6m電波望遠鏡で見た宇宙

錦江湾高等学校 前田 利久


1.はじめに
 1994年に国立天文台から鹿児島市平川町の錦江湾公園に移設された6m電波望遠鏡は、鹿児島大学理学部物理化学科の学生達によって運用されている。主な観測は22GHz帯での水メーザー天体のモニター観測と、国内VLBIネットワーク(J-Net)によるVLBI観測である。筆者は1997年4月より6m電波望遠鏡の運用に関わっている。地学教員の立場からみた電波望遠鏡と宇宙について報告する。



2.錦江湾公園6m電波望遠鏡
 6m電波望遠鏡は国内最初のミリ波電波望遠鏡として、1970年に当時の東京天文台(現国立天文台)で建造された。ミリ波領域の星間分子スペクトルの検出などの成果を得て、長野県野辺山の45m電波望遠鏡建造への足がかりとなった(面高ら,1995)。その後、長野県野辺山、岩手県水沢でVLBI観測局として移設を繰り返したのち、1994年に鹿児島市平川町の錦江湾公園に移設された。望遠鏡と観測施設は現在でも国立天文台の所属であり、実際の運用には鹿児島大学理学部物理化学科の教官と学生たちが中心となってあたっている。
 6m電波望遠鏡が鹿児島に移設された理由は、(1)VLBIの基線が長くなることによって、国内VLBI観測網の分解能が良くなる。(2)ユーラシアプレート上の鹿児島にVLBI局を置くことにより、フォッサマグナ上の野辺山、北米プレート上の鹿島・水沢との測地基準となることである。また、電波望遠鏡を運用できるスタッフが鹿児島にいたことも大きな理由であった。
 現在、6m電波望遠鏡には22GHz帯の受信機が取り付けられており、水分子が放射するメーザー(22.2GHz)を中心とした観測が行われている。また43GHz帯の受信機も準備中である。鹿児島での単独観測(Single dish)では、受信した電波を中間周波数に変換した後、音響光学型分光計(AOS)でスペクトルを得ている。VLBI観測では、他の電波望遠鏡と同時に同天体を観測し、受信した電波はビデオ信号に変換され磁気テープに記録する。磁気テープは国立天文台の計算機で相関処理される。

  図1 鹿児島6m電波望遠鏡



3.水メーザーの観測
 星間からのメーザーは1965年にOH分子からのメーザーが発見されて以来、H2OやSiOからのメーザーも観測されている。メーザー(maser;Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation)はレーザーと同じような位相・方向がそろった単波長の電磁波であり、その発生には分子の励起が不可欠である。励起の原因としては赤外線または分子同士の衝突などが考えられている。
 メーザーは(1)オリオンKL天体などHU領域、(2)ミラ型変光星などの晩期型星、(3)系外銀河の中心核で観測されている。オリオンKL天体はオリオン大星雲中にある星形成領域で、大質量星が誕生するときに極方向に放出される分子流からメーザーが放射されていると考えられている。ミラ型変光星は、太陽のような中小質量星が主系列星から赤色巨星へと進化した後、星自体が膨張収縮を繰り返す脈動変光星である。この段階の星は膨張収縮の際、まわりにガス・ダストを放出して最終的には惑星状星雲となる。メーザーはこのような星の周辺から放射されている。系外銀河中心核からのメーザーは、その視線速度の大きさから巨大ブラックホールの存在の傍証となっている。
 6m電波望遠鏡は口径が小さいために系外銀河中心核からのメーザーは観測できないが、(1)や(2)の比較的強い天体については継続的な観測が可能である。筆者は理学部の学生と共同で、観測可能な水メーザー源をリストアップしてスペクトルの時間変動を観測している。観測はノイズの原因となる雨天を避けて、なるべく高度の高い南中付近の天体を狙う。観測天体とバックグランドの電波を交互に受信して両者の差をとると、雑音に埋もれそうな天体からの信号が次第に浮かび上がってくる。1メーザー源の観測には標準で2時間かかる。
 図2は、Single dishによる様々な天体からの水メーザーのスペクトルである。横軸は周波数を視線速度で表し、縦軸は電波の強さである。いくつもの成分があるのは、メーザー放射を起こしている水分子がいろいろな方向に運動していて、ドップラー効果で周波数がずれているためである。
 図3はいて座VX星の水メーザーのスペクトルを1年間にわたって縦にならべたものである。この星は赤色巨星で半規則型の脈動変光星として知られている。1年間の時間変動をみると、↓で示した成分が次第に成長しており、しかも1997年6月には2つの成分に分裂している。



