ギャンブル依存症の問題

 ギャンブル依存症の相談には
毎週月曜日水曜日に病院長 竹元隆洋が応対します。

「ギャンブル依存症」と題して
日本弁護士会及び司法書士等の
「クレ・サラ被害者対策研修会 全国大会」で
病院長 竹元隆洋が講演します。
演題を掲載しておきます。

ギャンブル依存症

竹 元 隆 洋(指宿竹元病院)

1. ギャンブル依存症の症状・病理

 ギャンブル依存症はWHO国際疾病分類第10改訂(ICD−10)の診断カテゴリーではF63「習慣及び衝動の障害」としてまとめられ、その中でギャンブル依存症はF63.0 病的賭博(Pathological Gambling)と記述されている。それに類似するものとしてはF63.1 病的放火、F63.2 病的窃盗、F63.3 抜毛症などがある。それらの疾患の基本特性としては、(1)明らかな合理的動機を欠く。(2)患者自身および他の人々の利益を損なう。(3)行動の反復性。(4)統制できない衝動に関連づけられるとされている。しかし以上の項目を満たしていたとしても、他の精神疾患のひとつの症候として現れる場合もあり、厳密な診断は困難である。現在なお医療の場で経験される症例は非常に少なく、特に我が国では十分な研究、検討がなされていない状況である。ギャンブル依存症(病的賭博)の診断ガイドラインとしては、(1)持続的に繰り返される賭博 (2)不利な社会的結果にもかかわらず持続するものとされている。医療機関を受診する当事者(患者)と家族の動機は、診断ガイドラインの(1)に示されるようにギャンブルを止められないのは病気なのかということ。次に(2)に示されるように消費者金融などから多額の借金をして返済不能になり本人も家族も困りはてているが、治療すればよくなるのかということである。この診断ガイドラインに従えばギャンブル依存症の成因や症状や合併症などの相違はあっても、病状が進行すれば多くの場合、多重債務に陥り(2)の状況になりやすい。この段階では返済不能な多重債務はギャンブル依存症の診断のひとつの大きなチェックポイントになると考えることができる。


2. ギャンブル依存症の成因

 ギャンブル依存症の成因は多くの嗜癖行動(依存症)の成因と同じように多くの場合、対人関係の問題があり家族システムを維持するために互いに相手を支配しながら依存しあう「共依存関係」が一次的嗜癖となっている。その対人関係のもたらす恨みや不安、緊張、抑うつ感、空虚感、孤独感などを自己防衛的にすりかえ埋め合わせようとして二次的嗜癖が生まれることをシェフ(Schaef 1987)
1)が提唱して、我が国でもその概念は定着してきた。二次的嗜癖にはアルコール・薬物などの「物質摂取嗜癖」とギャンブル、買物、暴力、仕事などの「行為過程嗜癖」がある。本論ではギャンブル依存症の成因となっている家族の対人関係問題とその重要な治療法として内観療法の有効性が認められ注目されているので、当院における入院患者40例について、その成因と治療成果について検討する。2)3)4)

表1 ギャンブル依存症の幼児期からの状態
幼児期の状態 人数
1 重症な身体疾患 10.0
2 親の人的環境 20.0
3 親との対人関係 12.5
4 特に父親の態度 13 32.5
5 父の精神疾患 12.5
6 特に問題なし 12.5
  合計 40 100.0

. 成因となりやすい幼児期からの状態(表1)

