T. はじめに
嗜癖概念は従来の精神医学における診断分類法にはなじみにくい側面をもっている。
国際疾病分類第10改訂版(ICD-10)による診断ガイドラインでは、
(1) F1:精神作用物質使用による精神および行動の障害として依存性物質乱用、
(2) F5:生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群として摂食障害や非依存性物質の乱用、
(3) F6:成人の人格及び行動の障害としては習慣及び衝動の障害をあげ、病的賭博や病的放火、病的窃盗などが含まれている。
このように嗜癖概念は診断分類上では、ばらばらな領域に分類されて、ひとまとめにすることは困難な作業のようである。
従来、嗜癖という用語は薬物嗜癖(drugaddiction)として用いられていた概念であったが、1963年にはWHO専門委員会において薬物依存(drug
dependence)が用いられるようになった。
ところが、依存性薬物の精神依存と病的賭博などの精神病理に関して、1980年にWHOワーキンググループにおいて論議されたが、本質的な差異は見いだされなかった。
このような嗜癖概念の変化によって、アメリカアルコール医学会(American MedicalSociety
on Alcoholism)は1989年には、Am-erican Society of Addiction Medicineにその名称を変更して、Addiction(嗜癖)という用語に統一して、研究対象を薬物依存や病的賭博などにも拡大された。嗜癖行動のなかでもアルコール依存症に関する研究や治療は近年めざましく発展してきた。
筆者らはアルコール依存症をはじめ、さまざまな嗜癖行動の治療に内観療法を適用して、有効な成果をあげている。
本稿では病的賭博、特にパチンコ依存症の1例を提示して、その成因について考察し、嗜癖行動に対する内観療法の有効性について考察した。
U. 症例
症例 | OH、65歳、女性、夫が経営する幼稚園の理事 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
主訴 | パチンコをやめられない | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
家族歴 | 7人兄妹の第2子で次女として生まれた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
既往歴 | 若い時から過量飲酒、そのため糖尿病になったと説明された。 40歳の時子宮筋腫摘出、腰痛症、腰椎亀裂骨折、左膝関節炎 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生活歴 | 東京に住む伯父(父の兄)夫婦には子供がいないので子育ての真似ごとでもしてみたいとのことで、5歳の時戸籍は変更せず、養女として預けられた。 戦争のため東京の家が焼けて伯父夫婦の生活は極端に苦しくなったので、終戦後14歳で実家に帰されたが、実家も焼失しており集団疎開をした。 昭和21年女学校に入学した。 卒業後は県外のS市で呉服店に就職した。 26歳で現在の夫と知り合って結婚した。 OHは若い頃から過量飲酒の習慣があり、そのために糖尿病になったと言われており、現在でも糖尿食を食べている。 新聞販売店を自営し、2人の女児にも恵まれた。 44歳の時、夫の郷里に帰り幼稚園を経営することになった。 OHは事務長職を担当し、経営も順調に経過した。 58歳の時、夫の女性関係が問題になった。 ある女性が夫の自動車に乗せてくれと言うので乗せてあげたところ、その女性が自動車の中で強姦されたと言い出して、脅迫されたりした。 その事が新聞(ミニコミ紙)に報道されたりして、夫婦間のトラブルも続いたが、後になって誤った報道であることがわかった。 この事件があった頃、友人と車で2時間ほど離れたM市に出かけた時、時間つぶしに2人でパチンコ店に入ってみた。 パチンコをしている最中は何も考えず、とても面白いと思った。 その後、OHは遠くの街に出かけてパチンコをし、時には家に帰らないこともあった。 自分の住む街では幼稚園の経営者で教育者としての立場もあるので、わざわざ遠くまで出かけてカプセルホテルに泊まったり、高級ホテルに泊まったりしていた。 夫はパチンコのために外泊していることを知ったが、すでに子供たちも独立しており、今まで一生懸命に働いてくれたし、幼稚園の経営も軌道にのっているので、それくらいの息抜きはいいだろうと許していた。 