店主のつぶやき あまみ庵の店主:森本が雑誌や新聞に書いた文章を掲載します。

朝日新聞鹿児島版:みなみ歳時記(H9.2.13)

古本屋から

 平和ぼけ日本は危篤状態

 「名瀬には古本屋がないが、それがなければ本屋の状態としては完全ではないように思う」「専門書の古本屋など、層の深さから言って、新刊書店のおよぶところではない」
 島尾敏雄さんの「書物と古本屋と図書館と」(昭和三十九年)から。おちこんだときに読むと、けっこう元気がでるぼくの特効薬だ。
 名瀬市で古本屋を始めて九年になる。現在、同業者が四軒、新刊書店も十二軒にふえた。「店はふえたけど、本屋らしい本屋がすくなくなったね」。天の国から島尾さんの声がきこえてくるようだ。

 鹿児島県は古書店の組合員がわずかに六業者、仕入れの市場もない古本後進県だ。だから県内の古本屋は新刊書店から毎日流される書物の質と量が命綱だ。
 ところが、新刊書店の配本は、大手出版社の雑誌(発行部数年間五十億)と芸能物が中心だ。古書業界ではこれを雑本、しろっぽい本、しょたれ本、ごみと呼んでいる。
 ワイドショーやヒットベストテンと同じで、息が短く、使い捨て時代のシンボルだ。「ビストロ・スマップの完全レシピ」「ドリアン助川のもう君はひとりじゃない」「ブルーマスク」。これは最新の「日販速報二月十日号」の「各地のベストセラー」のベスト3だ。

 古書本道を!ぼくは郷土誌を中心に黒っぽい専門書にリキを入れてきた。でも地元の新刊書店に置かない専門書は古本屋でも売れない。沖縄は日本一の郷土誌大国だが、隣の奄美は約四百年の「植民地支配」で、県本土なみの中央志向に洗脳されてしまったのか。
 ぼくは平和ぼけの日本人がこの世でいちばん恐ろしい。古本屋の節穴にうつるこの国は危篤状態だ。破滅の道をひた走る絶望的な民主主義者。臭い物にはフタの指導者。まっしろい雑本と追っかけテレビに培養された国民たち。
 最悪の食糧自給。増殖する核燃料と産業廃棄物。沖縄の基地と安保。政官産学の伝統的汚職。一人二百万円の累積赤字。財政危機と公共事業。教育・福祉の切り捨て。際限ない増税。産業の空洞化。低金利政策。株の暴落。政党・国民の総保守化。官僚の地域つぶし……。

 主権者国民はこのグルメ大国の貧しさの矛盾に、なぜマジに怒らないのか。その原因は、芸能界と皇室の御用達に象徴される保守的な情報メディアたちにあるのではないか。新聞を筆頭に日本のマスコミと教育界は、日本の致命的な恥部と核心を国民の関心からそらす役割を分担している。天皇の戦争責任すら総括できない日本の言論界こそいちばん問われるべきではないか。

 アジアの奄美の古本屋のかたすみで、この国のいびつなありように心を痛める日常が続いている。かけがえのないぼくの奄美と琉球、そのトートゥガナシ(感謝)のしるしにと、勝手にいろいろ書かせていただいた。不尽。

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