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注意欠陥/多動性障害(ADHD)の治療(総説)

Elia J, et al. Treatment of attention-deficit-hyperactivity disorder. N Eng J Med 340: 780-788, 1999.
(概訳)注意欠陥/多動性障害(ADHD)は,発達段階での逸脱した多動,衝動性,注意欠陥を特徴とする.比較的よくみかける状態であるが,議論点の多い症候群である.通常小児期に始まり終生変わらない傾向であり,年齢相応でない過剰な活動性と行動のコントロールができないことを特徴とする.行動制御が欠如した重症例では,療育が非常に困難である.診断基準に関してはある程度見解が一致している.はっきりと区別することができる特徴を有する疾病(disorder)というよりも一般的に見受けられる行動タイプの極端例と言うべきで,このことは大規模双生児研究を含む遺伝学的研究も示唆している.このような研究では,診断基準を満たすグループと,診断基準は満たさないもののいくつかのADHDの特徴を持っているグループの間で遺伝性に差は見いだされていない.学業上の問題の他,反抗挑戦性障害や行為障害などの他の破壊的行動障害もしばしばADHDに合併してみられる.また,他の精神疾患の症候(気分障害や精神障害における集中力障害など)がADHDに類似することもあり得る.本稿では,罹患率や遺伝学的基礎について簡単に触れた後,臨床経過と治療について詳しく総括する.

罹患率
罹患率は1.7〜17.8%と報告されており,各報告間の差は情報提供者(親や教師)や,文化(ADHDの知名度や治療薬の普及程度)や,診断が求められる状態の閾値などの違いによる.多動性-衝動性優性型と不注意優性型の両サブタイプを含む現在の診断基準ではより診断率が高いことが予測される.性比も報告により幅があり,小児精神科医や小児心理学者を受診した小児例の場合は,男:女は3:1〜9:1で,一方学童期の学校での調査ではほぼ2:1である.対照的に,青年期になると1:1となり,若年成人では女性の方が多くなる.これらの違いは紹介・依頼で生じるバイアスによると考えられる.行動の解釈に関する文化的差異と同様,評価法や診断基準の違いのために国家間の罹患率を比較することは困難であるが,同一国内で文化の違いによる罹患率の有意差は報告されていない.

遺伝
遺伝性は0.75〜0.91とかなり高く,研究者たちはいくつかの理由から,関連遺伝子の候補としてドーパミン系にかかわる遺伝子に注目している.その理由は,ドーパミン系に影響する薬剤が治療薬として使われたり,脳の画像研究によりドーパミン系回路である前頭葉-線状体回路の関与が示唆されたり,ドーパミン移送蛋白のノックアウトマウスがアンフェタミン無効の多動を呈したりすることなどである.ドーパミン移送蛋白(DAT1)遺伝子の非コード部分のある一般的な変異は,2つの研究グループによりADHDに関連することが示された.ドーパミン受容体D4(DRD4)は,シナプス後のドーパミン活性をつかさどる受容体のひとつであり,この遺伝子の多型は受容体機能に影響するが,2つの報告が7回タンデム繰り返しを含む変異がADHDと関連すると報告し,他の1つの報告はこの関連を否定した.

臨床経過
ADHDの永続性と成人における診断については見解が分かれる.実際,学童期の小児の追跡調査の全てが,少なくとも早期青年期までは症候が持続することを示している.多くの症候は,中期から後期の青年期に減少し,成人になるとさらに減少する.ADHD症候の青年期までの持続は,学業上の問題や問題行動や社会性の障害が大きいことに関連している.ADHDの成人例は,学歴レベルがより低く,あまりよい職場にはつけず(就職率に有意差はない),反社会的パーソナリティを持つ場合が多い.行為障害や反社会的障害が合併している場合特に,薬物中毒症の頻度が青年例や成人例で多い.青年期に症状が軽くなる例では,職業上の到達点や,社会性,そして薬物やアルコール嗜好などに関しては,健常者と同様であるが,学業上の到達点はやはり劣る.

