっきりしていることは,会話の運動コントロールの背景にある脳システムの発達と言語能力に寄与している脳システムの間の関連は高度に複雑で未だによく判っていない.この障害の運動に関する側面と言語に関する側面の間の関係をより完璧に説明することは,将来的には遺伝学的研究,言語および神経生理学的研究からのデータの統合によって可能になるかもしれない.

KE家系における障害,およびFOXP2を巻き込む染色体異常を伴ったKE家系と関係のない症例における症候は,中枢神経系に限られており,会話と言語の能力発達に大きな影響を与えている.Box2に概略したように,この障害は複数の関連する障害を含んでおり,発音障害,言語問題,そして文法障害などである.KE家系のメンバーの認知プロフィールの検討では,この障害は全般的な知的発達遅滞ではないことが示された.何人かの有症候者が中程度の非言語性IQ低下を示したが,その他の者は会話や言語での問題にもかかわらず正常範囲であった.また,家系内の有症候者と無症候者の間ではIQスコアはかなりオーバーラップしていた.さらに,言語性認知において観察された障害はより重篤で,非言語性の能力を評価するためのテストで発見された障害よりも幅広いものであった.有症候者においては,Watkinsらは言語性IQを評価するために使われた全てのサブテストでの有意な障害を報告し,4つの異なる非言語性のサブテストではたった一つだけが有意であった.このタイプの会話と言語の障害の特徴の相対的重要性は10年以上議論され,認知レベルでは中核となる障害が何なのかについては結論が出ていない(Box2).しかし,遺伝学的観点からは,あいまいさは存在せず,FOXP2の変異コピーが遺伝することが病因として必要かつ十分である.それなら,ひとつの遺伝学的説明を知ることが,神経学的および認知レベルでの会話と言語の障害の理解をいかに助けるであろうか.この発見が,会話言語の獲得について一般的なことを何か解明し得るのであろうか.

FOXP2の機能:発達生物学からのレッスン

我々が適切にこのような疑問点および関連する疑問点に言及することができる前に,我々はFOXP2の正常機能に関するアイデアを得なければならない.幸いに,この遺伝子の配列を,過去数年間に研究されより理解されているほかの遺伝子の配列と比較することによって,我々は経験に基づく推測を行うことができる.このような比較に基づくと,FOXP2遺伝子はforkhead-box(FOX)ドメインを含む蛋白を作る遺伝子のグループに属する.FOX蛋白はそれ自体がさらに大きなグループのサブタイプであり,この大きなグループは転写因子として知られ細胞の遺伝学的プログラム制御に関与する.
Box3 転写因子:複雑性の制御

Forkhead蛋白は進化的に関連する転写因子の一群で,細胞分化や増殖,パターン形成,そしてシグナル伝播における幅広いいろいろな機能を有する.多くは,成長過程の胎芽の発達制御に関与しており,また,いくつかは例えば代謝制御などの成人組織における異なる役割も有する.

転写因子のforkheadグループの最初に発見されたメンバーは,ミバエ胎芽における終末構造の適切な形成に重要な遺伝子のひとつであった.また,forkheadという名前はそのオリジナル遺伝子における変異を伴ったハエ胎芽に発見された異常なspiked-head構造に関連している.全てのFOX蛋白に共通する点はforkhead boxであり,DNAに結合するモチーフを形成する80-100個のアミノ酸である.このDNA結合ドメインはFOX蛋白が標的とする遺伝子の発現を制御するために必須な要素である(それぞれの蛋白の異なる部分もまた重要ではあるが).KE家系において,会話と言語の障害を有するメンバーで変異を起こしているのはFOXP2のDNA結合ドメインである.

Forkhead蛋白をコードする遺伝子の変異はいろいろな発達障害に関連して報告されてきた.そのような症例には,緑内障(FOXC1),甲状腺無形成(FOXE1),免疫不全(FOXN1とFOXP3),卵巣不全(FOXL2),そしてリンパ浮腫(FOXC2)が含まれる.いくつかのFOX蛋白では,機能的な蛋白の量が,発達の特異な面に重要な影響を及ぼすことがはっきりしている.例えば,FOXC1の量の変化は目の発達に劇的な効果を及ぼすことが知られている.

FOX遺伝子は動物と真菌類でのみ発見されており,ゲノム中のFOX遺伝子の数と生物の解剖学的複雑性の間に相関があることが知られており興味深い.最近の入手可能な遺伝子配列情報によると,酵母のゲノムは4つの異なるFOX遺伝子を持ち,一方nematodeでは15個,ミバエでは20個,そして,人では少なくとも40個が知られている.もし,胎芽のパターニングにおいてFOX遺伝子が重要であるとすれば,この遺伝子群の増加は,生物の体の複雑性の増加によりもたらされたことが示唆される.ひょっとすると,神経系の複雑性を作り出すことにおいても,同じ役割をひとつあるいは複数のFOX遺伝子が担っているかもしれない.

