社会不安障害の1例
症例:UT 33歳 女性 無職
主訴 | 自然に振る舞えない 周囲の人と自然に話ができない 人が怖い 客は自分を見ると変だと思って、逃げ帰りたい気分で何もできない。 |
家族歴 | 父健在で高校英語教師。 母健在 姉1人 妹1人。 |
生活歴 | 小規模な私立小学校入学。 母の信念で病気の時でも薬をのませない、玄米・菜食とテレビ・冷蔵庫・洗濯機のない生活。 小学6年から中学1年まで父のイギリス留学について行く。 大学時代は姉と同居、母親の生活習慣に従っていた、社会的交流は少なかった。 |
既往歴 | 大学卒業後レストラン店員となる。 過呼吸発作を繰り返し、精神科通院治療。 帰郷して会社勤務していたが、時々、易怒、易興奮傾向があった。 |
現病歴 | 31歳時;職場の配置転換後、月2〜3回胸内苦悶。 農薬のついた野菜があるのでスーパーマーケットが怖い。 内服薬にも罪悪感、母親には嫌悪感があり、台所に入れない。 うまく協調し共同作業ができない、日常生活を自然に振る舞えない、いちいち考えてしまう。 周囲の目を気にする、私は何もできない、何も分らないと思ってしまう。 お客さんが私を見ると変だと思って逃げ帰りたい気分になるだろうと思う。 他の人と自然に話ができない、不安になる、発汗、赤面や震え、周囲の人が怖い。 33歳時;うつ気分、不安感、恐怖感が強くなり退職。 1人暮らしにも不安があり、母親を嫌悪しながらも親と同居生活を始めるが、1日1日の生活が苦しく、当院の内観療法のことをインターネットで知り受診した。 投薬はせずに外来通院で経過を観察しながら1週間の集中内観を行った。 |
1.内観記録(要旨)
1日目 | 母 | 髪をいじる癖があり内観に集中できない。 手作りのプレゼントや手紙をもらった。 母には複雑な感情が強い。 |
2日目 | 母 | して返したことが少なくて、申し訳なく思う。 |
父 | 仕事に出ていた印象だけで、断片的な記憶しかない。 | |
3日目 | 父 | 経済的に支えてもらい、困った時には必ず手を差し伸べてくれたことを改めて思い知らされ涙が出た。 素直に感謝の気持ちが持てた。 |
4日目 | 姉 | 頼りきっていた。 姉と母も仲が悪く、やはり家はどこか問題があると悲観的にみていたが、それは間違いだった。 自分の対人恐怖、ふれあい恐怖も父母や姉の影に隠れて自発性が欠けていたためだと思う。 |
5日目 | 妹 | 母と喧嘩している姿を見せて申し訳ない。 早く精神的に自立したい。 |
彼 | 私の欠点を諭してくれて、徐々に地に足がついた生活が身につきつつある。 とても感謝。 |
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6日目 | 母方祖父母 | 私の病気・治療のことも受け入れ、応援してくれて感謝。返したことが何もなく申し訳ない。祖母は健在。顔を見せに行くように努めたい。 |
7日目 | 父方祖父母 | 迷惑もかけたが、なくなる前に少しでも手伝いができていたことがわかり少しほっとした。 |
親戚の人 | 色々なところで、本当にお世話になっていることに気づいた。 | |
終了して気づいたこと | 自分がつらかった、苦しかったと思っていたことが、感謝すべきことに比べて、いかにとるに足らないことかと思った。 姉、私、母がうまくいかないのも成長過程に過ぎないのだろうと思ったことも大きかった。 学生時代と変わらない生活態度を切りかえ、両親をいたわり恩返ししていきたい。 自分も新しい家庭が作れるように成長したい。 |
2.内観後の心理社会的変化(内観終了後6ヵ月経過)
3.予後
(1) | 内観療法の基本的な治療効果が認められ、症状はほぼ軽快した。 しかし時々ある不安状況に対して認知行動療法が有効であろうと予想して「思考記録法」によって自動思考の妥当性の吟味を開始した。 思考記録用紙に記入することによって「気持ちが切りかえられるようになる」とのことで、さらに症状は改善された。 |
(2) | 治療開始より治療終結まで8ヵ月。 その後、治療終結後3か月で中学校教師として採用され英語教師として問題なく就労している。 |
(この症例報告は本人の承諾を得ている) |
内観療法の治癒機制
3項目のテーマは「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」の事実を想起することによって、それぞれのテーマによる効果が相乗効果を示すところに治癒機制の原則がある。
しかしながら、耐え難く強い自己否定は、一方で「愛情発見」による自己肯定感とのバランスによって、うつ病などのような病的な非現実的で閉鎖的な罪悪感に陥ることはない。内観による罪悪感は、現実的で具体的な事実に基づくものであり、健康な「現実開放的罪悪感」であると言うことができる。その結果、患者には申し訳ないという具体的な謝罪の気持ちが湧いてくる。さらに、自分がかけた迷惑を他者は今もなお許し続けてくれていたことに気づくと、罪悪感はさらに強化されるとともに他者から受けた愛の大きさに気づかされる。愛情発見と罪悪感の関係を図1に示すと、これは車の両輪のように相乗効果を示しながら増幅されて、内観を深化させ、その効果を拡大していく重要な要素になっている。「真実の愛情発見」と「現実開放的罪悪感」との相乗作用によって、基本的・原則的な認知の変化が認められている。
「真実の愛情発見」と「現実開放的罪悪感」との相乗作用は以上のような認知修正によって、精神・身体症状の改善消失が認められているが、さらに行動変容のエネルギーにもなっているので図2に示した。この相乗効果は自己及び他者の認知を修正することによって、心の充足と癒しの効果となるので他者を愛することができるようになる。
以上のことから、無意味・無価値な行動の抑制・消失と意味ある、価値ある行動が促進されて現実への適応や自己実現が可能になる。
出典:臨床精神医学第35巻第6号「神経症圏障害の内観療法の原則」より抜粋