創刊にあたり

 昭和四十七年七月、病院を開設して以来、何百人の人々が入院して、退院していったことでしょう。
 昨日も二人、今日も一人の入院患者さんがありました。 そして明日は二人の患者さんの送別会があります。迎え入れる人、送り出す人、数え切れないほどの人々とともに、この病院の中で、ともに春夏秋冬を生きながら、ただ私一人だけはいつまでもこの病院の鉄格子につながれて、出て行くことの出来なぃ人間なのだと言うことに気付きはじめました。
 今夜も、十人ほどの人が保護室で禁断症状と戦っています。AL棟では、開放病棟ゆきを今か今かとイライラしながら待っている人もおり、開放病棟には、初ての外泊を前にして眠れずにいる、そんな羨ましいほどの人もいます。一方、重患室には家族に付き添われ、意識もうろうとして衰弱し切った患者さんが、酸素ボンベから鼻の中にチューブを入れて生死をさまよっております。高熱を出して、氷枕をつけてうなっている年老いた患者さん、眠ることも出来ずに見守っている看護婦さんがC棟の二階で、じっと脈をとったり、血圧を測ったりしていてくれます。
 いつも、何年経っても、この病院では、こんな姿がくり返されているのです。面会の時、家族を困らせて帰りたいと言い張った人が、今はスヤスヤと眠っています。早く落ち着いてくれればよいがと、祈るような心境です。内観で疲れた身体を、ひっそりと、薄い布団にくるむようにして眠っている人、明日は、きっと素晴らしい内観をしてくださるでしょう。お願いします。神経を集中して、頑張ってくださいね、と声にならない言葉をかけて、夜、十一時の巡視を終わりました。
 今、やっと、静かな時間を迎えました。しかし、重患室の患者さんのこと、高熱の老人のことが気がかりです。さえ渡る月の光にC棟もAL棟も静かに見えます。ああ、今日も、まだまだ穏やかな一日だったと言えるな、と自分を慰めながら、退院して行ったあなたのことを思い出しています。
 今日も、静かで、安らかな一日であったことを信じつつ、私も、間もなく布団にくるまって眠るつもりです。四人の子供達の可愛らしい寝息を、そっと聞きながら、疲れ果てた妻の寝顔をのぞき込むとき、ありがとう、いつも無理を言って、わがままな夫であり、父親であることを詫びています。内観所の一階には年老いた父と母が、もう静かに眠っていてくれます。
 あなたの明日のすがすがしい朝、私も元気よく起き出して、一日中、てんてこ舞いしながら、精いっぱい頑張るのです。今日も、何とか元気で、安らかに眠れます。ありがとうございます。あなたの寝顔が病棟にいる時のようにはっきりと思い山されてきます。月はいよいよ蒼くさえて、風ひとつない静かな夜が更けてゆきます。


出典:鹿児島県竹友断酒会機関誌「竹友」創刊号「創刊にあたり」