「9.11テロ」以降の平和運動、自治体の力を活かす
日時・場所
2002.5.25(土)
於:鹿児島市中央公民館
2002.5.26(日)
9:00〜 12:00
於:鹿児島県教育会館・教職員互助会館
第一分科会 「自治体の力」
第二分科会 「平和運動のオルタナティブ」
「平和をつくる主体と方法〜世界の非暴力化・民主化をめざして〜」
君島 東彦さん(北海学園大学法学部)
北海道の平和学、平和運動は、周辺という矛盾を押しつけられた地域から起こってきた。冷戦時代の軍事対決の最前線だった北海道から強い平和運動が出てきてきている。60年代から70年代にかけて起こった恵庭・長沼事件(訴訟)に始まり、米艦船寄港の多い函館から市民の危機意識の現れとして起こった非核・平和条例制定運動へと――そして、それは矛盾を押しつられた周辺から世界を見ていき、世界を変えていくためにどうしていくのか、という運動として捉えることができる。
さらに、『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス 2001年)を引き合いに出し、アメリカ人6人が世界の冨の6割を占めるという、はなはだしい南北の不平等・格差=グローバル・アパルトヘイトを生み出している<帝国>の統治構造を、現在の世界秩序としていく米国・欧州連合・日本の一体化構造として捉える。
そして、<帝国>=パックス・アメリカーナと日本国憲法の平和主義の意義については、グローバルな視点で捉えることを説く。1999年のハーグ平和アピール、2000年のミレニアム・フォーラムにおいて、日本国憲法第9条がアメリカの軍事力によって支えられている世界秩序を、平和的に転換し、変革していくテコになりうること指し示した。
非核・平和条例制定運動は、地域の安全を守るための運動だけではなく、アメリカの核兵器の移動の自由を脅かすものである。日本の自治体がアメリカの核搭載艦船を自由に使えなくする、核の移動の自由を奪うことは、世界全体の非暴力民主化にとって重要なルートである。アメリカが一番おそれていることは、ニュージーランドの非核法などに見られる「非核神戸方式」が世界に広がっていくことである。
さらに、日本国憲法前文に謳う非暴力主義の実現のためのプログラムとして、ユーゴ内戦時の非暴力平和隊の活動やヨーロッパの「良心的兵役拒否」者に対する非暴力手平和活動従事養成など。
最後に、アジアで平和を作るため、「東アジア市民社会の形成」、アジアの市民がヨコにつがっていく社会と市民を作る。
自治体・地方議会の「平和力」で有事法制を押し返そう
新倉 裕史さん(非核市民宣言運動・ヨコスカ)
「有事法制」つぶすために、全国に広がり始めた3つの取り組み
1,自治体への働きかけ 2,地方議会への働きかけ 3,自治体労働者への働きかけ
「周辺事態法」を個別法の枠内に押しとどめるのに大きな力を発揮した自治体。周辺事態法発動に際しては、条例を含む現行法に基づいた協力要請しか自治体にはできないと言うことを引き出した。
地方議会においても、周辺事態法促進の決議は1つのみ。9.11以降、昨年12月までの意見書184件、中身をよく見ていくと月を追うごとに報復戦争反対の意見書が増えてきている。議会決議では、反対を求めることだけが全てではない。否決されるよりは慎重審議、あるいは自治体の意向の尊重、情報の公開をもとるなど、採択されるギリギリの線で攻めていく。
自治体の平和力を活かす闘いに向けて、憲法9条の平和主義に基づいた外交を基本におきながら、自治体の持っている力に依拠した外交を主張していく。
自治体労働者の非協力宣言を支援する。有事法制に基づく協力要請があったとき、ストら気を含めて一切の命令を拒否する、そういう自治体の職員を市民が支援する状況を作る。
黙っていても「平和力」が自然にわいてくるものではない。私たち市民が自治体にそのことを求めることによって、自治体に気づかせる。私たち市民が自治体と一緒になって「平和力」を育てる。 それを基盤にしながら、戦争ができる仕組みを作ろうとする大きな流れら抗って行く。
特別報告−函館・苫小牧
これが「非核・平和条例」制定運動だ!
