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認知能力・認知障害の遺伝学

Plomin R and Craig I. Human behavioural genetics of cognitive abilities and disabilities. BioEssays 19: 1117-1124, 1997.
(概訳)

要約:分子遺伝学のいくつかの新しい方法が,人の行動異常(例えば認知障害)や量的形質(例えば認知能力)の研究に応用されつつある.人の遺伝子を直接操作することはできないため,行動上の個人差を規定する遺伝的多様性が注目され,このような多因子性/多遺伝子性の系を構成する遺伝子は量的形質遺伝子(QTL)と呼ばれている.QTLは遺伝学研究の二つの世界である量的遺伝学と分子遺伝学の両者が重複する分野である.複雑な人の行動に関するほとんどの遺伝学的研究の対象は,主に重度の精神遅滞であったが,認知能力や認知障害が神経科学の対象とされる日も間近である.例えば,言語能力や空間(認知)能力は遺伝性の強い認知能力として知られており,読書障害はQTL連関が確認された最初の行動上の障害である.

はじめに
1859年,チャールズ・ダーウィンの「種の起源」を読んだダーウィンのいとこのフランシス・ガルトンは,人の行動に関連する遺伝性に注目するようになった.ガルトンは,家族性類似(co-relation)についての統計法に加え,量的遺伝学に属する家族研究・双生児研究・養子研究の基礎を開発した.しかし,ダーウィンもガルトンもメンデルの1866年の論文を読んではいない.一方,1900年前後にメンデルの遺伝の法則が再注目され,研究者たち(Mendelian)は質的に区別可能な形質を複雑な人の特質の中に探し,単一遺伝子伝搬パターンを発見しようと試みた.対照的に,Galtonianたち(ガルトンの研究に強く影響を受けた研究者たち)は,人の特質は量的に(quantitatively)分布しており,その複雑性は単一遺伝子の遺伝法則では説明できないと考えていた.この2派は,20世紀の最初の10年で激しい議論を戦わせた.Mendelianたちは,メンデルのエレメント(遺伝子)が遺伝のプロセスを実際にコード化していると信じていた.この点は正しいのだが,彼らは複雑な特質も単一遺伝子で説明できると思っており,この点では間違っていた.Galtonianたちは,メンデルの遺伝の法則を無視した点では間違っており,複雑な特質の遺伝を単一遺伝子では説明できないとしていた点で正しい.

1918年に,フィッシャーは,「メンデルの遺伝仮説に基づく親族間の相関」という量的遺伝学の礎となる論文を発表しこの論争に一応の終止符をうった.フィッシャーは,遺伝子はメンデルの説どおりに伝搬し得るが,遺伝子が複数でひとつの特質を規定する場合には,量的分布が想定されることを示した.しかし,その後も,2つの学派はそれぞれ異なる軌道を進むことになった.量的遺伝学者の興味は行動特質のような複雑な量的形質に集中した.彼らは,遺伝素因がどの程度重要かという基本的な疑問や,遺伝的影響の発達による変化や特質間の遺伝的相関関係などの評価など,よりこみいった疑問を検討するための最良の方法として量的遺伝学的方法を使った.一方,Mendelianたちは,単一遺伝子効果を反映する単一形質を選ぶことに研究の主眼を置いた.1920年代も二つの学派は別々の道を進み,量的遺伝学者は自然に起こる遺伝的多様性の研究を継続し,Mendelianたちは遺伝子変異の概念を考え分子遺伝学の先駆となった.

この遺伝学の2学派は,1980年代になっても歩み寄ることはなかった.DNAマーカーやマッピングの技術的進歩は,単一遺伝子疾患を規定するDNA配列の同定を分子遺伝学者のルーチンワークにしてしまった.まれな単一遺伝子疾患は数千もあるが,致死的な疾患や障害度の高い疾患は,複雑な特質であり,内科疾患や行動異常を含む精神疾患が含まれる.分子遺伝学者たちは,しだいに複雑な特質の自然発生的リスクとなる遺伝子を発見することに注目するようになった.分子遺伝学の息をのむ進歩に魅力を感じていた量的遺伝学者たちは,分子遺伝学の力を量的形質を規定する遺伝子を同定するために利用できることに気がつきはじめた.今日,複雑な量的疾患や複雑な量的多様性の研究,およびその背景となる量的形質遺伝子(QTLs)の解釈において,この2学派は急速に歩み寄っている.

