社会復帰への援助
医療側の役割

1.アルコール医療の変遷

 アルコール依存症の社会復帰にかかわる医療側の様子は最近、急速に変化しはじめている。これまでは入院治療を中心とした医療体系であり、しかも強制的で閉鎖病棟における長期入院が多かった。地域からトラブルメーカーの排除を目的としており、警察力がしばしば行使された。その後、専門病棟や専門病院が設立されて、治療プログラムが導入され、自助グループ(断酒会・AA)の育成や援助が活発に行なわれるとともに、自助グループとの連携による病院治療体系が整ってきた。しかしながら、なお治療の主体は病院完結型と呼ばれる閉鎖的なものであった。
 これまでの入院治療を中心とした医療体系では、外来治療は退院後のアフターケアとしての機能しかもたなかったが、この十年ほど前からアルコールの解毒や行動修正、社会復帰までの治療プログラムをもったアルコール専門外来クリニックが全国各地で開設され、成果をあげている。
 そこでは、患者は地域社会で生活しながら社会生活能力を回復していくことが治療目標となる。こうして最近では地域ケアの考え方が急速に全国的に広まってきた。医療の役割は地域ケアの一部分であり、最初から病院内で治療が完結するはずのものではなかったのである。こうして医療は地域の各病院や専門外来クリニックとの連携、さらに保健所、市町村役場、福祉事務所などの行政機関、民生委員や警察、自助グループ、福祉施設などとの連携や役割分担をすることで、患者の社会復帰を今までよりは効果的にスムースにすすめることができるようになってきた。


2.アルコール依存症の回復と社会復帰

 一般的に患者が病気を克服して、新しい気持ちで再出発し、残りの人生を有意義に生き抜いていく心理的過程をカプランは悲哀の心理過程と呼んでいる。
 アルコール依存症の回復も次のような過程を経過して社会復帰していくことが十分に理解できる。
 まず第1段階では、自分が病気になったのではないかという漠然とした不安におそわれる。そして病気のために身体、精神の機能を喪失し、家族や職場を失うのではないかという対象喪失の予期段階と呼ばれる。
 第2段階は、その喪失を否認し、健康な自己を取り戻そうとして強がり、矛盾した行動をとる段階で、対象喪失の否認すなわち対象保持の段階と呼ばれる。
 第3段階では患者は自己の病気を認め、健康な自己や生活、役割などを放棄して種々の対象喪失を受け入れざるをえなくなる、抑うつ・絶望の段階である。
 しかしこの時期は一種の休養状態であり、次の段階へすすむための心的エネルギーをたくわえ、心の整理をする目的をもっている。この時期の患者の内面の苦悩は深刻であり、はじめて人生を深く考えたり実存的な悩みをもったりする。
 第4段階は新しい気持ち(心的体制)を整えて再出発する段階である。種々の対象喪失を受容し、病気をもちながらも、よりよく生きていくために新しい目標や生きがいを見出して人生を有意義に生きていこうとする社会復帰の段階である。この段階では自己の力の限界を知り、他人の立場を深く理解し、自我が成長し、人間性が成長していくのである。このような患者の心理的過程に沿ってアルコール依存症の治療の経過はおよそ次の4段階に区分される。
1.初期介入 2.身体治療 3.行動修正 4.社会復帰である。 さらにカプランは社会復帰について、重要な4項目をあげている。
 1.社会復帰対策は診断とともに始められるべきこと
 2.病気に対する偏見を除く教育を行なうこと
 3.社会機構の中で患者の地位の維持に努めること
 4.ホスピタリズムの回避、地域における橋渡し的な施設、例えばデイ・ホスピタルおよびナイト・ホスピタル、ハーフウェイハウスなどの設置、職業訓練的社会復帰の必要性などをあげている。
 以上の4項目はアルコール依存症の社会復帰に関しても同様に重要な項目である。特に1に示されたように診断と同時にすすめられる治療行為そのものが、すでに社会復帰をめざすための行為であり、医療の大きな役割であると考えられるので、ここでは治療への導入段階から医療の役割として述べることにしたい。


 3.初期介入(治療への導入)