道畑 克雄さん(非核・平和函館市民条例を実現する会)
函館の運動では市民運動や平和団体、他の民主団体など様々団体との共闘で運動のなかで、’99年の3月議会に続いて、3年ぶりに「非核・平和条例」の議員提案で提案。同じような形で進めてきた小樽からは、市民の方が議会に陳情し、提案。’96年には、市民の方の陳情で趣旨採択をされていた苫小牧市が、市民の要望を受けて市長提案でこの3月議会に条例案が提案され採択。
市民の間でも、友好親善だから米軍の船は来てもいいのではないかとか、また経済界などは、特に経済効果ということで来ていただければそれだけ町が賑わって潤うみたいな言い方をして、どちらかというと歓迎ムードないしはそんなに目くじら立てて反対することではない、というような風潮がいままで強かったのではないか。
しかし、それぞれの市民の立場として自治体に対して言うべきことを言って、自治体がそれを市民の意見として国に反映をさせる。こうした運動が重要になってくる。それが一つの例としての、私たちは非核・平和条例制定運動だと捉えている。
市民や議会の中で議論を巻き起こしながら進めてきた、国に対抗していく手段としての条例制定運動は、港湾から米軍機が離着陸する帯広空港利用へと広がりを見せ、全道ネットワーク結成とへと向かっている。
有事の時にこうなるいというのではなく、平時の時から例えば米軍の船の入港を認めない、空港の軍事利用を認めないだとか、行政として日常そうしたことを行う自治体をまず作っていく。この積み上げがあれば、有事になっても簡単に「きょうから協力します」ということには決してならないし、市民もそうした気持にはならないだろう。
特別報告−鹿児島
鹿児島の軍事利用の現状と「意見広告の会」の取り組み
木村 朗さん(鹿児島大学法文学部・かごしま平和ネットワーク)
’98年の終わりと’99年の初めに南日本新聞、朝日新聞にそれぞれ3分の1面と半面を使った意見広告「錦江湾を非核の海に―鹿児島に神戸方式の導入を」という意見広告をして、そこの事務局をしていた関係でご報告をさせていただきます。
「錦江湾鹿児島の海の非核化をめざす意見広告の会」は、その活動を市民レベルで引き継ぐ形で、周辺事態法が審議されているさ中で「ストップ周辺攻撃を考える市民の会」、それから発展して「かごしま平和ネットワーク」へ。きょうこのシンポジウムの企画の主体として、平和センターなどと共に、市民グループとして「かごしま平和ネットワーク」も参加。
新ガイドライン以降の九州・沖縄
従来の対ソ抑止型、日本有事といいますか、国土防衛型の日米安保から地域紛争型、周辺有事、あるいは海外出動型の安保体制へ移行していった。そうした中で、日本における軍事的拠点の比重が従来の東日本・北海道を中心とする北日本から、西日本あるいは南の九州・沖縄に明らかに比重が移ってきたということがある。
とりわけ’97年新ガイドライン以降、そういう動きが顕著になってくる。米軍基地での事前集積はさらに進みますし、港と集積基地の物資輸送を担う民間業者、あるいは防災訓練および救難活動での日米協力の実施。また相次ぐ自治体の民間施設、すなわち港湾・空港・病院などへの利用への米軍側からなどの要請打診。また九州上空での低空飛行訓練の強硬実施などが、周辺事態における自衛隊あるいは民間・自治体の後方支援全面化、具体化としてなされてきた。
突出している米艦船・米軍機の利用状況
鹿児島港が全国で3番目の米軍艦船の利用状況です。ここ10年、14年、そういう長期スパンで見れば明確に九州では最大の頻度、軍事利用でありますし、全国で3番目の民間港の軍事利用がなされている。
奄美空港では米軍機、沖縄から飛び立って中継基地・給油機地として利用して、こんど本土、特に岩国に行く米軍フェリーなどを中心とした米軍機・航空機による軍事利用が全国で3番目、九州でも長崎、福岡、に次いで3番目です。この異常な軍事利用がなぜこの鹿児島の地で、このような形であらわれているのか。
アジア太平洋における日本の在日米軍基地、あるいは日本における九州・沖縄の基地の重要性が高まってきたというのは最初にお話しましたけれども、鹿児島は地理的に見てみれば、沖縄という極東最大の米軍基地からその他の米軍基地、三沢は少し遠いですが、横須賀、非常に近いのは岩国であり佐世保、そういったものをつなぐ中継地点として注目・利用されているのではないか。
市民の視点での脱国家、脱軍事の動きを作り出す