量的遺伝学(Quantitative genetics)
語彙力・流暢性などの言語能力や,地図解読や2次元の物を3次元で思い描くなどの空間認知能力については,障害者から天才まで連続性の幅がある.その分布は,ベル型の曲線で量的形質に特徴的な分布である.認知能力のテストのほとんどは,相互にある程度相関している.この認知能力のオーバーラップは,一般的認知能力(IQ)が複合的なものであることを示している.ここでは,一般的な認知能力や一般的な認知障害(精神遅滞)の遺伝学ではなく,特異な認知能力(言語的や空間的)と読書障害の遺伝学についてまとめる.

例えば,学習能力や記憶や言語能力などにおいて,何が個人差の原因になっているのであろうか?まず思いつくのは環境説である.親の教育方針は様々であり,学校環境も全く同じではない.環境説がいかにもっともらしくても,驚くべき事に,量的遺伝学的研究は認知能力が行動の最も遺伝性の強い分野の一つであることを一貫して示している.このことだけからも,認知能力は特異的な遺伝子探しのための分子遺伝学的試みの標的にふさわしい.

認知能力
量的遺伝学的研究には,家族研究,双生児研究,養子研究が含まれる.いずれの研究の結論も認知能力において遺伝の影響が大きいことを示している.

家族研究 家族研究だけでは,遺伝と環境の関係を解明することはできないが,遺伝的影響の必須条件を明示することはできる.特異な認知能力に関する最も大規模な家族研究は,ハワイで行われ,白人の1000家族近くが対象となった.言語テストの合成評価では,親子間の相関は0.28,兄弟間の相関も0.28であった.空間認知テストの合成評価では,親子間の相関が0.33,兄弟間の相関は0.30であった.

双生児研究 双生児研究からは,一卵性双生児への養子環境の影響など重要な情報が得られる.二卵性双生児は,兄弟間の研究の場合と同様に遺伝素因の50%が同一であり,その特質にとって遺伝が重要であればあるほど二卵性に比べ一卵性の方が類似してくる.7つの双生児研究(1700組)をまとめてみると,結果はかなり一貫しており,それぞれの研究で,一卵性における相関係数は二卵性のそれを大きく上回っている.言語能力については,一卵性における相関は0.76,二卵性における相関は0.43であった.空間認知能力については,一卵性が0.62,二卵性が0.34の相関を示した.この結果には80歳代の双生児に関する報告も含まれている.遺伝性(heritability)を計算すると,言語能力の分散(統計的多様性)の65%が遺伝性であり,空間認知能力の分散の55%が遺伝性ということになる.

養子研究 生みの親と,養子に出された子どもの間の検討や,育ての親とその養子との間の検討などが含まれる.片方が養子に出された一卵性双生児の研究により,言語能力と空間認知能力における個人差(多様性)は,かなり遺伝素因に依存していることが確認された.別々に生活している一卵性双生児間の言語能力の相関は0.51で,空間認知能力の相関は0.49であった.

コロラド養子研究では,20年間にわたり200人以上の養子とその生みの親および育ての親と,200人以上のコントロールを対象としている.言語能力においても空間認知能力においても,小児期中期までは,生みの母と養子に出された実子の類似性は,コントロールの母子と同様に高い.対照的に,養子とその育ての親との間の類似性は有意なものではない.言語能力には,発達との関連で興味ある傾向があり,生みの親と養子に出された実子の相関は,3〜7歳で0.10,9〜14歳で0.20,16歳で0.30と増加しており,遺伝的影響が年齢と共に増加することを示唆している.一方,育ての親と養子との間の相関は平均で0.06である.

16歳の子どもに,親が16年前に済ませたのと同じ内容の認知テストバッテリー(複数のテストの組み合わせ)を施行すると,母子相関は言語能力においても空間認知能力においても高く,遺伝的影響の存在が示される.モデル適合解析では,言語能力の多様性の50%を遺伝素因が説明し,空間認知能力の多様性の40%を遺伝素因が説明することが示された.子どもと大人(親)の比較から結論されるこの結果は,遺伝的影響が小児期から成人期に及ぶことを意味しており興味深い.コロラド養子研究は,血族関係のある兄弟とない兄弟(片方が養子)の比較も行っている.9〜12歳では,言語能力において,血族兄弟で0.23,養子兄弟で0.08の相関,空間認知能力については,血族兄弟で0.31,養子兄弟で0.11という結果であった.この結果からは,言語能力の多様性の30%を遺伝素因が説明し,空間認知能力の40%を遺伝素因が説明する.