ところが日増しに外泊することが多くなり、娘(次女)と孫がOH夫婦と同居することになった。 当時、娘の夫は心臓病で静養のため長期入院生活をしていた。 娘と孫のことでも徐々に問題が発生してきた。 孫はOH夫婦が経営する幼稚園に通うことになったが、他の園児からいじめられることがしばしばあってOHも悩んでいた。 また、孫の教育の仕方について娘は「子供は叱って育てるのではなく、諭して育てる」と言うので、OHとは意見が対立していた。 OHと娘とは昔から口論が絶えなかった。 OHの養育の仕方は、子供(娘)2人に対しても厳しいものだった。 OHは自分の兄妹たちに「娘の子供の教育方針が自分の考えと違うので家にはいたくない」と言ったり、東京の伯父夫婦のことや自分のことを「私は冷たい人間に育てられた。私も冷たい人間だ」と言うこともあった。 さらに孫のことを「私はこの子は嫌い」と言うことさえあった。 夫の女性問題はすでに解決していたにもかかわらず、60歳になった頃には、4〜5日間家を留守にするようになった。 パチンコで、お金がなくなると帰宅して4〜5日間家にいると、またお金を持って出て行くような繰り返しで、1ヵ月のうち半分は家を留守にする状況となった。 そのため幼稚園の事務長職をこなすことに支障が出てきたので、現職を降ろして理事とし、給料30万円を支給するようになった。 家には娘がいるので夫の日常生活にはほとんど支障がなかった。 63歳の時、節税の為に隣県の温泉地にOH名義の別荘を建てた。 ところが、その後は公認のように「2、3日出てくる」と言って別荘に出かけると1ヵ月間も帰宅せず、電話をしても、いつも留守であった。 後で問いつめると「別荘にちゃんといた」と嘘言も多くなった。 以前は友人や社会的地位の高い人としか話をすることもなかったのに、通りすがりの人にも親しげに話しかけるようになった。 夫は「パチンコ店に通ううちに身についたものだろう」と言う。 性格がルーズになり、家事はほとんどせず、片付けもしない。 結婚式に着た和服も脱ぎっ放しで2、3ヵ月間も放置している。 用事もないのに用事を無理に作ったり、会合があるから、何日までには帰るからと言って出るが約束通りにできない。 出かけた先から「明日は帰る」と電話をするが、その通りに帰宅したためしがない。 その後に「ごめんなさい」と電話をしてきたり、反省の手紙が届いたりする。 家にいるとイライラして、孫に対して当たり散らし、厳しい言葉で叱ったり、時には殴ったりする。 「孫に対して躾をするのが何故悪い」と娘に対して激しく攻撃する。 OHの性格的、人格的変化を気にして夫がOHの定期預金を調べたところ1500万円を使い果たしていた。 64歳になって、「パチンコは止めるから最後に 500万円ください」などと言い始めた。 そのうち腰痛がひどくなり3日間入院してコルセットをするようになった。 退院直後に椅子から落ちて腰部を打撲し、腰椎亀裂骨折と診断されたが1ヵ月間の入院で歩けるようになった。 入院中はパチンコのことは口にも出さなかったので夫は、これで止められるのではないかと期待していたが、退院すると直ちに別荘に移り住んでパチンコに毎日通うようになってしまった。 別荘では誰もパチンコを制止する者もいないので、それをいいことに県外の大都市に出かけて、1〜2ヵ月連絡がとれない状況になることもあった。 OHの兄妹たちはこのような状況を2年ほど前から知らされていた。 状況がますます悪化するために、夫から相談を受けたOHの妹がOHを説得して当院に相談のため来院した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
経過 | 5月2日初診時、OHは相談だけのつもりで来院していたが、妹は入院を強く希望した。 OHもパチンコを止めたいとは言うものの、「私も今まで一生懸命働いてきたのだから少々パチンコをするくらいはいいでしょう。 自分のお金でするんだから」と強い口調で妹に反撃する。 入院の説得はできず、一度妹の家に帰って、また来院するとの約束をした。 丁度1週間経過して、5月9日入院の体制を整えて再び来院し入院した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
入院時現在症 | 表情も穏やかで比較的安定し、丁寧な言葉使い。腰痛と膝関節痛を訴える。便秘のため毎晩緩下剤を服用、寝つきが悪く、時々眠剤を服用する。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
