アダルトチルドレン9例に対する
内観療法の有効性

はじめに
アルコール依存症の研究が進むにつれて、その家族の問題がクローズアップされてきた。
アルコール依存症の家族の中で養育され、おとなになった人々には主に対人関係などに問題をもち“生きづらさ”をかかえて悩み続けている人Adult Children of Alcoholics (ACOA)が多いことが知られるようになった。
ACの概念は、さらに拡大して機能不全家族の中でおとなになった人Adult Children of Disfunctional Family(ACOD)たちもACOAと同じような悩みをかかえていることがわかってきた。
これらのAC9例に対して内観療法を適用して有効な結果が得られたので、その有効性について考察を加えた。

  病名・氏名・年齢・性別・職業 内観療法の適用と効果
家族歴   内観後の症者のことば
生活歴   著者による効果の評価
症例1 アルコール依存症、MT、51歳、男性、左官 父の酒のため悲しい子供時代であったのに、自分が妻子に同じ思いをさせていた。妻子への迷惑を今から償いたい
父はアルコール依存症、酒乱で母に暴力をふるう、幻覚が出現して74歳で自殺
幼児期から暴力のある暗い家庭で育った。若年より好飲、魚市場で朝から飲酒、内科に入院の繰り返し、幻覚などの離脱症状が出現、妻への暴力が絶えない。精神科入院2回 問題を直視し病識を確立して夫、父としての役割を自覚している
症例2 アルコール依存症、TH、30歳、男性、無職 女性不信、人間不信、母への恨みが完全に消えた。軽蔑し無視していた父も母も自分を見捨てずに支えてくれていたことに心から感謝したい
父はアルコール依存症、母(本稿の症例3)は養育歴からAC、自分の思い通りに抑え込む
幼児期から母の暴言暴力を受け、高校時代から飲酒、結婚も無理矢理させられた。当時よりアルコール依存症の傾向となり精神科入院6回 アルコール依存症の成因となった両親に対する陰性感情が消失して、愛情の発見と感謝に満ちている
症例3 共依存症、TJ、56歳、女性、主婦 長男(症例2)に対しては親の思い通りに育てようと厳しく、過剰な期待をかけた。自分勝手を押しつけて、可哀相なことをした。長男が私の防波堤になり、下の2人の息子たちは明るく伸び伸びと育っている
父は大酒家で母は自己中心で育児はほったらかし(養育の怠慢)の中で育った。夫と長男がアルコール依存症になった
両親、特に母に恨みや怒りを持ち続けていた。夫と長男に対して自分の思い通りに支配しようとする共依存関係になった。長男(症例2)の内観体験後の変化に驚いて内観を体験した 自己中心性と長男との共依存関係に気づき、健康な親子関係のあり方にも気づいている
症例4 共依存症・境界性人格障害、HM、35歳、女性、主婦 親に対しての愛情表現や夫やその家族への接し方が下手だった。父に対して自分がこだわり過ぎていた。夫も苦しんでいる。夫に対する心の整理がつき、やる気が出てきた
父はアルコール依存症、ギャンブル依存(競輪、競馬、パチンコ)母への暴力、不倫関係、サラ金からの借金があった。離婚直後に父が母を殺害した
父からの暴力性的虐待を受け一時拒食。看護婦になり結婚したが夫はアルコール依存症、その父もアルコール依存症で2人とも酒乱。2回の妊娠中とも買物依存となる。精神不安定、爆発性で夫とのトラブルが絶えない 今まで他罰的に生きてきた心の姿勢が全面的に柔軟になり、父や夫を思いやる心が生まれ、受け入れられるようになった
症例5 薬物依存症(主に有機溶剤とアルコール)、AY、29歳、女性、無職 子供を生んでみて、母が自分を育てるのに、どれほど苦労したかがわかった。母に子供の養育を頼んでいながら暴力を振るったり、母には心配迷惑をかけ、してもらうことの繰り返しだった
2歳の時両親離婚、母1人に育てられた
母には次々に愛人がいて養育怠慢、AYは邪魔者扱い、母親の性交場面をしばしば目撃していた。中学2年から喫煙、不登校、万引きなどの非行、異性交遊で高校中退17歳で結婚、2回離婚、自傷行為、自殺未遂5回 母を自分と比較して高く評価し、母の愛情の深さを知り、自分の未熟さを痛感している
症例6 ギャンブル依存(主にパチンコ、競馬、マージャン、カジノ)、MY、36歳、男性、無職 ギャンブル依存症というより根底にあった両親や弟に対する自分の思い込みやひがみの方が問題だった。申し訳ないことを続けてしまった
両親ともに怖い存在で母からの暴力を受けた
弟との差別がひどく迫害されていると感じていた。高校卒後にギャンブル、28歳頃よりスナック、高級バーに入りびたり、借金返済のためギャンブルに打ち込む悪循環であった ギャンブル依存症の成因となっていた両親や弟に対する心の問題を自覚できている。そして両親を受け入れることができて、精神的に安定している
症例7 ギャンブル依存症(主にパチンコ)、OH,65歳、女性、夫が経営する会社の事務長 養女に出した母のつらさや苦しみがわかり母に対する恨みが消えた。夫はおおらかなやさしい人なのにかくも嘆かせ苦しめた
同胞7人で5歳から14歳まで養子に出された
養子に出されたことで母を恨んでいた。常習的過量飲酒、58歳の時夫の女性関係が発覚して見捨てられを再体験、家を出て、ホテル住まいをしながらパチンコにのめり込む生活となる 実母を受け入れ夫の愛を確信して今までの2回の見捨てられ体験の疎外感や恨み、怒りを完全に消失させている
症例8 ギャンブル依存症(主にパチンコ)・アルコール依存症、TM、44歳、女性、主婦 いろいろと助けてもらっていたのに両親につらく当たっていた。自分がどれほど愛されていたかに気づいた。自分のだらしなさ、甘えの強さを知った。子供不孝をした。ぞっとする。夫は子供の面倒もみてくれない
父が母に暴力を振るうのを見て育った
義父義母の介護に夫や兄弟たちは全く協力せず孤立状態で、夫とは10年間家族内別居状態。常習的過量飲酒とパチンコにのめりこみ、不倫関係、自己破産宣告の手続中 両親からの愛情を発見して肯定的に受け入れ子供に対して母親(役割責任)が自覚されている。しかし夫や姑の内観は深まらなかった。
症例9 職場不適応=燃え尽き症候群、KS、52歳、男性、工場の管理職 仕事1本で家族のことなどは考えてもいなかった。妻子に寂しい思いをさせた。仕事以上に大切なものに気づいた。今からは家族のゆっくりした時間をつくり、社長とも時間をかけて話し合えば道が開けると思う
父は大酒家で浪費、母に暴力を繰り返す
中学時代は非行化、工場の管理職になって社長からの命令を全て引き受けてしまって過労、意欲低下、うつ気分となり飲酒量増加。 仕事中毒で視野が狭くなっていたことに気づき、価値観の変化がおこり、今後の健康な生活や仕事の進め方に自信がうかがえる。