薬物治療や個別指導・グループ指導,そして特殊教育サービスなどの治療的手段をどの程度受けたかがどのような効果を持つかについては見解が分かれる.ある研究は,社会性や自己意識(self-image)については刺激性薬剤(stimulant drugs)による治療を受けたグループの方が,受けなかったグループよりも予後が良かったと報告している.しかし,最近のある研究報告は,8年間のフォローアップで有意な効果はみられなかったとしている.加えて,精神的社会的治療を追加して受けたグループほど悪い傾向がみられたが,この結果はおそらく問題のより大きいケースが精神的社会的治療を受けることに起因しているようである.

治療
精神刺激性薬剤(psychostimulant drugs)は,60年前からADHD児の治療薬として知られており,アンフェタミンのラセミ化合物を投与された行動障害児においては,その効果発現は迅速でしばしば行為や学業成績において著効する.その効果は小児例,青年例,成人例における多くの短期コントロール研究(数週間)において確認され,約70%の患者がメチルフェニデ−ト(リタリン),デキストロアンフェタミン,ペモリンなどの刺激性薬剤で何らかの効果があり,効果期間や安全性に関する議論を圧倒している.同様の結果は最近の15ヶ月間の検討でも報告された.

刺激性薬剤を使用すると,行動において迅速な,時に劇的な改善がみられる.注意力は良くなり,親子関係を含む対人関係も問題が少なくなる.問題行動をコントロールするための教師の労力も軽減する.学業上の到達点も向上するが,行動面ほど劇的ではない.注意・衝動性・学習・情報処理能力・短期記憶・不眠など全てが改善する.健常児も内服すれば同じ方向性であるので,刺激性薬剤で効果があることをADHDの診断根拠にすることはできない.

刺激性薬剤の効果は小学校前から成人例まで報告されており,人種・性別・経済状態・家庭状況・両親の離婚などは薬効に影響しない.インテリジェンスが低いことは,刺激性薬剤の効果が少ないことに関連している.ADHDと行為障害の子供(84例)での,メチルフェニデ−トとプラセボ薬での5週間の盲検研究では,反社会的行動もADHDの程度もメチルフェニデートで有意に改善した.有効例では,内服を続ける間に効果が減少することはなかった.ただし,投薬を中止すると直ちに(2〜6時間)で行動面での薬効は消失する.

刺激性薬剤がADHDに有効であることは周知のことであるが,軽症例や合併症をかかえるケースでの適応は結論が出ていない.痙攣発作を持つADHD例に対する投薬での安全性は報告されている.チック障害を持つADHD児20例に,9週間の二重盲検クロスオーバー検討を行った報告では,プラセボに比較して,メチルフェニデートは必ずしもチックの悪化を伴わないで破壊的行動を有意に減じたが,デキストロアンフェタミンでは効果がなかった.チック合併例に関するもう一つの34例の二重盲検検討でもメチルフェニデートはチックの程度を悪化させることなく破壊的行動を減少させた.

1993年,1990年に比べ2.5倍のメチルフェニデートがアメリカでADHDに対して処方され,依存性中毒や過剰投薬が懸念された.しかし,DSM-Wでの診断基準では学童期のADHD児は全体の10%以上であると推測され,実際の投与率4〜5%は過剰投与ではないようである.故に,処方量の増加は疾患概念の普及,女児例の増加,不注意優性型の認識の向上,青年例や成人例への投与例の増加などの結果であろう.

刺激性薬剤の投与法
メチルフェニデートは,臨床研究データも多く,薬剤会社の宣伝も活発でデキストロアンフェタミンよりもより一般的に処方される.効果や副作用の点でもメチルフェニデートが優れるとされるが厳密な証拠はない.クロスオーバー研究(48例)では,両者の効果に有意な差はない.過去の論文では,メチルフェニデートの有効率が79%で,デキストロアンフェタミンの有効率が88%,両者を投与した場合は96%という報告があり,副作用に関しても両者に有意差はない.小規模のクロスオーバー研究で,メチルフェニデートの徐放投与と標準投与,およびデキストロアンフェタミンの徐放投与の間に効果の差はなかった(全て有効).薬効を予測できる指標はなく,副作用を予測できる因子もない.

