10・15 国分自衛隊 イラク派遣 反対集会 アピール(案)

 

 今から60年前、日本国民がどのような犠牲を強いられたのか、この夏、数々の証言や映像で思い起こさせられました。戦場となったサイパンや沖縄、旧〔いわゆる〕「満州」においては多数の国民が戦火に巻き込まれました。「生きて虜囚の辱めを受けず」との軍国主義の教育により数え切れない人々が自ら命を絶ちました。この旧国分飛行場からも多くの若者が「本土防衛」のための沖縄特攻作戦に加わりました。広島と長崎では何も知らされぬまま生活する市民の頭上に人類にとっての悪魔というべき原子爆弾が落とされました。

60年前、人々は絶対に戦争をしてはならぬと平和国家日本の再建を誓い、それが日本国憲法前文と九条の文言に結実しました。もう一度、繰り返します。「政府の行為によってふたたび戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し・・・」「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、・・・・永久にこれを放棄する」「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」「交戦権はこれを認めない」と。

この強く高い、憲法の平和主義があったからこそ、50年前に創設された陸海空・三自衛隊は「専守防衛」を原則、要として戦場での犠牲は自国にも相手国にも出さずに今日に至りました。しかし、200312月の小泉純一郎内閣の自衛隊のイラク派遣決定により、この原則は大きく破られました。その結果、ヒロシマ、ナガサキに原爆を落とされ、自らも多大の犠牲を被った日本であればこそ、といった世界の人々の日本国民の平和主義への期待を弱めてしまいました。

加えて、イラク戦争においては、劣化ウラン弾が500トンも使われました。微粒子となったウランは、永久的に大気や水、食物を通して人体に入り、白血病や先天性疾患で人々を蝕みます。イラクで急増する子どもの白血病、退役米軍兵士の子どもに現れた疾患は、湾岸戦争以来の劣化ウラン弾がもたらしたものと誰もが気づいています。ヒロシマ、ナガサキでの放射能被害は今も姿、形を変えて世界で人々を苦しめています。

 

私たちは、憲法の平和主義を守り、自衛隊のイラク派遣に反対します。

今、求められているのは、国際機関を介した、消防や医療、司法、警察、教育・文化といった分野での文民や民間ボランティアによる、文字通りの平和的手段での国際貢献活動です。あくまで日本国憲法の平和主義にのっとることです。北海道から沖縄まで、限定された日本の専守防衛に立つべき三自衛隊をテロ戦争の様相を強める紛争地に派遣することでは決してありません。

日本政府、小泉首相は、自衛隊のイラク派遣を中止せよ。

右、宣言する。

 

            2005年10月15日 

国分自衛隊 イラク派遣 反対集会 参加者一同