入院時所見 | 身長157.5p、体重64.0s脈拍80/分、体温36.4℃、血圧140/80mmHg、心電図:正常、脳波:正常範囲、胸部X線写:正常、尿検査:ウロビリノーゲン(−)、蛋白質(−)、糖(−)、PH6、血沈:30分(4)60分(13)120分(40)、血液検査:ザーリー65%、ヘモグロビン12.8g、赤血球426万、白血球4800、血清蛋白質7.5g、GOT23単位、GPT20単位、γ-GTP38単位、血糖91r、総コレステロール247r、中性脂肪156r、HDLコレステロール 47r | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
入院後の経過 | 内観療法が目的なので、翌日5月10日には内観座談会に参加してもらった。 (当院では集中内観を開始する前日に内観座談会を行っている。 前回の集中内観を体験した患者さんと、次回の内観予定者が参加する。 前回の体験者が体験談を語ったり、次回内観予定者に心がまえや注意や激励を行って、動機づけの強化をはかる。 次回内観予定者は内観の動機や決意のほどを語るものである) OHは「65歳で初めて内観をするので、不安はありますが、自分の内面を深く見つめてみたいと思います」などと述べた。 動機づけは十分なレベルであると思われた。 5月11日より5月17日まで7日間、集中内観に取り組んだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
内観療法 | 当院における集中内観はほぼ原法に準じているが、1日の内観時間は午前8時より午後7時までの11時間である。 指導者の勤務体制の都合で1日2人1組の専従者をおいて、毎日交代で指導している。 そのため指導者の記録は毎日異なる指導者の記録である。
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内観前後の心理テスト | 内観前1週と内観後1週経過した時点で心理テストを行った。
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退院後のOHよりの手紙 | 盛夏、益々御健勝にお過ごしの事と存じます。 入院中は色々とご配慮頂き有難うございました。 退院後二十日余りたちましたが、今は健康的に家族と共に団欒し、神社、寺等にそれぞれ狛犬や灯篭等を寄贈し、孫達とも声張り上げての合唱等して充実した日々を過ごしています。 入院当初の屈辱的な気持から内観に入ってからの精神的な落着きに至り、人々の愛に気づくまでの自己反省にたどりつき、それに加える日常内観。 そして入院されている患者さんとの触れ合い、さまざまなハンデを持った人々との二ヶ月に近い日々のいとなみを通じて精神医学が抱える問題等、身にしみ通るものがありました。 今後も過去を反省しつつ、悔いなき人生を送るべく努力して参ります。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
予後 | 退院後1年7ヵ月経過している。 その間、転倒して腰椎打撲のため整形外科に入院したことはあったが生活面では家族との対人関係も良好で、パチンコをすることはなく落着いて健康的な生活が続いている。 |
V.考 察
A パチンコ依存症の成因
OHは5歳の時、東京の伯父宅に預けられて終戦後14歳になるまで養育された。
この時の体験はOHにとっては両親からの見捨てられ体験となり、両親や兄妹たちに対して強い疎外感を抱くと同時に、兄妹たちに「あなたたちのために養子に出された」と被害意識と恨みや攻撃的怒りの感情をもつようになっていた。
一方伯母が引取って行ったために、こんなつらい思いをしなければならなかったと伯母に対しても被害的意識をもつと同時に伯母に「ひどい言葉をあびせたり」して恨みの感情が攻撃的態度を引き起こしていた。
このような「見捨てられ体験」と屈折した感情を抱きながら成人したため、愛情欠乏感や孤独感、疎外感のため若い時から常習的な過量飲酒となり、糖尿病を誘発している。
すでに、この段階で病的な常習的過量飲酒という嗜癖行動(アルコール依存症)が発現していたようである。
その後、現在の夫と結婚したが常習的過量飲酒は持続している。
58歳の時、夫の女性問題が発覚した時、OHは夫からの 「見捨てられ体験」をすることになった。
幼児期からの「見捨てられ」による心的外傷が再現されて、不安や怒り、恨みなどを防衛的にすりかえたり、抑うつ感や空虚感などを埋め合せることに好都合であったパチンコは、その賭博性も絡んで依存を形成するまでに至った。
