拝啓、防衛庁長官殿

「象のオリ」、住民に説明を


 平和な島が揺れています。喜界島。揺らしているのは地震ではありません。通称「象のオリ」と呼ばれる高感度の円形無線傍受施設です。十一年前からくすぶり続けている問題です。

公式な現地説明なし

 どうにも腑(ふ)に落ちないのは、「主役たち」の姿が見えないことです。なぜ、象のオリが必要なのか。喜界島でなければならない理由は何なのか。計画の全体像はどのようなもので、いつ完成し、どのように活用し、地元へはどのような影響があるのか。住民もマスコミも十分な説明を受けていません。
 主役たちとは、造る側の防衛施設庁です。使う側の防衛庁や自衛隊も含まれます。
 これまで伝え聞いている施設の概要は(1)円形アンテナの半径は百八十メートル(2)アンテナの周辺に二百五十メートルの平坦地が必要(3)基地の規模は約三十万平方メートル用地買収費は八億円−などです。なぜ喜界島か、という疑問には「日本の南西部に造る必要があり、地元からの誘致要望もある」としていますが、いずれも説明は不十分です。
 一体、どのような考えをお持ちなのか。少なくとも責任者が現地なり、所轄の自治体なりに出向いてきちんと説明し、記者会見をして住民に周知させるべきではないでしょうか。
 国が造る施設でありながら、推進する側のコメントはもっぱら地元の喜界町長がなさっています。球を投げた側は表に出て泥をかぶろうとせず、球を受けた側が賛否で混乱しているというのが象のオリをめぐる現状だと思います。公的プロジェクトを推進する手続きとして、これはまともな姿と言えるでしょうか。まさか施設庁は「そのうち、落ち着くところに落ち着く」と高処の見物を決め込んでいるのではありますまい。
 主役の皆さんは、私達の税金で仕事をしているはずです。住民は知る権利があります。造るには、それなりの理由があるはずです。平和な島の住民を混乱と不安に陥れ、そ知らぬ顔をしているような姿勢は決して好ましいものではありません。
 最近、日本の防衛事情は日米安保の強化を盾に、何か、なしくずしに事が運ばれているような気がしてなりません。沖永良部の自衛隊でも不祥事が起きていますが、これについてもはっきりとした説明を私たちは聞いていません。まさか、事が小さいから、と放っておき、事が大きくなったら、大臣や長官が釈明すれば済む、とタカをくくっているのではないでしょう。

推進派も意見を

 なぜ、こんな疑問を呈するかといえば、反対する側の言い分がはっきりしているのに対し、推進する側の言い分がいま一つ見えないからです。本紙の「ひろば」欄にも「反対」の投書は数多く届きますが、「こういう理由で賛成する」という意見は来ません。
 賛成も反対もそれぞれ島の将来のこと、子孫のことを考えての行動と思います。推進する側も堂々とその意見、理由を聞かせてもらい、議論して欲しいと思います。そのためには、まず防衛施設庁、防衛庁、自衛隊関係者の納得のいく説明が必要です。
 次に、鹿児島県はこの問題をどう対処するのでしょうか。さらに、推進を表明している喜界町長は島の未来をどう考えているのでしょうか。象のオリの見返りに、誘致を表明している川嶺地区の老朽化した水道整備や人口増などを挙げていますが、説得力を持ちません。
 水道整備は像のオリとセットでないと実現しないような事業ではありません。自衛隊の施設のない地区で水道を整備している自治体はいくらでもあります。さらに、同地区の水道事業は深刻な事態なのでしょうか。だとしたら、なぜ、これまで放っておいたのでしょうか。同町では、奄振事業のビッグプロジェクト「地下ダム」も進められています。水道事情が深刻だとしたら、地下ダムより先になぜ、推進しなかったのでしょう。
 かつて、同島の百之台に大規模な観光施設をつくろうという話があった時、当時の首長は「土地は絶対に手放すな」と強く反対した、と言います。小さな島にとって土地を手放すことがどういうことを意味するのか、当時の決定者はそのことを熟慮して結論を出したようです。
 象のオリについても、今一度、次の点について慎重に考えてほしいと思います。(1)軍事施設を造ることは果たして島の未来にとって実りあることなのか(2)象のオリの誕生は島のイメージを高め、魅力的な島づくりに貢献するのか(3)人口が増えるという話もありますが、実態はどうなのか。島の自立や独自の文化構築に不可欠の力であるのか−など。
 決めるのは今の喜界町民ですが、その結果は次世代の人たちが背負っていかなければなりません。この問題が一つのきっかけとなって、今後の島づくりの気運が高まることを期待します。

1996年12月09日、南海日日新聞社説より
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