『共依存とアダルトチルドレンの回復のために』


 従来、日本ではアルコール依存症の生物学的研究と患者本人の治療や地域における支援などが研究されてきたが、アメリカでは1970年代に家族システム論が展開されるようになって家族に関する研究が急速に進んできた。
家族システムを維持するために家族メンバーの中から病気になる人(identified Patient=IP)が現れ、飲酒問題が家族システムに防衛的に働くようになり、飲酒行動を持続させるように支え続ける「支え手 enabler」の存在がクローズアップされてきた。
IPとenablerの相互依存関係が共依存であるが、この共依存という関係嗜癖が1次的嗜癖となってその他のあらゆる嗜癖が2次的に発生してくるとの考えをSchaef.A.W(1987)が示した。
アルコール依存症の回復や再発予防のためには共依存の回復が重要な課題である。
演者は毎月1回『家族教室』を開いて@アルコール依存症の正しい理解A共依存、enablerの自覚とアルコール依存症者に対する正しい対応の仕方Bアダルトチルドレンの認識などのために約1時間講義をし、引き続いて共依存からの回復のための家族ミーティングを1時間行っている。
毎回の参加者は7〜8人から20人前後である。
 共依存関係にある家庭は常に緊張状態にあり、このような雰囲気の中で育てられる子供たち(Children of Alcoholics=COA)には情緒的・社会的に問題が多い傾向が指摘されるようになった。

このCOAがおとなになって日常生活の中で多くの「生きづらさ」を抱え、悩み続けている人びとをAdult Children of Alcoholics=ACOAと呼ぶ。
このACの概念はさらに拡大されてアルコールには無関係で虐待する親(Abusive Parent)や機能不全家族(Dysfunctional Family)の場合にも同じような現象が認められることからACOAPとかACODなどとも呼ばれている。
これらのACは共依存やAddictionになる確率がきわめて高いことも知られており、世代間伝達と呼ばれている。
このようなアルコール依存症のハイリスクグループであるACのために演者は一般市民を対象とした『AC講演会&ミーティング』を月1回開催している。
参加者は40人から 100人程度でACの人たちをクローズドACミーティングに案内する活動をしている。
講演会は約1時間30分でACOAやACODに関する正しい知識を伝えることと、さまざまな事例を示しながらより理解を深めることを重視している。
さらに1時間30分かけて、その場でオープンミーティングを行う。
何人かの人に自分の幼児期からの物語を語ってもらったあとで「グリーフ・ワーク」を行う。
主にイメージセラピーとして、トラウマの場面をイメージしながら、その時言えなかったことを相手に言ったり、自分のインナーチャイルドに言ってあげられなかったことを言ってあげながら自分で自分を癒していく作業をする。


 さらに演者は、内観療法の技法を取り入れて、相手(両親)から「してもらったこと」の事実を想起する作業にも時間をかけている。
例えば、食事をして腹いっぱいになって、うつらうつらしているようなわずかな時間の体験を親からの愛情体験として受けとめるようなメディテーションで心身のリラクゼーションをはかる。
このような集団療法的な操作によるオープンミーティングのみの繰り返しでもずいぶん気持が楽になってきたと言う参加者もいる。
現在クローズドミーティングは昼の部を鹿児島県精神保健福祉センターで、夜の部を鹿児島市中央公民館で行っているがクローズドミーティングには演者は介入しないことにしている。
この講演会に参加していた宮崎県の3人が、この2月に宮崎ACグループを結成するまでに至った。
 演者はインターネットにホームページを開いているが、最近では3日に1本の割合で、共依存やACに関する相談のEメールが届いている。
その相談に応ずる作業にも追われている。
いずれも「どうすれば回復できるのか」という相談が圧倒的に多い。
共依存やACの概念は普及したが回復についての手だてが不十分である。
共依存であるenablerのアルコール依存症者への対応の仕方は知識として分っても、共依存から回復していなければ、知らぬ間にまた同じことを繰り返してしまう危険性も高い。
共依存とACからの回復のための操作として、Zupanicは@子供時代の喪失(AC)を認めるA否認してきた感情を表現し親との分離をはかるB自分が自分の親代わりになることをあげている。
Woititzは@ 脱愛着(親離れ)A他者の行為に対する自分の反応を変える作業をあげている。
斎藤学は@ACの自覚(ジェノグラム)A安全な場所の確保(ACミーティングなど)B悲嘆の仕事(グリーフ・ワーク)C人間関係の再構築(エンパワーメント)などをあげている。
西尾和美はグリーフ・ワークにさまざまな工夫を加えて体験療法と呼ばれるようなリチュアル(儀式)ジャーナリング、アートセラピー、イメージセラピー、メディテーション、サイコドラマを組合せたリプロセスなどを試行している。
演者はネグレクトや心理的虐待に対しては特別な操作を加えずに内観療法を実施している。
直接的な身体的虐待を受けたACに対しては、ひとまずグリーフ・ワークをして内観療法に導入することで効果をあげている。
内観療法は自己と他者との対人関係のなかで「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑かけたこと」を小学1年生から経時的に、多くの他者との関係で多面的に自己を調べる作業である。
自己と他者を明確に区分しながら調べることは@分離個体化の確立やA対人関係の境界を明確化することに効果的である。
さらに「してもらったこと」の多くの気づきは相手(親)からの愛情体験の発見につながりB自己肯定感や自己の尊厳さの自覚が得られる。
また他者からの愛の発見はC他者を肯定的に受け入れることができるようになる一方で、「して返したこと」の少なさや「迷惑かけたこと」の多さに気づくと、やるべきことをやっていなかった1人のおとなとしての健全な罪悪感がD自己の役割と自己責任を自覚させ個の確立をうながすとともにE他者に対する感謝と償いの気持をおこさせてF新しい対人関係の構築に有効に作用してくる。
内観療法のこのような作用が共依存やACの基本的な回復のために有効に作用していると考えられる。
また、抱えている問題が深刻な場合は内観療法の3日目ごろまでは3つのテーマのうち「してもらったこと」のみを調べるように指導する工夫も必要であろう。

出典:第十回九州アルコール関連問題学会鹿児島大会シンポジウム
   「アルコール依存症の家族が抱える問題」の要旨

文献1) Schaef,A.W.:When society becomes an addict.Harper&Row,SanFrancisco,1987.
文献2) Zupanic,C.E.,Adult children of dysfunctional families:
Treatment from a disenfranchised grief.Death Study,18,1994.
文献3) Woititz,J.G.,Adult Children of Alcoholics,1983.
(斎藤学監訳)「アダルトチルド レン」金剛出版,1997.
文献4) 斎藤学:グリーフ・ワークとエンパワメント.現代のエスプリ,358,1997.
文献5) 西尾和美:アダルト・チルドレンと癒し.学陽書房,1997.