 
40例の平均年齢39.3歳、男性28例の平均年齢36.8歳、女性12例の平均年齢45.0歳であった。ギャンブル依存症40例の成因となりやすい幼児期からの状態について表1に示した。 (1)本人の重症な身体疾患4例(10%)は、心臓病手術や左眼摘出、腎臓病などのため劣等意識や将来への希望もなく悲観していた。(2)親の人的環境に問題があった8例(20%)は実の親が不在で養子、親が死亡して片親、継母、義母に養育されていた。さらに(3)親の共働きなどのため親子関係が希薄で寂しい生活環境であった5例(12.5%)は、親の愛情不足のため見捨てられ体験をもちながら大人になるまで孤独感や孤立感を持ち続けてきた。(4)特に父親の態度に問題があった13例(32.5%)は幼児期から父親が支配的で厳格な態度のため叱られてばかりで暴言、暴力、性的虐待を受けたり、兄弟間で差別を受けたりしながら怯えていた。そのため父親に恨み、憎しみの感情や不安や緊張感や攻撃的感情を大人になるまで引きずって強い影響を受けてきたようである。(5)父親がアルコール依存症やギャンブル依存症、うつ病などの精神疾患をもっている5例(12.5%)は、病気のため健康な親子関係が失われた体験であり、理不尽な母子に対する暴言、暴力が続いていた。このような生活環境は(4)の父親の態度と同じように子どもの成長に取り返しのつかない影響を与え、いわゆる機能不全家族でみられる無力感や劣等感、自己肯定感の喪失などは、いわゆるアダルトチルドレン(AC)
5)6)となって、大人になってから生きづらさとなって苦しい生き方になってしまうことが多い。その苦しさを自己防衛的にすりかえ埋め合わせようとする対処行動の衝動にかられ、より強烈な刺激的な行動を繰り返す嗜癖行動となるが、ギャンブル依存症は、その代表的なものである。(6)幼児期に特に問題がなかった者は5例(12.5%)で、逆に40例中35例(87.5%)に種々の問題があったことが注目された。


. 発症前段階の状態(表2)

表2 ギャンブル依存症の前段階の状態
前段階の状態 人数
1 嗜癖行動 15.0
2 適量飲酒 12.5
3 父親との対人関係 12.5
4 ストレス問題 20.0
5 精神身体疾患 12.5
6 発症に関連したエピソード 5.0
7 前段階に問題なし 22.5
合計 40 100.0

 ギャンブル依存症の40例では、発症前すでに発症前段階の状態になっていた例が多く表2に示した。 (1)嗜癖行動の6例(15%)では、買物依存症、ゲームセンター、万引き、シンナーなどを小学・中学時代から繰り返していた。(2)過量飲酒の5例(12.5%)では、高校中退、夫の女性関係、夫と不仲、飲み屋通いなどであった。(3)父親との対人関係の5例(12.5%)は、高校の部活動をやめさせたもの、大学受験に3回失敗したもの、父親の会社での確執、対話ができないものであった。(4)ストレス問題の8例(20%)は、いじめや学業不振のため高校中退、交通死亡事故、仕事が専門的でストレス状態、国家資格試験に何年も不合格、夫婦不仲になり不倫、定年後不規則な勤務。(5)精神身体疾患の5例(12.5%)は、対人恐怖、非定型精神病で8回入院、子どもに虐待、夫の浪費や借金のためうつ状態、過食、パニック発作、うつ状態、感情失禁、一過性歩行不能、幻聴など多彩な症状を認めたもの、42歳からパーキンソン病の発症。(6)発症に関連したエピソードの2例(5%)は、恋人がパチンコ店に勤務、ビリヤード店の店員として勤務。(7)前段階に問題のなかったものはわずかに9例(22.5%)で、このことからもギャンブル依存症の発症前には、すでに多くの問題が出現していることが分かった。これらの発症前段階のうち(1)(2)はすでにギャンブル依存症以外の嗜癖行動が発症しており、精神的依存状態が出来あがっていたものである。(3)(4)は父親との対人関係によるストレスやその他のストレスがギャンブル依存症の成因ともなり、発症の促進因子ともなっていたものである。(5)は主に精神疾患のため精神的不安定性や思考力判断力の低下がギャンブル依存症の発症の誘因になっていた。


. ギャンブルの種類(表3)

表3 ギャンブルの種類
種類 人数
1 パチンコのみ使用 28 70.0
2 パチンコと他のギャンブル使用 22.5
3 パチンコ以外のもの使用 7.5
合計 40 100.0

 最も使われているのはパチンコであるが、40例中パチンコだけを使っているものが28例(70%)、一方、パチンコと他のギャンブルを2種類、3種類に使用するものが9例(22.5%)あり、競馬や競艇、競輪、ゲーム賭博、カジノ、マージャン、花札などを組み合わせていた。パチンコを全く使用しない3例(7.5%)は、ゲーム賭博、スロットマシン、競馬をそれぞれ単一で使用するものだった。地方によっては圧倒的にパチンコが多い。それはパチンコ以外に公営ギャンブルなどの施設がなかったからである。しかしながら最近では場外車券場や馬券場が開設されたり、インターネットを使用するギャンブルも普及しつつありギャンブルの様相も急速に変容しつつあり、あまりにも手軽になっている。


