第4章. 理想的な医療用データの在り方


 では,カルテや医療用画像の理想的な在り方とはどの様なものか考えてみましょう. この点は,医療従事者と患者さんでは視点が異なると思います.

4-1.医師にとって望ましい医療データの在り方

 医療従事者、特に医師について考えるならば,まず,患者さんの過去のデータが簡単に確認できることが必要です.カルテはそのために存在するのですが、現在の紙カルテはいく つかの点で不便があります.それは、カルテが年毎あるいは数年ごとに更新され、古い記録が残っていなかったり、通常のカルテ庫とは別の保管場所に移されている事があるからです. 繰り返しますが、医師にとって,患者さんの医療データを必要な時に閲覧できる事が必要条件の一つです

 また,初めての患者さんを診察する時に医師にとってありがたいのは,前医からの紹 介状です.紹介状があることで,その患者さんの状態を短時間に把握できます.通常,患者 さんは他の病院を受診したことがあっても,特別に紹介された場合を除いて,身体一つで新 しい病院を受診することが多いでしょう.そのため医師は患者さんの記憶を頼りに家族歴 (家族の状況や病歴)や既往歴(今までに罹った病気に関する病歴),現病歴(今回受診 した体調不良に関する病歴)を問診という形で獲得する訳です.

 でも,ほとんどの患者さんは,生まれてから今まで何回かは病院にかかったことがあ るでしょうから,通常の現病歴に関する紹介状に限らず,既往歴も含めた前医での経過や 治療の情報の蓄積が存在すれば,診察する医師にとっては大変役に立ちます.例えば,数 年前に怪我をしたときに使ったある種の抗生物質で薬剤性肝障害を起こしたことがあると か,局所麻酔薬にアレルギーがあるとかの記録が残っていれば,次に診察する医師はその ような薬を避けることができます.このように, 医師にとっては,患者さんが今までに罹った病気や治療の経過を情報として継続的に蓄積 したものがあれば理想的なのです

 これとは逆に,医師は自分が患者さんを他の医師に紹介する必要に迫られる場合があ ります.これは現在紹介状を書くことで行っていますが,例えば,入院経過が長かったり, 病歴が複雑だったりすると紹介状の作成は煩雑なものになります.かといって,簡単に済ま せてしまうと提供情報としては不十分になってしまいます.何らかの形で,カルテの中身を かいつまんで,詳しい紹介を作り上げる方法があればいいのですが,そんな方法は現状で は無いようです. あっさり,カルテ自体を複製して次の医療機関に提供するのが,抜けが 無くていいのかもしれませんが,この方法では3章で述べたように,オリジナルのカルテがどれであるか,分からなくしてしまう可能性があります.

4-2.患者にとって望ましい医療データの在り方

 次に患者さんにとっての望ましい医療情報の在り方とはどの様なものでしょうか.患 者さんには掛かり付けの病院というのがありますが,これは,自分のカルテがあり,見知っ た先生がいる病院ということでしょう.つまり,自分の記録がその医療機関には存在すると いうことを期待しているわけです.

 ところが,既に説明したように,現在の医療状況では,ある程度時間が経過すると,記 録が残っていない場合が生じます.患者さんが久しぶりに病院を受診した場合に,病院の職員 から「ここを以前受診したことがありますか.」と聞かれ,「あります.3〜4年前に来ました.」 と答え,「カルテが残っているか調べてみますから待ってください」と言われているのを聞く ことがあります.このような患者さんは,3〜4年前と答えていても,実際にはもっと古い話で あったりして,カルテが残っていない事が多々あります.すると「カルテが無かったので新し く作りますね」と言われます.つまりこの時点で,この患者さんの過去の記録は無くなってお り,またゼロから始めますということです.患者さんにとっては,古いものも含めて,記録が 残っている方が良いことは言うまでもありません.医療 データは長期間(個人の存命期間)保存されることが望ましいのです

 患者さんは自分の病気が本当に今医師が告げたようなものなのか,本当に手術が必要なの か,他の医師にも意見を聞きたくなる場合があります.でも,前にも書きましたが,始めに診て くれた医師自らが他医を紹介してくれる場合を除いて,患者さんが自分から,「他の医師にも診 て貰いたいから,そのMRIを貸してください」と切り出すのは,かなり抵抗があるようです.ま た,かかりつけの病院があっても,自分のデータは自分でもコピーを持ち,転居したり,旅行 した時でも,現地の医療機関に提供できるように保持しておきたいと考える患者さんもいるで しょう.医療データは患者さんのデータですから,かかりつけの医療機関だけでなく, 患者さん自身の管理下にもあることが望ましい と考えられます.

4-3.医師と患者の双方に望ましい医療情報の在り方

 今,医療データを,“かかりつけの医療機関だけでなく患者さん自身の管理下にもあるこ とが望ましい”といいました.また,前に医師にとっての望ましい医療情報の在り方の所で, “医師にとっては,患者さんが今までに罹った病気や治療の経過を情報として継続的に蓄積した ものがあれば理想的”と述べました.これは,どの様な状況でしょうか.実は,この状態は患者 さんがカルテや医療用画像などの情報を自分で管理し,持ち歩いている状況です.患者さんが一 冊の自分用のノートを持ち,病院を受診し,記録を全てこの中に書いて貰う.そして,他の病院 を受診した時も,このノートに書いて貰う,という状態です.勿論全ての写真や検査結果も自分 で背負っているわけです.こうすれば,患者さんの情報は患者さんと共に動きますから,日本中 何処で病院にかかっても,過去のデータ,つまり医療従事者の言うカルテ,写真がある状態が得 られるのです.

 しかし,こんな事は現実的ではありません.医師や病院にはカルテを保存してお く義務がありますから,医師は個人持ちノートカルテに全てを書いてはくれませんし,病院は検 査結果の写真フィルムを患者さんに差し上げるわけにはいかないことは既に書きました.もし, 医師が患者のノートカルテに書いてくれ,病院がフィルムを払い下げてくれたとしても,年中持 ち運ぶことは不可能でしょう.

 でも,その簡易版のようなマイカルテなるものを患者さん自身が作成し,それを活用しよう というグループがあるようです (http://www.mykarte.co.jp/).


Home←前へ次へ→
 
2003 Hirofumi Hirano, Fuminori Muranaga All rights reserved.