ZERO
(小学館/松本大洋/上・下巻)

他のボクシングマンガとは一線を画す、ボクシングマンガ界のワイルド・カード。それがこのZEROです。一歩引いてみたような視点から語られる物語は現実的な切なさに溢れています。
マンガというより上質の映画のような、透明で澄んだ雰囲気が印象的です。けっこう激しいボクシングシーンを描いているのに汗くさくならないのは、瞬間を写真で切り取ったような画法と心理描写を巧みに織り交ぜながら描く、この人のセンスの良さによるモノでしょう。

主人公は闘争本能が固まって出来たような男・五島雅
彼は異常なほどの強さでただ戦い、ただ勝ちます。
まるで命令通りにしか動けない機械のようです。
以下は物語が始まる冒頭のシーンでの、スポーツ記者達の会話。

「見ろよ。笑ってるぜ気味悪りぃ。」
「いつもの事じゃねぇか。」
「今日はタイトルマッチだぜ、おい。」
「それもいつものことだろ。」
「そして勝つのさ、いつものことだよ。」
「もう10年間その繰り返しだ」

物語が始まった時点で彼は既に30前。WBAとWBCの王座を統一し、何と26度目の防衛に成功。何の意味も目的もなく、ただ勝つだけ。それ故に付いたあだ名がゼロ。
戦うために戦う、それだけ。
五島の巨大すぎる闘争本能を、作品中では「狂気」という言葉で表現しています。彼は言います。
「みんなすぐ壊れてしまう。ちょっと力を入れるとすぐ。だから、壊れないオモチャをオレにくれ」

休むことなく戦いを強いる狂気。確実に衰えていく肉体。どこまでも続く無限地獄に、五島は疲れたのでしょうか。わずかに残った理性の中で、彼は「花」に憧れを抱きます。
「花がいい。春咲く花は 秋には枯れる・・・」
この言葉は何を意味するのでしょうか。

彼が目を付けたのは一人のボクサー。名前はトラビス・バル。戦績は16戦16勝16KO。メキシコの国内ミドル級チャンピオンです。メキシコから伝わる噂では、16オンスのグローブをつけたままクルーザー級の選手を殺したとか。若干19歳、五島曰く「壊れないオモチャ」。

「花は種になる。種が花を作る。」
五島は、何をするつもりなのでしょう。

トラビスとの試合を熱望する五島に、周囲は猛反対します。
「何故自分の寿命を縮めるようなマネをする。相手さえ選べば後5年は守れるベルトだっ」
「そうやって守ったチャンピオンベルト、腹に巻いて棺桶入るか?ハハハ・・・」

五島の決心を変えることは、誰にも出来ないようです。

トラビスのトレーナーは言います。
「ゴシマはリングを降りる覚悟は出来ているのさ。彼の理想に、30という年齢はキツすぎる。
そして探している 自分のラストファイトにふさわしい相手を。
ZEROの称号を継ぐ者、自分と同じ異能者だ。」

それがトラビスだというのでしょうか。しかし・・・

五島のトレーナー兼ジムの会長・荒木は言います。
「そいつは無理だ。
トラビス戦となればオーナーはお前(五島)が負けると踏んで、興行権を二戦モノにする。
ハンコひとつ付けばお前はリターンマッチだ。トラビスを一個人と思うな。
名うてのプロモーター、大きなスポンサー。
これらがひとつの才能にまるでアリのように群がってる。
奴らが狙ってるのはお前のネームバリューだ。ZEROを倒せば天下が取れる。このプロジェクトに、億単位の金が動いている・・・

しかし、現実はこうでした。
「栗原オーナーもこの試合に噛んでるんでしょ?
あの人、この試合、売れないアイドルの引退コンサートくらいに思ってるよ。」

事実、勝ちすぎてしまう五島の試合の興行成績は頭打ちになっていたのです。そして年齢の問題。
まるでしゃぶられるだけしゃぶられて、捨てられてしまうような五島。
彼の何が悪かったというのでしょうか。

遊園地の観覧車の中で、五島は言います。
「頂点なんて一瞬で終わる。気がつきゃ下り坂、あっという間に下に着いてる。
・・・ここはいい眺めだ・・・」

理性はボクシングを辞めるため。狂気は「壊れないオモチャ」と遊ぶため。
トラビスとの試合は彼曰く「楽しいダンスパーティー」。
楽しい夜が終わった後、五島をエスコートするのは理性か、狂気か、トラビスか。

結末は、ご自身の目でお確かめ下さい。

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