南さつま市坊津地区の住民や出身者らでつくる「坊津町の活性化と環境保存を促進する会(坊津友の会)」(岩崎佐幸会長、約50人)は、坊津街道(薩摩街道)の起・終点の道標を同市坊泊庁舎の緑地帯に設置した。 除幕式が8日あり、関係者が完成を喜んだ。
 
坊津街道は古くから九州を縦貫して参勤交代などでも使われ、福岡県から熊本市、出水市、鹿児島市、坊津まで続く道だった。
福岡県筑後市に「旧坊津街道」と記された道標があるのを知った観光ボランティア坊津やまびこ会(現在はNPO法人坊津やまびこ会)メンバーが、2009年11月に同市を視察。 南さつま市では坊津街道の名が知られていないことから、道標建立を検討して来た。
 
坊津友の会は09年4月に発足。 坊津再生のため今年2月末までに約40万円の寄付金を集め、道標設置が事業の第一弾となった。 重複するメンバーも多いやまびこ会の協力も得た。 道標は、ヒノキを使い高さ約1.7m。
 
除幕式で岩崎会長は「埋もれた歴史や宝を保存するための第一回の事業となった。 誇りと思える歴史を大事にしたい。」 やまびこ会理事も務める早水廣雄事務局長は「九州新幹線全線開業を前に、坊津街道の起点・終点を表したかった。 今後、坊津街道を通じて筑後市の市民団体などと交流して行ければ」と話した。

 
坊津は鹿児島県の薩摩半島の西南端にあります。 リアス式海岸と云う、海に山が入り込んだ地形で、風光明媚な町です。 その昔は、三重の津(安濃津)、福岡の博多(博多津)と並んで、日本三津(にほんさんしん)と呼ばれた港町でした。 古来、海上交通の要地で、奈良時代には鑑真が上陸した地でもあります。
 
中世からは島津氏の中国・琉球貿易の拠点地でもあり、倭寇や遣明船の寄港地であったと伝えられています。 海外貿易で賑わった坊津港と共に繁栄を誇り、真言宗寺院の一乗院は、寺跡に残る石造りの仁王像が往時の繁栄を今に伝えています。
 
江戸時代になると、貿易港としての重要地は長崎へ移り衰退しますが、薩摩藩の秘密貿易の地として、その地位は保ち栄えていました。
 
現在でも、当時の石垣、石畳、石の階段、並びに民俗行事が残っており、当時の面影を残す情緒ある町です。
 
最近では、美しい景観と共に、透明度の高い海岸を利用したダイビング、釣り、町歩きのメッカとして若者の心を捉えています。
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