98年10月1日の鹿児島市議会決議。「鹿児島港での軍事利用の禁止等非核・平和利用を要求する決議」が採択されており、また’98年9月29日には名瀬市議会決議で、「鹿児島県内の全ての民間空港・港湾を米軍に使用させないことを求める意見書」という、全県域の民間空港・港湾の軍事使用に反対しているという所が非常に特徴である。また屋久島では2000年3月に「放射性物質の持ち込みと原子力関連施設の立地拒否」という決議・条例が出ている。
「錦江湾の非核化をめざす意見広告の会」の取り組み
『世界の恒久平和と核兵器廃絶は人類共通の長年の願いであり、その実現に向けて被爆国日本は特に大きな責任を負っています。鹿児島県ではすでに県内全ての’96市町村が非核・平和自治体宣言や議会決議、陳情、採択、請願採択等を行い、何らかの形で非核・平和の意思を表しています。私たちは、これに示された県民の総意を生かすために、ここにあらためて鹿児島県に対して、国是である「核を作らず、持たず、持ち込ませず」の非核三原則を遵守し、非核神戸方式の採用によって、県内港湾、とりわけ鹿児島港における非核・平和利用を徹底するよう求めます。
私たちは、県民の親しめる平和な海を実現するために、核兵器積載艦船の鹿児島県内の港湾への入港を断固拒否します!』という内容です。
自治体の力、条例制定運動の現状と論理、自治体の平和外交、議会決議
「函館」 地域から平和をつくる
―函館の「非核・平和条例」制定運動―
非核・平和函館市民条例を実現する会
高橋 亨さん(函館市議会議員)
函館に見る「自治体の力」 首長の対応が3年前のキティーホーク小樽入港時と比べたら変わってきた。その現れが、市民公開に3年前30万人出向いたのが、5万人に減少。市民感情上、好ましくないと変化していった。
昨年同時期に米韓線室蘭入港は、中止になっている。苫小牧では停泊バース指定による入港ができず。住民感情で入港を拒否する自治体に対して、罰則をかけることはできない。港湾管理者が「ノー」と言えば、入港を拒否できる。
ただ、「地位協定第5条」においては、拒否はできないことになっている。最近は、港湾法第13条を引き合いにだし、米艦船であっても不平等な取り扱いできないと。
条例制定運動では、苫小牧が今年2月首長が、「非核三原則がそこなわれる場合は、入港を拒否できる」旨を趣旨とする条例を提案。函館のような議員提案の場合は、首長の執行権をしばる条例へ、2度提案したが否決されている。
この条例制定運動を通して、地方の考えを首長が判断するようになってきた。
地方自治体の外交権の問題、港湾管理権、港湾法、そして憲法の問題など議会での質疑、ディベートができない現実もある。
「長崎・佐世保」 2001年 米海軍佐世保基地の動きから
谷村 和親さん(佐世保地区労事務局長)
1886年海軍の鎮守府がおかれた佐世保は、周辺事態法成立以来、米軍の戦略見直しと再編強化が進められてきている。米軍の現状は、7隻の米艦船が常駐。最新鋭の揚陸艦エセックスは搭乗人員5800名で、思いやり予算でまかなわれている。
「9.11」以降、アメリカン艦船入港などオープンにしなくなった。情報はマスコミから。11月9日には、燃料補給を目的としてインド洋に自衛隊が派遣された。偵察待機として、海上で5461名、陸上で1452名配置されている。99年以降、自衛隊の整備機能と意識高揚が図られ、ミサイル艦の配備のため660名が配置、全国の有能な部隊・特殊部隊へ。
2002年4月25日、小銃を持った自衛隊員がアーケード街を闊歩した。商工会長が音頭を取って。
米原潜問題――これまでは、入港24時間前通知があったが、最近は反古になっている。すでに130回も入港している。
自衛隊の海外派兵――インド洋に3隻派遣。ミニイージス艦「くらま」―アメリカ艦船との情報のリンクができる。搭乗している自衛隊員、いつ帰れるか分からないというストレス、体調不調を訴える。2月13日「さわかぜ」他2隻、一名が亡くなる。戦争協力の中で戦後初めて自衛隊員が亡くなったが、情報の開示はない。
「神戸」 「非核神戸方式」に未来はあるか(レジメから)
中村 伸夫さん(憲法を生かす会神戸)
1,「非核神戸方式」ができた背景と仕組み
〈背景〉
・戦後神戸港は米軍の完全占領下。その後朝鮮・ベトナム戦争を通じて休養・補修・修理などの名目で米艦船が多数入港。57年は311隻。その後62〜73年まで計112隻が入港。74年、完全返還。
・74年、米議会でのラロック証言日本に寄港する艦艇は核兵器をはずさない」
・宮崎神戸市長が議会で「非核3原則が、ラロック証言により守られていない限り市民の不信と不安をぬぐい去ることはできない。港湾管理者として核の持ち込みが正確に解明されない限り、今後米艦船の神戸港入港を拒否する。」と答弁。