標準投与でも徐放投与でも,デキストロアンフェタミンの方がメチルフェニデートよりも最高血中濃度が高く,血中半減期が長かった.メチルフェニデートの標準投与と徐放投与の間に差はなかった.両薬剤の標準投与は,最大薬効期は薬剤の吸収期に一致しており,メチルフェニデートで1〜2時間,デキストロアンフェタミンで3〜4時間であった.薬効の持続時間にはかなりばらつきがあり,必ずしも徐放投与の方が薬効が長いとは限らず,徐放投与の場合は薬効の発現が遅い場合もあった.

作用持続の長い刺激性薬剤であるペモリンは,効きが悪く,効果発現が遅いだろうと予測され,投与量を増やしたり,急速増量法などが試みられた.

これらの薬剤の有効投与量の幅は狭く,年齢や体重や多動の程度や薬剤血中濃度では個人の至適有効投与量を予測することができない.故に,最大の薬効を得るには,それぞれの患者で決めなければならず,また,ある投与量での効果は行動のタイプによって異なってくる.例えば,低い投与量でも学業成績の向上は期待できるが,多動や注意力における改善のためにはさらに多い投与量が必要である.

標準投与法で,メチルフェニデートまたはデキストロアンフェタミンの初回投与量は2.5〜5mg(一日一回)である.3日毎にあるいは5日毎に増量し,親と教師からの報告で副作用,行動,学業成績などを評価する.明らかな効果が確認されれば,問題行動に対する効果持続期間を調べ,一日の投与回数を再検討する.一日二回投与に増量する場合,メチルフェニデートの場合は,2倍量の2回投与とし,デキストロアンフェタミンの場合は,一回投与時の量から2.5〜5mg少ない量を2回目の量として追加する.

副作用
標準および徐放投与において副作用は投与量依存性で,メチルフェニデートとデキストロアンフェタミンで発現頻度,程度および持続時間は同じである.80%で食欲不振が出現するが,軽度で日中のみであり夕食は食べることができる.10〜15%の子供は体重減少がみられ,3〜85%で不眠症がある.腹痛,かんしゃく,頭痛,口渇,ふらふら感,うつ状態などもあるが少ない.心血管系への効果としては,心拍数の増加と血圧の増加がいろいろな程度に安静時に起こるが,何かしている時は消失する.

成長への影響が議論されたことがあるが,コントロール研究ではメチルフェニデートの持続投与で,コントロールに比較して2年間に身長が1.5cm低いことが報告された.夏休みに休薬している例ではそのような成長遅延は報告されていない.別のメチルフェニデートを2.2年間投与した後のフォローアップ研究では青年中期や成人早期まで身長に影響はみられていない.故に,これらの薬剤は体重や身長の成長を少し遅らせる可能性があるが,長期的には軽微な副作用と言える.

ペモリンは投与者の2%に薬剤性肝炎(軽度,休薬により回復可能)を起こす.1975年以後,アメリカFDAには13例の急性肝炎の患者が報告されており,11例は死亡または肝移植を受けている.肝炎の発症率は通常の4〜17倍以上と考えられる.投与前に肝機能障害がなく,ペモリン投与後に急性肝不全を起こした症例が確認されている.肝機能障害が起こる場合は臨床症状(吐き気,嘔吐,倦怠感,など)が先行し非常に急性発症であるので,定期的な肝機能検査では予測することができない.

刺激性薬剤を内服中には,一過性のチック(運動性あるいは声帯)が起こることがある.通常はこれらのチックは,投与量の減量や中止により徐々に消失する.双生児研究では,刺激性薬剤はチックの原因になっているのではなく,その発現を助長していることが示された.チックが悪化することなしに,行動上の問題が改善することがあり,チックを合併したADHD例では休薬によりチックは改善する.チックの発現,その場合の投与量や投与期間などについては結論がでているとは言えない.

ADHD児への投与量では,刺激性薬剤による多幸感や依存症は起こらない.メチルフェニデートについては,大脳における組織薬物濃度の減衰がゆっくりのため薬物乱用になりにくいことが考えられる.刺激性薬剤の内服が,他の薬物やアルコールへの依存の危険因子になるかどうかは結論がでていない.

休日や夏休みには投薬の必要がないケースがあるが,投薬を要するケースもある.いつまで内服するかについては個人差があり,成人期まで内服を必要とする場合もある.短期間の年に一回の休薬で,内服の必要性を検討することができる.