. ギャンブル依存症の合併症(表4)

表4 ギャンブル依存症の合併症
合併の状態 人数
1 嗜癖行動の合併 11 27.5
2 精神症状の合併 14 35.0
3 合併症のないもの 15 37.5
合計 40 100.0

 ギャンブル依存症の合併症としては主に精神障害が25例(62.5%)に認められた。それを2つに大別すると、嗜癖行動の群と精神的症状の群に分けられた。 (1)嗜癖行動の合併は11例(27.5%)で、そのうち過量飲酒が6例で多く、さらに過量飲酒に加えて暴力、不倫、買物依存症、万引きなど多種類の嗜癖行動を繰り返す多重嗜癖の状態になっていた。その他には、放浪と浪費、妻への暴力、不倫と家出とホームレス、家出とリストカット、買物依存症と家出などであった。いずれも多種類の嗜癖行動が組み合わされており、生活はきわめて混乱して生活の基盤が崩壊しているものが多かった。(2)精神的症状の合併は14例(35%)で、そのうちうつ状態やうつ病の合併が多く8例であった。これはギャンブルのため、多重債務を抱え込むことや家族の対人関係の悪化、さらにギャンブルを止めたくても止められない依存の悪循環による精神的疲弊、そして生活の困窮や生きがいの喪失、不安、自殺願望などがうつ状態、うつ病の原因になったり結果にもなっていたようである。その他、パニック発作、強迫性障害、躁状態、過食嘔吐などであったが、いずれもギャンブルによる精神的疲弊や不安や絶望が原因になっていた。(3)合併症のないものはわずかに15例(37.5%)で少ない。逆に合併症をもっている例が圧倒的に多いことが注目された。


 7. 多重債務の状況(表5)

表5 多重債務の状況
状況 人数
 1 消費者金融のみ 10 25.0
 2 消費者金融+親(友人+弟)
 3 消費者金融+友人
10 25.0
 4 消費者金融+会社借金 5.0
 5 消費者金融+ローン
 6 消費者金融+ローン+保険解約+親
5.0
 7 消費者金融+ヤミ金融
 8 消費者金融+ヤミ金融+親(友人)
15.0
 9 消費者金融+会社横領
10 消費者金融+親+会社横領
11 消費者金融+ヤミ金融+会社横領
7.5
12 ローンのみ
13 ローン+親
12.5
14 会社借金+親 2.5
15 土地借金 2.5
合計 40 100.0

 多重債務の状況になっていたものが40例中39例で、1例だけが自分の土地売買による代金を得て債務はなかった。消費者金融による債務は33例(82.5%)で、圧倒的に多かった。(1)消費者金融だけの融資を受けたものは10例(25.0%)。(2)(3)消費者金融に加えて親や友人の支援を受けたもの10例(25.0%)、その他(4)会社からの借金2例(5.0%)などもあった。(5)(6)は消費者金融とそれ以外のローンを利用したものが2例(5.0%)。(7)(8)は消費者金融に加えヤミ金融によるものが6例(15.0%)あり、日常生活は追いつめられて深刻な状況になっていた。(9)(10)(11)は消費者金融に加えて会社の資金を横領したものが3例(7.5%)あり、遂には犯罪に手を出す例もあった。(12)(13)は消費者金融以外のローンを利用したものが5例(12.5%)。(14)会社の借金と親の支援を受けたものが1例(2.5%)であった。



