集中内観前後のCMI健康調査表における自覚症の変化

 当院では、アルコール依存症者の治療の一環として、内観療法を取り入れています。これまでにも、内観療法が心理面に与えるさまざまな効果が報告されています。しかし、なかには心理的な作用が身体症状として現れる場合もあります。また、内観により、身体的な疾患が治癒した例も多く聞かれます。そこで今回、心理面だけでなく、身体面では集中内観前後でアルコール依存症者の自覚症状がどのように変化するかをみるために、CMI健康調査表を実施しました。CMI健康調査表とは、患者の心身両面にわたる自覚症状を比較的短時間のうちに調査することを目的とした質問紙法のテストです。身体的自覚症と精神的自覚症の質問とで構成されており、神経症者の判別にも利用されています。このCMI健康調査表の結果から、集中内観前後におけるアルコール依存症者の身体的自覚症状の変化と精神的自覚症状の変化との関連性を検討して報告します。


CMI調査表における自覚症の変化

調査期間 平成6年9月〜平成9年1月
対象 指宿竹元病院入院中のアルコール依存症者のうち集中内観前後にCMI健康調査表を実施したもの146名(うち、女性5名)24歳〜60歳 平均年齢46.5歳
方法 入院後約1ヵ月経過した頃(内観前)と退院一週間前(内観後)の2回
2名〜8名の集団で実施


 対象は、平成6年9月から平成9年1月までの2年5ヵ月間に当院に入院したアルコール依存症者のうち、集中内観前後にCMI健康調査表を実施した者146名(うち、女性5名)で、年齢24歳〜60歳まで、平均年齢は46.5歳です。方法は、入院後約1ヵ月経過した頃を内観前とし、退院一週間前を内観後とした、合計2回、2名〜8名の集団で実施しました。


CMI健康調査表の身体的自覚症プロフィール  これは身体的自覚症の平均値をプロフィールにしたものです。白丸の点線が内観前で、黒丸の実線が内観後です。内観前より内観後の方が小さくなっていることがはっきり分かります。項目でみますと、他の項目に比べて、集中内観前後ともに大きな項目は、下の方の「Lの習慣」で、内観前では44%であり、内観後には33%となっています。習慣の項目は、アルコールやタバコ、睡眠や時間的な余裕のことについて質問しているもので、内観前はアルコールはもちろんのこと、慣れない入院生活で眠れなかったり、時間的な余裕など持てなかったものが、内観後には少しは時間的余裕を持てるようになり、入院中は飲酒をしていないので内観前に比べて、自覚症状が小さくなっているようです。また、心気症的症状の質問が多い項目は「Cの心臓脈管系」「Iの疲労度」「Jの疾病頻度」の3つの項目で、集中内観前後で4%から10%程度の変化が認められます。これは、内観により「疲れきってしまう」「いつも病気がちで不幸」などの心気症的な症状がなくなったためと考えられ、内観の効果と言えるのではないでしょうか。しかし、身体的な自覚症状 は、内観療法だけではなく薬物療法などの効果の方が大きいと考えられます。


CMI健康調査表の精神的自覚症プロフィール  これは精神的自覚症状の平均値をプロフィールにしたものです。白丸の点線が内観前、黒丸の実線が内観後です。上から3段目の「Oの不安」の項目は、内観前に24%だったものが、内観後には20%で、他の項目に比べ、ほとんど変化がありませんでした。これはこの項目の中で、精神病院の入院既往を聞いているため、検査時には当院に入院しているので「精神病院に入院したことがありますか」という質問に「はい」と答えた人が多く、避けられないことと思われます。けれども、精神病院入院既往があるにもかかわらず「いいえ」と答えた人もおり、アルコール依存症者の否認がうかがえます。その他の項目は、全て内観後の方が内観前に比べ 8%から10%程度小さくなっています。これは、内観によって精神的に落ち着いたことを表しているようです。


CMI健康調査表の神経症判別図  CMI健康調査表は、神経症の判別にも利用されます。この図はその判別図です。これは、身体的自覚症の項目のC心臓脈管系、I疲労度、J疾病頻度の3つの項目の合計(C,I,J)を縦軸に、精神的自覚症の合計(M−R)を横軸に表しています。T領域は心理的正常、W領域は神経症と判定されます。白丸が内観前、黒丸が内観後です。平均値をみますと、内観前は(C,I,J)が 5.5(M−R)が12.5となりV領域にあります。どちらかといえば神経症の可能性が強くなっています。それが内観後には(C,I,J)が 3.6(M−R)が 8.4となってU領域へと変化して、どちらかといえば心理的に正常な範囲となっています。


CMI健康調査表の領域の変化     (%)