転写因子の重要性を理解するために,二つのキー構造であるコーディング領域と制御領域に注目することは補助となる.遺伝子のコーディング領域は特異なアミノ酸配列を含む蛋白を構成するためのテンプレートから成る.蛋白を形作る過程は最初のステップに依存しており,最初のステップではそれぞれの遺伝子のDNA配列に含まれる情報が中間的なコピーであるmRNA分子に転写される.この過程は慎重に制御されており,transcription(転写)と呼ばれている.遺伝子の制御領域は,特定の細胞および特定の時期に,コピーされるmRNAの数の決定に関与しており,ゆえに蛋白の量に関与する.遺伝子のこの二つの部分はいっしょになって,コンピュータープログラムのIF-->THEN言語のように作用する.もしある状態になれば,その時は蛋白が合成されるのである.FOXP2がコードしている蛋白のような転写因子は,遺伝子の制御領域と相互作用を持つ蛋白であり,その転写レベルを調節しその結果最終的に細胞中のその他の蛋白の相対的量に影響する.結局,このシステムはある生物の細胞が,生物の発達の特定の時期に,あるいは内的/外的刺激に反応して,組織特異的なマナーで異なる遺伝子の発現レベルを調節することにより,形態と機能を劇的に文化させることを可能にしているのである.

転写因子遺伝子の中で最も詳細に研究されているもののひとつは,PAX6として知られる遺伝子である.PAX6は目の発達において重要な役割を果たしており,その役割を理解することは,FOXP2の機能を洞察するのに有益である.PAX6が人為的にミバエのアンテナにおいて発現されると,ミバエはその通常ではあり得ない部位にもう一つの目を形成する.このことから,Walter Gehringはこの遺伝子をマスターコントロール遺伝子のひとつとして記載した.PAX6自体は眼球形成の機能を実際には持っていない.そのかわり,直接的あるいは間接的作用で,おそらく全部で2500を超える膨大な数の遺伝子を動員することによって目の発達をうながす.会社社長のように,単独でたくさんの仕事をこなすのではないが,生物学では下流ターゲットと呼ぶたくさんの部下の行動を社長の命令が決定することができる.どの部下がPAX6からの命令を受けているかが判らなくても,PAX6の重要性は明らかである.PAX6だけでなくPAX6が直接的あるいは間接的に全体の器官形成チャートと相互作用を有する全ての遺伝子を我々が理解できるまでは,目の発達の機能またはプロセスが全体として十分に認識できたとは言えない.状況はFOXP2と同様であるようで,そのパワーは他の遺伝子のカスケードのためにFOXP2が持つ結果に由来する.

脳を作る,肺を作る,腸を作る,心臓を作る

FOXP2は,発達途中の脳の限られた部分で発現し,会話言語の獲得に関連する神経媒体を作り出すことに参加しているであろう.しかし,FOXP2はまた,成人のいくつかの組織と同様に,胎芽の発達時期に,肺,腸,心臓を含む他の組織の特定の部位でも発現している.再び,このことは他の転写因子について既に知られていることであり,多くの転写因子が時々生物の生きている間の異なる時期で,異なる複数の働きを持っている.例えば,目の形成のためのマスターコントロール遺伝子であるPAX6は,中枢神経系や内分泌腺の発達にも重要であり,増殖,移動,接着,そしてシグナリングを含む一連の細胞プロセスを制御している.

FOXP2が肺や心臓のような臓器の発達にそれほど重要であるとすれば,なぜ,KE家系での障害は脳機能に限定されるのであろうか.答えは,我々のゲノムが2倍体である事実に存在する.我々はそれぞれ全ての遺伝子を2コピーずつもっており,ひとつは母親からひとつは父親から受け継いだものである.KE家系における問題はFOXP2遺伝子の1コピーの変異に関連しており,この変異はおそらく有症候者において正常に機能するFOXP2蛋白を通常量の半分にしているであろう.この量は肺,腸,心臓の発達には適切であるかもしれないが,しかし,脳の発達には不十分であるか,あるいは脳内のある種のサブ構造や(and/or)細胞タイプにとっては不十分であるのかもしれない.変化した量の効果が実際に症候を説明可能かどうかについては不確かではあるが,forkhead遺伝子のいくつかの他のタイプを含む,他の転写因子の研究においてその重要性の先例がたくさん存在する.あるいはまた,脳以外の組織にも我々が検出できない難解な変化が存在するのかもしれない.

