今月の一押し

2000年12月7日記

『神に追われて』


谷川健一著・新潮社・2000年7月25日発行・
1500円(税別)・189 ページ

       [目次]

   
「神に魅入られたとき,人は天国を約束されるのではなく,この世にあってj地獄を見る。神に追われ,憑かれた人たちの数奇な宗教体験。」

「根間カナに突然神が乗る。宮古の根、先祖の根を掘り起こせと神は命じる。カナは狂気のごとく「御嶽」(神を拝する聖地)を経巡るが、神の苛烈な試練は止まることを知らない。

――――民俗学の権威は、理性や知性を超えた彼方に存在するもうひとつの真実をわれわれに突きつける。」(以上、帯より)

さて、「ヒトを追うカミ」とはなんだろう?

私の周りには[カミ]に憑かれた「ヒト」がフシギニ多い。
カミの道が開いてユタ神になったヒト々、精神病院に閉じこめられてるヒト々、
家にこもっているヒト々、巷をさ迷っているヒト々、カミ拝みの延期願いを出しているヒト々、
そして、カミに召されて逝ったヒト々……数えたらきりがないほどだ……。

著者の谷川健一は、1993年に刊行された大著『南島文学発生論―呪謡の世界』(思潮社)の序を、
「本書は『南島の深い闇』に対する畏敬から出発する」という名言で結んでいた。
そう、カミは吾が南島の深い闇々に確かにおわすのだ。
その漆黒の闇(ブラックホール)が深ければ深いほど、多くのカミ々に出会える。
ハブも黒ウサギも奄美ヤマシギも八月踊りもシマウタも男女のいとなみも深い闇があればこそ生き延びてこれたのだから。
その闇の深さも今ではずいぶん浅くなった。

本書第4章の「悪霊とたたかう少女」は、奄美の名瀬市出身の少女がモデルである。
母親は私の友人である。

少女は、三歳のとき箪笥から出てきた老人のカミに手を握られてから、自己コントロールかできなくなった。
学校もやめ、十三歳のときから母親とともに奄美、鹿児島、宮崎、沖縄島などの各地を巡礼した挙句、
十七歳の年に、ついに宮古島の根間カナの神棚で自分の手を握った白髪の男神と出会うのだ。
少女の親神探しの旅は終った。今は名瀬市で元気に働いている。

ヒト々にもネットワークがあるように、カミ々もどこかでつながっているようだ。
そのカミ々が棲む南島の杜森が破壊されている。
ヒトとモリを太古から護(目守=まぶ)ってきたカミ々が、今世紀末の現在ではあろうことか、
ヒトから追われている現状をどうしたらいいのか。
カミ々が死ぬ時、ヒト々も……。

日本民俗学の巨匠が、痛恨のテーマでヒトとカミと宇宙のありかたを問う衝撃の問題書。
これは単なる体験談や物語ではない。
琉球弧のカミ々とヒト々との事実に根づいた、我々への警鐘の作品だ。20世紀の人類の総括ともいえる。

表紙は田中一村の「奄美の杜(7)〜ビロウ樹〜」だ。ここには太古からカミ々が棲んでいた。
はて、21世紀はどうなるのだろうか?


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