認知能力と学校の成績の間の遺伝的関連
双生児研究と養子研究は,認知能力と同様,学校での成績にも遺伝的影響が及んでいることを示している.実際,認知能力テストと学校でのテストは相関関係がある(相関係数:0.50).2000組以上の双生児を対象としたアメリカでの双生児研究では,英語,数学,社会,理科において,一卵性双生児で0.69の相関,二卵性では0.50の相関があった.従って,この多様性の40%を遺伝素因が説明する.さらに,多変量解析によると,同じ遺伝素因が言語能力と読書能力の両方に影響しており,また,空間認知能力と数学能力の両者にも同じ遺伝素因が関与していることが示された.つまり,認知能力に関連する遺伝子は学校の成績にも関連しており,またその逆もあるということになる.

認知障害
学習障害をきたすような認知障害の問題は近年重要性を増している.にもかかわらず,言語能力や空間認知能力に関する遺伝学的研究がこれまでになかったことは驚きである.近年,二つの双生児研究が小児における特異的な言語障害について検討しており,相当の遺伝素因の関与を示唆している.一卵性双生児では平均一致率が90%,二卵性では50%であった.軽度の精神遅滞に関しても双生児研究や養子研究がほとんどないが,イングランドとウェールズで1994年から1996年に生まれた全ての双生児についての研究が進行中である.

認知能力に関するほとんどの遺伝学的研究が,読書障害に注目してきた.学習障害と診断された子どもの80%において,読書能力に何らかの問題がある.dyslexiaとして知られる読書障害の子どもは,読字速度が遅く,理解力が低下している.家族性のことがあり,最も大規模の家族研究では125家系1044人を検討し,読書障害者の兄弟や親にも,コントロールとの比較で有意に読書能力低下がある.

双生児研究は読書障害の家族性の類似が遺伝素因によるものであることを示した.最も大きい双生児研究は,200組の一卵性双生児と150組の二卵性双生児を対象とし,一卵性で68%の一致率,二卵性で38%の一致率であった.

パラメーターの値が診断用のカットオフ値より健常者側であれば,読書障害なしとして扱われるため,貴重な情報が得られていない場合がある.ここ10年間で,新しい量的遺伝学的テクニックが開発され,健常者における多様性と疾患の間のギャップを埋めることができるようになった.単純多重回帰法であるこの解析法は,DF端解析と呼ばれている.この方法では,もしある特定の疾患(例えば読書障害)における遺伝的影響が,ある測定可能な量的形質(例えば読書能力)にも同じように影響していれば,量的形質のスコアは二卵性に比べ一卵性において類似性が高い.一卵性では,読書障害の非発端者(診断されていない方)の総合的量的形質である読書能力は,発端者(読書障害と診断された方)とほぼ同様に劣っている.対照的に,二卵性双生児においては,非発端者はコントロールよりも低下はしているものの,発端者よりは明らかに読書能力が高い.双生児研究におけるDF端解析は,読書障害の約50%が遺伝により説明されることを示唆している.

DF端解析はまた,読書障害に関与する遺伝素因は,読書能力の健常者における量的多様性を規定している遺伝素因と同じものである可能性を示した.このことは,正常と異常の間のひとつの遺伝的関連を示唆する.読書障害に関連する遺伝子群が見つかった場合,その遺伝子群はまた読書能力の健常者における多様性にも関連しているのである.疾患が健常者の多様性と同じ遺伝的/環境的背景を有する,単なる量的な端であるという可能性は,特異的遺伝子発見競争におけるQTL革命を促進したのである.

分子遺伝学

実験動物を使った研究は,直接的に遺伝子を操作(遺伝子のノックアウトなど)できるため,複雑な認知形質に関与する遺伝子群を発見するための研究の最先端の領域である.1992年に,海馬に豊富な蛋白をコードするα-CaMKIIという遺伝子のノックアウトマウスが作られたのが,最初に行われた研究のひとつである.この遺伝子の欠損ホモ(父親からもらった遺伝子も母親からもらった遺伝子も欠損型)は,空間的課題(水タンクの中に水没して見えないプラットホームまで泳ぐ)の学習ができなかったが,その他の行動は一見正常であった.最近,α-CaMKIIの海馬での発現を部分的に欠落させる選択的ノックアウトマウスが作られ,空間的学習や記憶が障害されることが報告されている.