 アルコール依存症者が医療と接する時は、すでに事態は医療を必要とするほどに悪化している時である,それは外来治療でも入院治療でも、それまでのように放置しておくことは苦痛であり危険であることを、患者あるいは家族や周囲の人が十分に察知して、医療の世話になることを決断した時からはじまる。
 多くは患者の決断よりも家族や周囲の人の決断の方が、はるかに早いのだが、患者を治療に導入することは至難の業である。
 導入の段階で家族や周囲の人が十分な説得をして患者も仕方なく、いやいやながらでも治療を受けることを同意してくれた場合には、医療側の役割は、まず第1段階で大変に楽である。
 しかし、ほとんど治療を受ける意志もなく、家族や周囲の人の口うるさい説得から逃れるために調子を合わせて受診してきた場合には、外来治療でも入院治療でも、医療の役割はまず第1段階から大変困難な問題を抱え込んでしまう。このような否認の段階にある患者と治療契約を結ぶためには初対面の段階で患者に治療の必要性を納得させ、治療を受けることに同意してもらわなければならない。多くはインテイクに1時間程度を要し、身体的検査結果と照らしあわせて、診断を決定し、説得にかかる。
 今にも逃げだしそうな患者を踏みとどまらせるためには、それなりの説得力が必要である。それに加えて家族や周囲の人の根気強い説得も欠かせない。この時、肝を冷やす思いで、患者が治療に同意してくれることを祈りながら、長い時間を耐えて、説得し続けなければならない。
 いつも必ず成功するとは限らない。時には急に椅子から立ち上がって、プイと診察室から出て行ってしまうこともある。それをまた引き戻して説得し、成功することも時にはある。
 しかしながら、最初から治療意志がなければ、まったく受け付けないというクリニックや病院もあるが、一方では積極的に患者を搬送して収容するという比較的に閉鎖的な病院も全国にはまだ少なからずあるようだ。


4.治療プログラム

(1)外来治療の場合
 外来治療の場合にはよほどしっかりした治療契約を結ぶ必要がある,逃げ腰の患者に治療上の約束をさせるには治療者に対してわずかでも信頼感がなければ成立は困難である。筆者の場合には外来治療プログラムを示して次のような約束をとりつける。
まず1.一定間隔(多くは一週間、治療初期では毎日の方がよい)の外来通院をすること
 2.自助グループ(断酒会やAA)に参加すること
 3.院内断酒会やミーティングに参加すること
 4.抗酒剤の服用を続けること
 5.内観療法の日程を決めて集中内観を一週間実施すること
 6.日常内観をすること
 7.起床・就寝時間、食事など規則正しい生活をすること
 8.完全な断酒を継続すること。
以上のような治療計画を守って通院すれば必ず断酒できることを確信させる必要がある。それには他の通院患者や自助グループのメンバーを紹介して、お互いに励まし合うことも有効である。
 最近では、アルコール専門外来クリニックが各地に開設されている。外来通院のみでアルコールの解毒や断酒教育、行動修正のすべてを行なっていくためには地域の他の医療機関、行政機関、自助グループ、ハーフウェイハウスなどとの連携や役割分担が必要である。そのためには地域ネットワークの成熟度が外来治療の大きなキーポイントとなる。大阪でアルコール専門外来治療を行なっている小杉は「大阪では早くから地域医療を志向してネットワークづくりがなされており、アルコール専門外来が成立する条件が整っていた」と述べている。

(2)入院治療の場合
 入院治療の場合には、治療プログラムに沿って治療が行なわれ、開放病棟で、入院期間は3〜6ヵ月間である。よほど身体障害が重篤であったり、コルサコフ症状(可逆性の見当識障害)やアルコール痴呆の状態でない限り、一律に治療を進めていくことができる。この治療プログラムから逸脱しないように、プログラムのステップに沿って治療すれば必ず回復することを信じてもらうことの努力が入院初期の大きな作業でもある。筆者の病院では4〜5ヵ月間の治療プログラムを導入している。


