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益救神社は、天津日高彦火火出見尊(火遠理命、山幸彦)大山祇尊(大山津見神)木花開耶姫尊、塩土翁尊(塩椎神)豊玉彦尊、豊玉姫尊、玉依姫尊、境内社、くしいわまどの尊、豊磐まどの尊旧、益救神社は、天津日高彦火火見尊を祭神として正祀する神社でであります。
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![]() ![]() 牛床詣所・里における山岳信仰の聖地、春秋の岳参りのおりに、家族たちがご馳走をそろえて山に参った男たちを出迎えた場所である。岳参りに参加できない者たちは、ここに御岳にまつった山の神様を拝んだ。また、牛床詣所には、さまざまな祈願のための石塔が、数多く奉納されている。民族的にも宗教的にも、貴重な文化財です。(山岳信仰の聖地)
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山口神社由諸記 山口神社は、江戸時代の初期より明治末年まで、 屋久杉を伐採するとき災害がないようにと、山の神(大山祗尊)を奉祀、入山安全・作業安全等を祈った神社である。 また、島民は昔から奥嶽を神々の棲む所として畏敬・崇拝し、各集落で嶽参り(タケマイリ)の行事が行われたが、村を代表して入山する青年を村人が見送り、出迎えた所がこの神社であった。 |
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久 本 寺(宮之浦)・名僧タリ長亭元年種子島氏公及び日良法印ノ招キデ種子島ヲ布教シ翌年屋久島二来リ島民ノ尊信ヲ集メ祈祷にヨリ島ノ鳴動ヲ鎮メテ不安ヲ除キ且ツ島ノ文化興隆二資ス而 シテ律宗ヨリ法華宗二改宗セシム文亀三年 六十三才来島以来五百年ヲ記念シテソノ偉大ナル法功ヲ顕彰スルモノナリ 昭和六十年六月二十六日 日増上人顕彰奉讃会
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