木村大 コンサートレポート

日付 2001年3月9日(金)   18:30開場 19:00開演  
チケット 全席指定4,200円(税込み) ソールドアウト状態 約300席
場所 南日本新聞社みなみホール 鹿児島市与次郎
正式名称 木村大ギター・リサイタル 南日本新聞社 新社屋落成記念
プログラム

エマージェンス(アンドリュー・ヨーク)
リフレクションズ(アンドリュー・ヨーク)
四つのベネズエラ風ワルツ(アントニオ・ラウロ)
  ・タチアナ
  ・アンドレイナ
  ・ナタリア
  ・ヤカンブ
練習曲第6番,第7番(エイトール・ビラロボス)
ムーンタン(アンドリュー・ヨーク)
    〜〜休憩〜〜
バーデン・ジャズ組曲(イリ・イルマル)
  ・シンプリシタズ
  ・子守歌
  ・ロンド ア ラ サンバ
ブエノスアイレスの夏
ブエノスアイレスの春(アストル・ピアソラ)
ギターのためのリブラ・ソナチネ(ローラン・ディアンス)
  ・インディア
  ・ラルゴ
  ・炎
アンコール コユンババ

感想  木村大の初来鹿コンサートである。地元紙である南日本新聞社が移転・新築したためにその落成記念として招聘されたものである。そのコピー(ギター界に現れた新星,や,21世紀の天才ギタリスト)どおり前評判も非常に高く,チケットはもちろん完売であり,県内外を含め約300人の満員のホールでのコンサートとなった。前日に鹿児島にも大寒波が訪れ,来鹿が危ぶまれる中,降り立った南国の鹿児島の雪化粧した町並みに木村本人も驚いていたようであったが,結果的には大成功のうちに終了した。若いエネルギーを音に代え表現すると言った,満員の聴衆の期待を裏切らない形で,約2時間のプログラムを引ききった木村大は,名前の通り大きくなっていたように感じる。

 以下は時間の経過とともに,曲ごとのレポートとする。

 会場入りしたのが開演5分前だったので,ロビーの雰囲気をそこまで感じ取れなかったが,女性の比率が7割ほどあったのではなかろうか,若い女性の姿がそこかしこに見られた。それまで,ギター(特にクラシック)といえば,コアなファンか,演奏自体を趣味としている人の集まりであった部分も否定できないが,同世代の村治香織,大萩康治らと彼木村の貢献により,広く理解を得られるようになったのであろう。ロビーでは例のごとく十字屋さんによるCD,DVD,ビデオ,楽譜の販売が行われていたが,講演終了後サイン会が催されることとであった。後で購入しようとまず席に着く。

 7時を少し回っただろうか,舞台そでからXフレットの調弦の音が聞こえた。聴衆は登場の予感に静まり返った。そしていよいよ我々の前に姿を現した木村はその細い体を腰から90°曲げ深く礼をしてから中央の席へと座った。友人が形容したが,コンパスのような体(細くてカチッと曲がる礼?)も言われてみれば,そのとおりであるなぁと不謹慎にも考えながら,第一音を待った。1曲目は,エマージェンス(アンドリュー・ヨーク)である。まるで時を刻むデジタル時計のごとく始まるその曲は,きっちりとした重音を出しながらまさに鹿児島にemergenceする第一歩の曲であった。彼の演奏スタイルは始めて見たが,左足を足台に乗せ,左手を見ながら演奏をする形であった。福田氏や山下氏と言った天才は,自分の演奏に酔い情熱を体全体で表現することがあった。比較して淡々とそこまで前を見ることもなく弾き続ける姿に,最近の若者といった姿も感じ取れた。30代当時の山下氏の全盛期の演奏を,20代で聴くことができた私は,幸運にも今,20代の21世紀の天才の演奏を,30代にして聴くことが出来たという逆の立場を感じ取ることが出来,感激を味わっていた。

