新南島通信は、奄美に関する様々な書籍・文献等から印象的文章をピックアップして紹介します。

bP 不思議な魅力を持つ島の風土記 椋 鳩十
 奄美風土記の前文より
 奄美の島々は、一度訪ねたら、この国の自然が、悲しい物語と島唄が、島のやさしい心が、ふかく焼きついて、一生忘れることが出来ないという。奄美の島々を、私は三十回近く訪れているが、何回訪ねても、あきることがない。いやいや、度重なれば、重なるほど、ますます強く惹きつけられるのである。 奄美という国は、魅力に富んだ国である。
 魅力といえば、見るもの、聞くものことごとく、日本本土とは異っている。エキゾチックであると同時に、奄美特有の詩がある。
 この島には、ルリカケスという鳥がいる。地球上、この島にしかいないという鳥である。空よりも青いルリ色の背羽根を持っていて、五十羽、百羽と群れてとぶ。彼等の群れとぶ光景は、虹のかたまりが、空を移動して行くのではないかと思われるほど美しい。
 アマミノクロウサギという不思議なウサギがいる。ムカシウサギの仲間で、生きた化石ともいわれ、現存する多くのウサギとちがって、木にものぼることが出来るウサギで、世界に三ケ所しかいないといわれている。
 古老たちから、島の白砂に腰をおろして、こうした生きものの習性などの話をきくのも面白い。白砂といえば、この浜の白砂は、珊瑚礁のくだけたものであるので、清潔そのものといった白さである。
 植物もまた本土とちごう、畑にはバナナがみのり、農家の庭には、パパイアの木が天をついて立つ。パパイアは、木のてっぺんに、子供の頭ほどの実をつける。私はこの地方を旅する時の朝食は、このパパイアなのである。
 われわれ、旅人の目から見ると、このように奄美は、本質的に、日本本土とはちごうように思われる。
 けれど異質的に見える皮を、一枚はぎとると、その底には、古代日本が岩盤のように、どしんと横たわっているのだ。現代の日本が失った、また、失いかけている日本が、現在の島の風俗習慣の中に息づいているのである。奄美は日本のふる里としての一面をも持っているのである。
 まことに不思議な国である。奄美に生をうけた者でなくては、この国を理解することは難しいであろう。
 この「奄美風土記」の著者は、この国に生れた民俗学者である。島に生れた多くの人は即興詩人である。著者もまたそういう者の一人である。島の魅力を、詩心豊かにうたい上げているのが、この本である。
 私はこの著書の活字の林の中にふみこみ、いたるところに美の泉を発見して、恍惚としてさまよいあるくのであった。

奄美風土記 栄 喜久元 著 丸山学芸図書  定価1854円
著者のことば
島民が文明、文化の恩恵を受容するようになると、孤島苦が加わるょうになった。この視点では、奄美の島々は暮色で塗りつぶされてしまう。しかし奄美の自然は、現在になって島民自らが意識し、また外来者が賞賛するように、青い空、青い海、樹木の緑、まぶしい白砂などと、まことに豊かである。あるいは、祖先たちはその自然の豊かさを意識しなかったにしても、島の自然は奄美の人の血肉になっていることはいうまでもない。私はその面に照明をあててみたいと思ったのである。      あとがきより
ISBN4−89542−043−4

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