抗うつ剤
破壊的な問題行動を持つ子供たちには,抗うつ剤の投与が有効な場合があることが知られている.抗うつ剤は,ドーパミンやノルエピネフリン代謝を抑制する作用があり,ADHDにおけるカテコラミン活性性低下説もADHDへの抗うつ剤の投与を支持する.

イミプラミンやデシプラミンなどの3環系抗うつ剤の臨床治験では,治療効果は投与初期に限られている.デシプラミンは,刺激性薬剤でチックが悪化するチック合併例においても使うことができる.抗うつ剤は,半減期が比較的長いため自宅での内服だけで十分であり,効果の消失も緩徐であるため乱用の危険性も少ない.しかし,全体的な効果の程度は刺激性薬剤に劣る.

抗うつ剤では,心血管系への副作用,神経系副作用,抗コリン作用なども知られており,ADHD児への投与のマイナス因子となる.デシプラミンで6例,イミプラミンで1例,常用量投与のADHD児突然死例も報告されている.突然死を予測できる指標はなく,刺激性薬剤が無効であったり,うつ状態やチックなどの合併症の問題が大きい例でのみ抗うつ剤の投与が検討される.ブプロピオンなどの他の抗うつ剤も有効であると報告されているが検討が不十分であり,セロトニン再吸収阻害剤についてはADHDにおける有効性はまだ報告されていない.

α-アドレナリン作用薬
クロニジンは,部分的なα-アドレナリン作用薬(アゴニスト)であり,ノルエピネフリン放出を抑制するが,ADHDで有効であることが報告されている.効果は刺激性薬剤ほどではなく,メチルフェニデートとクロニジンの併用例で突然死例が報告されている.FDAはこの2剤併用について調査し,先天性の心奇形を合併した10歳児での死亡例を追加報告したが,厳密なコントロールスタディーはまだない.

精神的社会的介入
ADHD児の学習障害に対し,特別な対応が必要な場合もある.家族療法も,ADHD児の家庭内のストレスに対する一手段である.点数報償システムやタイムアウト法や聖域設定法などの偶発的再強化法を,親や教師に指導することも,破壊的行動に対してかなり効果が期待できる.これらの方法は担当者のための人件費が必要となる場合があり,経済面での制限が加わり,各問題行動毎に行われなければならず,親や教師の意欲に依存する.メチルフェニデート内服と併用した行動マネージメントはさらに有効であるが,薬剤単独療法との有意差は報告されていない.しかし,高度に構造化されたシステムでは行動療法はメチルフェニデート療法の必要量を減ずることが知られている.複合療法に関する既存報告の中で,長期間検討されたものはなく,現在進行中である.

その他の治療
認知治療(問題解決戦略と自己モニタリング),モデリング,個別心理療法または遊戯療法,食事療法(制限または添加),ミネラルやアミノ酸療法,メガビタミン療法,キレート剤療法,アレルギー治療,バイオフィードバック,聴覚統合あるいは感覚運動統合療法,知覚運動訓練などの効果については客観的な証拠はまだ報告されていない.

結論
ADHDの診断は臨床所見にのみ基づく.遺伝素因が重要であることは証明されているが,遺伝形式は明らかになっていない.メチルフェニデートやデキストロアンフェタミンの効果についてはよく検討されており,安全で有効な治療薬である.治療効果の個人差があり,副作用発現の危険因子も同定されていない.ペモリンも有効ではあるが,重症の肝機能障害を起こす可能性がある.デシプラミンやクロニジンでは突然死例が報告されており,使うべきでない.ADHDとチックの合併例では,刺激性薬剤は必ずしも禁忌というわけではないが,長期投与に関する結論はでていない.ADHDは,いろいろな病態が含まれている慢性の混成症候群であり,行動,認知,また社会性に関するいろいろな程度の欠失を伴う.薬物治療が無効な例や,合併病態のために薬物療法が困難である例も存在する.統合療法(薬物療法と精神的社会的介入)は支持されつつあるが,薬物療法単独より有効とする客観的証拠はまだない.精神的社会的および薬物療法的戦略は,ADHD児における行為障害や犯罪の防止のために不可欠である.


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