4.オリオンKL領域の水メーザーバーストの発見
 1998年1月から3月かけての水メーザー源の観測中に、歴史的なオリオンKL領域の水メーザーのバーストを観測することができた。鹿児島での観測が国際的な共同観測のきっかけとなったので、その経緯を紹介する。
 鹿児島6m電波望遠鏡では1994年より、水メーザー源のモニター観測を継続している。オリオンKL領域は全天でも有数の強い水メーザー源であるが、これまで1.5×104Jy程度で安定していた。ところが1月の下旬になって電波の強さが日増しに増加しはじめた。2月初旬には2倍になり3月初旬には1.1×105Jyとこれまでの10倍になった。
 オリオンKLのバーストは1983〜1985年にも報告されており、その強度は6.6×106Jyにまで達している(G.Garay et al.,1989)。今回も同様の経過をたどることが予想され、6m電波望遠鏡はその立ち上がりを捉えたことになる。オリオンKLバーストのニュースは世界中に広がり、世界各地の電波望遠鏡が水メーザーだけでなくそれぞれの波長域でオリオンKLを観測しはじめている。
 なかでも強い関心を示したのは文部省宇宙科学研究所(以下「宇宙研」)のスペースVLBI(VSOP)グループである。宇宙研は1997年2月、鹿児島県内之浦から世界初のスペースVLBI衛星「はるか」を打ち上げている。「はるか」は口径8mのパラボラアンテナを広げ、地球直径をはるかに超えた長基線での観測を可能にしたが、22GHz帯は受信機の感度が悪く、これまで観測ができないままだった。しかしオリオンKLがこれほど強くなれば22GHz帯での観測も可能になるかもしれないと急遽観測スケジュールが変更され、「はるか」とアメリカのVLBIグループ、日本のVLBIグループによる観測が3月中旬に行われた。
 オリオンKL領域のバーストは現在も続いており、今後数年続くと予想されている。前回と比較して観測技術も進歩しており、新しい知見を得られることが期待できる。



5.VLBI観測
 VLBIとはLery Long Baseleine Interferometoryの頭文字をとったものであり、日本語では「超長基線電波干渉計」と訳されている。遠く離れた複数の電波望遠鏡を使って同一時刻に同一天体を観測し、受信した電波を計算機上で合成することにより、天体の細かい構造を知ることができる。また逆に電波望遠鏡間の距離を正確に求められる。VLBI観測には高精度の発振器が不可欠であり、日本では水素メーザー原子時計が一般に使われている。この時計の精度は 0.1ナノ秒以下である。
 VLBI技術は電波天文学と測地学の2つの分野に応用されている。電波天文学では高分解能が得られることから、電波源の正確な位置や構造がわかる。測地学では電波望遠鏡間の距離が数センチの誤差で得られることから、プレート運動の実測が可能になった。またVLBIでは地球回転パラメータを精密に計測することができ、地球の自転速度変動と大気・海洋の運動との関係が明らかになっている。郵政省通信総合研究所はVLBIと測地衛星を使用して、首都圏を包囲する4つの観測局間で広域地殻変動を連日高精度で観測している(KSP:Key Stone Project)。建設省国土地理院はGPS衛星とVLBIを使用して、国内の広域地殻変動を観測しており、鹿児島県姶良町にVLBI局として10m電波望遠鏡を設置している。