人の遺伝子を操作することはできないので,自然発生の遺伝子変異が人の行動の遺伝学の研究対象となる.人においては,多くの単一遺伝子が一般的な精神遅滞の原因として同定されている.フェニルケトン尿症は1万人に1人の率で出現する劣性の単一遺伝子疾患で,以前は施設における重症精神遅滞の1%を占めていた疾患である.フェニルケトン尿症の原因遺伝子は1984年に第12染色体上に発見された.1991年には,脆弱X症候群の原因遺伝子が同定された.脆弱X症候群は染色体異常による精神遅滞では,ダウン症に次いで2番目に多い.

認知障害におけるほとんどの単一遺伝子効果は,全般的な精神遅滞を招来するが,特異的な影響についてのヒントも含まれている.例えば,脆弱X症候群の患者は,しばしば特異な言語障害を呈し,早口で不明瞭にしゃべり,混同したり,反復したり,無秩序に会話する(cluttering).同様にドゥシャン型筋ジストロフィーの原因遺伝子変異(X染色体上)のいくつかは,非言語性の能力よりも言語性の能力の方が障害されやすい.強迫的自傷行為を呈するレッシュ・ニーハン症候群(X染色体性)は,記憶力は正常であるが通常会話障害を伴う.皮膚や神経組織に良性の腫瘍ができる神経線維腫症1型では,学習障害をしばしば呈し,言語能力よりも非言語性能力に問題が生じることが明らかになっている.

2万5千人に1人の割合で起こるウィリアムス症候群は,結合組織の疾患で,成長遅延と全般的な精神遅滞を含む複雑な病態を呈する.言語能力や聴覚性の機械的記憶は比較的保たれているが,空間認知能力の低下は明白である.第7染色体上の小欠損(12個ほどの遺伝子)がウィリアムス症候群の患者で確認され,1996年,機能の不明な新しい遺伝子がこの領域に存在することが発見された.この新しい遺伝子はウィリアムス症候群の一家系で空間認知障害に関連していることが示されており,LIMカイネース1(LIMK1)と呼ばれ胎児および成人の脳に多く発現する蛋白をコードしている.LIMK1の欠損は非常にまれであるが,もしこの遺伝子に多型(normal DNA variation)が存在することが判明すれば,空間認知能力や空間認知障害のQTL研究の有力な対象候補となるであろう.

単一遺伝子疾患は数千もあり,ほとんどはまれな疾患であるが,その多くは症候の中に精神遅滞を含んでいる.何人かの遺伝学者たちは,複雑な特質は単一遺伝子疾患の寄せ集めであると考えており,この考え方は一遺伝子一疾患仮説(OGOD)と呼ばれている.OGOD仮説では,ある家系内での疾患の発症に必要かつ充分な特定の原因単一遺伝子が発見されても,他の家系では疾患の家系差があり別の原因遺伝子が存在すると考えることもできる.

QTLs(量的形質遺伝子)

認知障害の原因としては,単一遺伝子によるものも重要であるが,複雑な特質においては徐々にOGOD的見方からQTL的考え方に移行しつつある.単一遺伝子変異は,正常の発達を著しく障害する大型ハンマーのようなものであるが,正常の機能というものは,複数の遺伝子が参加する交響曲のようなものであるという考えが受け入れられつつある.つまり,ある特定の特質が欠失する原因となる変異を含む遺伝子は,その特質の正常の発達のためになくてはならない遺伝子というわけではないのである.小さな効果サイズの複数の遺伝子(QTLs)が,認知能力や認知障害のような量的形質において発見される遍在性の遺伝的多様性を規定しているのであろう.

以前,量的遺伝学者たちは多遺伝子性という単語を,複雑な特質は小効果サイズの非常にたくさんの遺伝子の影響を受けるため,個々の遺伝子を同定することはできないであろうという意味を含めて使っていた.現在,いくつかのまれな単一遺伝子効果に加え,複雑な特質に対するほとんどの遺伝的影響は,効果サイズの異なる複数の遺伝子によるものであり,効果サイズの大きいものが含まれる場合はその遺伝子は検出することができると認識されている.もし,ひとつの特質に影響する複数の遺伝子が存在する場合,その特質は量的に連続的分布を呈する.QTL説では,疾患は,健常者の多様性の全てを説明するのと同一の遺伝素因および環境因子が原因である量的形質の端にすぎない.言い換えると,QTL説では,複雑な疾患に関連して発見された遺伝子群は健常者の多様性にも同じように関連していると考え,またその逆の場合もある.