その後、パチンコを制止しようとする家族から逃れるためにホテル住まいなどの浪費癖がみられ、外泊は1ヵ月以上にも及ぶ放浪癖化して多重嗜癖となり嗜癖の多様化現象を示している。
家出するOHの家庭を支えるために同居するようになった娘とは口論が絶えず、OHが家に帰りたがらない一因ともなった。
夫は、パチンコを制止しようとするが、どこかでOHを許してしまうところがあって、この娘と夫はOHのパチンコ依存症をenablingするenabler(支え手)の役を演じて、結局はOHのパチンコ依存症を長期化させる大きな要因となっている。
B 内観療法の有効性
1. 否認の克服と病識の確立 OHが当院を受診した時「少々パチンコをするくらいはいいでしょう、自分のお金でするんだから」と病識はまったくなく、嗜癖行動の問題を否認していた。 相談に応じた筆者が病的行動であると指摘すると、反発的に暴言を吐く始末であった。 入院を拒否して帰ったが、内観療法のパンフレットや資料を読み、内観を受ける気持ちになって再度来院して内観を行った。 内観は小学時代の遠い過去の出来事を調べることから始めるので、現在に多くの問題を抱えていながら否認を続け病識のない嗜癖者でも比較的に受け入れやすい。 現在の問題と無関係に思われる過去の出来事を調べることには抵抗が少ないので、OHは第1日目の感想で「過去をゆっくり振り返ることで心が穏やかになっていく思いでした」と述べている。 内観の3つのテーマに沿って事実を正確に思い出す作業を繰り返すうち、徐々に現在の状況をも正確に事実のままに直視して、否認のない現実把握ができるようになる。 第3日目の感想では「素直な心で自分を調べることができました」と述べて、すでに否認が克服されたことを示している。 こうして、過去の自己の認識の仕方や行動や生活態度の誤りに気づき、そのために派生した多くの問題や対人関係の障害や精神的・身体的症状などについて、それが嗜癖行動の結果によることを正しく認識することができるようになって病識が確立される。 そして内観への意欲や回復への意欲が高まって強いエネルギーが湧き出してくる。 |
2. 個の確立 (1) 外的治療構造の影響 内観療法は比較的に拘束性が強く、時間的条件や空間的条件、行動制限などによって内観者は少しずつ個としての確立を高めていく。 1日11時間(原法では15時間)で1週間を1人で内観のみに集中し、屏風の中で長時間座り続ける生活や面接時間が短時間であることは嗜癖者の指導者への依存を拒み、自己統制力を強化して自立を促している。 (2) 内的治療構造の影響 年代区分によって対象人物に対して3つのテーマを調べることは、内観の最初から対象人物と一対一の自他が区別された内的世界に導かれる。 「甘え」や「依存」の強い嗜癖者に対象人物との新しい人間関係を意識化させ、個としての存在と自己責任、自己役割を自覚させる。 OHは夫に対して 「自分にとって道祖神的存在でもある主人をかくも嘆かせ心配させている自分を本当に責めました」 「あれこれ世話をしていただき、それすら私は甘受しておりました。自己の我欲のため主人や子供たちへ顔向けできない気持でいっぱいです」 と述べて、enablerとなっていた夫や娘への「甘え」や「依存」を自覚し、自分のあるべき姿を洞察して、厳しく反省し懺悔している。 (3) 愛情の発見 「してもらったこと」を調べると、対象人物から大切に育てられ、親切にしてもらって多くの愛情を受けていたことに気づくことができる。 愛された実感は自己の尊厳さを見出し、自己肯定感をいだく契機となって、愛情欠乏感や疎外感、抑うつ感、空虚感などは消失されていく。 その一方で対象人物に対する認知も、それまで否定的であったものが、愛してくれていたことの発見によって肯定的に受け入れられるようになる。 OHは伯母に対して「今でも何となく母とは打ち解けられない。 それも伯母が自分を引き取って行ったからだと、・・・時々伯母に対してきつい事を言ったり、ひどい言葉をあびせたりした」のであったが内観をして「食糧難の時期で、皆弁当を持って来て、自分はお手伝いさんが温かいご飯を持ってきてくれた」ことを思い出したりして愛情発見ができると、4日目には「この方について自分を調べた事が今までの心をほぐされたような安らぎを得ました」と述べて、さまざまな陰性感情は消失して安定している。 また自分を見捨てたと思っていた母に対しても「養子に出され、こんな立場、境遇にされているとつい言ってしまうと、それを聞いていた母はその度、苦しい、つらい思いをしたことだろう」と母を受け入れ、母の立場になって思いやる姿勢を示している。 6日目から夫に対する内観をしている。女性関係の発覚から見捨てられ体験をしたが、OHに対する夫の愛情の深さは調べれば調べるほど、すべての点で感謝の気持ちを抱かせるほどであった。 |