・港の労働者や市民の運動で、丁5年3月18日「核兵器積載艦艇の神戸港入港拒否に関する決議」が神戸市議会で全会一致で採択。
・以後、27年間神戸港への米艦船入港はゼ□。米国以外では、98年のカナダ・プロテクター号を除き、17隻が入港したが非核証明書を提出。
2,「非核神戸方式」の法律的有効性
・「外交問題は国の専権事項であり、地方自治体にその権限はなく、神戸方式は法律、条例等にまったく根拠がない」(国の立場)
・確かに条例ではなく、行政指導という限界はもっているものの
@地方自治の本旨に基づく行為
・市民の総意を代表する市議会決議にもとづき、核艦艇入港を拒否
・港湾法一港湾管理者としての市長が必要な規制を行うことができる
・神戸市港湾施設条例一「使用内容が港湾環境を悪化させるおそれや公共の秩序を乱すおそれがある場合は許可を与えない」「必要ある場合は貨物、…港湾施設の使用に関する事項について関係書類の提出を求めることができる」
A国是である非核三原則「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」(71年国会決議)にもとづく行為
B憲法の平和主義
・このように「非核神戸方式」は条例でなく、行政指導であるが憲法上も、法律上も、条例上もその有効性は担保されている
3,震災後進む神戸港の軍事利用と強まるアメリカからの圧力
98年
カナダ艦船プロテクターが非核証明書なしに神戸港(自衛隊阪神基地)に入港。
「おおすみ」阪神基地入港。大阪湾での大軍事演習「ノーページェントインナニワ」で「おおすみ」神戸港使用。トルコ地震への仮設住宅輸送で「おおすみ」が神戸港から出港。
99年 米フォーリー駐日大使(当時)「私の在任中に米艦船が神戸港に入港するのが願い」
(新ガイドライン関連法成立)
00年 ・米ルーダン総領事「米国艦船は他の港と同様、神戸港にも出入りするのが望ましい。安保条約で確保されている」(神戸新聞の取材に対し)
・米ルーダン総領事、港湾関係労組と懇談rなぜ米艦船の入港にこだわるのか。入港できないと、神戸に歓迎されていないと思う米企業もある。八港は神戸のためになる」と入港を打診
・商工会議所幹部「商売のために非核神戸方式」みなおしを
4,「非核神戸方式」つぶしの動き
01年8月 「非核神戸方式」ができた75年以来一隻も兵庫県内に米艦選は入港していなかったが、兵庫県姫路港に米艦船ビンセンス入港(他の全国3つの港にも)
<県の対応>
・「神戸方式」にならって県は「非核証明書」の提出を米側に求めたが、「個々の艦船について核搭載の有無は議論しない」との回答、また外務省の「安保条約にもとづく事前協議はなかった」という回答から、県は核兵器は搭載していないと判断し入港を認める。
<神戸市の反応>
・「あくまで非核証明書の提出なきでは入港は認めない。神戸は25年間神戸方式を守り続けた実績があり、今後も変わりはない」(神戸市海務課長)
◆非核神戸方式をつぶし、「周辺事態」の際に米軍が使用を要求している神戸港入港への地ならし
5,非核で平和な港を求めて
・ビンセンス入港の際の神戸市長の発言
非核神戸方式は堅持すると言いながらも「ガイドライン関連法のような有事を除けば、非核証明書の提出を求める」→有事の際には核の持ち込みがあってもいいと受け取られる発言
・01年10月神戸市議会での助役答弁
有事の場合でも核積載艦船の入港を拒否すべきとの質問に「例えば周辺事態法9条、そういうような要請がある場合、やはり市民の安全確保という観点から具体的な事案等、それに即して議会と相談しながら対応する」(助役)とあいまいな答弁。
◆地方自治の本旨にもとづき、非核3原則を具体化したのが「非核神声方式」
ビンセンス入港時アンケート(神戸新聞)
半数―入港は歓迎しない。8割―非核神戸方式を他の自治体に広げる必要あり
〈課題〉
・「有事」の際でも国と対決し、入港を拒否させる市民のカと運動―有事法制反対
・
入港拒否を明確にした条例化―全国の運動との連携
・
市民にも知られていない「非核神戸方式」―行政として広報を怠ってきた結果
・
神戸港の役割と共に「非核神戸方式」を神戸市の誇りとして、中学校の副読本に載せるべき→「前向きにやりたい」(教育委員会)
平和運動のオルタナティブ、「9.11」以降の平和運動、地域の安全保障論、有事法制
「沖縄」
伊波 洋一さん
(沖縄県議会議員・元中部地区郎事務局長)
・有事法制反対の実行委員会の立ち上げ(5/26)
その場所場所で平和運動ができることがこれからの課題
・沖縄の運動がどのように変わろうとしているのか?
