あとがき



BGMは昭和63(1988)年 1月16日,栗野行き443Dでの薩摩大口駅到着前車内放送です。
(再生時間:15秒)

 ふるさとの駅・・・ それは日本の各地へ旅立つ人びとや,地域の特産物を送り出し,帰ってきた人や各地からの物資を迎え,あたたかく受け入れてくれる存在であったように感じます。鉄道,そして駅は,離れた人どうしを結ぶ,心の支えや拠り所ととらえておられる方もいらっしゃると思います。



 山野線が廃止されてしまった翌月,店頭に並んでいる時刻表の索引地図ページをめくると,今までそこに載っているのが当たり前だった所にできた空白,消えた駅・・・。それを目の当たりにしたとき,この地域全体が消え去ってしまったかのような錯覚を感じ,言葉では言い表せないような空しさがこみ上げてきました。
 また,大口市出身で都会在住の方が久しぶりに帰省することになり,駅のきっぷうりばで薩摩大口駅までの切符を購入しようとしたところ,『そんな駅はありません』と告げられ,愕然としたというお話も伺ったことがあります。



 自分自身が今まで見聞きした山野線の記憶,そして多くの皆さんから伺った思い出を,風化させないように未来に伝えられたらと編集に取り組み,廃止10年までをまとめたホームページ『山野線データファイル』
 開設から10年近く,
個人団体・地域を問わない大きな反響,母校での毎年の講演など,老若男女問わず,たくさんの『心のレール』をつなぎ延ばすことができ,自分にとっても大きな励みになる出来事に数多く恵まれました。



 曽祖父の土地を買収して薩摩大口駅が開業,母は国鉄職員の父と結婚。そんな中で生まれ育ってきた私の,今まで多くの皆さんのお世話になりながら家族・鉄道とともに歩んできた人生が,ライフワークとして取り組んできていることが,レールでどこまでも続く鉄路のように,現在まで確かに無駄なくつながっていることを改めて実感しております。



 山野線を知らない世代の若い方々には,かつてあった鉄道の使命・来歴を知っていただき,そして古きよき時代を知る年配の皆様には,もう一度鉄道があった頃の画像や音声を見聞きされ,忘れかけていた記憶を呼び戻し,当時に想いをはせていただくお手伝いができることを希望します。



 この『山野線 いつまでも』の制作は,廃止20年,ひいては自分の人生39年間のとして,大きな意義となりました。そのことは山野線,父や祖父母など,空の彼方に旅立っていかれた方々に対しての『感謝』と『はなむけ』になったのではと感じます。
 沿線の中心地であった大口市に在住する自分の使命として,山野線でつながっていたこの地域を見つめ,記録し続けていきます。これからもずっと・・・。

 


鉄道は消えても 心のレールはいつまでも


山野線よ 永遠に



平成202008)年 1月     小斉平 信二