 二曲目もアンドリューヨークの作品であるため,そのまますぐに次の曲へ入った。二曲目は,リフレクションズ(アンドリュー・ヨーク)である。ところがこの曲の演奏中に少しトラブルが発生した。事前のアナウンスでも当然注意があったが,携帯電話のメロディが(もちろんバッグに入れていたであろうから,小さな音ではあったが)鳴ったのである。特に聞かせる音の部分であったため,小さな音ではあったが,会場全体の聴衆はその音を聞き逃さなかったであろう。ここで余談だがコンサートや講演を聴くなど非日常な場に自ら飛び込んでくるならば,音を切るなどのマナーは当然必要である。逆に緊急に連絡が必要な場合は,そういった場には飛び込んできてはならない。手軽さに振り回されてはならない,人間がモノを使っているのであって,モノに使われる人間ではないはずである。付け加えるならば,よほど慌てた当事者は音を消すためバッグを開ける際に,更にマジックテープらしきベリベリという音を立てながらごそごそしていたことを付け加えておこう。あのような音楽などの会場においては,電波法の法的な基準があるものの外部からの電波を遮断する妨害機の設置を真剣に考えていいのではないだろうか。さて,当の木村は聞こえていたはずだが,演奏になんら支障は無くプロの意識をもっていたことは幸いであった。アンドリューヨークの作品は,後で演奏されるムーンタンのように献呈作品もあり,彼自身の子供時代からヨークに見守られて育った特殊な生育環境もそうであったろうが,自信を持って伝えるべき核心をもって演奏しているように思える。

 ここで,一礼して舞台そでへ戻る。再び登場して更なる大きな拍手をもらいながら,次の四つのベネズエラ風ワルツ(アントニオ・ラウロ) タチアナ アンドレイナ ナタリア ヤカンブへと続く。ラウロの叙情的なロマンを感じさせる演奏を展開していた。ヨークもそうであるが,ラウロ,ビラロボスといった南北アメリカ大陸の広く革新的な,そして情熱的な曲というのが彼のこれから長い演奏活動の中における,「今の」最も表現したいもの,つまりやりたいことなのだろう。熱く語る演奏であった。特にNO.3ナタリアにおいては抑えきれない高ぶりを感じさせるそのスピードは,今まで聞いた奏者の中で最も早い速度であった。

 また一礼して舞台そでへ引っ込んだ後次の曲である。練習曲第6番,第7番(エイトール・ビラロボス)である。マシンガンのように繰り出されるスケール(音階の上昇・下降)に息継ぎも出来ず唖然として見続けるだけであった。その中で,特に彼が表現力が多彩であると感じたのが,重音のダイナミクスであった。見事なまでのクレシェンド,デクレシェンドのつけ方はであった。もちろんマイクを一切使わない生音でのコンサートであったが,会場の隅々まで届くその音は,あるときはアンプを感じさせるほどの音量であり,ダイヤルをゆっくり絞るような段差を感じさせないピアニッシモに身を乗り出して聞いてしまった。録音媒体では感じることの出来ない,息づかいを感じることが出来た。一礼して舞台そでへ戻った。

 そしていよいよ,前半部分の最後の曲であるムーンタン(アンドリュー・ヨーク)である。今までと同様,一礼して座って始まるのかと思いきや,座った後,「こんばんは」とトークが始まった。会場もそれまでの緊張とはうって変わって,和んだ雰囲気になった。前日の来鹿の際の飛行機がものすごく揺れた。とか,鹿児島は暖かいと思って薄着してきたが,雪が降っていて驚いた。とか,今から演奏するムーンタンについて,アンドリューヨークからDAIはENJOYして演奏しなければいけない,とアドバイスをもらった話など,会場は一言一言に笑ったり頷いたりで,ひと時の和らぐ時間がとられた。演奏家と聴衆が一体となって音楽を楽しむためには,そういった背景を語ることや,思い入れを伝えることで,聞き手が自らが演奏している気になったり,演奏者は練習とは違った交流を楽しむことが出来よう。こういった話は今後更に必要となってゆくと思われる。さて,その演奏であるが,ロックのリズムを取り入れたこの曲は,エレキギターにおけるライトハンド奏法や,弦楽器と打楽器の融合のようなリズミックな音作りなど,非常に楽しめる。関西の友人によると,「ヘビメタやんけ・・」という感想であるが,実に的を射ている。天才ヨークが天才木村のために書いただけあって,彼の持つ力を120%引き出すことの出来る曲であろう。

