三国名勝図会では栗野のいわれを
 本府の北方、12里半余、地頭館(やかた)小羽村にあり、
 往古の文書、建久8年(1197)大隅の国図伝帳に栗野院と記せり。・・・・

 日向国風土記・・和銅6年(713年)及び延長3年(925年)・・には
 俗語に謂う区児・栗とす云々。・・・・

 古事記712年(和銅5年)日本書紀720年(養老4年)には
 霧島山を槵觸峰という、槵觸峯の麓なれば 槵觸野と呼びし
 槵と栗と同じなれば 字を入れ替えて
 栗觸野(くりふしの) 栗野といへるならん。

 湧水町の町長である米満氏は、 古事記・日本書紀を研究されています。
 つつはの郷土研究会が発行する、機関紙<つつはの36号>に
 「古事記のかって読み」という題で
 天孫降臨は宮崎の高千穂節と 霧島山の高千穂の峰説があるが
 栗野岳ではなかろうかと と延べられています。(画像2参照)

 この件は「古事記のかって読み」と言えども
 深く研究された結果の投稿であり、非常に興味深い内容と成っております。
 これを証明すべく、勝栗神社には「天の逆鉾」があるのですよ。
 ウソ ホント ? 論より証拠、ぜひ勝栗神社にお参りください。
 お賽銭もお願いします。

 栗野のいわれをもっと詳しく知りたい方は、湧水町
 湧水町観光ボランティアガイドの方からお聞き下さい。
 
 意外と知られていない勝栗神社の魅力を発見できますよ。

 霧島山麓湧水町観光協会 0995-74-5690
 湧水町商工観光課     0995-74-3111