6.国内VLBIネットワーク(J-Net)による水メーザーの観測
 電波天文学を目的にした国内VLBIネットワーク(J-Net)は、長野県野辺山の45m鏡を中心に茨城県鹿島の34m鏡、岩手県水沢の10m鏡、鹿児島の6m鏡の4局からなり、1995年より本格的な運用が始まっている。共同利用観測では晩期型星・大質量星形成領域の水メーザーのVLBIモニター観測、活動銀河のVLBI観測などが行われている(面高ら,1997)。
 晩期型星の水メーザーについては、鹿児島6mと水沢10m鏡を使った観測で、従来予想されていたよりもサイズが1桁小さい1天文単位オーダーのメーザースポットの存在を明らかにした(Imai et al. 1997a)。また晩期型星RT Verの5回にわたる観測から世界で初めてメーザースポットの加速現象をとらえた(Imai et al. 1997b)。晩期型星は膨張収縮に伴って質量を放出しており、メーザースポットの加速の検出は、質量放出のメカニズムを知る手がかりになる。
 筆者らは晩期型星VX Sgrを3ヶ月間に6回のVLBI観測を行った。短い期間にVLBI観測を繰り返したのは、水メーザースポットの寿命が従来考えられている(数ヶ月)よりも短いのではないかという予想を実証するためのものであり、RT Virで見られたような水メーザースポットの加速現象がVX Sgrでも見られるのか検証するものである。観測は1997年12月から1998年2月に行われ、現在は国立天文台で相関処理されたデータを解析している段階である。



7.おわりに
 錦江湾公園に設置されている6m電波望遠鏡は、建造以来30年を経て今もなお電波天文学の一端を担っている。その理由としては受信機などの性能向上、ネットワーク整備によって共同観測が可能になったことなどがあげられる。多数の研究者がひしめく巨大望遠鏡と対照的に鹿児島6m電波望遠鏡は鹿児島大学の学生達が占有している。自分で望遠鏡を操作し、データを得ることは学生にとって意義深いものである。
 VLBI技術は今や電波天文学より測地学的に需要が高まっている。国土地理院や郵政省通信総合研究所の広域地殻変動測定は地震予知に直結しており、観測データをテープに記録せず通信回線で介して直接相関処理する「リアルタムVLBI」の実験もなされている。VLBIによって大陸間のプレートの移動が実測されるなど、地球の理解に役立っている成果も多い。
 筆者は6m電波望遠鏡の運用に関わることによって、今まで知識としてしか理解していなかった電波天文学の現場を体験することができた。またオリオンKL領域のバーストという大事件を発見でき、国際共同観測に貢献できた。研修期間は1年間だったが、6m電波望遠鏡の運用は今後も継続する予定である。今後は学校での教材として、また社会教育に6m電波望遠鏡を活用していきたい。


関係する機関のホームページアドレス
鹿児島大学宇宙コース http://www-space.cla.kagoshima-u.ac.jp/
VLBI国内ネット http://www.nro.nao.ac.jp/~miyaji/Jnet/head.html
Key Stone Project http://ksp.crl.go.jp/
国土地理院 http://vldb.gsi-mc.go.jp/

引用文献
G.Garay,J.M.Moran,A.D.Haschick(1989):The ORION-KL super water maser. The Astrophysical Jurnal. 338,244-261.
H.Imai,T.Sasao,O.Kameya,M.Miyoshi,K.M.Shibata,Y.Asaki,T.Omodaka,M.Morimoto,N.Mochizuki,T.Suzuyama,S.Iguchi,S.Kameno,T.Jike,K.Iwadate,S.Sakai,T.Miyaji,N.Kawaguchi,K.Miyazawa(1997a): Detction of compact water maser spots around late-type stars. Astronomy and Astrophysics,317,L67-L70.
H.Imai,K.M.Shibata,T.Sasao,M.Miyoshi,O.Kameya,T.Omodaka,M.Morimoto,T.Iwata,T.Suzuyama,N.Mochizuki,T.Miyaji,M.Takeuti(1997b): Measurement of shifts in line-of-sight velocities of stellar water masers using VLBI. Astronomy and Astrophysics,319,L1-L4.
面高俊宏・森本雅樹・川口則幸・安田茂・北村良実・田中譲(1995):鹿児島ミリ波VLBI局の創設.文部省科学研究補助金(一般研究B)研究成果報告書.
面高俊宏(1997):国内VLBIネットワークによる天体観測、文部省科学研究費補助金基盤研究(A)(1)研究成果報告書.1-4.
高橋冨士信・近藤哲朗・高橋幸雄(1997):VLBI技術.オーム社.


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