 ここで,20分の休憩に入り,ロビーにて親しい先輩との再会を懐かしむ。もちろん終了後のサイン会に備えて,持っているCDは再度買っても仕方ないと思い,まだ持っていなかった彼のビデオを購入した。その際気づいたが,ギターにはノーマイクで程よい会場であったが,会場はそこまで大きくないため,会場後ろの通路に30脚ほど臨時の座席を設けており,まさに満員御礼であった。

 後半部最初の曲は,バーデン・ジャズ組曲(イリ・イルマル)  シンプリシタズ 子守歌 ロンド ア ラ サンバである。ボサノバギターの天才バーデン・パウエルに捧げられたこの曲は,ボサノバのリズムを生かした佳曲である。チェコの作曲家兼ギタリストの作者は,ギターを知り尽くした作品に仕上げている。もちろん木村も意図するところを的確につかみ,メランコリックに仕上げていると言える

 そして,ブエノスアイレスの夏,ブエノスアイレスの春(アストル・ピアソラ)である。この曲は,まだCDに録音されていないため,この会場で始めて聞いたが,残念ながらどちらにも違和感を感じた。初めて聞いたためでもあろうし,それまでのジョンウィリアムス,福田進一などの印象が鮮烈であったため,フレージングの取り方など,タンゴらしさを感じ取れなかった。苦手とする曲なのだろうかとも邪推してしまう部分もあった。残念ながら一箇所指のミスがあり,出すべき音を正確に発音できなかった。運指について慌ててしまったのか,一瞬別のフレットへ飛んでしまうようにも受け取れた。ともあれ,この二曲は他のギタリストとの比較にもなるし,音源化して聞いてみたい気がする。

 最後にギターのためのリブラ・ソナチネ(ローラン・ディアンス) インディア ラルゴ 炎である。人気の作曲家ディアンスの魅力的な作品で,ディアンス自身の意識の表面化したものとしてとらえることも出来る。天秤座が彼の星座であり,インドへのインスピレーションからの脱西洋的な音作りや,生きる力への喜びが溢れている炎の生命感など,木村の今の生活とだぶる面が多く,それゆえ生き生きした音として伝わってくる。木村の意識がディアンスの曲を通じて表面化したと言える。CDよりも短い間隔でのテンションを高めた最後の三音のチョッパー音が決まると,今まで以上の大きな拍手が沸き起こった。

 大きな拍手でカーテンコールがあり,数度出入りを繰り返したろうか,ギターを持って登場した時には,更に大きな拍手となった。ヨークとの思い出や,演奏会ツアーの千秋楽が近いことや,風邪気味で体調を崩していたなど,ひととおり話した後,最も好きな曲をアンコールに持ってきていることなどを話し,アンコール コユンババの演奏に入った。鹿児島県におけるコユンババの演奏は,私の記憶が正しければ4人目ということになろう。最初に熊本在住のギタリスト大塚氏による演奏に続き,福田氏の来鹿コンサート,そして鹿児島大学のアマチュアギタリストの隈元氏に続く演奏であったろう。四者ともそれぞれの個性を感じさせる演奏である。長丁場でのモチベーションを維持するためには,好きな曲が最後に弾けるという気持ちを残しておくのがよい方法であると話してくれ,彼の気持ちが伝わってきた。アンコールと言いながらも10分以上の大曲であり,「もしチビッコがいたら大変かもしれないけど,楽しい曲です」と気遣いを忘れずに,演奏が始まった。快演である。気持ちよく弾いている姿を十分堪能することが出来た。総合して,鹿児島発の演奏会は大成功に終わったと言える。終了後のサイン会にも100人以上が並んでいたであろうその姿を見ると,まさに新星が登場した姿であった。

 なお,付け加えるとRO-ONクラシックの会のコンサート企画による木村大ギターリサイタルが,2001年9月11日(火)午後7時から鹿児島県文化センターにて開催される予定である。会員以外の一般販売は少し後になるだろう。今回聞き逃した方にとっても,もう一度聴きたいという方にも楽しみである。

 
資料

当日のチラシである。(肖像権の問題から,顔にはモザイク処理をしています。)
    

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