進化するFOXP2

FOXP2は脳に特異的ではないのと同様に,人に特異的というわけでもない.例えば,マウスは人のFOXP2と93.5%一致する塩基配列のFOXP2を持っているが,アニメの世界は別として,会話のできるマウスはこれまでのところ存在しない.哺乳類の幅広い種においてFOXP2が同じ形で存在するということは,結局会話や言語に関係していないことを意味しているのであろうか.そうではなく,言語機構は進化的に新しいものと進化的なリサイクルを混合したものの産物のようなものである.一般的に,新しい構造が作られる方法は,古い構造のわずかな(しかし時に有意な)調整に依存している.Francois Jacobがそれについてこう述べている.進化は修繕屋のようなものであって,「しばしば何を作ろうという目的もなく,古い厚紙や,ひもの切れ端や,木や金属のかけらなど,その辺にあるものを使って,役に立つものを作ってしまう」.会話や言語の発達に関与する遺伝学的メカニズムは,翼の発達が脊椎動物の前足の基本的なデザインの発達に由来するように,既存の遺伝学的カスケードを寄せ集めて調節するようなものである.この意味で,会話と言語は,直接的な運動コントロール,プランニング,社会的認知,そして空間・時間的表現などの他の神経システムに使われる遺伝学的カスケードの特殊な組直しに部分的に由来するのかもしれない.

マウスのFOXP2研究は,この遺伝子がマウスと人の共通の祖先において,既に脳の発達に有意義な役割を果たしていたことを示唆する(例えば,運動制御の面に関わる神経構造のパターニングにおいて).マウスと人のFOXP2蛋白を区別するのはたった3つのアミノ酸の違いであるが,これらの変化のうち2つは,人とチンパンジーの共通の祖先から人が分かれた時に起こったものである.人とチンパンジーの蛋白のアミノ酸配列をコンピューターで比較すると,これらの変化のひとつは,他の蛋白によって制御される方法を変化させることによって,FOXP2の機能にとって重要な結果をもたらしているようである.興味あることに,FOXP2ゲノム遺伝子座の種内多様性に関する数学的解析は,FOXP2が人の歴史では比較的最近起こった淘汰のターゲットのひとつであったことを示唆している.これらの研究は,現在の人特異的なFOXP2が,ここ20万年以内に人に定着した可能性が高いことを結論付ける.この結論は,熟練した会話言語が生まれた時期に関する考古学的予想とも一致する.

結局,他の動物におけるFOXP2の存在は,この遺伝子が会話や言語に関連することを否定しないが,むしろ,進化における既存のパスウェイの寄せ集めと調節のもうひとつの例ということになる.言語に関連する遺伝子パスウェイは部分的には他の脳システムに関与する遺伝子カスケードから寄せ集められたものであるかもしれないが,このことはそれらが必ずしも他のシステムと同じ神経媒体の上に作られていることを意味しない.例えば,可能性の高いことであるが,階層的文法の能力の発達は,例え関連する回路が物理的に別々の場所にあっても,他のドメインの階層的プランニングの表現に影響する遺伝子と同じ遺伝子のいくつかに影響を受けるかもしれない.異なる脳部位にある異なる回路が,同様の機能を司る可能性があり,例えばその結果,言語的センテンスと運動の連続の同時プランニングが可能になる.FOXP2とKE家系に話をもどすと,Box1で議論したように,運動システムに限定する障害が,広範囲な多面的障害を起こしている可能性がある.しかし,障害の異なる面は,異なるシステムで発現している遺伝子の障害の別々の結果である可能性もある.このアイデアに一致して,神経画像研究は,KE家系の有症候者において脳のいくつかの異なる部位で構造的および機能的異常を検出している.これらの異常は,単語の暗示および明示課題の間の,Broca野を含むいくつかの言語関連領域における有意な低活性に加え,尾状核(障害の運動面を説明可能な部位)における両側性の灰白質密度の減少を含んでいる.

神経パスウェイを解明する

FOXP2は,会話の遺伝子とも言語の遺伝子とも呼ぶことはできない.それは単に,複数の遺伝子を含む複雑なパスウェイの一成分にすぎず,そのパスウェイ内の役割が特別なものであるかどうかに言及するのも時期尚早である.さらに,FOXP2は発達性言語障害の共通型において正常であることが明らかで,これらはほとんどKE家系にみられるような口腔運動障害をほとんど呈していない.にもかかわらず,FOXP2が制御する下流ターゲットまたはFOXP2が相互作用を有する蛋白などを指摘することによって,関連する神経パスウェイ(あるいは複数のパスウェイ)の研究においていろいろなきっかけが提供される.会話および言語は,他の神経ドメインや他のドメインと共有するメカニズムの産物であるようである.また,それらは,健常者と健常でない者の間で異なっていることが発見されたものを含む遺伝的メカニズムの混合表現であるようである.健常者においては明らかに変化のないFOXP2のような遺伝子は,両方の種類のメカニズムに役割をはたすことが可能であろう.直接的には参加する変化のないプロセスに対して,また間接的には個人間で異なる可能性のあるパスウェイのほかの成分を同定することを可能にすることによって.それぞれの方法において,FOXP2に関する今後の研究は,我々のユニークな言語遺伝に関する理解に役立つことは明らかである.


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