連関/連鎖(linkage)
以前から行われている大家系調査法では,単一遺伝子形質を規定する遺伝子の位置を染色体上でだいたい決めることができる.しかし,効果サイズが様々で比較的小さい複数の遺伝子により影響を受ける量的形質のQTLsを検出するために必要な統計学的な機能はこの方法には存在しない.さらに,以前から行われている連鎖アプローチでは,疾患と原因遺伝子が家系内でいっしょに伝搬することを前提としている.アルコール依存症やうつ病や分裂病で行ってきたように,量的多様性のどこかに取り敢えず境界線を引くか質的な疾患として扱うかしない限りは,量的形質が関連遺伝子といっしょに伝搬すると考えるわけにはいかない.発端者-兄弟ペア法(affected sib-pair design)のような新しい方法は,この意味でQTL説により適合する方法と言える.

QTL説は,DF端解析の延長でもある.DF端解析は相対回帰を一卵性や二卵性双生児例の非発端者の平均値と比較し,QTL連関は非発端者(兄弟)の量的形質のスコアを比較する.非発端者(兄弟)は,ある特定のDNAマーカーとなる対立遺伝子(アレル)を,発端者と共有しない場合,1個共有する場合,2個共有する場合の三とおりがある.共有マーカーが0個であれば血のつながっていない兄弟と等しく,1個の対立遺伝子を共有する場合は二卵性双生児,2個の対立遺伝子を共有する場合は一卵性双生児の場合に匹敵する.もし非発端者(兄弟)の量的形質のスコアが発端者と同じくらいで,2人がマーカーとなる対立遺伝子を共有していることが予測される場合は,同じ染色体上のマーカーとしてQTLへの連関(連鎖)が示唆される.

QTL連関は最初に読書障害で検討され,2つの報告が第6染色体短腕上のマーカー(6p21)に有意なQTL連関を明らかにした.最近6つの家系研究により,このことは再確認され,まぎらわしい単語の発音や音素への分解などの音韻能力との連鎖が明らかになった.この第6染色体短腕(6p21)上の遺伝子はまだ同定されてはいない.

連鎖解析は体系的ではあるが,強力な解析法ではない.それぞれのマーカーは数百万塩基対の長さの染色体上の影響力の強い関連遺伝子をスキャンすることができるため,人の遺伝子の連鎖解析には300個のマーカーを必要とする.しかし,この方法では弱い影響力の遺伝子を検出することはできない.理想的なQTL連鎖解析でも,多様性の10%以下しか規定しない遺伝子は見逃されてしまう.つまり,遠目が効くため,山は検出するが,近くの丘は検出しない.

対立遺伝子関連
遺伝子を同定するもう一つの方法は,対立遺伝子関連であり,連鎖不均衡と混同されることがあるが,家族の中ではなく,ひとつの集団の中で対立遺伝子間の相関関係を探す方法である.連鎖解析とは異なり,対立遺伝子関連は強力ではあるが体系的ではない.つまり近くの丘を見つけることはできるが,遠くの山は見逃してしまう.

この意味で,連鎖(linkage)と関連(association)は相補的であるが,行動のQTLsの研究においては,効果サイズの小さな遺伝子を検出できる対立遺伝子関連が徐々に一般的になってきている.さらに,連鎖とは異なり,関連は質的疾患と同じように健常者の量的多様性の研究にも容易に応用することができる.しかし,対立遺伝子関連はQTLに非常に近接したマーカーのみが検出されるため,この方法でのほとんでの研究では候補遺伝子の周辺にマーカーを設定している.特に,マーカー自体が多型遺伝子であったり何らかの機能に関連するような場合が注目されている.体系的に遺伝子をスキャンするためには,数千のマーカーが必要であるが,ケースとコントロールの各群毎にDNAをプールすることができる技術により可能となりつつある.より精巧な技術の出現に伴い,認知能力や認知障害で重要な感覚・知覚・認知のプロセスに関連した数百の候補遺伝子座について,機能的多型をチェックすることが可能になりつつある.このことは,同時に同定された遺伝子型への環境素因の影響解析のための出発点でもある.