5月15日、復帰30周年を迎えるが、米軍基地は30年の間にリニューアルしてきた。復帰前、嘉手納基地は米軍が建てたものであったが、現在は日本政府のもの。日本政府がサポートして、今日の沖縄の基地がある。朝鮮有事が起こった場合には、沖縄からは米軍が行くことはない。
少女暴行事件の頃が、反対運動のピークだった。94〜95年に始まった冷戦終結後から米兵がなまってきていたからたたき直すために、国道や県道を使って訓練を行うようになった。北谷のレイプ事件(01年6月)の頃から、沖縄県民に謝罪する政策が破綻した。誤りを認めなくなった。
02年4〜5月にかけて、事件・事故が相次いだ。ブッシュ・小泉の政策と連動するものだ。
・県民の意識は変わっていない。
基地賛成派は10%しかいない。基地容認の姿勢が行政にはあるが、基地振興策はいずれ破綻していくだろう。
・平和運動
女性の立場からの運動は続いている。沖縄の位置―東アジアの拠点
国の振興策を乗り越える地域主権が基地撤去の力になる。地域発展に根ざした経済政策のあり方も求められている。地域振興と平和運動も課題になっていくだろう。
「呉・岩国」 ヒロシマで見る相次ぐ派兵・基地強化と有事立法
湯浅 一郎さん
(ピースリンク広島・呉・岩国)
・ 基地の役割を問うということが、ヒロシマからの発言をしなければ…
・ 海上自衛隊の行動については、把握しきれない。呉と鹿児島との関連など調べていく必要を感じた。
(1)9.11以降の現状
「世界は変わった」と言われているが、地域で見ると何も変わっていない。今までの運動を続けていくことが大事、主張のスタンスは何も変わらない。
変わったことは、自衛隊が海外へ出ることが普通になってしまった。「テロ特措法」によらないで、出港していった。
・佐世保・呉 → 燃料補給 戦争の一旦を担う。両方とも被爆県である。
・呉・佐世保・舞鶴 → 戦争を支えていくまちになった。そのため、「海外に出すな!」と市民に訴え続けてきている。
・自衛隊委員の意識 「何かおかしい」と思っている。契約では、「日本国憲法に基づいて、日本を守ること」だった。そういうアピールもしてきた。経済不況の中で安定した職場として入ってきたはずが、海外へ行くことではなかっただろうとアピール。
・岩国では、215haの海を埋め立てている。思いやり予算で基地の敷地が40%増えることに。海外の米軍基地で拡張されているのは岩国だけである。
(2)「9.11」をきっかけに、海外派兵が慢性化。
私たちの住んでいる町の自治体へ働きかけていくことが問われている。ピースリンクでは、県内86市町村へアンケートを取り組み、自治体への要請と意見書を出すよう働きかけている。
・アジアの中で、市民の連携が
・自分の住んでいる地域での行動を → 全体に拡がっていくことになる
「大分・日出生台」 なぜ私たち地域住民は米軍演習に反対するのか? その問題点
浦田 龍二さん
(米軍基地と日本をどうするローカルネNET大分・日出生台)
・99年から4回、米軍実弾砲撃演習が行われてきた。米軍はほんどで5カ所、10日以内の演習。日出生台では過去4回は8日間の演習だった。
滞在は1ヶ月、「日通」が荷物の積み卸し、155ミリ砲銃などを運ぶ。毎年のことで慣れてきている。
米軍の車両40台、高速道に乗るまでは一般国道。ノンストップで通過する。米軍最優先の態勢を作っている。
・民間人、砲撃事件 民間人が参加していた。
・演習が始まる前のアンケートでは、地元の8割が反対していたが、
・「地域通貨」の取り組みから
基地がなくても自分たちでやっていける。地域の自立、最小の自立の単位を作っていく。
韓国の基地との交流を深め、情報交換を行っている。直接顔の見える関係を作っている。