3. 対人関係の改善 (1) 内観指導者との関係 嗜癖者は多くの非難や叱責を受け続けて被害的意識が強く、懐疑的で攻撃的であるが、指導者は受容的に内観者を受け入れて非難や評価をしないので内観者にも受け入れやすい。 指導者は治療条件に反する言動には否定的態度を示して、指導者との新しい人間関係は現実的人間関係の修練となる。 (2) 自己中心性と罪責感 嗜癖行動の成因はenablerとの共依存関係という一次的関係嗜癖のもたらす恨みや怒り、不安、緊張、抑うつ感、空虚感、孤独感などを防衛的にすりかえたり、埋め合わせようとして二次的嗜癖が生まれるとSchaef,A.W. は述べている。 OHにとっては夫と娘(次女)がenablerの役を演じていて、enablerとの対人関係の問題がOHのパチンコ依存症の成因となり長期化をまねいていた。 ところが内観によって、特に夫からの愛の深さを発見するが、それに対して「してもらったこと」を調べると、何もお返ししていない自己中心的で依存性の強い未熟な自己像を認識させられる。 それまで現実を直視せず、現実逃避を続けながら、嗜癖問題を否認してきたOHにとってもさすがに自己否定とともに厳しく現実を認識できるようになった。 「迷惑をかけたこと」を調べることは、これほど愛されていながら何のお返しもしていない自分がさらに多くの迷惑をかけ続けていることに気づき「これではいけない」という強い自己否定とともに新しい自己実現へのエネルギーが満ちてくる。 「夫は私を信じていてくださっていたのに、年をとってからギャンブルがおもしろくなり依存してしまい、いつか分かってくれると夫は思っていたようでしたが、それも自分でわからず、お金がある贅沢な生活の中で依存になってしまい、本当に申し訳なく思っています」と述べて、嗜癖行動による自己破壊的な生き方が夫の深い愛情に対する裏切り行為となり、どれほど夫に迷惑をかけたかという強い罪責感が感じられている。 愛情に裏打ちされた健康な罪責感はOHの行動修正のために有効に作用して新しい生き方の洞察が得られている。 内観終了の感想として「人間らしく生きることを自ら気づくための道しるべを与えていただいた」とか「(夫と2人)老後の穏やかな生活を送れるように今後も努力したい」と述べて、自己責任や自己役割を自覚しつつ、新しい対人関係の改善が推し進められようとしている。 |
4. 行動修正と社会適応 過去の自己否定と罪責感は将来の自己実現のための自己統制力を強化して、個の確立を推し進めながら日常生活の中での行動を常に内観的思考(内観理念)によってチェックしながら生きられるようになる。 さらに日常内観を継続することによって持続的な行動修正が可能となり、いつも冷静に自分を第3者的にみつめながら、日々内観の3つのテーマに照らして行動することは嗜癖行動からの回復と社会適応に欠かせない生活の仕方である。 OHは内観終了の感想で日常内観を続けることの必要を「今後も続けていきたい」と述べ、退院後の手紙にも日常内観を続けていることと「今後も過去を反省しつつ、悔いなき人生を送るべく努力して参ります」と結んでいる。 |
W. おわりに
嗜癖行動としてアルコール依存症や薬物依存症のような依存性物質乱用による生物学的影響を考慮する必要のない病的賭博の成因について考察し、それに対する内観療法の有効性を検討した。
本稿ではパチンコ依存症の1例のみについて検討したが、多くの病的賭博や嗜癖行動に対する内観療法の効果は類似している。
ただ、内観の深さのレベルが、その効果に与える影響が大きいことは言うまでもない。
文献
1)竹元隆洋:病的賭博(パチンコ依存)やその他の嗜癖行動に対する内観療法の有効性,アディクションと家族Vol.15(2),ヘルスワーク協会,1998.
2)竹元隆洋 :嗜癖行動と共依存症・アダルトチルドレンに対する内観療法,内観療法の理論と応用,川原隆造編,新興医学出版社,
(投稿中)
3)竹元隆洋:内観療法の有効性,アルコール症の精神療法,新福尚武編,金剛出版,1984.
4)竹元隆洋:内観療法,アルコール依存症の治療,精神科Mook,30,中沢洋一編金原出版
1994.
5)竹元隆洋:アルコール依存症に対する内観療法,内観研究,Vol.2(1),日本内観学会,1995
6)Schaef,A.W.:When Society Becomes An Addict,Harper&Row,SanFrancisco,1987.