1993年,第19染色体上のアポリポプロテインE遺伝子の機能的マーカーが,遅発性アルツハイマー病の記憶障害や全般的認知能力低下に関連することが発見された.アポリポプロテインE遺伝子のアリル4は,アルツハイマー型遅発性痴呆の罹患リスクを5倍に増加させる.これは遺伝的易罹患性の15%を説明しQTLにしては大きな効果サイズであるが,アリル4を持たない患者も存在し,アリル4を持っている健常者も存在することからアポリポプロテインEはQTLのひとつである.この発見は,いくつかの追試で確認されたが,これだけ効果サイズが大きくても連鎖解析では検出することはできない.対照的に,比較的まれな早期発症の遺伝性アルツハイマー型痴呆は,二つのプレゼリン遺伝子が原因であり,この遺伝子は単一遺伝子効果であり,従来の連鎖戦略で検出することができる.アポリポプロテインEのアリル4はまた,一般集団での高齢男性における認知能力の低下や,健常高齢者の記憶や処理速度の評価テスト成績にも関連していることが報告されている.

現在認知能力や認知障害に関連して確認されているQTLsは,痴呆に関連するアポリポプロテインEと読書障害に関連する第6染色体短腕(6p21)だけであるが,QTL研究は言語能力や数学能力などへと広がりつつある.行動におけるQTL関連は,その他の分野でも徐々に報告されつつあり,例えば,パーソナリティーについては,ドーパミンD4受容体の機能的DNAマーカーが関連していることが確認されつつある.このマーカーは注意欠陥多動性障害児や麻薬依存症,喫煙,大うつ病,トウレット障害などとも関連すると報告されている.パーソナリティーについては最近,セロトニン移送蛋白遺伝子の制御配列部の機能的多型と神経症性,うつ,不安(感情の3主徴)が関連することが報告されている.

結論

特異的な遺伝子の同定は,遺伝的影響のより決定的な証拠を提供することに加え,認知能力と認知障害に関する遺伝的研究の全ての解析レベルに革命をもたらすであろう.分子生物学者は遺伝子とその産物を,細胞内および細胞システムの中で特徴づける.神経科学者は脳の機能に注目し,遺伝子のレベルまでさかのぼって研究し,また行動の分野に対象を広げる.行動科学者は行動自体に注目し,脳機能のレベルにさかのぼって研究する.結果的に,異なる解析レベルにおけるこのような努力は融合し,遺伝子と行動の間に存在する経路の完全な解明をもたらすであろう.

遺伝子と行動の関係は,行動レベルの研究にも革命をもたらし,既にアポリポプロテインEについては高齢者の研究に取り入れられている.例えば,ある遺伝子が認知能力や認知異常に関連することが発見されれば,特質間(例えば読書障害と数学障害の関連)や,行動と生物学的メカニズムの間(例えば読書障害と神経生物学の関連)や,能力と障害の間(例えば読書能力と読書障害)における遺伝的関連の研究に評価基準としての遺伝子型を提供してくれる.行動に関連する特異的な遺伝子はまた,遺伝的影響の成長過程における変化を研究したり,遺伝子型と環境の相互作用や相互関係を同定するためにも使われるであろう.

行動に関連する特異的な遺伝子についての新しい知見は,教育や就職における差別などの新しい問題をももたらすであろう.また,出生前に理想的な赤ちゃん(designer baby)を選別するためにDNAマーカーを使うようなケースが問題となる可能性も考えられる.しかし,認知能力の多様性と認知障害の原因を理解することにおいて,遺伝子の同定がもたらす利益は,何事にも換えがたいものである.特別な遺伝的リスクを背負った個人に対する,有効な環境的治療の可能性も提供されている.さらに,ある疾患に罹患するリスクが増加している子どもの存在を知ることは,学校についていくことができず自信を失うなどの二次的な問題を予防することにもつながる.新しい問題に対処しながら,次々と明らかになっていく知見を有効に利用していかなければならない.


(解説)自閉症の要素となっている各形質(社会性,コミュニケーション性,こだわりなど)は,量的形質であることは,既に多くの研究者たちが指摘しております.報告されている遺伝素因も,QTLsのひとつとして扱うべきことも疑う余地はないようです.しかし残念なことに,こういった観点から自閉症の遺伝素因をながめている専門家はまだ少数派のようです.


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