. ギャンブル依存症の治療と内観療法

 ギャンブル依存症の治療として我が国でもアメリカでも最も利用されているのは自助グループであるが脱落者も多い。認知行動療法はいくらか有効とされているが、まだ報告が少ない。薬物療法は補助的な作用しかない。治療効果に関しては系統的研究がほとんどないのが現状である。そこで当院の治療プログラムと内観療法の技法や治癒機制について述べたい。従来、アルコール依存症治療プログラムに従って集団療法と個人療法である内観療法を実施してきた。患者の病識や治療意欲にあわせながら試行錯誤の結果、約2年半前から一定のギャンブル依存症の治療プログラムが出来あがった。期間は3ヵ月の入院で、週1回の依存症の集団療法に参加。1週間の内観療法を2回実施している。 内観療法の技法は、治療終結までの期間をわずかに1週間として治療法は単純化、定型化している。過去の対人関係で密接な人物を対象として自己の行動や態度を3つのテーマに沿って想起する。(1)「してもらったこと」(2)「して返したこと」(3)「迷惑をかけたこと」について想起するのが基本である。 内観療法の治癒機制
7)8)9)は、(1)「してもらったこと」を過去の生活体験の中で調べると両親をはじめ多くの人々から多くの愛情を注いでもらった「愛情発見」が可能になり他者を肯定的に受け入れると同時に自己肯定感や自己尊厳が得られ、感謝の気持ちが起こる。(2)「して返したこと」を調べると、自分は多くのことをしてもらいながら何も返していないことに気づき、自己未熟と他者無視、自己中心性や依存性に気づかされて自己否定が強化されて、すまない(未済性)という償いの気持ちが起こる。(3)「迷惑をかけたこと」を調べると、他者に与えた苦しみと自己中心性・自己否定がより強化され強い罪悪感が起こるが、それでも自分を許し続けてくれる他者の愛に支えられて他者肯定と自己肯定に到達して、申し訳ないという謝罪の気持ちが起こる。内観療法では、この真実の愛情発見と罪悪感(他者の愛によって許されている現実開放的罪悪感)の相乗作用によって無意味・無価値な行動が抑制・消失され 一方では意味ある・価値ある行動が促進されて行動面の変容や現実への適応・自己実現が可能になる。


. ギャンブル依存症の治療予後(表6)

表6 ギャンブル依存症に対する
内観療法の予後
6ヵ月〜13年2ヵ月 6ヵ月〜2年6ヵ月
人数 人数
回復 18 66.7 75.0
再発 18.5 8.3
不明 14.8 16.7
27 100.0 12 100.0


 予後調査の対象は40例中、入院中の3例と退院後6ヵ月未満の5例を除いた27例であった。6ヵ月以上13年2ヵ月までの27例の予後は、回復18例(66.7%)、再発5例(18.5%)、不明4例(14.8%)であった。ところが、ギャンブル依存症治療プログラム(入院3ヵ月、2回の内観療法、週1〜2回の集団療法)を実施した2年6ヵ月以降の12例を対象とすれば、回復9例(75.0%)、再発1例(8.3%)、不明2例(16.7%)であり、回復率は格段の上昇が認められた。2回の内観療法によって自己及び他者の認知の歪みが修正され、自己中心性(我欲・我執)から解放されて、著効が認められたものと考察している。

[文献]
1) Schaef,A.W:When society becomes on addict.Harper&Row,SanFrancisco,1987
2) 竹元隆洋:病的賭博(パチンコ依存症)やその他の嗜癖行動に対する内観療法の有効性.アディクションと家族15(2):188−193,1998
3) 竹元隆洋:嗜癖の成因と治療.シンポジウム(P-1)アディクション(嗜癖行動)の病理と治療.第26回日本医学会誌(3),2003
4) 竹元隆洋:ギャンブル依存症の内観療法.現代のエスプリ470−内観療法の現在,三木善彦,真栄城輝明(編),pp32−39,至文堂,東京,2006
5) 竹元隆洋:嗜癖行動と共依存症,アダルトチルドレンに対する内観療法.内観療法の臨床,川原隆造(編),pp114−123,新興医学出版社,東京,1998
6) 竹元隆洋:アダルトチルドレンに対する内観療法.アディクションと家族(日本嗜癖行動学会)16(2):207−213,1999
7) 竹元隆洋:内観療法.臨床精神医学講座,第15巻精神療法,pp215−231,中山書店,東京,1999
8) 竹元隆洋:心身医学と内観療法.心身医学(日本心身医学会)43(6):333−340,2003
9) 竹元隆洋:神経症圏障害の内観療法の原則.臨床精神医学35(6):721−726,2006