国防とめどなく/戦後53年目の安保

島はアジア情報戦の最前線

「象のオリ」計画/「武器なき基地」強化に揺れる

地元町長『自衛隊は優良企業』/元防衛庁職員『真っ先に攻撃受ける』


 「私ら、村八分ですよ」。夫の話が途切れると、妻はたまりかねたように口を挟んだ。「道で会ってもそっぽを向かれる。前はそんなことなかった」
 鹿児島と沖縄の中間にある、人口わずか九千三百人の鹿児島県・喜界島。太平洋と東シナ海の境目に浮かぶ静かな島が、防衛庁の「象のオリ」建設計画をめぐって揺れている。
 地権者、百八十人のうち、既に、百四十人が買収に応じた。予定地の川嶺地区で反対を表明しているのは二人にすぎない。妻のいう「村八分」とは、少数派のつらさを表しているのだ。
 夫の豊田英男さん(六八)は元防衛庁職員。通信傍受施設「喜界島通信所」に二十年以上、勤めた。家族にも仕事の話は一切しない。すべてが秘密だった。「長年いたから、何をする施設かは分かっているつもり。通信施設は、有事になれば真っ先に攻撃される。なし崩しに島が基地化される心配もある。土地を売らないことが反対運動なわけです」
 豊田さんの家から車で五分足らずの喜界島通信所はサトウキビ畑に囲まれていた。敷地内に商さ四十メートルのアンテナが七本。コンクリートの建物には窓がなく、内部はうかがい知れない。防衛庁は明らかにしていないが、約五十人の陸海空自衛官が勤務する。任務は中国軍内部で交わされる短波通信を傍受し、発信位置を測定すること。中国軍の行動が手に取るように分かることさえある、という。この通信所を一新、さらに高性能の施設を島の高台につくろうというのが「象のオリ」の建設計画だ。
 防衛庁の「象のオリ」は陸上自衛隊東千歳駐屯地(北海道)と航空自衛隊美保基地(島根県)の二カ所にあり、それぞれロシアと朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の通信を傍受している。喜界島の施設が完成すれば、防衛庁が注目するロシア、北朝鮮、中国の三カ国に対する通信傍受体制が確立する。
 計画が浮上したのは十二年前だった。最初、候補地に挙げられた赤連地区では反対運動が起こり、喜界町の町長と議会もこぞって反対した。ところが、川嶺地区の住民が水道施設整備を条件に誘致運動に乗り出すと、一転して町長と町議会は賛成に回った。今では「大賛成」という野村良二町長は「国防に市町村が無関心であってはならないと常々思っていた。『象のオリ』を受け入れるのは当然のこと。あのころは(反対も)仕方なかった」。
 「象のオリ」が実現すれば、国から町に膨大な周辺対策費が支払われる。水道整備も国費で賄われる。
 「自衛官の数が倍増する。倒産のない優良企業を誘致するに等しい」と野村町長は真顔で話す。
 「喜界島の豊かな自然と平和を守る町民会議」の代表で牧師の丸山邦明さん(六二)は、「カネは一時、土地は永遠」と語り、「太平洋戦争当時、島に海軍の航空隊がいたことで米軍の空襲を受け、町民百二十人が亡くなった。緑豊かで平和な島を、国はなぜそっとしておいてくれないのか」。
 新「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」は、周辺有事の際の「日米の情報交換」を明記している。これは喜界島の「象のオリ」がもたらす情報が米軍の後力支援になることを意味する。米国の戦争に島が巻き込まれることに、丸山さんは納得がいかない。
 豊田さんは先月「象のオリ」予定地にある自分の土地を開墾し、サトウキビを植えた。二十アールに及ぶ所有地は七カ所に点在し、建設の障害になるのは確実だ。しかし、防衛庁に「二〇〇〇年度着工」の計画を変える考えはない。〔象のオリ」は南海に仕掛けられた時限爆弾のように映る。
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 忌まわしい太平洋戦争の終結から五十二回目の八月を迎えた。この夏がいつもと違うのは、周辺有事の際、官民挙げて米軍を支援するガイドライン関連法案が国会に提出されているからだ。日本はなし崩しに戦争へと向かうのだろうか。
1998年08月12日、東京新聞記事(21面・特集第1回)より