学校保健に、今まさに精神科医が期待されている

 学校保健の中で精神科医が担当するべき領域はあったにもかかわらず放置されてきた。

 ところが、昨年の神戸における中学生の連続殺傷事件以来、今までの問題とは異質な事件が続発しはじめた。最も記憶に新しいのは栃木県の中学女教師が生徒に刺されて死亡した事件や東京都での中学3年生の少年がナイフで警官を襲撃した事件などである。

 従来、中学高校などでの問題はいじめや校内暴力、不登校、非行やシンナーなどの薬物乱用などが注目されてきたが、ここにきて、さらに問題は深刻化してきた。
どの問題をとりあげても大きな社会問題であり、精神科医が無関心でいられることではない。
さらに問題は低学年に波及して、すでに小学校でも始まっている。
いわゆる「授業妨害」などである。
授業中に席に着かず、教室の中をウロウロ歩き回ったり、教室を抜け出す。
教師に怒鳴りかかったり、物を投げつけたり、教材を破り散らしたり、もはや“学級崩壊”に追い込まれている状況もめずらしくない。
 学校保健は従来、環境衛生と身体の保健のみが対象となってきた傾向が強い。
戦後の栄養不良の状態や流行性疾患の対策が主なものであったようだ。
これらの対策は現在でもO157など、その役目をはたし終ったとは言えないが、今や学校保健は「心の健康」が最重要課題になってきたと思われる。

 たまたまタイムリーに「鹿児島県医師会報平成10年2月号」では“学校保健−学校保健の現状と問題点”を特集している。
担当理事である池田琢哉先生は4大項目をあげ
  1. 感染症
  2. 心・腎検診
  3. 生活習慣病(小児成人病)健診
  4. こころの問題
        を重視している。
そこには「平成8年に出した日医の学校保健委員会の答申の中に不登校、暴力、いじめ、非行等に関連したこころの問題がとりあげられた」として文部省はスクールカウンセラーの配置による対策に乗り出しているが、学校医としては、協力医として精神科医に参加してもらいたい意向を強調している。

 各市郡医師会の担当理事の報告を「こころの問題」との関連でみると

鹿児島市
医師会
小児生活習慣病予防検診の状況について報告し、鹿屋市医師会は小児成人病健診検討委員会の発足について、最後に「子供達の心身両面、殊にメンタルな面の健全な育成が急務であると結んでいる。
枕崎市
医師会
「不登校やいじめなどはないのか、校医に直接聞こえてこないきらいがある。きちっとコメントできる学校側からの情報が欲しい「集団生活に対する不適応−保健室逃避・不登校が増えつつある。
抗不安剤の投与のみで改善する例もあると思われるが、時には専門的カウンセリングを必要とすることもある「児童心理学の専門家や精神科医師の助けが欲しいとの切実な声が出されている。
大口伊佐
医師会
「学校内の話題として、O157による食中毒、いじめ、登校拒否、薬物乱用等があげられているが相談を受けたこともなく、ほとんどが事後処理として報告を受けるのが現状である医師の方にも時間的余裕がなくなっていることなど、現実的な苦悩が述べられている。
指宿市郡
医師会
「健康相談の方は少し心もとない。最近は不登校やいじめの問題など子供達の心の内面の問題やスポーツ医学の分野の問題まで学校医に求められるようになっており、精神科や産婦人科、整形外科的な幅広い知識が必要とされていると課題を提出している。
揖宿郡西部医師会 報告の4分の3を費して「こころの健康」の問題を論じているのが注目される。
「現在最も重要なものは自殺、不登校、保健室登校に象徴される“いじめ”の問題」であるとし、そのような子供達を受けとめるのは養護教諭しかいないが、学校医にコンサルトされた時、一般内科医や小児科医では的確な対応ができない。
精神科医や心療内科医の学校保健への参加がなければ、責任ある解答が見出せない現状にありながら、このような子供達は年々増加しており救いを求めていると深刻な現状に警鐘を鳴らしている。
出水郡医師会 毎年「心のシリーズ」と題して講演会を行っている。「いじめのSOS」、「こどものしつけ」「子供とのつき合い方」などの講演が今までに行われており、本年度は精神科医の講演を予定しているとのことである。
姶良郡
医師会
報告の2分の1以上を費して「心の健康」について提言を行っている。
しかし「総論は解っていても、いざ各論に及ぶと実践が伴わないと心の問題の取り扱いの困難さにとまどいながらいじめ、暴力、不登校など山積みしている状況を打開するには、学校、地域、家庭の三者協力が望まれるとしている。
姶良郡医師会のもう1人の担当理事も「これからの学校保健は、不登校、いじめ、薬物乱用、エイズ等の難題が次から次へと控えており、もはや学校、学校医、家庭、地域が連携して一体とならなければ解決できなくなっている」と提言している。
 このような学校保健に関する報告を見ると精神科医が如何に期待されているかが分る。
特に薬物などを使用しないカウンセリングのような作業は、一般の医師にとっては最も困難な作業であるに違いない。
しかし、今、学校保健の領域から精神科医の活躍を具体的に要望されているのだが、はたして、どれほどの結果を残すことができるであろうか。
学校保健における精神科医のツリートミント・メゾットは確立していない。
まさに今からマニュアル作りをしなければならないのだが、まず手始めに何から始めればよいのか。
今ここで、真剣に精神科医としての活動を開始しなければ、将来の学校保健に大きな悔いを残すことになりはしないか。
今は、ただこれだけの提言しかできない状況である。


出典:鹿精協会報弟84号「学校保健に、今まさに精神科医が期待されている」(1998年3月)