 5.初期治療

 飲酒を中断することによって不眠やイライラ感、幻覚、妄想などの離脱症状が出現する。まず離脱症状に対する治療と身体障害に対する内科的治療が優先する。外来治療の患者でも強い離脱症状が出現すれば、やむを得ず短期間でも入院が必要になることもある。精神的にはアルコール依存症であることの病識を確立することが大切で、教育的集団療法をくり返し行なう。
 まず、本症に関する知識を十分に提供し、自分の過去の状態と照らし合わせて自分の飲酒行動の異常に気付き、自分が間違いなくアルコール依存症であることを納得すれば、通院も入院もそれほど苦痛なことではなくなる。
 入院の場合には、重篤な離脱症状さえなければ最初から開放病棟で生活できる。病棟の規則を守って、そこで生活をし続ける気持ちを保持するためには、病棟雰囲気が穏やかで、自由で明るく、居心地良くなければならない。
 とくに治療者との対人関係が重要なポイントになる。治療初期にはとりわけ受容と共感の姿勢が患者−−治療者関係を望ましいものにする。
 外来治療でも入院治療でも、治療者との望ましい対人関係の成立は、それまで患者が保有していた対人関係(ソーシャル・ネットワーク)の中に新たなメンバーが加わり従来の歪みを修正するのに役立つ。それは対人関係能力を成長させるための、いわば練習台ともなり患者のネットワークを拡大させていくことが期待できる。
 1960年代から米国で発展してきたネットワーク・セラピーの視点からすれば、患者の飲酒行動を助長する役割を果たしている人々(イネイブラー)が存在することからネットワーク調整の必要が強調されている。そして回復とは患者個人の歪んで縮小したネットワークを修正し拡大していくことであり、社会復帰とはネットワークを再編成することと言い換えることができる。ここでも医療スタッフは手先の技術だけではなく、人間としての心の触れ合いに重大な役割を果たすことになる。
 また患者どうしのよりよいネットワークが創出できれば、医療の現場でその患者のネットワークはさらに修正、拡大されてゆくことになる。


6.中期治療

 心身の状態がいくらか安定してくれば次には積極的な精神療法的アプローチが必要になってくる。従来は勉強会(断酒教育)や精神療法的なミーティングのほか心理劇、家族療法的な家族教育などが行なわれてきた。一方、個人精神療法も最近ではその有効性が認められるようになってきた。筆者らは1975年より内観療法を試行してきたがAAのステップや断酒会の理念とも通ずる面が多く、さらに家族療法的な効果も期待できて、特に対人関係の改善や断酒継続に有効性が認められている。
 アルコールのない環境で、断酒することをめざす医療の場(アルコール専門病棟)ではともかく飲酒せずに生活することが意外にたやすくできるものである。そこではしらふで考え、しらふで行動するので、精神療法も効果的に作用し、行動の変容(行動修正)が起こりやすい。
(1) 断酒教育
 アルコール医療においては病識の確立が治療意欲を高め、治療を継続させるために必要である。しかし本症患者は。”否認”の傾向が強いので病識が確立しにくい。病職をもつためにもアルコール依存症に関する知識が必要である。誤った断片的な知識をもっているために、より否認が強くなることが多い。また病識が後退すれば治療を中断して、社会復帰はいよいよ困難になる。
(2) 集団療法
 治療プログラムをもっているクリニックや病院ならミーティングや院内断酒会として一般的に取り入れられている治療法である。
 集団療法は患者−−治療者間の1対1の過度に親密で閉鎖的な転移や抵抗を防ぎうるし、社会性、現実性を保ちやすい。さらに他のメンバーとの多面的相互作用から個人精神療法とは異なる治療的反応が起こりやすい。特に受容、協調、普遍化、現実検討、感情転移、知性化などで異なるようである。
 現在、我が国で行なわれている集団療法の多くは、地域断酒会やAAのミーティングの手法を取り入れたものが多く、その中核をなすものは、体験発表である。他のメンパーの体験は他人のこととして距離をもつことができるので受け入れやすいし、客観的に評価することもできる。
 しかし、他のメンバーの体験といえども普遍性があり、そのまま自己の体験と重なっているので、病識をもつことに役立ち、洞察を得やすい。そして同病者どうしの連帯感や相互作用がおこりやすい。ここでは患者の対人関係(ソーシャルネットワーク)の改善に他の患者の及ぼす影響はきわめて大きいようである。
(3) 内観療法
 日本で生まれたユニークな精神療法として森田療法とともに注目されている。自分の幼少期からの対人関係を
 1 してもらったこと
 2 して返したこと
 3 迷惑をかけたこと
の三点に絞って自分の行動を点検する。内観には一週間集中的にする集中内観と日常生活のなかで随時内観する日常内観とがある。集中内観の条件と技法をそれぞれ表l、表2に示した。
 1 してもらったことのテーマは対象人物からの愛の発見につながり、自己の尊厳さをも発見する。
 2 して返したことは余りにも少なく、このテーマは自己の未熟さや自己中心性、依存性を気付かせ病識の確立にも役立つ。
 3 迷惑かけたことのテーマは罪悪感の発見とその強化に役立つ。
 この三つのテーマは不可分に結びついて対象人物に対する感謝の気持ちを起こさせ、償いや自己実現にむけて、たくましく生きていく自発的な行動修正が認められるようになる。
 しかし、この療法は時間的条件や行動制限など比較的に拘束性が強いために、動機づけのための工夫や努力が必要である。筆者の病院では入院直後から図書を与えたり、院内断酒会で説明をくり返したり、内観テープを聞いてもらったりして、動機づけのためのシステムを組み込んでいるために、内観療法を拒否する患者ほほとんどいない。

