店主のつぶやき あまみ庵の店主:森本が雑誌や新聞に書いた文章を掲載します。

島立まぶい図書館からの眺め:126page

『伝承のコスモロジー』

著者・高橋一郎 発行所・第一書房
1994年発行 319ページ 3495円(税抜き)

奄美の島々に広がるフォークロアをミステリーのような楽しさで

琉球と大和の支配の淵で揺れ動いてきた奄美の歴史と先人たち。シマに生きる古老やユタたちの日常の何気ないムン話に潜む歴史の真実。小さなひとつのシマが伝承を介して大きなひろがりをみせてくれます。

この本は、画期的な方法論で展開されたフォークロアの専門書ですが、私のような素人にも歴史ミステリーものとして、例えば赤川次郎を読むように楽しく読めます。「源氏をひいきしてじゃろや、そして、その平家を滅ぼさんちゅうてや、わざわざ沖縄から来たらしい。工業高校の奥山はモリヒラちゅうの。源氏の方のかたを持ったからが、平家を滅ぼそうち思って来たんじゃない。そうじゃないかっち思うわけ。」(浦上・高島友義)

この本の醍醐味は、奄美諸島に例えばこのようにして散りばめられている平家伝説という網の目を、高橋さんが漁師となってたぐり寄せてくると、そこには、琉球から奄美を奪った薩摩が、その後の黒糖収奪時代に奄美を琉球と分断統治する目的で仕かけてきた「系図没収」と、それに続く『平家文書』や『大島私考』などが、平家伝承のタネ本として跳ね上がってくるところです。また、高橋さんが渉猟する平家伝説のシマの周辺には、琉球時代の面影をのこすようにして、ノロ神女や、天降り女や、兄妹のシマ建て悲劇の伝承などが、それぞれのシマの位相で平家伝説とまるでセットのようにあぶり出されてきます。さらに、周辺のグスクやモリにまつわる伝承世界を彼が掘り下げていくと、あたかも考古学のように、今度は琉球服属以前の奄美の深層にまで突き当たってしまうのです。

なるほど、伝承世界が内在しているシマのコスモロジー(宇宙論)です。民衆(フォーク)の学=伝承(ロア)が、近代化の波に覆われて、変容と消滅をはらみながらも、奄美の日常を生きようとしているありように私は驚かされました。

今回まとめられたこの本は、奄美の中北部に位置する、屋仁、安木屋場、竜郷、久場、瀬留、浦、戸口、浦上、秋名、幾里、小湊のシマジマの五十四人の話者からすくい取られた約百五十話例が、骨格になっています。すでに鬼籍に入れられた方々も多いと聞きます。

東京出身の高橋さんが、大学での職を捨てて、夫人の島に移り棲んできたのは一九八一年。以来民間人として伝承を追う彼のフィールド調査は、既に語り手五百人以上、、まとめたシマも二十六以上に上るそうです。高橋さんは、学問を無限に細分化していく現代の「専門学」を嫌います。本書のタイトルにも入れてあるコスモロジーという大極的な視座から、「人間の限界とは何なのか」をテーマに、伝承の可能性と限界にいたろうとしていますが、私には聞き手の高橋さんのたゆまぬ日常の過程そのものが、その解答のように思えてなりません。

(森本眞一郎)


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