内観後
領域 T U V W


T
17(12) 4(3) 1(1) 0(0) 22(15)
U
18(12) 17(12) 5(3) 2(1) 42(29)
V
16(11) 20(14) 11(8) 2(1) 49(34)
W
2(1) 6(4) 12(8) 13(9) 33(23)
53(36) 47(32) 29(20) 17(12) 146(100)
アルコール依存症者

 この表は、神経症判別図で領域を調べ、それを内観前後で比較したものです。内観前に多いのはV領域で146名中49名(34%)認められました。それが内観後にはV領域は146名中 29名(20%)に減少しています。内観後に多いのはT領域で内観前146名 中22名(15%)であったものが、内観後は146 名中53名(36%)に増えています。いちばん多いのは、V領域からU領域への変化で146名中20名(14%)認められました。また、神経症のレベル(V、W領域)から心理的正常レベル(T、U領域)への変化は合計30%認められ、内観により精神的な落ち着きを取り戻したと言えるのではないでしょうか。反対に、心理的正常レベル(T、U領域)から、神経症のレベル(V、W領域)への変化が合計5%認められていますが、これは、内観前は自分の身体のことなど何も考えておらず、全ての症状、質問に対して「いいえ」と答えているものが、内観後には自分の身体を痛めつけていた自覚が出てきたため、V、W領域へ変化した場合もあります。また、検査の前日に家族や病棟でのトラブルがあり、イライラしていた場合もあり、このような場合は領域が神経症レベルになることがあります。それにしても、内観前のT領域は146名中22名(15%)であったものが、内観後には146名中53名(36%)と2倍以上になったことは、注目すべき変化です。


CMI健康調査表の特定精神的項目の変化  (%)
項目 内観前 内観後
憂うつ 22(15) 0(5)
希望がない 21(14) 14(10)
自殺傾向 32(22) 16(11)
神経症の既往 15(10) 9(6)
精神病院入院既往 65(15) 69(47)
家族精神病院入院既往 12(8) 17(12)
易怒性 63(43) 34(23)
脅迫観念 15(10) 8(6)
理由のないおびえ 9(6) 2(1)
なし 32(22) 54(37)
アルコール依存症者146名

 CMI健康調査表では、特定の精神的項目をチェックできるようになっています。この表は、これらの項目の質問に 「はい」と答えた数です。多いものは5番目の精神病院入院既往で、内観前には146名中 66名(45%)であり、内観後には146名中69名 (47%)となっています。精神病院入院既往は、現在入院しているので「はい」と答える人が多くなることは当然ですが、内観前よりも内観後の方が多くなっています。これは、内観前は自分が精神科に入院している(入院していた)という自覚がなかったり、否認があったものが、内観後はそれを認めたことの表れと言えます。家族の精神病院入院既往も同様に、内観前は146名中12名(8%)だったものが、内観後に146名中17名(12%)と多くなっています。知られたくないという気持ちから、正直になる気持ちへの変化だろうと考えられます。また、その他の項目については、7番目の易怒性が内観前には146名中63名(43%) であったものが、内観後には146名中34名(23%)に変化しています。内観前に、易怒性の質問に「はい」と答えた人が多いのは、アルコール依存症者の特性を示していると言えるのではないでしょうか。けれども、内観前と比べて内観後の方は半数近く少なくなっています。その他の項目も、内観前に比べて内観後の方が10%程度の減少が認められていますが、易怒性の減少は、倍の20%認められ、他の項目に比べて著しく減少しています。内観をすることで精神的に安定して穏やかになっていることがわかります。


CMI健康調査表における自覚症の変化


まとめ

1.身体的・精神的にも、内観前より、内観後の方が自覚症状が少なくなっている

2.アルコール依存症者の特性として、内観前は易怒性や神経症傾向が認められたが、内観後には、精神的にも穏やかで、心気的訴えがなくなり、心理的正常傾向へ変化した

3.身体的自覚症状に対しては、薬物療法などの効果が大きいことは当然であるが、心気的な身体症状には内観が少なからず影響を与えている

 まとめとして、CMI健康調査表は、身体的・精神的自覚症を探るための検査です。私達は、内観療法が精神的な作用だけでなく、身体的にもどのような影響を与えているかを調べるためにこの検査を実施しました。身体的にも精神的にも内観前より、内観後の方が自覚症状が少なくなっていることがわかりました。また、アルコール依存症者の特性として、易怒性があり、神経症傾向が認められることがわかりました。それが内観をすることで精神的にも穏やかになり、心気的訴えがなくなり、心理的正常傾向へと変化したことがわかりました。身体的自覚症状に対しては、内観療法以外の薬物療法などの効果が大きいことは当然ですが、しかし、心気的な身体症状には、内観が少なからず影響を与えていると考えられます。


出典:第57回鹿児島県精神科医部会総会・研修会     発表者:川内知子

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