表1 集中内観の条件
空間的条件 屏風による遮断と保護
時間的条件 午前5時30分〜午後9時、7日間
面接指導1〜2時間毎に1回
面接時間3〜5分間
指導者の条件 集中内観体験者が望ましい
内観者の条件 自発的意欲があることが望ましい
行動の制限 用便、入浴、就寝の時以外は屏風の外に出ない。
食事も屏風の中でとる
雑談、テレビ、ラジオ、読書などの禁止
清掃作業 午前5時起床、直ちに部屋、トイレ、浴室などの清掃を分担する


表2 集中内観の技法
導入は、内観の仕方や注意事項などを録音したテープを聞かせる。屏風の中に坐ったら、指導者がテーマを与え想起の仕方を限定する。
対象人物 母、父など人間関係の密度の高い人を選ぶ
年代区分 小学生時代より現在に至るまで3年間隔
テーマ 1)してもらったこと
2)して返したこと
3)迷惑をかけたこと
その他のテーマ 嘘と盗み、養育費、酒代、洒による失敗
指導者の態度 制限的受容、没個性的、非指示的
内観テープ 深化した内観者の内観報告の一問一答を食事時間などに放送する
内観座談会 内観後の反省と洞察の確認
日常内観の軸機づけ


7.社会復帰

 行動修正はアルコール医療のひとつの目標ではあるが、それで十分というわけではない。しかし行動修正がいくらかでもできた患者は、家族が見ても「人間が変わった」という印象を与える。これならば社会復帰できそうだという予感が湧いてくる。そこでまず外出や外泊による社会との接触を試みながら社会復帰の準備にとりかかることになる。

(1) 外出
 入院初期においては院内散歩はともかくとして、ある程度の外出の制限は止むを得ない場合もある。しかし、長期間閉鎖的な生活をすることは社会の中での自立をめざすアルコール医療にとってはほとんどメリットはない。開放的病棟運営で比較的自由に外出できることが望ましく、治療的な意義も大きい。病院によって外出への対応もさまざまである。抗酒剤を服用させ気持ちを引きしめることに役立てる場合もある。

(2) 外泊
 一般社会の中で飲酒せずに社会生活能力を高めることがアルコール医療の目標である。一定期間とはいえども自力的にしらふで生活することの訓練が必要である。
 この場合、生活保護を受給している患者では、福祉事務所との連携が必要になってくる。外泊の予定が決まり次第、福祉のケースワーカーに連絡しておく。保健所との連携も必要な場合がある。特に単身者の場合にはあらゆる地域資源を活用して、見守りながら支援していく必要がある。外泊での様子を家族は観察することによって、むしろ不安感が高まり、退院を拒絶するような場合もあるが、多くの場合は患者の行動変容や人間的成長に直接的に触れることで安心感が高まり、退院を心待ちに待つような受け入れ体制ができあがる。
 この時の家族の観察眼は鋭いので、治療者は家族が受けた印象や判断を参考にしながら、退院までの治療に生かしていく。

(3) 院内・院外作業やレクリエーション
 身体機能の回復や作業能力の獲得、作業能率の向上などのために行なわれる。わずか一時間程度の作業や運動でも疲労感を強く感じたり、予想よりもはるかに作業が進まないことなどから、自分の体力や精神力の低下を現実的に自覚させることにも役立つ。
 そして心身の回復のために、さらに相当の訓練が必要なことも認識させられる。こうして働く喜びを回復できればより望ましい。時には登山や行軍と呼ばれるハードな遠足なども定期的に行なって、身体的・精神的なトレーニングがくり返されている。
 ここでは、特に身体的な障害の回復のレベルに応じた対応が望まれる。そのための身体的チェックも忘れてはならない。

(4) 家族への指導と支援
 家族講座や家族会あるいは家族療法として病院内で実施されているもので、家族の自覚と自立を促すことを目的としている。
 まず1.家族の患者理解を修正するためにアルコール依存症に関する正しい知識を提供する。
 2.家族のかかえる病理を明確化して、イネイブラー(飲酒することの支え手)にならないように、望ましい対応ができるように指導、支援する。
 3.さらに患者の飲酒行動に振り回されず、家族が自立して、人間らしい生活をめざすように支援する。
 4.そして、患者・家族関係を改善して退院後には信頼関係を構築していけるように指導、支援する必要がある。

