内観療法

 内観療法は森田療法とともに、日本で生まれた数少ない精神療法のひとつである。
 過去の自分の行動や生活態度を対人関係を通して振りかえり、真実の自己を発見することによって、さまざまな気づきや洞察が得られる。それが心身症や神経症、うつ病や心因性精神障害の回復に有効であるばかりでなく、さまざまな嗜癖行動(アルコ−ル依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症、摂食障害、ショッピング依存症、虐待、共依存など)や不登校、家庭内暴力、無気力症候群、アダルト・チルドレンの回復などにも有効なことが認められるようになってきた。
 すでに日本内観学会は1978年に結成され、医学、心理学、教育、企業、宗教など幅広い分野の実践や研究が行なわれている。今や欧米をはじめとして世界9ヶ国に普及して注目されており、1997年9月には第3回内観国際会議がイタリで開催されて、その熱気あふれる雰囲気は将来の発展性を十分に感じさせるものであった。
■内観療法の条件と技法

 内観療法には一定条件のもとで1週間を基本として行なわれる「集中内観」と日常生活のなかで継続的に短時間ずつ行なう「日常内観」とがある。
 集中内観の基本的技法は和室の隅を屏風で仕切り、そこに自由な姿勢で座る。午前6時より午後9時まで1日15時間、内観だけに集中して7日間を1ク−ルとする。指導者の面接は1〜2時間おきに行なわれ、1回の面接時間は3〜5分間程度である。指導法は小学生時代より現在までを3年間ずつに区分し、まず最初に母親を対象人物として
(1)してもらったこと
(2)して返したこと
(3)迷惑をかけたことの3つのテ−マについて具体的事実を想起するように指導する。対象人物は現在までの生活で人間関係が密接であった人を次々に選ぶが、特殊なマイナス感情を抱いているような人物は、内観の後半時期になってから対象とする。

■内観療法の有用性

 内観療法の指導は型通りの指導技法に沿って開始される。「小学1年生から3年生までにお母さんに(1)してもらったこと(2)して返したこと(3)迷惑をかけたことを具体的に思い出してください」という具合である。
 このように限定された思考様式で自己を見つめることを求めているが、決して道徳的・倫理的な固定観念を押しつけようとするものではない。あくまでも対人関係が密接であった母や父などの対象人物を通して、客観的な立場から自己を観察するための技法であり、人間関係における貸借対照表の意味をなしている。
 (1) 「してもらったこと」について内観をすると今まで自分一人の力で生きてきたつもりでいても、いかに多くの事をしてもらっていたかに気づかされる。それは内観者の対人関係において、大切に育てられ支えられてきた愛情体験の発見につながり、改めて自己の尊厳さを見出し、自己肯定感が得られる。しかし一方では他者にしてもらうことばかりの連続であったことに気づき、自己の依存性の強さや未熟さを自己像として認識させられる。こうして他者中心の知覚の仕方で見ていくと他者像の認知も大きく変化して、他者を共感的・肯定的に受け入れることができるようになる。その時、他者に対して感謝と償いの気持ちを抱かせるまでにいたる。

 (2) 「して返したこと」を調べると「してもらったこと」の多さに比較して、何ひとつお返しをしていないことに気づかされる。その時、自己の役割の未熟さや相互交流の未熟さを思い知らされることになる。さらに自己中心性や自己の依存性の強さをより明確に認識させられる。
 (3) 「迷惑をかけたこと」に最も重点をおいて調べるように指導する。このテ−マによる想起は、他者からの十分な愛情体験をもちながらも、それに対する裏切りとしての迷惑行為の多さが、ほとんどの内観者にそれまでの自己イメ−ジの崩壊をおこさせ、自己否定による真実の自己発見となる。ここでは自責的思考様式で徹底的に罪悪感が強化され、救われ難い苦痛な局面を迎えるが、しかし日常生活のなかに存在する身近な他者による愛情体験の発見が、この限界状況から破綻をまねくことなく逆に支持する作用をもっている。
 ここに内観の愛と罪責感の相乗効果が生み出されており、この2つが内観療法の中核をなしている。この罪責感は愛情体験と表裏一体の組合せで感得されているもので、日常的な罪悪感やうつ病などの病的な罪悪感とは異質なものである。そのために、うつ病の患者に内観療法を適用することも決して稀ではない。

■内観後の変化

 このような真の自己発見や気づきは、指導者の説得や説諭によるものではなく、繰り返し自己の過去の体験を調べることによって自力的に発見されたものであるだけに自由で力強いエネルギ−を生む。多くの内観者が苦しんできた症状が1週間の内観療法期間中に、少しずつ軽減してきたり、完全に消失することもある。
 また内観者の自覚としては「これではいけない、何とかしなければ」という思いにかられるようになる。それは生かされてきた愛の恵みに対する感謝と喜びと同時に今までの自己中心性や未熟さを脱却して社会的なおとなへの自己変容と自己実現を意味している。そして自由で自発的で積極的な行動を引き起こすことが可能になる。こうして集中内観が終了したら「日常内観」を継続するように指導する。

出典:治療Vol80.No3 TOPIC 「内観療法」