考察
 症例1、2、3、4、9は親がアルコール依存症であるACOAで、その他はACODである。
親から直接的な虐待を受けたのは症例2、4のみである。
父が母に暴力を振るうなどのよくない人間関係(共依存)の中で養育されたのは症例1、3、8、9である。
その他はvan d-er Kolk (注1) がACの概念として提唱したもので、
親の養育の怠慢が症例5、養育の放棄が症例7、慢性的な強制や服従が症例6である。
いずれも親と子の対人関係のひずみを成因としてACは発生してくるものであり内観療法がおそらく有効に作用することは容易に予想された。
しかしながら、ACはどんなに「良い子」を演じていても、それだけに親に対する強い恨みや怒りの感情をもっている。
そのために、アメリカやわが国の一部で行われているACの回復プログラム(注2)で最も重要なステップとしてグリーフ・ワーク(悲嘆の仕事)という悲嘆や怒りの感情を解放する作業がある。
内観療法ではこのようなステップはないので、グリーフ・ワークを行った後に内観をする方が深化しやすいと予想される。
しかし、著者は内観にはグリーフ・ワークに匹敵する作用があることを確信して、この9例ではACに対する内観のみの効果を試すために内観以前に特別な操作は加えなかった。
ACは親にとり込まれて真実の自己を見失っているのでACからの回復で最も重要なことは個の確立と対人関係の改善である。
個の確立 内観は時間的条件、空間的条件、行動の制限など拘束性が強く、1人で孤独に耐えながら1週間続ける努力は自我の強化に役立つ。
さらに内観で対象人物に向き合う自分は自他の境界(バウンダリィ)を明確に区分しながら、分離固体化をはたす基本的姿勢をとり、個としての自覚が促される。
小学1年生の時からの想起で親からのほんのわずかな愛の発見でも傷ついた心を癒し、恨みや怒りを消失させることは先に提示した症例が示している。
愛された事実の発見によってACは自己の尊厳さと自己肯定感を回復しながら個の確立が推し進められる。
対人関係の改善 指導者との関係は受容的で内観者を最大限に尊重し支持的に指導が行われて、安心できる場が得られるとともに指導者との現実的に良好な対人関係を体験する。
親からの愛の発見によって親の認知も大きく変化して、共感性をもって肯定的に親を受け入れることができるようになる。
しかし、ACの親に対する被害感は強いので、内観の初期(3日目頃まで)は「迷惑をかけたこと」のテーマは出さないような工夫が症例によっては必要かもしれない。


出典:アダルトチルドレン9例に対する内観療法の有効性
文献 注1 van der Kolk,B.A.,Fisler,R.E.Childhood Abuse and neglect and loss of self regulation.Bulletin of the Meninger Clinic,58,.2(Spring),  1994.
    (注2)齋藤 学:,現代,358,183-195,1997