(5) ソーシャル・ワーク
 ソーシャル・ワークは主にPSW(ワーカー)の働きに負うところが多い。まず受け入れ体制の調整が必要になる。退院直前まで家族の気持ちの調整をしなければならないこともある。一人の患者が地域で生活してゆくために必要なものとして吉住は
 1.住む場所
 2.生活できる金
 3.仕事
 4.つきあえる仲間
 5.援助のシステムをあげている。
これらの諸問題はどれをとっても医療の力だけでは、どうすることもできないものばかりである。そこで家族、職場、福祉事務所、福祉施設、保健所、自助グループなどとの連携によって地域ネットワークを構成して、これらの問題を解決しなければならない。
 医療としては一人の患者が社会復帰していく時に、生活面の問題をチェックして、それぞれの行政機関や職場、家族などに働きかけるという役割を担っている。

(6) アフター・ケア
 退院後のアフター・ケアとしては、外来通院治療と自助グループヘの参加指導が従来行なわれてきた。最近、榎本らは退院後、外来に移行した患者の再飲酒、再入院の防止を目的として病院や地域の関係諸機関、自助グループの連携によってアフターケア・システムを組み立てている。退院後は連日保健所、福祉事務所に顔を出し、その後来院してシアナマイドを服用する。日中は作業、レクリエーションなどのスケジュールに従って行動し、夕方からは断酒会やAAに参加するというものである。
 これはすでに、デイ・ケア(デイ・ホスピタル)に発展して医療を中心とした地域ネットワークを構成しているものである。

(7) デイ・ケア(デイ・ホスビタル)
 デイ・ケアは外来通院治療の拡大された型となってクリニックや病院で行なわれるようになった。外来での個人的な診察や面接のほかに集団ミーティングや院内断酒会に参加して、1日の多くの時間を作業やレクリエーションをしながら医療の場で過ごすことになる。そこでは、患者どうしの関係や自助グループとの関係、さらに治療者との関係も密接な上に、家族や一般社会の人々との関係も途絶えることがない。ごく自然で現実的な対人関係を保ちながら入院治療の長所をも付加することができる。
 デイ・ケアのメリットとして、猪俣は
 1.個人の生活環境や家族と切り離さず治療できる
 2.固定したスタッフが比較的小集団のメンバーに責任をもつ体制を作れる
 3.入院という社会的烙印を減ずることができる
 4.入院治療よりもあらゆる面で制約が少ないなどをあげている。

(8) 病院付設型の福祉施設
 精神保健法の施行によって、全国に病院付設型の福祉施設が数多く開設されている。通所授産施設、援護寮、福祉ホームなどであるが、現在のところ、その運営は必ずしも順調とは言えない。
 筆者の病院にも同一敷地内に福祉ホームを建設して、医療の目で見守りながら社会復帰の援助を行なっている。それでも、通院治療を中断したり、食事を十分にとらなかったり、不適当な就職をすることなどから、あっけなく病状が増悪して、再入院してしまうことがめずらしくなかった。このような初期の体験をもとにして、病棟運営ほど濃密ではないが、比較的に医療的な管理体制にしたことによって、最近は安定した生活環境が生み出されている。


8.社会復帰の問題点

 社会復帰のモデルとしては従来より二つのモデルが示されている。階段式モデルとフローチャート式モデルである。階段式は従来の古典的な精神科医療で行なわれてきたものであるが、フローチャート式としては厚生省が示した精神障害者社会復帰体系図などがある。
 しかし、この二つのモデルも望ましい状態で機能しているとは言えない。寺嶋がかって20年前に指摘した社会復帰を阻む7つの壁のうち残念ながら現在もなお厚く大きな壁として存在しているものは
 1.精神病院がもっている阻害的機能
 2.社会が示す拒否的態度
 3.住まいと仕事と経済
 4.社会復帰を阻む法の壁
 5.地域医療の欠陥などである。
 これらのうち医療の問題は1と5であるが、現在では一部の先進的な地域においては比較的に改善されつつある。ここで注目されることは、この一部の先進的な地域には、やはり先進的な病院やクリニックが存在するという当然の一致である。医療を包括する地域ネットワークの成長は、そのまま病院やクリニックの成長と並行して発展してきたものである。


出典:現代のエスプリNO.303「アルコール依存症」(1992年10月)「社会復帰への援助 医療側の役割」